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2010年10月19日

マンデルブロー氏、逝く

「フラクタル」という複雑系の概念を生み出した数学者、ブノワ・マンデルブロー氏(Benoit B. Mandelbrot)が14日、アメリカのマサチューセッツ州の自宅で亡くなった。85歳だった。ワルシャワ生まれのフランス人で、後にアメリカへ渡り、永年IBMのトーマス・ワトソン研究所の研究員を務めた後、イェール大学に移った。フランスの大学にも籍を置いて研究を進め、1975年に初めて「フラクタル」という概念を提出し、数学を使って自然界の複雑な現象や構造の説明を試みた。それによると、円や直方体、球などのように「特徴的な長さをもつ形」ではなく、「特徴的な長さをもたない形」が自然界には存在するとし、この形の重要な性質は「自己相似形」だとしたのである。

 この概念は一見難しいようだが、日本でのフラクタル研究の第一人者、高安秀樹氏は実に明快に説明する。それによると、自己相似形とは、「考えている図形の一部分を拡大しSekiran てみると、全体(あるいは、より大きな部分)と同じような形になっている」ということだ。もっと具体的には、「たとえば、雲の形を思い浮かべてほしい」と高安氏は言う。「雲の形にもいろいろあるので、ここでは積乱雲を考えてみよう。もくもくとわき上がった雲の各部分は球に近い形に見えるかもしれない。しかし、よく観察すれば球とみなそうと思った形の中にも無視できないほどのでこぼこがあり、さらに小さな球の集まりをもってこなければよい近似にはならないことがわかる」。こういうように、部分が全体の形に似ており、全体が部分の形に似ているもの。言い換えれば、全体の中に部分があり、部分の中に全体があるような図形や構造を「自己相似形」というのである。
 
 雲だけでなく、自然界は多くのフラクタルで満ちている。海岸線の形、山や谷などの地表の凸凹、アマゾン川の形、肺や血管の構造、立木や根の構造、パセリやカリフラワー、ブロッコリーに見られる特徴的先端構造などは、わかりやすい例だ。私がこの考え方に出会ったのは20年ぐらい前だったと思うが、その時驚いたのは、こういう自然界にある当り前の自然物が、パソコンによって計算式で描けるということだった。単に「パソコンで描く」というと、今ではマウスやペンタブレットを手で操作して、画用紙にペンや色鉛筆で絵を描くような描画を想像する人が多いかもしれないが、そういう手を動かす方法ではなく、手を動かさずに「計算式で描く」のである。もちろん、それによってカリフラワーやブロッコリーそのものが描けるのではなく、それによく似た形が描けるということだ。その描画のための計算式も、とりわけ複雑なものではなく、パソコン用のプログラムにして20行程度ですんでしまう。だから当時、私はプログラムを打ち込んではフラクタル図形をパソコン上に描き、「なぜこうなるのか……」と不思議に思いながら思索に耽ったものである。
 
Mand01  そして、私が引き出した結論は、「自然界にはアイディアが満ちている」ということだった。この場合の「アイディア」とは、「定数」とか「関数」とか「バイブレーション」に近い概念である。カリフラワーの“花”は、そこに実在するのではなく、目に見えない1セットの定数や関数の命令にしたがってカリフラワーの細胞が整列したときに、そこに「出現する」のである。もともとあるのは、目に見えない定数や関数の方であり、物質的存在としてのカリフラワーは、細胞が定数や関数の指示どおりに並んだときの「表現形」であり、一時的な存在にすぎない。となれば、この考え方はプラトンの「イデア論」に近づいてくるし、「理念が物質に先行する」という考え方、さらには生長の家の「実相と現象」の区別にも比較できる。こういう哲学的、宗教的な考えが、数学によって目に見える形で証明される--その可能性に胸を躍らせLambda02 たものだ。
 
 当時、パソコンで描いたフラクタル図形をここに掲げよう。こういう知的興奮と美的経験を与えてくれた“知の巨人”の1人に心から感謝し、冥福を祈るものである。
 
 谷口 雅宣

【参考文献】
○高安秀樹著『フラクタル』(朝倉書店、1986年)

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