都市化は環境にやさしい? (2)
『NewScientist』誌はイギリスの有数な科学誌だから、これまでにも極端に飛躍した論理を使った研究や論文は取り上げなかった。今回の特集記事でも、前回取り上げた記事の不足を補うために、「自然を養う(Nurturing nature)」という題の記事を並べて掲載し、「人間の幸福にとって自然は必要だ」という点を訴えている。ここでは、主として医学や心理学、疫学などの研究から、その証拠を引き出している。
例えば、シアトルのワシントン大学の研究者、ジャニス・ベル氏(Janice Bell)らは、子供たちが家でゲーム機の前にすわっているのと、外で遊んでいるのとの違いが健康状態に関連していないかどうかを調べるため、3,831人の子供の肥満度(Body Mass index)を2年間にわたって追跡した。それによると、緑の多い地域に住む子供の方が、そうでない地域の子供よりも体重の増加がゆっくりと進むことが分かったという。例えば、16歳の子供で比べてみると、緑豊かな地域に住む者は、都会の真ん中に住む者よりも、体重が平均で6kg少ないという。この差は、子供たちの家庭の社会的地位や収入の違いを超えているそうだ。つまり、食事の内容や広い公園の有無などの違いにも影響されない、共通の傾向である可能性があるのである。この結果から、ベル氏らは、「子供たちは居住地域が緑豊かであればあるほど、よく外で遊び運動する」という結論を引き出している。
緑豊かな自然環境が人間の生理機能や免疫系によい影響を与えることについては、今年7月に行われた生長の家教修会でも一部発表されたが、この記事には「林の中をゆっくりとリラックスして散歩すれば、気持の良い都市空間を歩くよりも、血液中のコーチゾル、脈拍数、血圧、交感神経系の活動のすべてが減少する」とある。また、田舎の散歩は、NK細胞などの免疫系の活動を活性化させることが確かめられている。ただ、こういう健康上のメリットが長期にわたって続くかどうかは、最近まで確認されていなかったらしい。が、昨年の研究で、その傾向が明らかになった。オランダの96人の医師が受け持った34万5,143人の治療記録を調べたところ、15の普通の病気の罹患率が、患者の住居から1km以内に緑地がどれだけあるかによって変わってくることが分かったという。
これらの15の病気とは、冠状動脈疾患、首・背中の不具合、激しい背骨の痛み、首・肩の激痛、肘・手首・手の激痛、うつ病、不安神経症、上部呼吸器系感染疾、喘息、頭痛・偏頭痛、めまい、腸管感染症、医学的に説明できない症状、急性泌尿器感染症、糖尿病である。これらの症状をもつ人が、人口千人中に何人いるかを調べたところ、周囲に10%しか緑地がないところと、周囲の90%が緑地である地域とでは、15のすべての項目で前者の数が後者の数を上回った。例えば、うつ病の症状の人は、前者は32件、後者は24件、呼吸器系感染症は、前者84件、後者68件だったという。疫学的に言えば、両者の違いは若者と老人の差に匹敵するという。
ここでは、同誌の記事が取り上げた研究結果のすべてを紹介できないが、都市の環境にいるよりも自然環境の中にいる方が、人間に治療的効果をもたらすことが、このほかにも多くの研究によって示されているのである。ということは、「都市化は環境にやさしい」という前回の理論には、何か基本的な欠陥が隠されているように思う。その1つは、本欄の読者がコメントで示してくれたように、現時点でのいわば“出来上がった都市空間”から排出されるCO2の量と、自然環境の中で人間が排出するCO2の量を比較して、前者が後者より少ないとしている疑いがある。都市空間が出来上がるためには、長期わたるインフラ整備が必要で、都市と田舎を正しく比較するためには、それに要するCO2の排出量を参入する必要がある。また、その過程で森林は伐採されるから、伐採によって吸収されなくなるCO2の量を、都市が排出するCO2量に加算する必要もある。こういう計算が、前回取り上げた研究に含まれているかどうかは不明だ。
また、仮にそういう計算をすべて行った後の比較であっても、都市化にともなう社会問題の発生や、今回取り上げた健康被害の増大などを考慮すると、私は都市化が「環境にやさしい」とか「人間の幸福に貢献する」などという理論は瓦解してしまうと思うのである。
谷口 雅宣
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