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2010年10月31日

山口県の“大成功”

 今日、山口教区で行われた生長の家講習会は“大成功”という言葉を当てはめていいだろう。すでに妻がどこかに書いているが、受講してくださった人の数は、前回より313人(6.5%)多い5,164人で、内訳も、白・相・青の3組織そろって前回を上回った。この主な原因は、前回までは周南市の1会場に絞って行われていたものを、今回は信徒の多い岩国市と下関市の2箇所に会場を増やし、合計3会場で行ったことだろう。このため、これまで“お客さん”のように、一歩下がった取り組みをしていた岩国、下関周辺の幹部・会員の皆さんが、責任感とヤル気を出して推進と運営に取り組んでくださった。誠にありがたい。坂次尋宇・教化部長を初めとした教区の幹部・会員の皆さんに、この場を借りて心から御礼申し上げます。ありがとうございました。
 
 講習会後の幹部懇談会でも、喜びの声が多く聞かれた。各人の発表によると、「会場を増設する」ことだけが成功の原因ではなく、日ごろからの活動においては、いわゆる“単層伝達”を実現するために、組織の各層の責任者に役割を与えて「任せる」一方で、誌友会の開催率を上げて組織を活性化したことが好結果に結びついたようだ。こちらの教区では、「技能と芸術的感覚を生かした誌友会」も多く開催しているというから、これも活性化に一役買ったのではないかと思う。
 
 山口教区では、環境を意識した取り組みも盛んだという。教化部では、毎月1回「ノーカーデー」を設けて、職員の車の使用を制限することで通勤によるCO2排出の削減をShunanaddr1しているほか、自然豊かな敷地で草刈りなど、自然と人との触れ合いを進めている。また、組織においては、白鳩会が会合での食事を手弁当に切り替えたり、会議や行事のための移動にもできるだけ公共交通機関を利用しているほか、空き缶の回収、EM菌を使ったボカシ作りなどをしているという。相愛会はすでに2年前、敷地内に70本の植樹をしていて、これを防風林に育てるための草刈りなどをしているという。

 さて、メイン会場が設けられた周南市の話にもどるが、ここには東京を連想させる地名がいくつもある、と坂次教化部長が教えてくれた。そこで徳山駅の近くを歩いてみると、なるほど「有楽町」「銀 座」「千代田町」などがある。その理由を聞くのを忘れたが、この地を含む山口県からは国Shunanaddr2_2 政レベルの政治家が多く出たからか……などと考えてみる。しかし、わざわざ東京を真似た地名を作るというのは、見方によっては故郷をバカにしていると思われるだろう。だから、その可能性は低いと思う。それに、東京にある同名の地とこちらの土地を比べると、広さを含めて差があまりにも大きい。偶然の一致だと考えた方がいいのかもしれない。

 上の文章を書いた数日後、山口教区の坂次尋宇・教化部長から周南市の町名の由来について、同市農林課から「徳山の町名由来記」  という文書を入手したとの報告をいただいた。それをここに掲げるので、興味ある読者は読まれたい。結論的に言えば、東京の町名等との類似は“偶然の一致”などではなく、考えに考えたすえのことで、一元的に決まったのではなく、様々なケースがあるのだという。
 
 谷口 雅宣

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コメント

徳山城の城下町の地名の名残ではないでしょうか。

投稿: M.S | 2010年11月 2日 12:10

合掌 ありがとうございます。

山口教区の取り組みにを拝見し頭が下がります。埼玉でも積極的に取り組んでいきたいです。

 さて、周南市の地名が東京や神奈川などの地名と似ている件ですが、テレビの「どっちのケンミンショウ」でやっておりました。また、インターネットのウィキトラベルでも以下のように掲載されていました。
「太平洋戦争中にB29の空襲を受け、街が壊滅した際、都市の復興とその後の発展を夢見て東京のようになろうと、あちこちに東京の地名を付けたそうです。」
お役に立てましたでしょうか?

青木拝

投稿: 青木 繁和 | 2010年11月 5日 12:49

谷口雅宣先生

 合掌 常に親しく温かくご指導下さり、ありがとうございます。
また、山口教区講習会の大成功おめでとうございます。

 周南市に東京の地名があることについてですが、先日テレビをつけたら、たまたまこのことがバラエティー番組で取り上げられていました。
 
 戦争による空襲で街が焼け、復興で区画整理する際に、東京のようになろうと、東京にならった地名をつけたそうです。
 その際、元々あった地名を合体させるなど関連づけてつけたそうです。例えば岡田原の原と、今宿の宿を合わせて「原宿」としたそうです。
 周南市にはこの原宿の他、新宿、代々木、青山、晴海埠頭まであるとのことです。

 バラエティー番組の情報ですので、本当かどうか、と周南市役所に電話して問い合わせてみたところ、
「はい、そのとおりです。しかし詳しい文献などは残っていません」とのことでした。
 
 当時は、復興を夢見て東京の地名をつけることが、人々の心を勇気づけたのかもしれませんが、先生がおっしゃるように、昨今は、文化の多様性が失われ、どの地方に行っても、同じような建物と店がならび、私も出張などの際に、とても疑問を感じました。
 その地方にはその地方の歴史や文化、風土があることは、とても大切だと実感しております。
 ありがとうございます。

眞藤雅史 拝
 
 

投稿: 眞藤雅史 | 2010年11月 5日 12:57

青木さん、
眞藤さん、

 周南市の地名の件、ありがとうございます。
 「周南市」は新しい地名ですが、徳山市だった時代のことなのですね。当時は、東京のようになりたいと思った人たちは、今回の地名変更をどう考えたのでしょうか。興味のあるところです。

投稿: 谷口 | 2010年11月 5日 22:24

なるほど、そうでしたか。ためになりました。

投稿: MS | 2010年11月 8日 06:52

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