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2010年9月30日

キノコ採りで考える

 木曜日の休日を利用して大泉町の山荘へ来ている。気候がようやく秋らしくなったため、当面の目的はキノコ採りである。雨が降り続いた合間の、ちょうど晴れた日に来られたのJigobo_1 で、天女山と美しの森を歩いて“獲物”を探した。地元で「ジゴボー」と呼んでいるイグチ科のキノコ「ハナイグチ」(=写真)が多く採れた。このキノコは本欄でもよく紹介したので、憶えている読者も多いだろう。地方によって「リゴボー」とか「カラマツタケ」とか「ラクヨウ」などと呼称が異なる。キノコの同定は難しく、間違うと中毒するとよく言われるが、このキノコは明確な特徴があるから、妻も私も自信をもって採ることができる。まず、①カラマツ林に多く出ること。②軸が黄色く、傘の上面は褐色から赤褐色である。これとは対照的に、③傘の下面は、イグチ科共通の特徴のスポンジ状で黄色い、④湿った環境では傘は粘液で覆われて光っている。⑤独特の香りがある。これだけの特徴があれば、まず間違うことはない。
 
 妻と私の合計で70本以上採れた。このほか、ホコリタケもたくさん出ていたが、こちらは適当に採った。それほど美味とは言えないからだ。そのほか同定できた食用キノコは、キノボリイグチ、ベニハナイグチ、アイシメジ、アカモミタケなどだ。このうちホコリタケだけは、Benitengu ソテーにして食べた。無味無臭で、食感はマッシュルームのようだ。私のこれまでの経験では、ハナイグチは長期間にわたって採れるが、アイシメジとアカモミタケは晩秋のキノコだと思っていた。それが今の時季に出ているのは、気候の変化が影響しているのかもしれない。また、毒キノコではあるが、容姿の美しいベニテングタケ(=写真)を見つけ、感動した。このキノコの毒には幻覚作用があり、古い時代にはそれを利用して宗教行事にも使われたということを、宗教学者の中沢新一氏が著書に詳しく書いている。私も『秘境』という小説の中で、このキノコの毒性を“小道具”に使ったことを思い出した。
 
 日本菌学会会長を永く務めた生物学者の今関六也氏は、生態系の中での菌類の役割について『日本のきのこ』という本の中で興味深い話を書いている。それによると、地球の生態系は、無機物でできた環境界と有機物による生物界から成っているが、キノコを含む菌類は、その中で有機物を無機物に変換する2つの重要な流れの1つを担っているという。もう1つの流れは、動物が担っているが、動物による有機物から無機物への分解能力には限りがあるので、菌類がそれを補っている。これに対して植物は、光合成を使って無機物を有機物に変換するとともに、菌類と動物とによる有機物を分解して無機物に変換する。この双方向の流れがバランスよく働いているために、生物の繁栄に必要な稀少量の無機物が無限に循環する生態系が成り立っているというのである。そして、今関氏は次のように言う--
 
「生物の出現は35億年前といわれるが、35億年の長い生命の歴史は、植物・動物・菌の共同生活によって築かれ、その永い歴史を通して生物は進化に進化を重ね、ついに人類は誕生した。人類が今日あるのは、35億年の生命の歴史のおかげであり、この歴史を築いた三つの生物群の一糸乱れぬ共同生活を続ける限り、人類の永遠?の繁栄も約束されるはずである」。

 つまり、「植物・動物・菌の共同生活」というのが、地球の生態系の本質だということだろう。三者のうちどれか1つだけが栄えたり、どれか1つが犠牲になるような方向へ動くことは、生態系の破壊につながり、したがって人類の破滅へと結びつく--そういう意味だと思う。菌類の中には、キノコのほか、カビや細菌も含まれる。細菌と言えば、いわゆる“善玉”“悪玉”の腸内細菌も、また虫歯菌も含まれる。一見“悪”と見えるものも、「本当は悪ではない」と言っているように聞こえないだろうか。
 
 谷口 雅宣

参考文献】
○今関六也他編著『日本のきのこ』(山と渓谷社、1988年)

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