« 米中間選挙の“明暗” | トップページ | 岐阜の空、霧しぐれて »

2010年11月 6日

飛行機事故の“偶然”

 因果の法則によると、世の中にはいわゆる偶然というものはない。すべての出来事には何らかの原因があり、その原因の影響が一定の条件に達すると、結果として何かの出来事が生じる。この考え方は自然科学にも採用されていて、ある法則や原理が「科学的真理」と認められるためには、前述したような因果関係を科学者が仮説として提案し、その仮説を忠実になぞった実験を設計した後、その実験が仮説どおりの結果を出すことが求められる。加えて、その実験結果には“再現性”がなければならない。つまり、誰がその実験を行っても、同じ結果が得られなければならないのだ。

 閉ざされた研究室で実験可能な自然科学上の真理の検証には、このような厳密性が一般に求められる。しかし、研究室内での実験が不可能な、社会科学上の真理を検証するさいは、それほどの厳密さは求められない。例えば、国家間の経済関係では、これ以上の円高を抑えるために、日銀総裁が資金の流動性をさらに高める政策を発表したとしても、実際は円高が続くこともある。経済学上は円安になるはず環境にあっても、である。この場合、経済学上の真理が間違っていたとか、経済学の理論が破綻したとか言われることはなく、「円高要因が別にあった」などと言われるのである。
 
 では、航空機事故は、自然科学と社会科学のどちらの“真理”に関係していると考えるべきだろう? 飛行中のジェット機のエンジンに大形の鳥が吸い込まれた場合、かなりの確率でエンジンの故障が結果する。このことは、実験によって確かめることができるだろう。その一方で、機体や機器の整備不良でも航空機事故は起こる。この整備不良の問題には人間が関与してくるから、社会科学の扱う問題だとも考えられる。さらに言えば、機体や機器に何の問題がなくても、パイロットが操縦席でインターネットに夢中になっていれば、事故が起こる確率は増えるに違いない。これは認知科学や心理学上の問題である。こう考えてみると、航空機事故の原因究明はたいへん複雑で難しい仕事であることが分かる。それでも、航空機時代の今日は、空での事故原因を究明し、それを極力取り除く努力を続けていかなければならないことは自明である。

 ところで最近、航空機事故が続いていることを読者は気づいているだろうか? 今月に入ってからだけでも、日本時間の4日にはパキスタンのカラチの空港から飛び立ったばかりの自家用機が墜落して22人が死亡、翌5日には450人以上を乗せたオーストラリアのカンタス航空のスーパージャンボ機が、エンジンの損傷によって緊急着陸した。これと前後して、キューバでは、ハリケーンが接近するサンティアゴ空港から飛び立った旅客機が墜落し、68人が死亡した。航空機がからんだこれら3つの出来事には、それぞれ別の原因があることは確かだろう。しかし、そういう個別の原因を認めたうえで、3つの事故(あるいはニアミス)がほぼ同時に起こったことには、何か共通する“原因”があると考えてはいけないだろうか?

 航空機事故の統計を詳しく調べたわけではないが、私は大きな事故が地球のどこかで起こると、それと似たような事故が地球上の別の場所で続いて起こるような印象をもっている。今回の一連の出来事は、私のその印象を実に正確に再現したものだ。航空機関連の事故が起こる確率は、自動車事故よりもはるかに小さい。にもかかわらず、一度起こると次々に起こるような現象に接すると、「その原因は?」と考えてしまう。もちろん、「3つが重なったのは単なる偶然だよ」と答えて満足する人も多くいるだろう。読者は、どちらのタイプだろうか。
 
 谷口 雅宣

|

« 米中間選挙の“明暗” | トップページ | 岐阜の空、霧しぐれて »

コメント

私も、原因結果の法則を学んでいるものとして、ただの偶然とは感じられません。

投稿: yukiyo | 2010年11月 8日 12:42

合掌、ありがとうございます。
 
ここにコメントするのは、とても勇気がいることで、どうしようか躊躇していましたが
飛行機事故の”偶然”(2)で、「問いかけたに、残念ながら読者の反応は1件」とのことでしたので,
遅くなりましたが、コメントします。

私も親からずっと因果の法則のことは教えらてきましたので、そう信じています。
けれども、(ここに訪れる読者の方の考えは分かりませんが)世の中のほとんどの人は、
信じていないのでは?と思います。
もし信じていたら、そんなことは出来ないであろうことを、平気でやっている人が多すぎると思います。
私自身は、因果の法則を信じているものの、不合理と思える出来事が沢山あったので
「この世の中は、正直者が馬鹿を見る」といったことが沢山あるように感じていました。
心の中で、何度も因果の法則は間違ってるのではないかとも考えてきましたが、
今は、神様の法則に間違いないと確信しています。

再拝

投稿: かんみ | 2010年11月11日 09:05

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)


コメントは記事投稿者が公開するまで表示されません。



« 米中間選挙の“明暗” | トップページ | 岐阜の空、霧しぐれて »