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2010年11月 7日

岐阜の空、霧しぐれて

 今日は岐阜市の岐阜アリーナなど4会場を結んで、岐阜教区の生長の家講習会が開催され5,798人の受講者が参集してくださった。同教区では、“炭素ゼロ運動”の一環として今回初めて多会場開催に踏み切ったが、受講者は前回より132人(2.2%)減少した。会場がふえると運営に必要な実行委員の数もふえることになるから、事前の準備は会場運営と推進の両面で入念にしなければならない。同教区の方々はそれぞれ真剣に取り組んでくださったが、あと一歩のところで前回に及ばなかった。しかし、新たに会場となった地域の信徒の方々は、大いに主体性を発揮して推進に取り組んでくださったから、運動の“新たな息吹き”が生まれているに違いない。今後、この息吹を“旋風”に育て、各地に伝道の渦を巻き起こしてほしい。岐阜教区の皆さん、どうもありがとうございました。
 
 講習会の帰途に読んだ新幹線車内誌『ひととき』の11月号に、俳人の小澤實氏が芭蕉の詠んだ富士山の句のことを書いていた。私が興味をもったのは、その句には富士が描かれていない点だ--
 
 霧しぐれ富士をみぬ日ぞ面白き
 
 小澤氏によると、この句は、芭蕉41歳の秋、江戸深川から故郷の伊賀に向かう途中、箱根で詠んだ句だ。現在、「富士見平」という場所に建てられた大きな句碑にこれが彫られているが、実際に芭蕉が詠んだ場所かどうかは分からない。小澤氏は、「富士の姿を見たいと思いつつ1日、箱根を歩いてきた芭蕉が…(中略)…富士見平という地名に反応して、掲出句を発想した可能性が考えられる」とするが、「ただ、芭蕉のころから富士見平という地名が使われていたかどうかはわからない」と懐疑的だ。
 
「霧しぐれ」とは、霧と時雨(しぐれ)の中間的な状態で、小澤氏は「時雨が降っているとまでに感じられる濃厚な霧」だと書いている。「時雨」は一般に初冬の季語で、この頃、曇っているときだけでなく、晴れているときも急に雨雲がやってきて、しばらくパラパラと雨を降らせたかと思うと、すぐに上がってしまう--そういう気象のことである。ということは、芭蕉は、目の前の富士を隠している霧が、つかの間の存在であることを知っていて(または予想して)、この句を詠んだのだ。その場にもっと足を留めていたら、あるいは明日になったら、雄大な富士が姿を見せるに違いないのに、今は濃い霧の中に隠れている。「ああ、富士を見たい。しかし、見えない。どんな富士が見えるのか。あんなか、こんなか」と、期待と焦燥の混じった感情が詠み手の心に生まれている。それが「富士をみる日」という言葉に表れていないだろうか。つまり、芭蕉はそこへ行くまでに何回も富士を見ているのだ。しかし今日、こんな絶好の場所へ来たのに富士は姿を隠している。そんな富士と自分との関係を「面白き」と評しているのだと思う。
 
 だから私は、この句を岐阜教区の人々に贈りたい。時雨はすぐに上がり、富士が見事な姿を見せる日は近いのだ。

 谷口 雅宣

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コメント

合掌、ありがとうございます。
岐阜教区の講習会に姉妹で参加し、楽しい一日を過ごさせていただきました。質問(神想観について)を出させていただきましたところ、お答えいただき大変感激いたしました。「悩んでいらっしゃるんですね」という鋭いご回答には、自分としては深刻に悩んでいるつもりがなかったので、大変驚きました。まだまだ潜在意識を浄めていかねばと、強く思いましたので、今後、心して行じてまいります。ご指導ありがとうございました  再拝

投稿: タカフジ | 2010年11月 9日 08:09

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