ウサギの長老
(この話は、「ウサギとカメ」シリーズの続編です。電子ブック版も参考に…)
ある島に、ウサギとカメが住んでいました。ウサギはすばしこくて、走るのが得意で、いつも競争相手をさがしていました。カメはゆっくり動くのが好きで走るのは遅かったですが、自分のまわりのものによく気がついて、ていねいで、根気が強いのでした。
ウサギは最近、人間の言葉を勉強しはじめました。人間が言葉の力を使うことで、偉大な業績をなしとげてきたことを知ったからです。ウサギが新しい言葉を覚えるきっかけになったのは、ある日、島に人間が上陸して、古い雑誌をいっぱい捨てていったからでした。ウサギはそこに印刷されている言葉が、自分の知っている言葉よりもはるかに多く、書いてある内容もわからなことばかりなので、大きな衝撃を受けました。そこで、島のいちばん高い山の上に住んでいるウサギの長老のところへ行き、教えを請うことにしました。
長老は、海を見下ろす岩山の洞窟で、静かにすわっていました。
ウサギ--「長老さま、長老さま、こんにちは。お元気ですか?」
長老--(瞑想をしていた目を開いて、ウサギを見る)「なんだか、さわがしいね……」
ウサギ--「すみません。お忙しいのにお邪魔して……」
長老--「いそがしくはないが、何だね?」
ウサギ--「あのぉ……教えていただきたいことがあるんです」
長老--「何を知りたいのだ?」
ウサギ--「言葉です。人間が使う言葉をたくさん覚えたいんです」
長老--「覚えて、どうするのだ?」
ウサギ--「人間が書いた雑誌や本が読みたい」
長老--「読んで、どうするのだ?」
ウサギ--「人間のように賢くなって、いろんなことができるようになる」
長老--「いろいろのことができるのが、なぜいいのだ?」
ウサギ--「世界の可能性が開ける……」
長老--「世界の可能性ではなく、自分の可能性だろう?」
ウサギ--「そうかもしれません。でも、もっと広い世界を知りたい!」
長老--「それはいい目的かもしれないね。でも、知れば知るほど、世界は分からなくなるかもしれないぞ……」
ウサギ--「ええっ? 知ることは分かることではないんですか?」
長老--「知ることは、よけいなことを考えることにもつながるぞ」
ウサギ--「世の中に、よけいなことなんてないと思います」
長老--「それはどうかな……」
ウサギ--「知識は力です。人間は、知識を増やすことでほかの生物を征服したんじゃないのですか?」
長老--「ふーむ。君はそう考えるのか……。しかし、地球の反対側のどこかの土の中にいるミミズが、今日は何を食べたかを知っても、君の生活がどう変わるのかねぇ。そんなことよりも、君の好物のニンジンがこの島で育つかどうかを知ることのほうが、よほど意味があるのではないかね?」
ウサギ--「それは、そうですが……」
長老--「だから、よけいなことを知るよりも、自分の生活に関係のあることを知る。そのほうが賢いウサギだと思うよ」
谷口 雅宣
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