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2010年9月21日

エゾシカの肉

 北見で入手した9月18日の『北海道新聞』(夕刊)に、当地で増え続けているエゾシカの問題が載っていた。エゾシカの生息数は2009年の推定値で約64万頭で、農林業への被害額は昨年度、50億円のレベルを突破して、十数年前のピーク時に匹敵する状態だという。私は、この問題について2007年にも本欄(11月11日同15日 )に書いたが、その時の被害額は約30億円だった。そして、この問題に対処する観点として、「家畜の肉を食すことと、野生の動物の肉を食すことを同等に扱っていいか?」という問いを立てた。記事を読むと、この設問に対する“肯定論”の方向に、北海道は動いているように見える。つまり、殖えすぎたシカは、人間が天敵の役割を担って、食用や産業に利用していこうとしているのである。

 北海道では、エゾシカの肉はすでにサラミやハム、ソーセージ、肉の缶詰などを初め、スープカレー、ハンバーガーなどに利用されているという。シカの利用を推進するのは、網走市にある東京農大生物産業学部で、そこで「エゾシカ学」を研究している増子孝義教授が、中心になっているらしい。人間の食用以外の用途としては、楽器や眼鏡拭きに使うセーム皮や、鞄類、また内臓肉を使ったペットフードが開発されている。また、シカ肉の安定供給のために、オホーツク管内の斜里町などでは、野生のシカを短期的に飼育する牧場も数カ所できているという。このような積極利用が可能な背景には、捕獲されるシカの頭数が多いことがある。同紙によると、2009年度に捕獲された頭数は約9万2千頭だが、そのうち食肉処理されたのは1万2千頭に過ぎないという。つまり、捕獲されたシカの大部分は、廃棄物として処理されているから、もっと利用すべしということだ。

「肉食」を忌避する宗教の立場からこれを考えると、複雑な気持になる。私は、山梨県の山荘付近で何度も野生のシカと遭遇しているが、彼らは実に美しい動物である。森の木の皮を剥いて枯らし、作物を食べ、バラやライラックの花芽を食べてしまうが、立ち止った姿が美しいだけでなく、軽快に跳び上がって霧の中に消えていく姿は、神秘的でさえある。そういう彼らを殺して肉を食うという行為は、「野蛮」と言えば確かに野蛮である。しかし、その野蛮さと、牛肉や豚肉を食べる野蛮さは、質が違うような気がする。

 現代の食肉生産が抱える問題については、本欄や私の著書などで何回も書いてきたから、ここで詳細は繰り返さないが、野生のシカ1頭と、穀物飼料で育った牛1頭とでは、肉になるまでにもたらした自然への損害が、質量ともに大いに違うのである。もちろん、後者が前者を大きく上回る。そういう観点から言うと、同じ“動物の肉”を食するというのなら、日本人の多くが後者から前者に食肉を転換していくことは、温暖化抑制のため、飢餓人口減少のために貢献することになるだろう。が、しかし、である。この方法は好意的に見ても「セカンド・ベスト」だと思う。なぜなら、牛1頭を殺すのも、シカ1頭を殺すのも、宗教的な「殺生戒」を侵すことに変わりはないからだ。「もっと生きたい」として屠殺場へ行くことに必死に抵抗する動物の自由意思を奪い、恐怖心の中で殺害し、皮を剥き、身体を解体して、人間の栄養源とする。それを、自分の見えないところで業者にさせておいて、「私には罪はない」と言うことはできない。それよりも、魚類の肉などから必要な栄養素を摂取する方がいいのである。
 
 そうは言ったが、セカンド・ベストへ移行する動きが出ていることを、私は評価したい。願わくは、「ワースト・チョイス」の肉の消費が減ることを夢見ながら……。
 
 谷口 雅宣

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コメント

本当にそうですね。しかし日本人が肉食を減らしゆくようになるとは思えないのですが・・・人間以外の生命は尊重しない。それが現在の人間の考え方。嘆かわしく思います。

投稿: りよ | 2010年9月22日 19:58

この辺りも、野生の鹿を駆除します。イノシシもです。 そして鹿肉、シシ肉は良く食べてます。やっぱり捨てるのが、勿体無いからです。勿論感謝して頂いてます。(生々しい肉塊をもらったりします)
食肉の為に育てたのではないから、鹿肉は、どんどん食べてOK、と考えていました。ちょっと違ったようです。
駆除した鹿を大切に食べよう!と、町では鹿肉料理のレシピを作って配ったりしています。
むやみやたらと殺生するのではなく、きちんと食べているのだから、良い、と思っていました。(殺して捨てるでは、あまりにも酷い)…が、そういう問題ではないようです。
もっと根本的な事ですね。
そうなると地球環境の話も絡んできそうです。

奥が深い問題ですね。

投稿: 水野奈美 | 2010年9月22日 21:31

りよさん、
 コメント、どうもありがとうございます。

>>しかし日本人が肉食を減らしゆくようになるとは思えないのですが・・・<<

 何もしなければ、今の傾向は変わらないでしょうね。しかし、「何かしなければ」と思い、実際に何かをするのが、人間の人間らしいところだと思います。

水野さん、
 あなたは何県にお住まいですか? シカ肉、シシ肉がしょっちゅう食べられる所って、どこでしょう?

>>むやみやたらと殺生するのではなく、きちんと食べているのだから、良い、と思っていました。<<

 普通の人は、それでいいと思います。でも、真面目に信仰と取り組もうと考える人には、心得ておいてほしいことです。

投稿: 谷口 | 2010年9月22日 22:07

我が家では、今月より朝食をパン食から玄米混じりのご飯に切り替えたところ、肉食をしないで済む日が出てきました。思いがけない効果です。パン食の頃はどうしてもベーコンやハムなどの加工肉食品がなかなか減らせなかったのですが、主食を玄米混じりのご飯にしたところ、朝食のみですが、まず息子が魚嗜好になり、皆で自然に肉食から離れることができました。本当によかったです。

投稿: 前谷雅子 | 2010年9月25日 21:15

前谷さん、

>>主食を玄米混じりのご飯にしたところ、朝食のみですが、まず息子が魚嗜好になり、皆で自然に肉食から離れることができました。本当によかったです。<<

 妻が赤米や玄米を主食に混ぜるようになってずいぶんたちますが、そのことと肉食不欲とが関係しているとは思いませんでした。年のせいで“枯れてきた”と思っていたのですが、若い人でもそういう傾向になるのならば、貴女の観察は正しいかもしれませんね。

投稿: 谷口 | 2010年9月25日 22:47

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