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2010年9月15日

飢餓人口が減少

 世界の飢餓人口が減少した--最近にない“よいニュース”を取り上げることができて、うれしい。が、この傾向が続く可能性は少ないという点も、強調しておかねばならない。15日付の『ニューヨーク・タイムズ』(電子版)によると、国連食糧農業機関(FAO)などの発表では、慢性的に栄養不足の状態にある人の数は、2010年には前年より約1億人減って9億2500万人となる見込みという。飢餓人口が減少に転じるのは15年ぶりという。しかし、2009年の数字が「10億2300万人」という過去最大の数だったことからの減少であるから、世界食糧計画(WFP)では「まだ衝撃的に高い数字だ」としている。2009年の“飢餓のピーク”の主な原因は、その前年に起こった食糧価格の高騰で、今回の減少をもたらした主要原因は、新興国を含む途上国の経済成長と食糧価格の下落だという。となると、今後の食糧価格の変動によって飢餓人口が大きく左右されることが予想される。その変動を少なくするためには、食糧在庫を増やす必要があるが、本欄でも(例えば、8月23日 )述べてきたように、世界の食糧在庫量には“危険信号”が出ているのが現状だ。
 
 来年の飢餓人口数を左右するのは、今年の食糧の収穫量と在庫量だ。これについては、2つの異なった見方が考えられる。まず“楽観派”の考え方は、13日付の上掲紙の社説によく表れている。それによると、ロシアの小麦禁輸措置によって小麦価格は2007~2008年のレベルに達しているが、今年の穀物収穫量はコメなどを中心に史上3番目の豊作であること。特に、過去3年間、小麦の禁輸措置をとっているインドでは、小麦在庫の一部が倉庫で腐っているとの報道もあるらしい。また、穀物全体の在庫量も、この8年間で最大量に達する。これによって、来年の穀物在庫量も、過去30年来の最低レベルだった2年前よりは、相当増えると予想されるという。だから、ロシアやインドのような禁輸措置はやめて、世界各国が自由に国際市場から穀物を調達できるようにすれば、穀物価格は下がり、したがって飢餓人口は減少すると考えるのだ。
 
 これに対して“悲観論”では、今回のFAOの数字が、パキスタンの大水害とロシアの穀物禁輸措置に伴う小麦価格の上昇の前に集計された、という点に注目する。つまり、今回の“飢餓減少”を、あくまでも一時的なものとして見るのである。今後は、穀物需要の増大と在庫減少が続くことで、穀物価格は再び上昇に転じ、したがって飢餓人口は増大する--この大きな流れは変わらないと見るのである。この見方は、上記した8月23日の本欄で触れたように、環境運動家のレスター・ブラウン氏が唱えている。また、それを伝えた『日本経済新聞』も、恐らく“悲観論者”だと私は見る。その証拠に、『日経』は悲観論を支持するような記事を、9月14~15日に立て続けに掲載している。
 
 その記事は、今夏米国を襲った熱波のために、生産量が伸びないトウモロコシの国際価格が高騰し、在庫率が15年ぶりの低水準に落ち込んだことに注目している。その要因としては、①エタノール用の需要拡大、②海外需要の拡大、を挙げている。エタノール用は米国産トウモロコシ需要の3割強を占める。また、海外需要では、ロシア産小麦の代替としてエジプト、韓国、中国などが調達に動き始めているという。
 
 というわけで、今回の“飢餓人口減少”は喜ばしいことながら、世界の食糧事情は安易な楽観を許さない状況であるということを心得ておいた方がいい。私が特に言いたのは、食糧問題には長期的視点が大切だということだ。経済発展によって新興国の人々の購買力が増大することで、今回は飢餓人口の減少を見た。しかし、同じ経済発展は「森林破壊」や「肉食の増加」をもたらすものだから、中・長期的には、さらなる森林破壊と異常気象の拡大、食糧生産の減少へとつながる可能性が大きい。今夏の世界的な熱波と洪水被害は、そのことを有力に警告していると思う。

 谷口 雅宣

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コメント

総裁先生。
2001年頃のアフガニスタンに就いてのレポートを読んだことがあります。それはイランの有名な映画監督が書いたものです。古いレポートで、現在のアフガニスタンの状況に就いても私は疎いのですが、こうした国の民衆が「飢餓」に遭う構造は今も基本的には同じであろうと思います。レポートの記者はヘラートで子供を含む2万人が、旱魃による飢餓のために死を待つのを目撃したと言います。その3ヶ月後には、国連の難民高等弁務官であった緒方貞子氏が、アフガニスタンで餓死に直面しているのは100万人であると訴えたそうです。
問題は、世界の市場に食糧が充分に在っても、アフガニスタンが国民の需要を賄えるだけのものを輸入し得るだけの経済力があるのか?ということではないかと思います。イランのように石油がある訳でもありません。世界資本主義下の商品である以上、市場に流通させる商品の主な一つが「アヘン」の他には僅かのものしかないようでは(今も同様なら)見通しは暗いと思います。しかも「アヘン」商売の分け前も、密輸組織や政権関係に吸い取られて、民衆末端には届かないそうです。(また、アフガニスタンは実体としては諸部族の首長連合ということで、ここでこそナショナリズムが必要かと思います。)こうしたレポートを読むと、世界の食糧市場の安定ということと、飢餓に苦しむ民衆の救済という事とは直ちには繋がらないという思いを強くせざるを得ません。

投稿: 水野哲也 | 2010年9月17日 01:35

水野さん、
 コメント、ありがとうございます。

>>世界の食糧市場の安定ということと、飢餓に苦しむ民衆の救済という事とは直ちには繋がらないという思いを強くせざるを得ません。<<

 「直ちには繋がらない」というのは確かですが、食糧市場の安定がベースになければ、飢餓の撲滅にはつながらないと思います。「人口の急増」も考慮しなければなりませんし……。

投稿: 谷口 | 2010年9月17日 23:17

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