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2010年11月29日

プラトンと画家

 古代ギリシャの哲学者、プラトンが考えた「イデア(理念)」という概念については、生長の家でいう「実相」の考え方に似たところがあるので、私は『心でつくる世界』(1997年)の中で紹介したことがある。同書第5章では、具体的な「個別の椅子」と「椅子のイデア」とを比較して、「具体的に存在している椅子は皆、不完全であるけれども、そのような物質的椅子の“背後”には、すべての椅子に共通する“椅子の理念”が存在し、それは変化することなく、壊れて消えてしまうこともない完全なる存在である」(p.197)と書いた。つまり、「具体的な個物は、無形の理念の“影”である」ということで、理念が先で、個物は後からそれに似せて作られたということだ。しかし、この考え方は、「椅子」のような単純な構造の個物には適用できても、コンピューターや多機能携帯端末のような、複雑な構造で多様な用途をもつものには適用が難しいかもしれない。だから、「イデア=実相」ではない。

 プラトンはまた、絵画などの芸術を制作することを、あまり高く評価しなかった。その理由は、絵画などを「具体的個物に似せて作られたもの」として考えたからである。プラトンにとっての最高価値は、目には見えない本当の世界に存在する「イデア(理念)」であり、その具体的、物質的反映である「個物」は二次的な価値をもつ。しかし、その個物をさらに真似たものは価値が三重に薄まると考えた。だから、そういう芸術制作を仕事とする芸術家は、プラトンが考えた理想国家の一員には入れるべきでないとしたのである。「日時計主義」の実践の1つとして、技能と芸術的感覚を生かした活動を提唱している私にとって、これははなはだ不本意である。そこで、ここで反論を試みたい。
 
 だがその前に、芸術制作を価値の低い“物真似”として見る考えには、それなりの根拠があることを述べておこう。世の中には同じ「芸術」という言葉を使っても、物事の表面を写し取っただけで、内面から湧き出るものがないものも多いからだ。表面をゴテゴテと飾った単に派手な装飾品やファッションなどが、それである。プラトンは、恐らくそれらを念頭において、大作『国家』の中で“芸術批判”を展開したと思われる。この中でプラトンは、例によって自分の名前では登場せず、師であるソクラテスを登場させ、それと弟子・グラウコンとの対話の形で、自分の考えを披瀝していく--

 ソクラテスは、グラウコンにこう語りかける--
 
「いったい絵画とは、ひとつひとつの対象についてどちらを目ざすものなのだろうか? 実際にあるものをあるがままに真似て写すことか、それとも、見える姿見えるがままに真似て写すことか? つまり、見かけを真似る描写なのか、実際を真似る描写なのか?」

「見かけを真似る描写です」と彼(グラウコン)は答えた。

「してみると、真似(描写)の技術というものは真実から遠く離れたところにあることになるし、またそれがすべてのものを作り上げることができるというのも、どうやら、そこに理由があるようだ。つまり、それぞれの対象のほんわずかの部分にしか、それも見かけの影像にしか、触れなくてもよいからなのだ。
 たとえば画家は(…中略…)靴作りや大工やその他の職人を絵にかいてくれるだろうが、彼はこれらのどの職人の技術についても、けっして知ってはいないのだ。だがそれにもかかわらず、上手な画家ならば、子供や考えのない大人を相手に、大工の絵をかいて遠くから見せ、欺いてほんとうの大工だと思わせることだろう」
 
 プラトンはこのように、単に物事の外観や外見を写し取るのが画家の仕事だと考えたようだ。しかも、外見のすべてを写し取るのではなく、ある1つの角度から、物事の一部だけを写し取る。そんな部分的なものの見方によって、物事の真実や全体を理解することはできないのに、それをすることでまるで真実を知ったような錯覚を人に抱かせる。それはケシカラン商売だ、ということだ。

 谷口 雅宣

【参考文献】
○プラトン著/藤沢令夫訳『国家(下)』(岩波文庫、1979年)

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