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2010年11月30日

プラトンと画家 (2)

 前回述べたようなプラトンの絵画観、芸術観の何が問題だろうか? すぐに思いつくのは、それが写実的絵画にしか当てはまらない点だ。いや、写実的表現を使った絵画であっても、それは目の前の対象を肉眼に「見えるがままに写し取る」のが目的ではない。それが目的ならば、写真の方が優れている場合が多いだろう。いや写真でさえ、フレーミングによる対象の切り取り、被写界深度の調整によるボカシと省略、ライティングによる強調と省略、カラー写真のモノクロ化、二重露光や三重露光などを通して、「見えるがままに写し取らない」工夫をわざわざすることが多いのである。
 
 絵画にいたっては、写真よりも自由に対象の強調、省略、デフォルメが行えるし、抽象絵画などは、実際には見えないものを見えるように描く。また、現実世界にはありえない風景を描くことも珍しくない。それらが何のために行われるかと言えば、自分の感情表現であり、対象についての感動を表現するためである。この「感動」と「表現」という芸術における重要な要素が、プラトンの芸術観からは欠け落ちているように見える。

R0uaultm1  例えば、ここに掲げた絵は、フランスの画家、ルオー(Georges Rouault, 1871-1958)の作品『ヴェロニカ』の模写である。彼の作品そのものではないが、「表現主義」と呼ばれる絵画の特徴を表していると思う。見る人の目にまず飛び込んでくるのは、修道女のような恰好をした女性の顔である。特に、目の大きさと、口の小ささが対照的だ。これは明らかに、実在の人物の忠実な模写ではない。どんな人でも、口の幅は目の幅より広いものだが、この絵では逆になっている。その理由は「表現」のためである。小さい口と縦長の顔は精神性を表しているのだ。また、真剣な目つきは敬虔さを表している。さらに、この女性の頭部の大きさと、それを載せた両肩とを比べてみよう。肩は明らかに狭すぎる。が、それによってこの女性から「肉感性」は失われ、「知性」が前面に出ている。

 服装はどうだろう。白いガウン様のものを被っているが、単純な「白」ではなく、虹のような多色の混合によって、全体として白く見えるような工夫がある。白は「純潔」を表すが、この「混色による白」は、単純な純潔ではなく、様々な感情や思いを抱きながらも、神への純潔を全うしようという「信仰心」を表していないだろうか? 次に背景に目をやると、教会の天井へと延びるアーチのようなものが見える。室内は暗いようだが、どこからか差し込む光によって青銅のように輝き、暗がりでさえ暖かそうだ。ここには「神の愛」が満ちている、と感じないだろうか?
 
 このような表現主義の絵画を見ていると、プラトンが批判の対象にしているような画家は、いったいどこにいるのかと思ってしまうのである。

 谷口 雅宣

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2010年11月29日

プラトンと画家

 古代ギリシャの哲学者、プラトンが考えた「イデア(理念)」という概念については、生長の家でいう「実相」の考え方に似たところがあるので、私は『心でつくる世界』(1997年)の中で紹介したことがある。同書第5章では、具体的な「個別の椅子」と「椅子のイデア」とを比較して、「具体的に存在している椅子は皆、不完全であるけれども、そのような物質的椅子の“背後”には、すべての椅子に共通する“椅子の理念”が存在し、それは変化することなく、壊れて消えてしまうこともない完全なる存在である」(p.197)と書いた。つまり、「具体的な個物は、無形の理念の“影”である」ということで、理念が先で、個物は後からそれに似せて作られたということだ。しかし、この考え方は、「椅子」のような単純な構造の個物には適用できても、コンピューターや多機能携帯端末のような、複雑な構造で多様な用途をもつものには適用が難しいかもしれない。だから、「イデア=実相」ではない。

 プラトンはまた、絵画などの芸術を制作することを、あまり高く評価しなかった。その理由は、絵画などを「具体的個物に似せて作られたもの」として考えたからである。プラトンにとっての最高価値は、目には見えない本当の世界に存在する「イデア(理念)」であり、その具体的、物質的反映である「個物」は二次的な価値をもつ。しかし、その個物をさらに真似たものは価値が三重に薄まると考えた。だから、そういう芸術制作を仕事とする芸術家は、プラトンが考えた理想国家の一員には入れるべきでないとしたのである。「日時計主義」の実践の1つとして、技能と芸術的感覚を生かした活動を提唱している私にとって、これははなはだ不本意である。そこで、ここで反論を試みたい。
 
 だがその前に、芸術制作を価値の低い“物真似”として見る考えには、それなりの根拠があることを述べておこう。世の中には同じ「芸術」という言葉を使っても、物事の表面を写し取っただけで、内面から湧き出るものがないものも多いからだ。表面をゴテゴテと飾った単に派手な装飾品やファッションなどが、それである。プラトンは、恐らくそれらを念頭において、大作『国家』の中で“芸術批判”を展開したと思われる。この中でプラトンは、例によって自分の名前では登場せず、師であるソクラテスを登場させ、それと弟子・グラウコンとの対話の形で、自分の考えを披瀝していく--

 ソクラテスは、グラウコンにこう語りかける--
 
「いったい絵画とは、ひとつひとつの対象についてどちらを目ざすものなのだろうか? 実際にあるものをあるがままに真似て写すことか、それとも、見える姿見えるがままに真似て写すことか? つまり、見かけを真似る描写なのか、実際を真似る描写なのか?」

「見かけを真似る描写です」と彼(グラウコン)は答えた。

「してみると、真似(描写)の技術というものは真実から遠く離れたところにあることになるし、またそれがすべてのものを作り上げることができるというのも、どうやら、そこに理由があるようだ。つまり、それぞれの対象のほんわずかの部分にしか、それも見かけの影像にしか、触れなくてもよいからなのだ。
 たとえば画家は(…中略…)靴作りや大工やその他の職人を絵にかいてくれるだろうが、彼はこれらのどの職人の技術についても、けっして知ってはいないのだ。だがそれにもかかわらず、上手な画家ならば、子供や考えのない大人を相手に、大工の絵をかいて遠くから見せ、欺いてほんとうの大工だと思わせることだろう」
 
 プラトンはこのように、単に物事の外観や外見を写し取るのが画家の仕事だと考えたようだ。しかも、外見のすべてを写し取るのではなく、ある1つの角度から、物事の一部だけを写し取る。そんな部分的なものの見方によって、物事の真実や全体を理解することはできないのに、それをすることでまるで真実を知ったような錯覚を人に抱かせる。それはケシカラン商売だ、ということだ。

 谷口 雅宣

【参考文献】
○プラトン著/藤沢令夫訳『国家(下)』(岩波文庫、1979年)

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2010年11月28日

大成功の島根教区講習会

 今日は島根県雲南市の三刀屋文化体育館アスパルをメイン会場とし、江津市総合市民センター、安来市民会館の3会場を結んで島根教区の生長の家講習会が行われた。開会時は肌寒い曇天だったが、講習会が終わる午後3時ごろには青空がひろがって爽快な晩秋の夕べとなった。“炭素ゼロ”運動の一環として会場を増やしたことも幸いして、受講者は前回を225人(7.07%)上回る3,407人となった。白・相・青の3組織ともに受講者増となったが、特に前回に160人(21.2%)も上乗せした相愛会の頑張りが目立った。白鳩会も、絵封筒や絵手紙を使った心豊かな推進活動が奏功して、前回より60人(2.5%)増えた。青年会も聖経読誦で信仰心を高め、ブログを活用したり、これまで“お客さま”だった会員が推進に加わるなどして5人増となった。講習会後、喜びの雰囲気の中で行われた幹部懇談会では、建設的な発言が多く出され、最後には私と妻の結婚記念日(前日)を祝っていただき、ありがたい1日となった。島根教区の幹部・信徒の皆々さまに心から感謝申し上げます。
 
Shimane112810  この時にいただいたお祝いのカードは、同教区白鳩会の3人の幹部の方が描いた絵手紙で構成されていた。なかなかの腕前なので、ここに掲示して読者にも味わっていただきたい。同教区では、絵手紙、絵封筒、俳句などの技能や芸術的感覚を生かした誌友会の活動を、中内英生・教化部長が先頭に立って盛んに行っている。そのような日常的な活動の成果が今回の講習会の成功に結びついたとしたら、うれしい限りである。
 
 また、今回の講習会ではブラジル人が14人参加し、そのうち3人から質問が出たのが印象的だった。その中の1つは40歳の男性の工員からの質問で、「ブラジルでは生長の家はよく知られていますが、日本では、われわれブラジル人にはなかなか生長の家がどこにあるのか分からない……」(原文はポルトガル語)というものだった。この質問には翻訳してくれた人の注釈がついていて、「なんとかならないでしょうか? と質問されているようです」とあった。私はこれを読んで、1つの盲点を指摘していただいたと感じた。つまり、これは出稼ぎなどで日本に来ているブラジル人のうち、すでに生長の家の信徒である人が、日本で生長の家の仲間と交歓したり、教えを勉強したりしたい時に、各教区の教化部がどこにあり、連絡はどうやったらいいのか……などの情報を得るのが難しいという問題だと思う。それを何とかしてほしい、という要望なのである。
 
 日本人ならば、教化部の所在や電話番号は普及誌や電話帳、また生長の家の公式サイトなどで知ることができる。しかし、日本語が読めないブラジル人のような外国人がそういう情報を得ようと思った際、現在は生長の家国際本部の国際部に電話して問い合わせるか、日本語のわかる人を探し出して、その人に調査を依頼するほかないのではないだろうか。生長の家ブラジル伝道本部のサイトにそういう情報が掲示されているかどうか私には分からないが、もし掲示されていても、インターネットを利用できない在日ブラジル人には、それはわからないだろう。日本国内の生長の家教化部や道場などの連絡先を、ポルトガル語で表示すればいいのだろうから、少しの工夫でできることだと感じた。

 谷口 雅宣

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2010年11月26日

来年は“電子書籍元年”

 いよいよ日本語用の電子書籍端末が発売される。ソニーが25日、欧米などで販売していた携帯端末「リーダー」の日本語版を12月10日に販売開始すると発表しただけでなく、NECビッグローブも小型タブレット端末を12月6日発売すると発表したからだ。すでにアップル社の iPad や iPhone 、その他各社の多機能携帯端末でも電子書籍を読むことはできたが、それらで読めるタイトルの種類や数がきわめて限定されていた。しかし、今回の「リーダー」は、ソニーの欧米での電子書籍配信の経験を生かし、電子書籍を取り扱う配信サービス「リーダー・ストア」の開始と同時に発売される。NECビッグローブも、電子書籍を含むソフト配信サービスを同時立ち上げるから、日本語で読める電子書籍の種類と数が一気に増えることになる。この分野で先行していたアマゾン・ドット・コムは、電子書籍端末の「キンドル」をすでに日本語に対応させているから、あとは“中身”の電子書籍の提供をいつ開始するかを決めるだけだ。来年はいよいよ“電子書籍元年”の様相を呈してきた。

 私は9月19日の本欄で、自分が今使っているキンドルのサイズは「縦20cm、横13cm」とし、重さは「275g」と書いた。これは旧型のキンドルだが、新型のキンドルDXを今年2月に買った奈良教区の山中優氏は、サイズを「縦26.5cm、横18cm」、重さ「535g」と教えてくれた。26日付の『日本経済新聞』によると、これに対してソニーのリーダーは、文庫本ほどのサイズで「5型」と「6型」の2種類があり、重さは「155g」と「215g」というから、キンドルより1回り小さい。問題は文字の読みやすさだが、リーダーの文字サイズは6段階に変えられるし、キンドルと同じように「Eインク」によるモノクロ表示だから、多分、問題ないだろう。

 これに対して、NECの小型タブレットは、表示画面のサイズが「7インチ型」で重さが「370g」というから、リーダーより1回り大きく、キンドルよりは小さいと考えていいだろう。さらにケータイから進化した形で「ギャラクシー Tab」という多機能小型端末がNTTドコモから発売されており、シャープも「ガラパゴス」という多機能端末2種を12月に発売すると同時に配信サービスも開始する。こうしてユーザー側の選択肢がふえてきたことで、電子書籍用の端末は一気に普及するかもしれない。
 
 私はすでにキンドルを持っているので、“2台目”の購入には慎重にならざるをえない。ソニーとNECの仕様を比べてみると、両社とも先行するキンドルを強く意識しているのが分かる。つまり、キンドルと似た仕様にならないように注意している。この点、残念といえば残念である。なぜなら、私はキンドルがパソコンを使わずに本を入手できる点を、高く評価しているからだ。リーダーは、この通信機能を省き、パソコンでダウンロードした電子書籍をUSB経由で取り込む方式だ。NECの端末は通信機能付きだが、カラー表示の画面をもち、本のほかゲームやネット検索サービスも提供している。すでにパソコンと iPod touch をもっている私には、不要の仕様だ。価格は、リーダーが2万~2万5千円、NECの端末は4万2800円だ。この値段から考えると、今のところリーダーが私にはいちばん興味あるハードウエアである。
 
 ところで、ハードウエアについて生長の家が今何かを言っても仕方がないが、それに載せるソフト(コンテンツ)については言うべきこと、考えるべきことが多くあると思う。これまでの紙による本や雑誌は、「出版社 → 世界聖典普及協会 → 教化部」または「出版社 → 取次店 → 販売店」というルートで一般信徒の手に渡っていた。電子書籍は、このルートのうち2番目と3番目をまったく必要としないのである。さらには、著者が直接電子書籍を製作する場合は、私が本サイトで電子本を提供しているように、出版社も必要としないことになる。こういう革命的な流通ルートの変化に、生長の家も早急に対応していかなければならない。この対応で重要なのは、本部が“森の中のオフィス”へ移転した後の運動に即した形で行われることだ。本部や日本教文社など、関係各部門の創造力あふれる健闘に期待している。
 
 谷口 雅宣

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2010年11月24日

北朝鮮のアブナイ計算

 昨日の午後、北朝鮮が韓国領内の大延坪(テヨンビョン)島を砲撃し、兵士2人を含む死傷者を出した。北が南の領土を直接攻撃するのは、1953年の朝鮮戦争の休戦以来初めてという。金正日総書記の健康が疑われる中での政権移行期に、核開発をめぐる6カ国協議が中断するなど、内外に大きな問題を抱える北朝鮮が、閉塞状態を突破する“非常手段”(desparate measures)の1つとして行ったというのが、大方のメディアの分析である。直接の目的は、政権の死活を握るアメリカを交渉のテーブルに引き出すこと。それによって、自国の政権維持を保証させることだろう。そして、あわよくば朝鮮戦争を法的にも終結させて平和条約を結び、各国からの援助を得て自国を立て直すことを目指しているのかもしれない。しかし、それにしても手段を選ばぬ“アブナイ国”というイメージ通りの行動である。つい数日前、アメリカの高官が北朝鮮に関して、「トンデモない(outrageous)、挑戦的な(provocative)行動を起こさなければ……」と言っていた、まさにそのことを実行したのである。いかにアメリカを意識した行為であるかが分かる。
 
 今回の行動を見ても、北朝鮮が“ならずもの国家”と呼ばれるのは不思議でない。しかし、その“アブナイ行動”の中にも、計算された冷徹さがあることを見逃してはならないだろう。だから私は、今回の行動を“軍の暴発”とか“崩壊現象の1つ”とは見ないのである。例えば、今回の砲撃について北朝鮮は、「韓国軍の軍事演習に対する対抗措置」だとしている。つまり、23日には韓国軍がこの海域で「護国訓練」と称する定例訓練を実施中であり、北朝鮮は午前8時20分に韓国に対して現場海域での演習中止を求める通知文を発送している。そして、その6時間後に砲撃を開始した。また、北朝鮮は、今回の海域の近くに引かれた南北の海の軍事境界線である「北方限界線」(Northern Limit Line)を無効だとして、1999年に北独自の境界線を発表した。それ以降、4回にわたって、南北朝鮮はこの限界線周辺で軍事的衝突を起こしている。その4回目の衝突が、今年3月の韓国哨戒艦沈没事件だ。

 この事件は今回と同様に、北朝鮮が米韓の軍事演習に反対する中で起こったものだが、北朝鮮は一貫して自国の関与を否定してきた。が、それによって北朝鮮に有利な結果は得られなかった。そこで今回は、自国軍の砲撃であることを明確にして、「オレは本気だぞ!」というメッセージを送ってきたのだろう。もちろん私は、こんなやり方を「正しい」とか「理解できる」と言っているのではない。自分と同じ民族である一般住民が千人以上も住んでいる島に、破壊力の大きい海岸砲を打ち込む行為は異常であり、人命尊重の意思が微塵も感じられない。これでは、責任ある国際社会の構成員として認められない。が、私が言いたいのは、彼らは“悪魔”とか“狂人”ではなく、彼らなりに計算して行動しているということだ。その証拠に、今回の攻撃は彼らにとって比較的有利な陸上ではなく、劣勢に立つ海上において行われた。物理的な境界のない陸上での交戦はエスカレートしやすいが、島への砲撃ならば、その危険は比較的小さい。しかし、そこでの砲撃を行ったということは、「次は陸上かもしれないぞ」という脅しを含んでいると考えていいだろう。
 
 さて、これに対する日本政府の見解は、23日夜の時点では「許し難いものであり、北朝鮮を強く非難する。砲撃による挑発行為をただちにやめるよう求める」というもので、「現時点では国民生活にただちに影響を及ぼさない」との判断である。その通りだと思う。が、今後の推移は予断を許さないところがあることも事実だ。国連安保理の緊急会合が行われるようだが、この中で北朝鮮の同盟国である中国がどう動くかが、最大の焦点だろう。日本としては、米韓としっかり連携して硬軟双方の対応を検討する必要がある。
 
 ところで、ここまで書いてきたことはあくまでも国際政治のことである。宗教の信仰者としては、これら政治の動きから目を背けることなく、しかし心の平静を失うことなく、これを契機として、日本周辺の国際情勢がより「正常化」の方向へと前進するために、人々の心の中に“平和の想い”を拡大することを心がけるべきである。そのためには、毎日の神想観の中で「世界平和の祈り」を益々真剣に実修していきたい。
 
 谷口 雅宣

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2010年11月22日

「生命不死」と「日時計主義」を掲げて

 今日は午前10時から、長崎県西海市の生長の家総本山で谷口雅春大聖師御生誕日記念式典が執り行われた。あいにくの雨模様だったが、同本山の楠本孝行総務によると、近県の幹部・信徒を中心に867名が参列してくださった。これに先立ち、昨日は好天の下、午前に第30回龍宮住吉霊宮秋季大祭、午後には第33回龍宮住吉本宮秋季大祭が行われたが、こちらの参列者は941名だったという。今日の式典では、私は祝詞を奏上し、大略以下のような挨拶の言葉を述べた:

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 皆さん、本日は谷口雅春大聖師御生誕日の記念式典に大勢お集まりくださいまして、誠にありがとうございます。
 
 今年は、猛暑があったり洪水があったり、いろいろ変化ある気候が続き、農業や漁業にも影響が出ていると報じられていますが、ありがたいことに本山の紅葉は依然として美しいのであります。今日の雨も、木々の葉の赤や黄色を一層引き立てています。谷口雅春大聖師は明治26(1893)年のこの日にお生まれになったので、もし肉体が御存命であれば、今日は先生の117歳のお誕生日に当たります。
 
 谷口雅春先生は、昭和50年1月にこの総本山に移住されてから約10年間、この地にお住まいになり、団体参拝練成会などで講話され、執筆をされました。その最後のご講話で「生命の不滅」を説かれたということは有名なので、皆さんもご存じのことと思います。そのご講話は、『生長の火をかざして』(1985年、世界聖典普及協会)という追悼グラフの中に収録されているので、今日はそれをまずご紹介いたしましょう。昭和60年5月26日の団体参拝練成会におけるご講話です:
 
「……鶴は千年、亀は万年といいますが、人間は、万年どころじゃない、無量寿如来である。『正信偈』という仏教のお経は、“帰命無量寿如来、南無不可思議光”という書き出しで始まっておりますね。帰命とは、イノチの元へ帰ってみるのが帰命であります。そしたら、皆さんは皆、無量寿如来のイノチを頂いて、で、ここに生まれ変わってきておられるのである。皆さんは、ここへ生まれてから真宗の信者になったとか、阿弥陀さんの信者になったとかいう、そんな浅い因縁ではない。命の元へ帰っていったら、無量寿如来、いいかえると阿弥陀如来であります」(同書、p. 21)

「人間は皆、無量寿如来の分身であるから死んでも死なない」--この「生命は不滅」の教えは、生長の家の教義の根幹をなすものですが、誤解していただきたくないのは、これは「肉体生命の永続」ではないということです。肉体は死滅し無くなってしまっても、それを表現していた霊なる生命の“本体”は永遠に続くということです。この教えによって、これまで多くの人々が魂の救いを得てきたわけです。しかし、その一方で、「生命は不死」ということだけでは、人間は必ずしも幸福にはなりません。例えば、「人間はみな罪人であり、人生はその罪の償いの場である」と考えている人には、そのような“償いの人生”が永遠に続くということは、苦しみ以外の何ものでもないでしょう。
 
 また、「生命は不死」だと信じている人の中にも、他人を傷つけて顧みない人もいるのです。このことは今度、新たに出版された『小閑雑感』の「Part 17」(第17巻)の中で取り上げられているので、それを次にご紹介いたします。去年の9月28日に私がブログに書いた文章で、112ページから始まっています。
 
 (同書、pp.112-114 から引用)
 
 ここに書いてあるように、単に「生命は不死である」という考えだけでは、人間は現在の生--現世を否定的にとらえている場合、大きな過ちを犯すこともあるのです。しかし、生長の家では現世を否定的、あるいは自暴自棄的にとらえず、価値あるものとしてとらえていますから、このような危険性を未然に防ぐ教義をもっている--今日はこの点を、強調してお伝えしたいのであります。

 生長の家は、この現世での生活を肯定的にとらえているということは、皆さんは十分ご承知のことと思います。それは、昭和5年に谷口雅春先生が『生長の家』誌を発行されたとき、その創刊号の中に「日時計主義」を高々と掲げられたという事実が、有力に物語っています。当時は、昭和恐慌のただ中で、経済は低迷し、失業者が巷に溢れていただけでなく、中国大陸には日本軍が派遣され戦闘が起こっていた。今の経済は「悪い悪い」と言われますが、当時と比べたらよほどいいのです。その昭和の初期の日本において、「ほがらかに笑って生きよ」とか「人生の光明面を見よ」という日時計主義を掲げたのが生長の家の運動の出発点でした。そのことを思い起こせば、生長の家が現象的人生を肯定的にとらえ、大切にする教えであることは明らかです。
 
 生長の家の「信徒行持要目」にも、この精神は明確に表れています。

第5項目ーー「常に人と事と物との光明面を見て、暗黒面を見るべからず」
第7項目--「人生を神生となし、常に必勝を信じて邁進すべし」

 今、世界は経済的な困難に遭遇しているといって、失業率や株価の下落、円高の困難、政治の低迷など、暗黒面ばかりを指摘して眉をひそめている人が多いのですが、生長の家はご存知のとおり、日時計主義の生き方を前面に出して、光明生活を全世界的に推進する運動を展開しています。これは、生長の家の発祥当時からの考えにのっとった運動であることがお分かりになると思います。その光明生活とは、物質的な豊かさを求めるのではなく、すでに与えられている自然の恵みに感謝し、自然とともに調和して生きることです。その中に人間精神の向上と幸福があるということを、多くの人々に伝えるのが、これからの運動の中心になります。
 
 皆様もどうぞ、「人間生命は不死であり、我々は無量寿如来の分身である」という真理と、人生を肯定的にとらえる日時計主義の実践を通して--両者を車の両輪のごとく推進して、自然と人間とが豊かに共存する世界の実現に向かって運動を力強く進めてまいりましょう。
 
 これをもちまして、谷口雅春大聖師ご生誕日記念式典のあいさつといたします。ご清聴、ありがとうございました。

 谷口 雅宣

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2010年11月21日

都市化は環境にやさしい? (2)

NewScientist』誌はイギリスの有数な科学誌だから、これまでにも極端に飛躍した論理を使った研究や論文は取り上げなかった。今回の特集記事でも、前回取り上げた記事の不足を補うために、「自然を養う(Nurturing nature)」という題の記事を並べて掲載し、「人間の幸福にとって自然は必要だ」という点を訴えている。ここでは、主として医学や心理学、疫学などの研究から、その証拠を引き出している。

 例えば、シアトルのワシントン大学の研究者、ジャニス・ベル氏(Janice Bell)らは、子供たちが家でゲーム機の前にすわっているのと、外で遊んでいるのとの違いが健康状態に関連していないかどうかを調べるため、3,831人の子供の肥満度(Body Mass index)を2年間にわたって追跡した。それによると、緑の多い地域に住む子供の方が、そうでない地域の子供よりも体重の増加がゆっくりと進むことが分かったという。例えば、16歳の子供で比べてみると、緑豊かな地域に住む者は、都会の真ん中に住む者よりも、体重が平均で6kg少ないという。この差は、子供たちの家庭の社会的地位や収入の違いを超えているそうだ。つまり、食事の内容や広い公園の有無などの違いにも影響されない、共通の傾向である可能性があるのである。この結果から、ベル氏らは、「子供たちは居住地域が緑豊かであればあるほど、よく外で遊び運動する」という結論を引き出している。

 緑豊かな自然環境が人間の生理機能や免疫系によい影響を与えることについては、今年7月に行われた生長の家教修会でも一部発表されたが、この記事には「林の中をゆっくりとリラックスして散歩すれば、気持の良い都市空間を歩くよりも、血液中のコーチゾル、脈拍数、血圧、交感神経系の活動のすべてが減少する」とある。また、田舎の散歩は、NK細胞などの免疫系の活動を活性化させることが確かめられている。ただ、こういう健康上のメリットが長期にわたって続くかどうかは、最近まで確認されていなかったらしい。が、昨年の研究で、その傾向が明らかになった。オランダの96人の医師が受け持った34万5,143人の治療記録を調べたところ、15の普通の病気の罹患率が、患者の住居から1km以内に緑地がどれだけあるかによって変わってくることが分かったという。
 
 これらの15の病気とは、冠状動脈疾患、首・背中の不具合、激しい背骨の痛み、首・肩の激痛、肘・手首・手の激痛、うつ病、不安神経症、上部呼吸器系感染疾、喘息、頭痛・偏頭痛、めまい、腸管感染症、医学的に説明できない症状、急性泌尿器感染症、糖尿病である。これらの症状をもつ人が、人口千人中に何人いるかを調べたところ、周囲に10%しか緑地がないところと、周囲の90%が緑地である地域とでは、15のすべての項目で前者の数が後者の数を上回った。例えば、うつ病の症状の人は、前者は32件、後者は24件、呼吸器系感染症は、前者84件、後者68件だったという。疫学的に言えば、両者の違いは若者と老人の差に匹敵するという。
 
 ここでは、同誌の記事が取り上げた研究結果のすべてを紹介できないが、都市の環境にいるよりも自然環境の中にいる方が、人間に治療的効果をもたらすことが、このほかにも多くの研究によって示されているのである。ということは、「都市化は環境にやさしい」という前回の理論には、何か基本的な欠陥が隠されているように思う。その1つは、本欄の読者がコメントで示してくれたように、現時点でのいわば“出来上がった都市空間”から排出されるCO2の量と、自然環境の中で人間が排出するCO2の量を比較して、前者が後者より少ないとしている疑いがある。都市空間が出来上がるためには、長期わたるインフラ整備が必要で、都市と田舎を正しく比較するためには、それに要するCO2の排出量を参入する必要がある。また、その過程で森林は伐採されるから、伐採によって吸収されなくなるCO2の量を、都市が排出するCO2量に加算する必要もある。こういう計算が、前回取り上げた研究に含まれているかどうかは不明だ。
 
 また、仮にそういう計算をすべて行った後の比較であっても、都市化にともなう社会問題の発生や、今回取り上げた健康被害の増大などを考慮すると、私は都市化が「環境にやさしい」とか「人間の幸福に貢献する」などという理論は瓦解してしまうと思うのである。
 
 谷口 雅宣

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2010年11月20日

都市化は環境にやさしい?

 イギリスの科学誌『NewScientist』の11月号を興味深く読んだ。「都市ユートピア(Urban Utopia)」という特集記事を掲載していたからで、副題で「なぜ都市は田舎よりも環境にやさしいか?」と問いかけている。「本当かなぁ」という疑問がすぐに出てきて、記事を読みたくなる上手な副題だ。で、結論を先に言ってしまえば、この見出しにあるように、「一人当たりの二酸化炭素排出量は、都市の方が田舎より少ない」という研究結果をいくつも並べて、「都市化は環境にやさしい」という逆説を述べているのである。もしこれが真実ならば、生長の家が国際本部を山梨県の八ヶ岳南麓に移転することは、その意図とは裏腹に「環境破壊につながる」ことになる。これは一大事だ、と思った。
 
 この記事で取り上げられている研究は、みなきちんとした学術誌に発表されたものだ。ただし、実際のデータは示していないので、データの取り方等の細部については調べて確認することができない。が、そういう点は学術誌の編集部がきちんと判断して掲載を決めたのだろう。だから、一応はそれらの研究結果を容認すべきと思う。それで、どのようにしてこの結論が引き出されるかを紹介しよう。
 
 この結論にいたるのに、それほど難しい論理は使われていない。我々が普通に考えてみても、都市と田舎との交通手段を比べてみれば、都市では電車やバスによく乗り、田舎では自動車に頼ることが多い。これは人口密度の差から来るもので、密度が高い都市では、空間を多く使う手段は交通だけでなく、住居や会社などでも非効率的(高コスト)となる。だから交通の場合、非効率な渋滞を嫌って、都市の人々は自然に公共交通手段を利用する。ということは、一人当たりのCO2排出量は田舎の人より減る。また、人口が密集している都市でのエネルギー利用は、人口が拡散した田舎よりも効率的だといえる。短い距離で多くの人々にガスや電気を供給できるからだ。そうなると、個人のエネルギー消費だけでなく、地域全体のエネルギー利用についても、都市は田舎より優れているという結論が導き出される。
 
 この論理を支持するデータとして取り上げられているのが、2009年に国際環境開発研究所(International Institute for Environment and Development)のデービッド・ドッドマン氏(David Dodman)が発表した研究で、世界の代表的な都市での一人当たりのCO2排出量を調べたものだ。それによると、ロンドンの居住者は、イギリス国内の一人当たりのCO2排出量の半分しか、CO2を排出しない。また、ニューヨーク市の居住者は、アメリカ人の平均排出量の30%しかCO2を排出せず、サンパウロ市民のCO2排出量は、ブラジル人の平均値の18%しかないという。
 
 これに加えて、深刻化している人口問題の緩和にも、都市化は役立つという。なぜなら、都市は田舎よりも教育機会に恵まれ、託児所や学校などの社会施設も整っているため、子供の教育を支える意味でも、女性が教育を受けて仕事につく機会が多い。また、都市では、産児制限の手段が田舎よりも整っている。ということは、子供を生み育てる機会を減らす女性が多くなるから、一人当たりの子供の数は田舎より少なくなる。これに対し田舎では、子供を労働力の一部として見る傾向があるだけでなく、居住空間も都市より広いため、都市の家庭より多くの子供を生み育てる傾向がある。だから、都市化が進めば、そうでない場合よりも人口の増加数は減るというのである。
 
 このように考えていくと、都市化は環境保護にも人口増の緩和にも貢献するという結論になる。これを日本に当てはめて言い直せば、東京や大阪が、大間や嬬恋村よりも“環境にやさしい”ということになり、人々はこれまでと同じように、都市へ都市へと移り住むことが環境問題の解決に最も有効だという結論になりそうである。が、しかし、本当にそうだろうか。これまでの人類の動向が都市化だったのだから、この結論が正しいなら、なぜ地球温暖化などが起こっているのか、それが説明できない。この論理の、いったい何が問題だろう?
 
 谷口 雅宣

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2010年11月18日

ハナミズキとイチョウ (3)

Leavess  その年は、熱い夏が長く続き、遅い秋が突然やってきました。昼と夜の寒暖の差が大きくなると、木々の葉は急速に色づきはじめます。ハナミズキは、こういう時季が来るのを待っていました。普段の年は、ハナミズキの紅葉とイチョウの黄葉は、少し時季がズレていました。それでも重なる期間はあったので、その数日間、ハナミズキはイチョウとの触れ合いに心を躍らせるのでした。でもその年は、ハナミズキの紅葉が遅れ、イチョウの黄葉が早まったおかげで、2本の木は、アスファルトの道路いっぱいに葉を落として、我を忘れる思いで1週間の逢瀬に没頭したのでした。ハナミズキは、「こんな楽しい日々が続くなら、地球温暖化も悪くない」とさえ思いました。
 
 でも、始まりがあるものには、必ず終わりが来るのでした。12月が近づくと、ハナミズキもイチョウもすっかり葉を落としました。道路に散り敷いた赤と黄の落葉は、イランの宮殿にある華やかなペルシャ絨毯より、なお豪華であった時期も過ぎ、しだいに色褪せて、茶褐色に沈んでいくのでした。イチョウとの楽しい日々はもう終わりだと感じたハナミズキは、今年こそ大切なことを話そうと思いました。
 
ハナミズキ「あのぉ……1つだけ教えてください」
イチョウ「なんだい?」
ハナミズキ「私たち、来年まで会えないのですか?」
イチョウ「すぐそばに立ってるから、会ってるようなものじゃないか」
ハナミズキ「見るだけでは、心が苦しくなります」
イチョウ「確かに……。話ができないのは、ぼくも苦しい」
ハナミズキ「春になって、あなたのために花を咲かせても、あなたの声は聞こえません」
イチョウ「ぼくは緑の葉をいっぱいに広げて、君のために春風のダンスを踊ろう」
ハナミズキ「あぁ、私も紅い花を枝いっぱいにつけて、あなたといっしょに春風のダンスを踊りたい! でも、私たちは動けない。手を取り合い、葉を寄せ合って、二人だけの音楽を奏でたいのに、それはできません」
イチョウ「動物でないぼくたちには、それはできない。仕方がないんだ」
ハナミズキ「でも、秋にはできるじゃないですか。ほら今、こうしているように……」
イチョウ「それは、落葉するから……」
ハナミズキ「春にも、落葉したい!」
イチョウ「それは神さまに禁じられている」
ハナミズキ「神さまにお願いして、春にいっしょに落葉しましょう!」
イチョウ「君、それは……無理だ」
ハナミズキ「なぜ?」
イチョウ「春に葉を落とせば、成長のためのエネルギーが足りなくなる」
ハナミズキ「成長はもう、しなくていいの。私たちは、もう大人です」
イチョウ「大人には、しなくてはならない仕事がある」
ハナミズキ「えっ、それは何?」
イチョウ「種を作って子孫を殖やすことだ」
ハナミズキ「あぁ、そのことです。私が言いたかったのは……」
イチョウ「何を言いたかった?」
ハナミズキ「あなたと私の子供がほしい」
イチョウ「えっ! それは、動物でなければ無理だ」
ハナミズキ「それでは、せめて種でいい。あなたと私で種を作りましょう」
イチョウ「君、ミズキとイチョウでは種類が違う。異種同士では、種は作れない……」
ハナミズキ「でも、私たちがバラバラでなく、いっしょだという証(あかし)がほしい」
イチョウ「…………」
ハナミズキ「神さまにお願いして、何とかしてもらえませんか?」
イチョウ「わかった。二人でお願いしよう。神さまなら、きっと何かしてくださる」
 
 こんな会話があった数日後、この地域に清掃車がやってきて、周りの落葉をきれいに掃除していきました。ハナミズキとイチョウの間には、前と同じように、灰色のアスファルトの道路が横たわっているのでした。2本の木の、距離を置いた生活がまた始まりました。季節は冬となり、やがて空には雪が舞うようになりました。
 
 この話は、ここで終わりです。でも、読者のために、翌年の春に起こった“小さな異変”について書いておいた方がいいかもしれません。それは、ハナミズキとイチョウから再び新芽が伸び出す時季に、今まで見たこともないキノコが、双方の木の根元から頭をもたげていたことです。直径が3~4センチのその傘は、鮮やかな橙色をしていて、まるでハナミズキの赤とイチョウの黄色が混ざったような色でした。学者は、この新種キノコに「イチョウミズキタケ」という名前を与えました。

 谷口 雅宣

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2010年11月17日

ハナミズキとイチョウ (2)

Gingkotree  秋になると、赤くなり黄色くなった木々の葉は、枝からハラハラと落ちていきます。人の目には、葉が落ちるのは、雨や風や乾燥などで、木々がやむを得ずにそうするように見えるでしょう。もっともっと枝に付けておいてほしいのに、寒さや冷たさがむりやりに、葉を木々から奪い取る……でも、本当はそうではないのです。木々は、ちゃんと考えて、適当な時期に適当な数の葉を、枝から放すのです。風に吹かれて飛ばされてしまうのではなく、本当は自分で選んだ葉を、風に乗せて送り出すのです。
 
 何のためだか分かりますか? それは、近くの木とお話するためです。もちろん人間とは違いますから、言葉を使っての話ではありません。色と音と、触覚を使うのです。サクラの葉が紅葉すると、あんなに多くの色を葉の表面に浮き出させるのは、このためです。サクラは、とってもおしゃべりなのです。いろんなことが言いたくて、いろんな色を発色し、その葉が別の木の葉と触れ合うとき、メッセージを伝えます--
 
カサカサ、コソコソ
サクサク、サカサカ
 
 サクラの葉の縁が、どうしてギザギザなのか知ってましたか? あれは、音がよく出るためです。それに、せっかく触れた別の葉と、離れたくないからです。ギザギザを相手のギザギザにひっかけて、もっと話がしたいのです。
 
シキシキ、スクスク
サキサキ、ソコソコ

 幹線道路の入口に立つイチョウが黄葉すると、北風に乗せて葉をサカサカと送ってきます。ハナミズキは、それがイチョウの好意のしるしだと知っていました。でも、扇形のイチョウの葉は、なかなか風に乗りにくいのでした。イチョウの木から5~6メートル飛ぶと、そこに落ちてクルクル回転します。その上を自動車が走ると、湿ったタイヤがイチョウの葉を道路に貼りつけてしまいます。また時々、とんがった女の人のハイヒールが、その葉を裂いていきます。裂かれても、砕かれても、イチョウの葉は風を使って、ハナミズキの立っている場所へ、少しずつ、少しずつ、近づいてくるのでした。
 
 ハナミズキはそれを見ながら、一所懸命に葉を落とすのでした。自分の紅い葉で、傷ついたイチョウの葉を護ってあげたい。砕かれるのを防いであげたい。そうすれば、自分の葉の下で、イチョウはまだ話ができる。自分の葉と触れ合いながら……。
 
シキシキ、シャカシャカ
チチチチ、キキキキ

 木々はこうして自分の“分身”を空に放ち、地に撒布して、互いに話をするのでした。

 谷口 雅宣

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2010年11月16日

ハナミズキとイチョウ

 東京の町のある坂道に、1本のハナミズキの木が立っていました。そこは、幹線道路に続く上り坂の狭い道で、幼稚園の子供たちが、お母さんの手を握ったり、自転車の後部座席にまたがったり、あるいは自動車の助手席から、窓に顔をつけて外をのぞきながら通う道でした。

Amdogwood  ハナミズキの木は苗で植えられてから、もう5年がたっていました。春には、赤いチョウの羽のような愛らしい花をいっぱいつけ、夏には下を行く園児やお母さんに涼しい木陰を提供し、秋には、真っ赤に紅葉して人々の目を楽しませ、冬には銀の綿毛の芽を陽光に輝かせて、元気に育ってきました。そんなハナミズキにも、心躍らせる時が来ていました。それは今、秋だからです。
 
 ハナミズキが立つ坂道を上りつめたところに、幹線道路への出入口がありました。そこに1本のイチョウの木が立っていました。幹線道路の両側には若いイチョウ並木が続いているのですが、その1本のイチョウだけが、ハナミズキの心を奪っていました。その木は、アスファルトの下に拡がる大地にしっかりと根を張り、まっすぐな幹をスックと天に伸ばしていました。樹形が整っているだけでなく、葉のつき具合、幹を覆うゴツゴツとした樹皮の色つやもよく、ハナミズキをほれぼれとさせるのでした。特に秋になると、その木は幹線道路沿いのどのイチョウよりも早く、葉を黄色く変えて、「私はここにいるよ」と全身で誇らしげに語りかけてくるのでした。

 そのイチョウの木が早く黄葉するのには理由がありました。幼稚園から幹線道路に出る上り坂は、ビル風の通り道でした。また、幹線道路への出入口では、背の高いビルが途切れていて、南の空がひらけて見えるのでした。そこにしっかりと根を下ろしたイチョウは、朝夕は冷たいビル風に耐え、日中は暖かな陽射しに照らされて、マラソン選手のように鍛えられてきたのです。厳しい環境にいて、美しく生きる--そんなひたむきな求道者のような姿を見て、ハナミズキは時々熱いため息を漏らすのでした。

「疲れをとってあげたい。心をなぐさめてあげたい……」

 でも、植物である木が、自分の気持を相手に伝えるのは簡単でありません。動物のように動くことができれば、すぐにでもそばへ行って、紅葉した自分の葉をイチョウの全身に振りかけて暖めてあげたい、とハナミズキは思いました。その望みはかなわないのですが、ハナミズキには別の方法がありました。それができるのが、この秋の季節なのでした。

 谷口 雅宣

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2010年11月15日

最近の日本外交について

 横浜での生長の家講習会で出た“政治的質問”に対しては、前回の本欄に書いた前提のもとで、若干のコメントをしよう。44通の質問のうち3通が、昨今の中国やロシアとの関係についての不安の表明だった。

 川越市から来られた30代の女性は、「このまま民主党政権が続くと、日教組や反日勢力が勢いを増し、中国、韓国、ロシアに日本が侵略されてしまうのではないかと心配です」と、まるで明日にでも日本が侵略されてしまいそう悲観論を表明された。埼玉の川口市から受講された51歳の男性からは、「最近の中国やロシアからの尖閣諸島や北方領土に対する圧力について、政府の弱腰の対応が批判されたりしていますが、生長の家の立場から見た政府の対応へのコメントや良きアドバイスは、ありますでしょうか?」との質問をいただいた。また、81歳の女性は、「近頃、中国、ロシヤの態度が非常に気になっています。国内の政治についても、これでよいのか? と案じられてなりません。しかし、不安な心でいれば、体調を悪くします。こんな時の心構えをご指導くださいませ」と悩みを訴えられている。
 
 私は、これらの人々が国際情勢についてどういう媒体から情報を得ているのかを、まず疑問に思った。かつて私は(例えば、昨年9月24日に)『産経新聞』が民主党政権に明確な反対の意思表示をして、その観点から記事全般を書いていることを指摘し、ジャーナリズムの態度として疑問があると述べた。私が本欄などで疑問を述べても、もちろん『産経』が自らの報道姿勢を改めることはないだろう。しかし、生長の家の読者が、『産経』の報道内容をそのまま事実として信じているとしたら、日本を取り巻く国際問題を誤って理解することにもなるので、「産経はニュートラルではないよ」ということを明確に示したかった。その後、私はついに『産経』を購読することをやめてしまった。かつては『産経』の記者として紙面作成に自ら関与し、その後は30年近くも購読し続けていた人間として、きわめて後味の悪い決断だった。が、記事を読んでいると気分が悪くなるような新聞は、もはや購読する価値はないと思う。
 
 『産経』の購読をやめたからといって、私は『朝日』や『毎日』の報道姿勢がニュートラルだと考えているわけではない。彼らは彼らなりの“姿勢”をもっているが、その姿勢の根拠をきちんと書いていることが多い。根拠が書いてあれば、私はそれを読んで記事の内容の信頼度を推定することができる。それに対して『産経』は根拠を示さずに断定して記事を書くことが多い。記事だけでなく、見出しを独断でつけることも多い。私は、ジャーナリズムは口ゲンカでないと信じているから、それを教えてくれた『産経』が、レベルの落ちた記事を掲載し続けるのを見ていられなかったのだ。
 
 さて、『産経』の問題点を指摘するのはこのくらいにして、質問へのコメントをしよう。川越市の30代の女性の心配は、全くの杞憂である。というよりは、国際関係について、この女性はほとんど間違っている。現在の国際環境下で、中国やロシアが日本を侵略することで得られるものは何もない。民主党政権も日米安保条約の意味を十分理解し、日米関係は日本外交の“基軸”だとしているから、日米安保は存続する。アメリカもアジア外交を重視しているから、日本を手放して中国と組むことはない。だから、中国やロシアが日本を侵略しようとすれば、必然的にアメリカとの戦闘を考えねばならない。両国はいったい何のために、そんなことをするのだろうか? 外交問題に関しては、そういう論理的な筋道でものごとを考えてほしいのである。どこの国でも、実際に外交をしているのは、たいていきちんと高等教育を受けた冷静な頭の人々である。すぐに歯を剥いて襲いかかってくる動物を、我々は相手にしているのではない。

 川口市の51歳男性の質問に対しては、私はこう答える。今回の中国、ロシアとのゴタゴタの原因は、日本の外務省の無策によるところが大きい。また、前原氏が外交のやり方を勉強中であるという残念な事態のおかげである。前半の問題は、自民党政権下でも十分起こりえることだ。なぜなら、役人は当時からそんなに変わっていないからだ。後半の問題は、もちろん民主党の責任だ。が、私は、2大政党制を望む立場から、初めて政権運営をさせようとしている民主党に、ある程度失敗があることは国民として容認すべきだと思う。もちろんこれも程度問題で、日本の“国益”が大きく損なわれる事態に至れば、政権交代はやむを得ないだろう。ただ、今回のゴタゴタから出た“ヒョウタンの駒”もある。それは、アメリカが尖閣諸島の中国からの防衛を名言してくれたことと、北方領土に対する日本の立場を改めて支持してくれたことである。これによって、民主党政権はアメリカに大きな“借り”を作ったから、鳩山時代のような“寝言”はもう言わなくなるに違いない。
 
 さて、81歳の女性の不安についてのお答えだが、私は購読新聞を代えたらいかがかと思う。ロシアのメドベージェフ大統領の国後島訪問に関しては、外交経験の長い東郷和彦氏が11月11日付の『朝日新聞』上で優れた分析を語っている。その記事を読むと、ロシアはいきなり日本との関係を自ら悪化させたのではないことが分かる。日本外務省は、ロシアがここ1年ほど小刻みに投げてきた“警告”のボールを無視しつづけてきたのだ。東郷氏の分析は、こうだ--「ロシア側の最高レベルから、真剣な交渉をやろうというメッセージが出されたときに、2回にわたり、相手の感情をことさら刺激する発言をした。ロシア側は、日本には交渉をまとめる意志がないと受け止めたのだろう」。つまり、国際関係は人間関係と似ていて、どちらか一方だけが悪いという事態は、そう多くないのである。
 
 とにかく、外交に関しては多角的な視点をもつことが必要である。その際、注意してほしいのは、戦後長らく続いたいわゆる“冷戦構造”というものは、現在は存在しないという事実だ。この“冷戦構造”の日本国内での反映が、“右翼”と“左翼”の対立である。今の日本政治の問題は、世界的枠組みである“冷戦構造”が消滅したのに、国内ではいまだに“右”と“左”が対立していることである。この時代遅れの政治家のセンスは、もちろん日本国民のセンスを一部反映しているだろう。だから、最近の日本外交の失敗は、日本国民全体の責任でもあることを認めなければならない、と私は思う。
  
谷口 雅宣

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2010年11月14日

生長の家と政治的立場

 今日は、横浜市港北区の横浜アリーナを会場にして、神奈川教区の生長の家講習会が行われた。私たちは朝の8時半に自宅を車で出発し、会場には9時20分ごろ到着した。横浜・中区の「みなとみらい地区」では、APEC(アジア太平洋経済協力会議)の首脳会議が行われているため、警備等で交通渋滞が予想されたが、道中はきわめてスムーズだったのはありがたい。今回の講習会は、1万人を超える大勢の方(1万308人)が受講してくださった。数字的には前回より400人弱(375人)の減少だったが、広い会場にもかかわらず、大勢の方々が静かに聴講してくださったことはありがたかった。特に驚いたのは、午前の私の講話に対する質問が44通も来たことだ。この数は、私の記憶に残る限り過去最多の数で、受講者の関心の深さを示していると感じた。
 
 講習会での質問は、A5判横書きの専用紙に書かれるのだが、私はそれを昼休みが終わる10分前の12時50分ごろ、係の人から受け取ることになっている。だから、10分弱の時間内で質問の内容を読み、どれに答えるかを決めねばならない。今回は、質問をすべて読み終わる前に昼休みが終わってしまい、結局、10問程度しか答えることができなかった。神奈川のような1万人規模の講習会では、常にこの問題がある。現象世界の制約だから仕方がないとは分かっていても、真面目に質問を書いてくださった受講者の方々には申し訳ない気持をぬぐい去ることができない。そこで過去にもそうしてきたのであるが、機会をみて答えるべき質問には本欄などで答えようと思う。
 
 今回の質問の中で目についたのは、昨今の政治関連の変化に対するものである。これは、宗教とは直接関係のないテーマだが、日本国の一員として、また人類の一構成員として考えねばならないことだから、私も本欄では時おり話題にし、自分の考えを表明してきた。しかし、今日は宗教の教えの講習会なので、時間的余裕があればともかく、質問数も過去最多だったので政治問題への回答はすべて割愛した。

 講習会の質問の中には、様々な政治問題を取り上げて「これについて生長の家の立場を教えてください」と問うものが時々ある。しかし、生長の家は政党や政治運動ではないから、世の中のすべての政治問題についていちいち“立場”や“考え”や“見解”をもっているわけではない。そもそも「政治」とは、現象世界において利害関係が生じたときに、その一方の立場を推進したり、他方との関係を調整することを目的として行われる様々な営みである。ということは、そういう政治問題に関して“立場”や“見解”を表明すれば、問題となっている利害関係の当事者の一方に与する結果となる危険が常に存在する。「当事者の一方だ」と見なされれば、それはもう広義の意味で「政治に関与する」ことになるだろう。これは、個人として私が行うことは全く問題がない。それどころか、国政に関わることは日本国民の義務である。だから、私は過去の国政選挙には常に参加して一票を投じてきた。
 
 しかし、「生長の家として政治的立場を明確にしろ」と問われた場合、「はいはい分かりました。では見解を申し上げます」と簡単に言うのは如何にも愚かである。なぜなら、生長の家は宗教運動であって政治運動ではないからだ。また、私たちは過去に政治運動を熾烈に行ったが、その誤りから何も学ばないことになる。この過去の運動の問題点については、生長の家教修会の内容を記録した『歴史から何を学ぶか』や『平和の先人たち』に詳しく書かれているので、ここではこれ以上触れない。ただ、私がここで言いたいのは、生長の家の信仰の原点は、「大調和の神示」が説くように、「神の創造になる実相世界には利害の対立は本来ない」ということである。これは、今日の講習会で繰り返し述べたことで、その前提に立てば、「政治的対立の一方に与する」ことで何かが解決すると考えることは、生長の家の信仰の本道から逸れているのである。
 
 しかし、私が日本国民の一人として国政に参加したのと同じ理由で、読者や一般信徒が日本国民として特定の政治問題についてどう考えるべきか助言がほしいというのであれば、それを全く無視することはかえって責任逃れのような気がする。そこで、過去にも本欄では、選択的に政治問題にも触れてきたのだった。

 谷口 雅宣

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2010年11月 9日

飛行機事故の“偶然” (2)

 6日の本欄で、今月の初めに航空機事故が立て続けに3件起こったことに触れ、これを“偶然の一致”と見るべきか、それとも3件に共通の“原因”があると見るべきかを問いかけた。残念ながら読者の反応は1件--「原因結果の法則を学んでいるものとして、ただの偶然とは感じられません」というものだけだった。私もこの読者の意見に賛成である。しかし、それはパキスタン、オーストラリア、キューバという互いに何千キロも離れた位置を飛んでいた3機の航空機に、ある1つの原因が働いたという意味では必ずしもない。もちろん、事故にいたる種々の要因の中に共通のものがまったくないというのではない。その簡単な例を挙げれば、3件のいずれの場合も、パイロットが過密スケジュールや悪天候などの「悪条件の中を飛んだ」ということは、十分あり得る。しかし、悪条件の中を飛ぶ航空機は世界中に無数にあり、そのほとんどは事故を起こしていないから、これは「原因」ではなく「助因」(補助的要因)と呼ぶべきものである。

 3事件に共通の原因があるかどうかを考えるに当たって、読者は次の質問に答えてみてほしい--
 
①ある1日に世界で起こる自動車事故は、何件ほどか?
②その事件すべてに共通する「原因」は考えられるか?
③自動車事故は1日に何回あっても、そのすべては我々に知らされない理由は?
 
 このような手続きを踏んでから今回の3件の事件/事故を考えてみると、我々人間の心の中に潜んでいる一種の“偏向”が浮かび上がって来ないだろうか。私は上の3つの問いにこう答える--
 
 軽微な物損事故を含めると、24時間のうちに世界中で起こる自動車事故の数は、事実上「無数」と答えていいだろう(①の答え)。それらの事故のすべてに共通する原因があるとは、とても思えない(②の答え)。それでもあえて挙げてみると、「自動車があるから自動車事故が起こる」という類の不合理な考えにたどりつくだろう。では、それらの自動車事故のすべてが我々に知らされないのは、どうしてだろう。理由は簡単である。それらがあまりにも“当たり前”だからだ。別の表現を使えば「数が多すぎる」のだ。だから、それらをいちいち報道していると、新聞の紙面は溢れてしまい、ニュースの時間は足りなくなる。したがって、新聞やテレビは、「当たり前のものはニュース価値がない」として報道しないことになる。
 
 この答えを逆にたどっていくと、今回の3事件/事故が“偶然の一致”とは思えない理由が浮かび上がってくる。これらが「偶然でない」と思えるのは、航空機事故はまれにしか起こらず、したがってメディアが“重要なニュース”として取り上げるから、なのである。別の言葉で表せば、我々は航空機を含めた乗り物による事故が周囲に無数にあるにもかかわらず、その中から稀にしか起こらない「航空機事故」だけを選び出して、頭の中で1つにまとめてとらえ、「ここに3つが集まったのは偶然ではない」と感じるのだ。その感想は、もちろん正しい。なぜなら、我々が(無意識によって)“恣意的に”集めたものは、“偶然に”集まったものではないからだ。しかし、我々の意識は普通、無意識が行っている活動を知ることはないから、意識によってはそれらを“偶然の一致”だと感じるのである。
 
 別の例で同じことを言おう。
 ネコ好きの人(Aさん)が、自宅のアパートから最寄り駅までを毎日15分歩いて通っていたとする。その隣人のBさんはネコに無関心だったが、同じように最寄り駅まで15分歩いて通っていた。ある日、Aさんは自宅から駅に着くまでにネコの姿を3回見かけて驚いた--「今日はネコちゃんと3回も会えた。これは決して偶然ではない!」。これに対して、Bさんも別の日に、ネコと道ばたで3回すれ違ったが、そのことにまったく気がつかない。なぜなら、Bさんはネコとは別のもの(例えば、花)に関心があるからだ。Bさんの視覚は、もしかしたら足元を素早く横切るネコの姿を知覚したかもしれない。が、それはネコに関心がないBさんの意識は把えないから、自分がネコと会ったと認知しないのである。ネコに関心のある人が「ネコに会った」ことを記憶し、「3回も会った」という認知に達し、「これは決して偶然ではない!」などと思うのである。
 
 こう考えていくと、私たちが「これは偶然じゃない!」と強く感じる出来事が起こる理由は、私たちの“外部”にあるのではなく、“内部”にある--ということが見えてくるのである。かなりややこしい議論をして、読者を退屈させてしまったかもしれない。本件についての私の結論は、今回、短時日のうちに起こった3件の航空機事故にもし共通の原因があるとしたら、それは、経済発展とグローバル化によって航空機の利用者が世界的に増えたということだろう。3件が重なって起こったことは、別に驚くに値しないかもしれない。なぜなら、自動車事故は、同一日に数え切れないほど起こっているからだ。航空機は自動車ほど普及していないから、事故が「3件しか」なく、しかもメディアが大きく報道するから、我々が認知するところとなるのである。
 
 これと同じ内容の議論を、私は『太陽はいつも輝いている』(2008年)の第1部で詳しく展開した。より深く理解したい読者は、同書の第1部第4章「偶然と奇蹟」を参照されたい。
 
 谷口 雅宣 

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2010年11月 7日

岐阜の空、霧しぐれて

 今日は岐阜市の岐阜アリーナなど4会場を結んで、岐阜教区の生長の家講習会が開催され5,798人の受講者が参集してくださった。同教区では、“炭素ゼロ運動”の一環として今回初めて多会場開催に踏み切ったが、受講者は前回より132人(2.2%)減少した。会場がふえると運営に必要な実行委員の数もふえることになるから、事前の準備は会場運営と推進の両面で入念にしなければならない。同教区の方々はそれぞれ真剣に取り組んでくださったが、あと一歩のところで前回に及ばなかった。しかし、新たに会場となった地域の信徒の方々は、大いに主体性を発揮して推進に取り組んでくださったから、運動の“新たな息吹き”が生まれているに違いない。今後、この息吹を“旋風”に育て、各地に伝道の渦を巻き起こしてほしい。岐阜教区の皆さん、どうもありがとうございました。
 
 講習会の帰途に読んだ新幹線車内誌『ひととき』の11月号に、俳人の小澤實氏が芭蕉の詠んだ富士山の句のことを書いていた。私が興味をもったのは、その句には富士が描かれていない点だ--
 
 霧しぐれ富士をみぬ日ぞ面白き
 
 小澤氏によると、この句は、芭蕉41歳の秋、江戸深川から故郷の伊賀に向かう途中、箱根で詠んだ句だ。現在、「富士見平」という場所に建てられた大きな句碑にこれが彫られているが、実際に芭蕉が詠んだ場所かどうかは分からない。小澤氏は、「富士の姿を見たいと思いつつ1日、箱根を歩いてきた芭蕉が…(中略)…富士見平という地名に反応して、掲出句を発想した可能性が考えられる」とするが、「ただ、芭蕉のころから富士見平という地名が使われていたかどうかはわからない」と懐疑的だ。
 
「霧しぐれ」とは、霧と時雨(しぐれ)の中間的な状態で、小澤氏は「時雨が降っているとまでに感じられる濃厚な霧」だと書いている。「時雨」は一般に初冬の季語で、この頃、曇っているときだけでなく、晴れているときも急に雨雲がやってきて、しばらくパラパラと雨を降らせたかと思うと、すぐに上がってしまう--そういう気象のことである。ということは、芭蕉は、目の前の富士を隠している霧が、つかの間の存在であることを知っていて(または予想して)、この句を詠んだのだ。その場にもっと足を留めていたら、あるいは明日になったら、雄大な富士が姿を見せるに違いないのに、今は濃い霧の中に隠れている。「ああ、富士を見たい。しかし、見えない。どんな富士が見えるのか。あんなか、こんなか」と、期待と焦燥の混じった感情が詠み手の心に生まれている。それが「富士をみる日」という言葉に表れていないだろうか。つまり、芭蕉はそこへ行くまでに何回も富士を見ているのだ。しかし今日、こんな絶好の場所へ来たのに富士は姿を隠している。そんな富士と自分との関係を「面白き」と評しているのだと思う。
 
 だから私は、この句を岐阜教区の人々に贈りたい。時雨はすぐに上がり、富士が見事な姿を見せる日は近いのだ。

 谷口 雅宣

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2010年11月 6日

飛行機事故の“偶然”

 因果の法則によると、世の中にはいわゆる偶然というものはない。すべての出来事には何らかの原因があり、その原因の影響が一定の条件に達すると、結果として何かの出来事が生じる。この考え方は自然科学にも採用されていて、ある法則や原理が「科学的真理」と認められるためには、前述したような因果関係を科学者が仮説として提案し、その仮説を忠実になぞった実験を設計した後、その実験が仮説どおりの結果を出すことが求められる。加えて、その実験結果には“再現性”がなければならない。つまり、誰がその実験を行っても、同じ結果が得られなければならないのだ。

 閉ざされた研究室で実験可能な自然科学上の真理の検証には、このような厳密性が一般に求められる。しかし、研究室内での実験が不可能な、社会科学上の真理を検証するさいは、それほどの厳密さは求められない。例えば、国家間の経済関係では、これ以上の円高を抑えるために、日銀総裁が資金の流動性をさらに高める政策を発表したとしても、実際は円高が続くこともある。経済学上は円安になるはず環境にあっても、である。この場合、経済学上の真理が間違っていたとか、経済学の理論が破綻したとか言われることはなく、「円高要因が別にあった」などと言われるのである。
 
 では、航空機事故は、自然科学と社会科学のどちらの“真理”に関係していると考えるべきだろう? 飛行中のジェット機のエンジンに大形の鳥が吸い込まれた場合、かなりの確率でエンジンの故障が結果する。このことは、実験によって確かめることができるだろう。その一方で、機体や機器の整備不良でも航空機事故は起こる。この整備不良の問題には人間が関与してくるから、社会科学の扱う問題だとも考えられる。さらに言えば、機体や機器に何の問題がなくても、パイロットが操縦席でインターネットに夢中になっていれば、事故が起こる確率は増えるに違いない。これは認知科学や心理学上の問題である。こう考えてみると、航空機事故の原因究明はたいへん複雑で難しい仕事であることが分かる。それでも、航空機時代の今日は、空での事故原因を究明し、それを極力取り除く努力を続けていかなければならないことは自明である。

 ところで最近、航空機事故が続いていることを読者は気づいているだろうか? 今月に入ってからだけでも、日本時間の4日にはパキスタンのカラチの空港から飛び立ったばかりの自家用機が墜落して22人が死亡、翌5日には450人以上を乗せたオーストラリアのカンタス航空のスーパージャンボ機が、エンジンの損傷によって緊急着陸した。これと前後して、キューバでは、ハリケーンが接近するサンティアゴ空港から飛び立った旅客機が墜落し、68人が死亡した。航空機がからんだこれら3つの出来事には、それぞれ別の原因があることは確かだろう。しかし、そういう個別の原因を認めたうえで、3つの事故(あるいはニアミス)がほぼ同時に起こったことには、何か共通する“原因”があると考えてはいけないだろうか?

 航空機事故の統計を詳しく調べたわけではないが、私は大きな事故が地球のどこかで起こると、それと似たような事故が地球上の別の場所で続いて起こるような印象をもっている。今回の一連の出来事は、私のその印象を実に正確に再現したものだ。航空機関連の事故が起こる確率は、自動車事故よりもはるかに小さい。にもかかわらず、一度起こると次々に起こるような現象に接すると、「その原因は?」と考えてしまう。もちろん、「3つが重なったのは単なる偶然だよ」と答えて満足する人も多くいるだろう。読者は、どちらのタイプだろうか。
 
 谷口 雅宣

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2010年11月 5日

米中間選挙の“明暗”

 アメリカの中間選挙で民主党が大敗した。上下両院で議席を大幅に減らし、下院では過半数を共和党に奪われ、上院の過半数はかろうじて維持した。日本の参院選での民主敗北とよく似ている。期待を抱かせすぎた“勝利”は、政権運営を誤ると“敗北”を呼び寄せるということだろうか。今回のアメリカの選挙では、しかし“ティーパーティー(茶会党)旋風”などが吹いたから、日本の事情とかなり違う部分もある。が、ここでは類似点のみを指摘しておく。日本への影響という面では、まだ見えにくいところがあるが、外交政策に大きな変化はないような気がする。それよりも気になるのは、アメリカで民主党が大きく掲げていた環境政策が頓挫する恐れがあることだ。これは日本への影響というよりは、人類さらには地球の生態系全体へ影響という点で、ゆゆしき問題となるかもしれない。
 
 5日付の『インターナショナル・ヘラルド・トリビューン』紙は、今後、環境政策でオバマ政権と議会との対立が予想される分野に、環境対策と化石燃料開発のための補助金制度の2つを挙げている。それによると残念なことに、今回新しく議員となった人々の多くは、「地球温暖化」という事実そのものを疑っていて、連邦政府が環境規制をすること自体に反対している。新しく下院議長になると見込まれている共和党のベイナー院内総務(John A. Boehner)などは、CO2が温暖化の原因だという科学の常識を否定しているため、すでに下院を通過した包括的環境対策法案にある排出権取引制度などを「仕事をなくすエネルギー税だ」といって厳しく攻撃してきた。また、アメリカでは来年1月から、環境保護局(EPA)が温暖化ガスを“汚染物質”として規制する予定になっていたが、“主役”が入れ替わった議会は、これを阻止する動きに出るだろう。
 
 そこでオバマ大統領は、環境政策の重点を、このような「包括的」な環境対策から「個別的」な産業分野へと移す意向を示しているという。個別の産業への補助金支給などでは、共和党の賛成を得られる可能性があるからだ。例えば、電気自動車の開発、大型トラックの燃料の天然ガス化、建物や機器のエネルギー効率の改善、自然エネルギーや原子力エネルギー産業の育成などである。これらを実行することで技術革新を促し、仕事を増やすことをねらっている。
 
 このような政策転換は、今回の選挙での“国民の意思”を読んだ結果だというが、何が“国民の意思”であるかは、解釈の余地が十分あるだろう。例えば、上に記した2009年の包括的環境対策法案に賛成した民主党議員は、今回の選挙で36人も落選した。しかし、この法案への反対者は民主党議員の中にもいて、そのうち43人が落選している。ということは、今回の選挙は環境対策が主たる争点ではないと解釈できる。特に、西海岸のカリフォルニア州で環境重視の流れが見られることは、私としては心強い。同州の人たちは、石油業界の肩入れで提出された環境対策骨抜きのための「プロポジション23」(23号提案)を否決しただけでなく、環境保護派のボクサー上院議員(Barbara Boxer)を再選し、共和党のシュワルツェネッガー知事の後任として、民主党の環境保護派で知事経験者のジェリー・ブラウン氏(Jerry Brown)を帰り咲かせた。
 
 カリフォルニア州はアメリカで最も人口が多く、文化と産業の両面で同国の変化を先取りする州として有名である。その地に生長の家のアメリカ合衆国伝道本部があって、環境対策を熱心に進めていることは特筆に値する。だから私は、カリフォルニア州民の良識とエネルギーに大いに期待するのである。
 
 谷口 雅宣

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2010年11月 4日

カメの長老 (2)

 カメの社会には厳然とした階層秩序がありました。それは、カメの寿命が長いことと関係がありました。カメは自分の体だけでなく甲羅もいっしょに大きくなるので、成長には時間がかかるのでした。頑丈な甲羅は“隠れ家”や“防護服”の役割を果たすので、それが大きいということは、カメの社会では経験豊かであり、また“高級”で“偉い”証拠でした。だから、大ガメが社会を支配し、中ガメがそれに従い、小ガメが小間使いのようにせっせと働くことは、当たり前であるだけでなく、正しいことでした。

 こういう不動の秩序のもとでは、「変化」は秩序を脅かす異常事態と見なされていました。だから、変化を嫌うカメ社会では、ノロマであることは当たり前であるだけでなく、よいことなのでした。が、その反面、カメ社会には問題があることも長老ガメは知っていました。そのことを伝えようと思い、長老は若ガメに言いました--
 
長老--ところで、おまえはノロマの意味が分かったかな?
カメ--わかりました。世界は変わらないから、何でも急ぐことはムダなのです。
長老--世界は、全然変化しないわけではない。季節は動くし、それにしたがってカメの生活も変えねばならん。冬になれば、冬眠だ。
カメ--ええ、そうです。それでもまた春が巡ってきて、四季が繰り返します。つまり世界は、同じ変化を繰り返す……。
長老--そう、円い大きな環のようにね。狭い範囲を見れば変わっていても、広い範囲では変わっていない。だから、未来を見ることもできる。
カメ--あっ、そうでした。昔から中国では、我々には予知能力があると言われていたのを忘れてました。カメはウサギより偉いのです!
長老--ははははは……。そう簡単には言えないぞ。
カメ--どうしてです? カメは世界がもどってくる場所に、いつもいる。だから、今も未来にいるのです。
長老--しかし、春しか知らなければ、夏や秋のことは予知できない。冬が来ることを知らなければ、夏や秋の収穫物を蓄えておくこともできない。
カメ--確かに、そのとおりです。でも、繰り返しの内容とパターンを覚えてしまえば、あとは簡単です。
長老--しかし、世界は大きく変わることもある。もとへもどらないこともある。そんなとき、カメの我々はどうすべきかな?
カメ--ええっ、そんなことがあるのですか?
長老--昔、こんなことがあった。我々が甲羅をもっていない頃の話だ。全能の神ゼウスが結婚の宴を開いて、動物全部を招待してくれた。ところが、我々の先祖だけが神の宴に出席しなかった。その理由は、自分のすんでいる土地と家が居心地がよくて、離れたくなかったからだ。それを知ったゼウスは怒って、「おまえは今後、自分の家を背負って生きていけ」と言って、甲羅を体に張り付けたのだ。
カメ--ええっ、そんなことがあったんですか! 驚きました。
長老--だから、神の御心を知る努力は常に必要だ。居心地がいいというだけでは、神の怒りをかうこともある。
カメ--ふーむ。この重い甲羅は、神さまの招待に応じなかったおかげなのですか。
長老--そうだ。しかし、神は罰だけをくだしたのではない。この甲羅のおかげで我々は天敵から身を守り、長生きができるようになったのだから。

 谷口 雅宣

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2010年11月 3日

カメの長老

 ある島に、ウサギとカメが住んでいました。ウサギはすばしこくて、走るのが得意で、いつも競走相手をさがしていました。カメはゆっくり動くのが好きで走るのは遅かったですが、自分のまわりのものによく気がついて、ていねいで、根気強いのでした。

 カメはそういう自分の性格が好きでした。自分の住んでいる島には、ステキなものが満ちあふれていて、それを毎日目にし、鼻先でつついて匂いをかぎ、あるいは手や足で触ってみることで、いつも新しい発見があるのでした。でも、このあいだウサギと話をしたとき、ウサギから「ノロマのおまえは鳥と関係ない」と言われたのが、くやしくて仕方がないのでした。鳥はカメの仲間の爬虫類から進化したから、カメにとっては“親戚”です。鳥とはまったく別の哺乳類のウサギに、そんなことを言われる筋合いはないと思いました。でも、ノロマという点では、自分がウサギより遅いのは確かでした。
 
 カメはある静かな秋の日に、ゆっくり歩いてカメの長老がいる森まで行きました。こんどウサギに「ノロマ」呼ばわりされたときに、どう言い返せばいいか、教えを請おうと思ったのです。
 
カメ--長老さま、長老さま。お願いがあってまいりました。
(岩のように大きいカメの長老は、木の根元に横たわったまま、目を瞑っている)
カメ--長老さま、起きてください。目を開けてください。教えていただきたいことがあるのです。
(カメの長老は片眼だけ開き、若いカメを見る)
長老--そんなに大きな声を出すものじゃない。私の耳はよく聞こえている!
カメ--ああ、これは失礼しました。眠っておられるのかと思いました。私に教えてください。
長老--何のことじゃ。
カメ--ウサギに何と言えばいいのでしょう?
長老--何があったのじゃ?
カメ--ウサギにノロマだと言われました。
長老--昔からそう言われておる。
カメ--でも、昔はウサギと競走して勝ちました。
長老--それは1回だけじゃ。
カメ--ノロマは、鳥とは関係ないと言われました。
長老--ノロマでも、鳥との関係はある。
カメ--そうですよね。私もそう思います。でも、どう関係があるのでしょう?
長老--鳥はいくら速く飛んでも、いずれもどってくる。カメは動かないから、その時すでに元の場所にいる。それを見て、鳥は安心するんじゃ。どちらが優れているかな?
カメ--ああ、そう考えれば、カメはいつも勝ってますね!
長老--勝ち負けのことではなく、どちらがエネルギーのムダが少ないかだ。
カメ--動かない分だけ、カメはムダをしてません。
長老--だから、鳥より長生きだし、ウサギよりも長生きだ。
カメ--ツルは千年、カメは万年ですからね!
(長老、甲羅を揺すって大いに笑う)
長老--アーハッハ、アーハッハ……。それは人間が作った架空の話だ。本当は、カメは150歳が最長記録だし、ツルはそれよりずっと短い。
カメ--へぇー、長老さまは何でもご存知なのですね。

 カメは、自分の体の倍ほどもある長老ガメを見上げ、その山のような甲羅の大きさが長老ガメの偉大さを表している、とつくづく思いました。
 
 谷口 雅宣

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