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2010年9月17日

生物多様性をオフセット?

 10月に名古屋市で行われる「国連地球生きもの会議」(生物多様性条約第10回締約国会議)を前に、メディアでは生物多様性についての記事や報道が増えているが、ここで話し合われる議題の1つに「生物多様性のオフセット」という考え方がある。16日付の『朝日新聞』に解説記事があるが、それを読む限りでは何となくウサン臭い感じがしてならない。排出した二酸化炭素の「オフセット」という考え方はすでに定着していて、旅行会社が販売する“炭素ゼロ旅行”などは、生長の家でも認めている。しかし、地球の大気圏内に均一に広がっているCO2の場合、どこかで増えた分を別の場所で減らすという考え方は成り立つが、地球上に不均一で独特な自然環境があるために初めて成立する多様な生態系を対象にして、ある部分が破壊されたら別の地域で代替できると考えるのは、かなり無理がある。

 『朝日』の記事の説明によれば、生物多様性のオフセットとは、「開発による自然の損失分を、近い価値の自然保護で相殺(オフセット)する手法。事業中止や計画変更で対応しきれない場合の対策として、1970年代に米国で導入が始まった。面積や希少種の数、人間にとっての利用価値などを算出する使用をつくり総合判断する例が多い」という。先行しているアメリカなどでは、湿地などの保護分と開発による損失分をクレジット(証券化)して売買する市場ができていて、その規模はアメリカ国内では、2008年に約3千億円だったものが、2020年には9千億円に拡大すると見られているらしい。

 生物多様性問題のコンサルタントをしている足立直樹氏は、昨年末から今年1月にかけて『日本経済新聞』(電子版)でこの問題を数回にわたって解説しているが、生物多様性の“オフセット”は、CO2のそれと同様の意味では考えられていないという。そして、原則としては、「ノーネットロス(no net-loss)」が守られねばならないとしている。足立氏によると、この原則は開発をまったく行わずに、環境への損失をゼロにする(no loss)のではなく、環境への「影響を最小限度にしながら開発を行うが、もう一方では同等の生息地の保全や復元を行い、マイナスの効果とプラスの効果、差引(ネット)でゼロにしようという」ものである。これを実現するためには、まず開発の影響をできる限り「回避」し、さらに影響を「最小化」する。それでも残ってしまう影響については、他の同等の生息地で「代替」しようというのだそうだ。
 
Bdoffset  図によって説明すると、環境への対策を何も講じないで開発を行った場合、「A」の長さで示される量の生態系へのマイナス影響があったすれば、まずそのマイナス影響をできるだけ回避して、「B」の量まで減らし、さらに悪影響を最小化して「C」まで減らし、それでも残ったマイナス分を、開発地の近くの別の場所で生態系を守ったり、回復したりして「D」や「E」の段階に至ることを考える。この「D」と「E」の代償行為が生物多様性オフセットに当たるのだという。
 
 まあ、理論的には分からなくはないが、実際にそんなことが可能だろうか。足立氏は、「元の生息地の近くにほぼ同等で同面積(以上)の生息地を復元または保護することで、生物の生息地と生態系を保全することができる」としているが、本当にできるかどうかは、特定の地域の生物多様性を個別具体的に検討してみなければ何とも言えないだろう。
 
 食物連鎖の上位にいる稀少動物--例えば、猛禽や猛獣--の中には、広大な生息地をもつものがいる。その場合、開発地の面積が生息地より狭くなることが考えられるから、上の図ではどうすることが生物多様性のオフセットなのか、よく分からない。また、鳥類などいわゆる「渡り」をする生物の生息地は、境界を定めることが難しいのではないか。生息地の境界が分からなければ、それを護ったり、代替地を定めることもできないのではないか……など、いろいろの疑問が出てくるだ。
 
 しかし、こういう問題が国際会議で議論されること自体はいいことだと思う。「カーボン・オフセット」という考え方が生まれたことで、CO2の排出には“コスト”がかかるということが、多くの人々に理解されつつある。だから、「生物多様性オフセット」という考え方が人々の間に浸透していけば、自然そのものに価値があり、それを壊すことには“コスト”が生じるという理解が、もっと拡大していくに違いないからだ。

 谷口 雅宣

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コメント

私は朝日新聞を購読しているので、この記事を読んで、あきれてしまった。生物多様性のオフセットなんて、単純に考えただけでも不可能だからだ。
そこへ、このブログ(かな?)の書き込みです。興味深々で読みました。これがきっかけで、世界中の人々が生物多様性の重大さに気付いてくれれば良い。 そう考えるしかないか…等と考えさせられました。
どうコメントいれたらいいのか思い浮かばす、どんなコメントが入ったかどうか見にきたら、まだノーコメントでした。
地球の事を思うと軽々しいことも言いにくいし、思う事が山積みで、黙っていられないし…。
まとまりのないコメントで申し訳ありません。世界の人々が生物多様性の重大さに気付く事を祈るばかりです。

投稿: 水野奈美 | 2010年9月20日 22:53

水野さん、
 >>地球の事を思うと軽々しいことも言いにくいし、思う事が山積みで、黙っていられないし…。<<

 お気持ち、よく分かります。生物に関する限り、「オフセット」という考え方は馴染まないと思います。Aさんが犠牲になる代りに、Bさんを豊かにすればいい……なんて考え方は、成り立たないですから。

投稿: 谷口 | 2010年9月21日 13:24

先生の発信からずいぶん経ってからの意見の投稿で、申し訳ございません。投稿日の今日は10月11日。NHKの「Save the future」の中で生物多様性オフセットの話が出てきました。この考えにはやはり問題があるように私も思いました。前日のNHKスペシャルでは、日本の周りの海が豊かである理由としてユウラシア大陸からの鉄(Fe)の供給のメカニズムを紹介していました。生き物やその周りのすべての物が互いに絡み合い自然の生態系がつくられていることを多くの人に伝えたものでした。しかし、生物多様性オフセットの考えは、自然が動物と植物など、目に見える生物のみから出来ている程度の考えに思えます。ものすごく多くある自然界のファクターをものすごく簡素化してモデル化し、生物多様性の保護を訴えているように思へ、実際の生物学・生態学的の研究成果にしっかり目を向けているようには思えませんでした。20年も前の話ですが、アルバータ大学農学部のヒルキ教授(ウイルスが専門)から”新たな土地に作物を植えるとき、数年は成功するが、その後、その土地に普通に生きているもの(微生物他)が、新参者に病気を起こさせるケースがままあるんです。”とお話されたことを覚えています。たった1種類の生物がその土地に馴染むにも多くの時間がかかります。一方、生物はたった一つの種でも天敵がなく適所であれば爆発的に増える可能性があります。化学物質はそれ自身は増えませんが、細菌などは数十分程度で次世代が生まれるます。色々な事を考えるとき、現時点では、生物多様性オフセットの概念は慎重に進めるべきと私も思います。

投稿: 野沢幸平 | 2010年10月11日 20:13

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