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2010年9月27日

尖閣諸島問題--“第1ラウンド”

 9月7日に尖閣諸島近くの海域で、日本の巡視船に中国漁船が衝突した事件に関連して、私は前回「この問題が起こった詳しい事情は、まだ両国の国民に知らされていない」とし、さらに「外交というものは、深刻な問題が含まれれば含まれるほど、本当の事情は国民の目から隠されるものだ」とも書いた。つまり、この事件が起こった本当の事情は不明であり今後、それが明確になるには相当時間がかかる可能性があるということだ。しかし、事件は起こってしまい、現実の国際問題になっているのだから、何らかの対応をすべきことは明らかである。
 
 これまでの経緯を簡単にまとめる--日本政府は中国漁船の乗組員を拘束し、船長を逮捕した(8日)。これに対して、中国は「中国漁船が日本の巡視船に不法に囲まれ、衝突され損害を受けた」として、乗組員と船長の即時解放を要求し、これを拒否した日本に対して、日中の密接な経済関係を利用して、矢継ぎ早に対抗措置を取った。まず、東シナ海ガス田共同開発の条約締結交渉の延期を発表した(11日)。日本はこれに対して、中国漁船の船員14人を釈放した(13日)が、中国はあくまで船長の即時無条件解放を要求し、10月に予定されていた中国人約1万人の訪日団体旅行が中止された。日本は、船長の勾留延長を決定(19日)。中国は、日本が依存するレアアースの輸出を止めるという報復措置に出た(20日ごろ)うえ、国連総会に合わせた日中首脳会談を見合わせると発表(21日)。さらに、日本企業のフジタの社員4人を国内法違反の疑いで拘束したことを発表した(24日)。この事実を深刻に受け止めた日本政府は、中国の要求を呑んで中国漁船船長を処分保留のまま釈放した(25日)が、中国側はこれに満足せず、日本に謝罪と損害賠償を要求した。が、その一方で、日中の首脳会談に向けての調整は再開された。
 
 日中間のやりとりは、このほかにも細かいものがいろいろあるが、これまでの大筋はこんなものだろう。これを見てわかるのは、中国側の対抗装置がきわめて迅速で、かつ広範囲に及んでいることだ。その背景として、24日付の『朝日新聞』は、次のように書いている--
 
「対日経済制裁は、共産党中央が今月中旬、外務省や商務省、国家発展改革委員会、政府系シンクタンクの日本担当者に具体的な措置の検討を指示した。中国政府関係者は“日本経済の弱いところを突くような制裁を検討するように指示された”としている。具体的に挙がっているのは、レアアース禁輸やすでに明らかになっている訪日旅行の募集のほか、日本側が力を入れる省エネルギー・環境産業においての技術交流の停止、公共事業の入札での日本企業の排除など。問題が長引けば、中国側がこうした措置を発動する可能性もある」。

 これで分かることは、中国側は領土問題にきわめて敏感であり、それを自国の不利益と見た場合には、相手国に対して組織的に統一された対抗措置を採る態勢ができ上がっていることだ。しかも、それらの対抗措置は、段階的にエスカレートさせることが可能であるという点も、留意した方がいい。国際関係において、こういう措置を講じる関係は、本当は友好国同士の関係とは言えない。むしろ“潜在敵国”と見なしているとも考えられる。だから、昨年の12月に、日米中の“正三角形論”を唱える小沢一郎氏が、民主党の国会議員140人余を引き連れて“中国参り”をしたことの浅薄さが露呈したと言っていいだろう。しかし、その一方で、尖閣諸島問題は数十年前から存在していて、周辺での中国漁船の操業は日本の巡視船によって取り締まりが行われていても、今回のような問題にはならなかったのである。それは「逮捕」という措置を採らなかったからで、今回は船長の逮捕を決めた日本政府が、中国側の反応を十分予測できなかったという点は「失敗」と言わねばならない。
 
 もう1つ重要な点は、対米関係の不安定さである。民主党政権成立後に起こった日米関係のグラつきを利用して、中国が“揺さぶり”をかけているという要素はあると思う。これについては、アメリカの国務副長官を務めたこともある知日派の政治家、アーミテージ氏が「中国は日本を試している」と述べたというが、もしそういう意図があるならば、今回の中国の言動は“諸刃の剣”のリスクがある。というのは、アメリカは尖閣諸島問題については「中立」の立場を表明しているが、23日にニューヨークで行われた日米外相会談で、クリントン国務長官は日米安保条約第5条にもとづく米国による日本の防衛義務は、尖閣諸島に対して「明らかに適用される」と述べ、ゲーツ国防長官もこれに関して「我々は同盟の責任を遂行する」と述べたからだ。これは、今回の尖閣諸島問題で日本がこれまで得た(恐らく唯一の)成果である。その代り、日本の外相としてクリントン氏との初顔合わせに臨んだ前原誠司氏は、米側に大きな借りを作った。沖縄の基地問題は、恐らくこれで“既定路線”へと進むだろう。また、民主党の外交政策は、小沢氏の“正三角形論”から離れて、より現実的な、日米関係重視の方向へと決定されるだろう。少なくとも、私はそうなることを願っている。

 そうなった場合、この問題は“第1ラウンド”では中国勝利だったが、“第2ラウンド”以降はどうなるか分からないのである。
 
 谷口 雅宣

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コメント

総裁先生。
尖閣沖の漁船衝突事件が起きた頃は、私は、ちょうど『太陽はいつも輝いている』の「意識の向け方」「二つの脳」の部分を拝読しておりました。そこで引用されておりますB・エドワーズの言葉、「私たちには、見たいと思っているものや見たと決めつけたものを見る傾向がある」ということの実証を、この事件とそれをめぐる出来事のうちに認めることができます。
『産経』の社説(9月27日)は「譲歩ではなく対抗措置を」「毅然と主権を守る姿勢を」と、さすが産経らしい正論ですが、こうした論調が戦略論的バイアスのかけられた安全保障論と結合しますと、問題が国家の対外面、軍事力、軍事的な脅威ということに狭められて認識される危険があります。確かに、日本の主権・独立を守るために、戦争をも辞せずと言う覚悟の必要な時代があったと、私は思います。しかし現代は、問題群がグローバルであるに至った時代であるがゆえに、軍事的脅威を中心とした領土保全意識によっては相手も当方も得る所は無いということであろうと思います。はからずも、『産経』の同紙面には「中国の威圧的な姿勢は近隣諸国の懸念をかき立てるだけだ」「中国は日本を譲歩させたが、得たものは何もない」とのニューヨーク・タイムズの社説が紹介されています。私は、中国は”国家資本主義”とでも規定するしかない、政治は党独裁、経済は資本主義、文化は儒教的マルクス主義といったもので、国内には人権・宗教・貧困・格差・少数民族など様々な問題を根深く抱えている国であると見ています。そこに、今回の事件をめぐる彼らの対応の仕方の内因があるのでしょう。しかし中国の指導者は決して”無能”ではありません。2008年の「『戦略的互恵関係』の包括的推進に関する日中共同声明」は、日中の平和共存・世代友好・互恵協力・共同発展をうたい、「グローバルな課題への貢献」を”決意”していることは、今回の事態の解決の方向性としても重要であろうと思います。
思い出しますのは「李承晩ライン」のことです。1952年から65年までの間に、当時の韓国大統領が独断的に設定した軍事境界線を侵したとして日本人3929人が抑留され、船舶328隻が拿捕され、死傷者が44人であったとされています。当時は東西冷戦下であり、日韓の国交が未締結で、李承晩は反日帝の民族主義者であって、そのような時代状況での出来事であったと言えます。「李承晩ライン」の設定には竹島の帰属問題が意識されていたようですが、結局はその問題を”棚上げ”して漁業協定が締結され、国交も成立した訳です。尖閣沖の衝突事件、それをめぐる事態を収束させるに当たっても、当面は尖閣諸島の帰属問題は(日本固有の領土としつつも)”棚上げ”し、「戦略的互恵関係」を実質的に進める中で解決していくというのが”チエ”という物かも知れません。

投稿: 水野哲也 | 2010年9月28日 03:00

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