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2010年10月28日

谷口清超大聖師二年祭にあたって

 今日は午前10時から、東京・原宿の生長の家本部会館ホールで「谷口清超大聖師二年祭」が行われた。12月並みの気温の寒い日だったが、東京近郊の幹部・信徒の方々が参集してくださり、しめやかではあるが、笑いや拍手も起こる和やかな雰囲気の中で、谷口清超先生の教恩と御徳を偲ぶよい御祭になったと思う。私は最後に、概略以下のような挨拶を述べた:

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 皆さん、本日は冷たい雨の中、谷口清超大聖師二年祭にお集まりくださり、有難うございます。
 
 谷口清超先生は、昭和60(1985)年に総裁法燈継承をされてから平成20(2008)年までの23年間、生長の家の総裁として私たちを温かく、ときには厳しく御教導くださいました。私は2年前の追善供養祭のときには、清超先生の自由を尊重される御心のおかげで、生長の家の今日の運動があるということ、また私個人もそこから大変な恩恵を得ていることをお話ししました。今日は、その「自由」の展開は神意にもとづかねばならず、清超先生はそのことを最大限に強調されてきたということを申し上げ、清超大聖師をお偲び申し上げたいのであります。
 
 谷口清超先生は、昭和60年の生長の家総裁法燈継承のあった記念式典のときにご挨拶をされています。このお言葉は、清超先生が生長の家総裁として初めて正式に対外的に発せられたお言葉ですから、大変重要なものです。宗教の導師の言葉を政治家の言葉と比較することは語弊を生むかもしれませんが、あえてそれをすれば、一国の大統領なら、その大統領就任演説、日本の首相だったら、就任後最初の施政方針演説に当たるものと言えます。ですから、このお言葉は後に「中心帰一の真理」と題されて、『新編 聖光録』や生長の家地方講師の活動指針である『求道と伝道のために』の中に収録されました。皆さんもきっと読まれたことと思います。その中に、次のような箇所があります--
 
「真理というのは、その時その時に応じて色々な相(すがた)をもって展開されねばならない。そこがイデオロギーや運動方針とは違います。イデオロギーならば色々と文字に書きあらわすこともできるかもしれないが、それは『真理そのもの』とは違うのです。そこの所をよく諒解していただかないと、過去の歴史を繰り返せよということを、相承と思い違えたりする。この点は皆さんにも充分ご理解いただく必要がある。そしてこれからの運動はやはり中心帰一の原理を説く生長の家の運動でありますから、中心帰一を守りつつ大いに大々的に展開していきたいと念願している次第であります」。

 ここで言われている「中心帰一」とは、「夫に従え」とか「教化部長に従え」というようなレベルの話ではありません。「神の御心」が何よりも大切であるということです。「神の御心」とは、宗教的な“真理そのもの”です。それは言葉では表せず、説きつくせない部分があります。この神の御心を現象世界である実生活に展開していくためには、公式的なイデオロギーや学説では足りない。また、先師の言ったことの一言一句を自分はそのまま説くのではない、ということです。清超先生は、このお言葉を述べられたときには、日本が現代史において経験した戦争の話をされています。日清・日露戦争に始まり、満州事変、日中戦争、そして大東亜戦争にいたるまでの歴史に触れ、それが昭和天皇の御心に反し、神の御心にも反していた、と述べられたのです。これは、谷口雅春先生が昔述べられていたこととは多少違うのであります。

 このお話から四半世紀--25年がたちました。多くの信徒の方は、このお言葉の重要性を理解し、納得してくださったのですが、一部にいまだに理解不十分な人がいて、生長の家は谷口雅春先生の時代とまったく同じ行動をし、生長の家総裁は雅春先生と一言一句同じことを繰り返さねばならないと主張しているのは残念なことです。戦争の問題に関しては、谷口清超先生は、生長の家総裁法燈継承後に2冊の本を出され、その中で、生長の家の信仰においては“聖戦”というものはありえず、現代において日本が関与した戦争は神の御心に反していたということをハッキリ述べられている。そのことを今日はぜひ、皆さんも改めて確認していただきたいのであります。
 
 先ほど触れた2冊の本というのは、『新しい開国の時代』(平成元年)と『歓喜への道』(同4年)です。特に、最初の『新しい開国の時代』という本は、私が広報・編集部長をしていたときに、清超先生と直接相談しながら作った本ですから、その頃の先生のお気持が私にはよく理解できるのです。
 
 日本が戦前、朝鮮半島や中国大陸に派兵したことについて、『新しい開国の時代』の40頁~41には、次のように書かれています--
 
「しかし本質的に言うならば、満州はどこまでも満州民族のものであって、日本のものではない。それ故、その利権を守ろうとすることは、日本が日本固有のものでないものにしがみつくことになる。これを満州民族あるいは中国人から見ると“日本が侵略している”という厳然たる事実とされる。それはもはや、日本がどんなに好意的な態度で善政を布いたとしてもさけることの出来ない“拒否反応”であることは、他人の心臓を移植した時と同じである。すべて拒否反応というものは、それを受け容れたら、死ななくてすむのに、生体は拒否することによって、死に到って尚かつ拒否するのである。
 それは、そのような現象の奥にやどる“理念の生”の強烈な自己主張であるのだ。従ってその“生”こそ本来的なもので、“死”は外面的な現象に他ならない。しかし現象的には、死が発生する。これが満州事変の拡大となり、さらに支那事変としてより深刻化し、遂に大東亜戦争にまで発展して“死相”が全東亜に拡大した原因である」。
 
 ここで先生がおっしゃっているのは、当時の国際政治の常識では、日本が朝鮮半島を植民地化したり、日露戦争でロシアに勝った日本が、ロシアがもっていた満州の利権を引き継いだりすることは許されてしかるべきだったが、それは“神意”ではなかったということです。人間社会においては、「民族自決の原則」はこの時代には国際的に認められていなかったが、それは本来的な“理念の生”の自己主張だった--つまり、臓器移植をする際に、他人の臓器を患者の体が激しく拒絶するのと同様に、他民族の支配を拒否するということは、国や民族が「生きる」ということの本来の在り方だったと述べておられるのです。しかし、日本は、「欧米各国がこれまでやってきたのと同じことをして何が悪いか」という次元でしか、国際政治をとらえられなかった。そして、大国として生きるために資源や権益に執着したのです。この「執着心」が戦争の原因だと、清超先生はハッキリと述べておられます。同じ本の58~59頁を朗読します--
 
「何故日本が、満州事変から支那事変さらに大東亜戦争へと引きずられて行ったか、その根本には、やはり日本が満州の資源や権益を非常に重大視して、それに執着したからであった。いや日本だけではありません。その当時、世界中の国々が自分の持っている資源とか権益を拡大する方向に進んで行き、植民地を作ったり、資源獲得の競争をしたりして、有限の資源をできるだけ早く手中に収めようという方策を執った。日本はその競争に少し出発が遅れたのですが、どういう訳か、満州という国土の資源が手に入った。これは元を正せば、満州と朝鮮半島を侵略したロシアの持っていた財産を、日露戦争で日本が受け継いだからであるが、その満州の権益を日本は非常に大事に思い、それに執着しすぎたのです。その為にその権益が失われそうになると、満州にどんどん軍隊を増派した。当時から満州は日本の生命線であると内閣声明で謳っていたのであるが、天皇様は“満州事変は拡大するな”との御意思をお伝えになっていられたのであって、満州の資源を是非とも確保せよとは仰言っておられなかった。その食いちがいが非常に問題であると、私は再三にわたって各地の講習会で指摘しております」。

 このご文章は、昭和61年2月9日の生長の家栄える会全国大会での講話の筆録でありますから、谷口雅春先生が亡くなられてから約半年がたった頃のお話です。つまり、清超先生は、雅春先生のご昇天後の講習会では各地を回りながら、「戦争の原因は人間の執着心である」ということを説き続けられていたのです。戦争の問題について書かれた2冊の著書には、「大東亜戦争は聖戦だった」などということはひと言も書かれていない。それどころか、清超先生は、神が望まれる“聖戦”などというものは存在しない、と繰り返し説かれてきたのです。このことを今日、清超先生の二年祭にあたって、ぜひ皆さんと共に再確認したいのであります。生長の家には“聖戦”などという言葉は存在しないのです。また、資源や利権に執着することで戦争は起こるということです。
 
 なぜ私がこれを今、強調するかと申しますと、現在の国際関係では、またまた資源獲得競争とか、利権の拡大競争が起こってきているからです。しかも、それと併行して、地球温暖化にともなう気候変動が深刻化しています。この2つの問題への解決法は、他から奪わない自然エネルギーの開発と利用であることは明確なのですが、その方向に進むにはコストがかかると言って、多くの国や企業が化石燃料や原子力の利用をやめようとしない。日中間でも最近、尖閣諸島周辺での領土的争いが顕在化しています。この背後には、この地域での天然ガスの開発の問題があることは皆さんもご存じのとおりです。また、これに関連して、中国が先端技術に欠かせない稀少資源であるレアアースの日本への輸出を制限した問題も脚光を浴びています。このように、資源や利権に執着する動きが世界各地では起こっている。そういう時期だからこそ、私たちは谷口清超大聖師が説かれた「執着を去れ」という教えを今、実生活に展開していかねばならないのです。
 
 具体的に言えば、自然から奪い、他国から奪い、貧しい人々から奪う結果となる化石燃料の使用をやめて、豊かにある自然エネルギーの利用を通して、人々や動植物と共存し、さらには与える生活の実現を目指していかなければなりません。谷口清超大聖師二年祭にあたり、清超先生の教恩に限りない感謝を捧げ、その教えにもとづいた運動をさらに拡大していく決意を新たにするものであります。ご清聴ありがとうございました。

 谷口 雅宣

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コメント

 本当に素晴らしいご指導誠に有り難うございます。この世界の現状、自然環境の問題を考えるに先生の、生長の家のこの教え、運動こそが世界と自然環境を真に守り、人類の神性を呼び覚ますものであると確信致します。

投稿: 堀 浩二 | 2010年10月29日 12:22

総裁先生。
私は、現象界での谷口清超先生の御姿を拝したことはありません。少し前、『美しい国と人のために』という御著書を入手し、その口絵写真の御姿を拝した時、そこから放たれる”霊気”としか言い表せないようなものを感じました。ただの”優しさ”でなく、単なる”凄さ”でもない・・・。この時、”生体”としての生長の家について、一つ納得できたように思います。
この”生体”は、雅春先生に生まれ、清超先生に成長し、そして雅宣先生において一つの完成をみることになるのでしょう。雅春先生や清超先生を慕い、ある時期の教団を担ってきたのであろう方々の極く一部が、その真情に反して、結果として「反」生長の家だけを目的とする言論や行為へと、自らを貶めるということが無きしもあらずということは、ある種の原理主義のたどる途として当然のこととは言え、残念なことです。
「清超先生の自由を尊重される御心」を総裁先生は挙げられましたが、雅宣先生の場合は「教団の透明性を高める」というような御心があるのでは・・・と私は勝手に推察申し上げる次第です。この時代は、ウェブによる情報チャネルを一般の人が持つという状況ですから、ある組織内の事柄で世間に晒したく無いことがある場合も、ついには隠せおおせるものではないと思います。総裁先生の場合は、ご自身の身辺に関わることも、かなりオープンにされていることがはっきり伝わってきます。その点、「何か怪しげな仕掛けがあるのでは?」とかんぐりたくもなる、幾つかの他教団のトップとは信頼感において全く異なると思います。
私は、生長の家が組織として今後も直接、政治界に関わるのでなく、精神・文化・宗教界でリーダーであることを通して社会・経済界を変革するという手法で進むことを期待します。従って、平和・環境についても、幾つかの他教団にまま見られるような、スローガンとして一応並べておくだけとか、いわゆる平和団体の一員として名を連ねてよしとする(バックに、ある政治勢力が控えていることが多いように思えます)ということではなく、総裁先生の指摘されるように、現象界に生きる人間の根深い”欲望”を問題意識に捉えつつ、生長の家という”生体”の体質の転換・強化をもっての前進を期待する次第です。

投稿: 水野哲也 | 2010年10月29日 13:35

雅宣先生、
合掌、ありがとうございます。
「恩返し」「宙のネズミ」の意味と合わせておっしゃる意味良く分かります。 何につけ 執着は良くありませんね。
ありがとうございます。
みちこ 拝、

投稿: みちこ | 2010年10月29日 14:01

 二年前、谷口清超先生がお亡くなりになられた時の第一報は、教区相愛会事務局長さんよりメールで頂きました。その連絡を受けた時、私は、自分の父が亡くなったような気持ちになりました。そして自分が、谷口清超先生のご指導にどれだけ忠実に生きただろうか?について
問うてみまして深く反省するところがありました。

 ≪「戦争の原因は人間の執着心である」ということを説き続けられていたのです。≫
 あの当時の講習会等で、谷口清超先生がこのことをよく説き下さっておりましたことを私も良く記憶しております。
 また、あの当時『理想世界』詩の巻頭言に谷口清超先生がお書きになられたご文章で現在、聖典にも収録されているある文章が私は強く印象に残っております。
 今、手元にその聖典は無いので記憶をたどって書きますが、谷口清超先生は、「国を憂えることは無信仰の者にもできる。本当の神を信ずる信仰者が実相国日本・天王国日本をつくる」と確か言われております。

 また、谷口雅春先生も本当は戦争には反対されていたと思います。
 それは、谷口清超先生がはじめて谷口雅春先生に会われた時、谷口雅春先生が、谷口清超先生に言われた言葉からも明らかだと思います。

 再拝
 
 

投稿: 志村 宗春 | 2010年10月29日 22:23

 合掌
 前回の私の書き込みで明確でなかった部分(あの当時『理想世界』詩の巻頭言に谷口清超先生がお書きになられたご文章で現在、聖典にも収録されているある文章が私は強く印象に残っております。
 今、手元にその聖典は無いので記憶をたどって書きますが、谷口清超先生は、「国を憂えることは無信仰の者にもできる。本当の神を信ずる信仰者が実相国日本・天王国日本をつくる」と確か言われております。
)について書き込みます。
 
 そのご文章は、昭和63年2月号の『理想世界』詩に
谷口清超先生が巻頭言で、「真の日本を愛するために」と題して書かれておりますご文章で、そのご文章は、谷口清超先生著『人生の主人公となるために-神の子への道66章』の15頁~17頁に収録されています。

 私が申し上げましたそのご文章は、この本の17頁に掲載されております≪ ≫内のとおりのご文章であります。
≪ある人は若い情熱を湧かして先人の遺徳をしのび、憂国の思いに涙したというが、それではまだ信仰にまでは達していない。国を憂えることは無信仰の者にもできる。しかし本当の神を信じ、その神が渾ての渾てである事を信ずる者は、無信仰者ではありえない。そしてその絶対信仰の人々が、真の大和国日本を知り、天皇国日本、真理国なる実相世界を自覚し、本当の意味での日本と全世界、全宇宙を愛するのである。≫

 以上です。

 再拝

投稿: 志村 宗春 | 2010年11月 1日 09:51

谷口 雅宣 先生
 合掌 谷口清超大聖師の2年祭が神様の御心まま、厳粛に開催され、恵美子先生のご挨拶では、清超先生のほのぼのとした想い出を中心としたお話を拝聴することができ、引き続き、雅宣先生のご挨拶では、清超先生の御霊前にて、大変恐縮なのですが、神意に基づいた教えを拡大してゆくことへの深い決意を感じさせて頂き、心が一新されました。ありがとうございます。

 さて、今回の先生のご挨拶では、清超先生の昭和60年の生長の家総裁法燈継承のあった記念式典のときのご挨拶を大変重要なことと紹介され、生長の家の信仰においては“聖戦”というものはありえず、現代において日本が関与した戦争は神の御心に反していたことを述べられたということを仰られました。
 そもそも、雅春先生も神示のなかで、
「神が戦いをさせているのではない。迷いと迷いと打合って自壊するのだと教えてある。迷いの軍隊を皇軍だなどと思ったのが間違いだったのである。この神の教えは『自給他足・他給自足』と教えてあるのに独逸にならって経済自給圏を確立しようと思ったりしたのが既に相対の心である」と説かれております。
また、雅宣先生は、2月11日の建国記念日祝賀式典の祝辞において常々、“神武天皇による建国の精神は、闘わずして平和を築いてゆくという大和の精神であります。それは大和の国を平定するという目的に対して、手段そのものも実に平和りに行われていて、常に神に伺い、神意を第一にしているのであります。この大和の理念が大東亜戦争により利用されてしまいました。大和という目的のために手段が戦争というのはいただけない。それぞれの国がその個性を発揮して、お互いに神の元に一つになって行くことが大切なのです”というようなことを説かれていると理解しております(間違った解釈でしたらお詫び申し上げます)。
 以上から、谷口雅春先生、清超先生、雅宣先生と連綿と受け継がれている教えの普遍性を感じざるおえません。

 また、雅宣先生は引き続きご挨拶で、地球温暖化にともなう気候変動が深刻化するなか、資源獲得競争が起こっており、日中間でも最近、尖閣諸島周辺での領土的争いが顕在化していることに触れられ、この問題への解決法は、他から奪わない自然エネルギーの開発と利用であり、豊かにある自然エネルギーの利用を通して、人々や動植物が共存共栄し、与える生活の実現を目指していかなければならないということを説かれました。
 今後日本政府には、自然エネルギーをもっと活用できるよう早急に、国を挙げて研究開発・インフラ整備を促進し、エネルギーを含めた地産地消の地方分権政策を確立していただきたいものです。
 他人事のようで申し訳ないのですが、森のオフィスに向かう生長の家は、時代のモデルになると思っております。
楠本忠正

投稿: 楠本 忠正 | 2010年11月 2日 13:40

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