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2010年9月10日

アメリカの2つの出来事

 日本のメディアではあまり話題になっていなかったが、9・11の9周年を目前にしたアメリカで、キリスト教とイスラームに関する2つの出来事が奇妙に合体する様相を見せている。その1つは、この同時多発テロ事件の現場近くに、イスラームのモスクを造る計画が進んでいることで、もう1つは、イスラームに反対するフロリダ州のキリスト教の教会が、同事件の9周年に当たって聖典『コーラン』を200冊以上燃やすと宣言したことだ。この2つの出来事は、一方が北部の州、ニューヨークのマンハッタンでのこと、他方はアメリカ南端の州でのことで、互いに無関係に始まったと思われたが、問題のキリスト教会の牧師が、イスラーム側がマンハッタンのモスク建設計画を断念する代りに、『コーラン』の焼却計画も中止すると発表したことで、新たな展開を見せている。10日付の『日本経済新聞』、『朝日新聞』(夕刊)などが伝えている。

「グラウンド・ゼロ」と呼ばれるマンハッタンの事件現場から2ブロック離れた所にモスクを建てる計画については、アメリカではこれまで賛否両論が戦わされてきた。しかし、オバマ大統領やニューヨーク市のマイケル・ブルームバーグ市長(Michael Bloomberg)が「信教の自由」を擁護する立場から賛成を表明してきたため、私としては大きな問題にはなるまいと思っていた。が、アメリカには政治的に“右派”であるキリスト教原理主義の考えが根強くあるため、今回のような出来事に至っていると言える。フロリダでの一件とは、次のようなものだ--

『コーラン』焼却計画を打ち出したのは、フロリダ州ゲインズビル市にある教会のテリー・ジョーンズ牧師(Terry Jones)である。彼は、信者数が50人ほどの小さな教会の指導者だが、イスラームを敵視していて、自分に共感する人々に『コーラン』焼却をするようにインターネットなどで呼びかけた。彼は9月11日を「国際コーラン焼却日(International Koran Burning Day)」とすることで、原理主義的イスラームが支配する国に、明確なメッセージを発する必要があるというのである。このことがメディアを通じて世界中に伝わると、モスレムが多く住むインドネシアやパキスタンなどの国々が非難声明を出し、アフガニスタンやイラクなどでも怒りを表した反対デモが行われた。また、オバマ大統領も9日、ジョーンズ牧師の行為は「アフガニスタンなどで米兵を深刻な危険にさらす」として、「完全にアメリカの価値観と異なるものだ」と計画の中止を強く促した。ゲーツ国防長官にいたっては同牧師にわざわざ直接電話し、イスラーム教典の焼却を行えばアフガニスタンやイラクに駐留する米兵の命を危険にさらすことになると警告したという。
 
 これに対して同牧師は、9日になって記者会見して計画を撤回する考えを表明したものの、その理由としてマンハッタンのモスク建設計画を持ち出し、この建設地を移転することでイスラーム側と合意したからだと説明した。ところが、建設計画をもっているイスラーム指導者は、「その事実はない」と否定したため、牧師は「だまされた」と憤慨しているという。
 
 グラウンド・ゼロ近くでモスク建設計画をすすめているのは、アメリカ人のイスラーム指導者、ファイサル・アブドゥル・ラウフ師(Feisal Abdul Rauf)で、ラウフ師自身はこの建物を「モスク」とは呼ばずに「コルドバ・ハウス(Cordoba House)」と呼び、コミュニティーセンター(地域住民の集会所)として位置づけている。ラウフ師は、9日付の『インターナショナル・ヘラルド・トリビューン』紙に寄稿して自分の意図を述べているが、それによると、この集会所の目的は「すべての宗教間の相互理解を養うため」という。センターにはプールや、小教室、子供の遊び場などを設け、イスラーム信仰者だけでなく、キリスト教やユダヤ教の信者、さらにはその他の宗教のための“祈りの間”を個別に設置する考えという。この施設の名前「コルドバ」は、中世に栄えたスペインの都市名で、当時、ここではモスレム、キリスト教徒、ユダヤ教徒が平和共存し、互いの文化を華開かせたことにちなんでいる。
 
 自分の信仰とは異なる人々が“聖典”として崇める本を、大量に集めて燃やすという考え方の狭量さと野蛮さには呆れるほかはないが、この出来事にも、宗教における原理主義がどんなに平和と縁遠いかが示されていると思う。この出来事はまた、政治的な“右派”が、アメリカにおいても、そういう狭量さと近いところにあることを教えている。

 谷口 雅宣

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コメント

総裁先生。
モスレムでテロリストになるのは、暮らしのために戦闘要員になったり、飢えた孤児がタリバーンの神学校に入って聖戦要員になることが多いのではないかと思います。フロリダのキリスト教会の牧師には、そういう問題は視野に入らないのだろうか・・・と思います。ここまで突出できるのは、おそらくある程度の規模の教団には加盟していない”単立”教会で、牧師の”売名”のためという側面もありはしないか・・・と、疑います。
私は離婚歴があります。妻も私もクリスチャンでしたが、妻はプリマス・ブレザレン系の”集会”の信者で、「第三次世界大戦が早く始まって欲しい。イエス様が早く再臨されるから」というような、かなりのファンダメンタリストでした。そうしますと、現実の家事・育児も普通には出来なくなります。(精神的な病という要因もありましたが)。私の方は、バプテスト派だが穏健なカルヴィニズムでしたが、妻との対抗上、自分自身が序々に妻とは別種ですが極端な原理主義に変貌して行きました。当初、夢見ていた”クリスチャン家庭”どころか、互いに聖書の言葉を引きながら罵り合う夫婦という、悲しくも滑稽な状態になってしまったのでした。原理主義は何物も創造せず、破壊をもたらすのみです。

投稿: 水野哲也 | 2010年9月11日 13:28


宗教を信じることで、人の命が失われることは、悲しいことです。

投稿: 近藤敏子 | 2010年9月11日 20:54

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