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2010年8月20日

パキスタンの大洪水

 地球温暖化問題が国家や地域の安全保障と密接に関係する時代が来ている--そんな印象が強まってきた。海面上昇に悩まされるツバルやモルディブなどの島嶼国にとっては、そんなことは相当前から自明な事実だった。しかし、大陸に位置する国々にとっては、そんな時代はまだ先のことと考える人が多かったのではないだろうか? ところが、今夏の異常気象は、そんな楽観主義から目を覚まさせるほどの被害を及ぼしつつある。読者は新聞報道などですでにご存じと思うが、日本の熱波襲来と集中豪雨に輪をかけたような激しい気象変化が、世界各地で起こっているのだ。
 
 夏の熱波は、アメリカ西部とアフリカ大陸の一部、日本を含む東アジア、そしてロシアを襲っている。特にロシアの旱魃は深刻で、山火事が各地で発生し、何千人もの命と広大な地域で育っていた小麦が犠牲となったため、プーチン首相は、穀物の全面禁輸を命じたほどだ。降水量の増加は、アメリカ東部のニューイングランドからケンタッキー、アーカンソー、オクラホマ三州にかけて顕著で、各地で洪水が発生した。そして、パキンスタンでは二千万人を巻き込む深刻な被害に及んでいるため、国連が各国の支援を要請している。
 
 こういう表現だと、国家や地域の安全保障問題のようには聞こえないかもしれない。しかし、大量の穀物が国際市場から引き上げられれば、世界の穀物は高騰し、貧しい国にとっては大打撃だ。また、複数の国を流れる主要河川が洪水で氾濫すれば、飲料水の確保が難しくなり、“水争い”が起こることもある。さらにパキンスタンのように、国内にテロ集団やテロ支援勢力を抱える国では、洪水などで生じる混乱を利用して政府転覆やテロ拡大が行われる可能性が増大する。事実、今回の国連によるパキンスタンへの支援要請の背後には、その懸念があるのだ。
 
 20日の『日本経済新聞』(夕刊)によると、19日、ニューヨークの国連本部ではパキスタンの洪水被害への対応を話し合う総会の特別会合が開かれ、その中でアメリカは、すでに拠出を表明していた9千万ドルの支援に加えて、さらに6千万ドル(約51億円)の支援を追加することを、クリントン国務長官が発表した。その際、同長官は「アメリカは、パキスタンが長期的な困難を乗り切り、より強い国家を築くために支えていく」と支援の目的を明確にしている。つまり、パキスタンの洪水被害は、同国の内政・経済に長期的な打撃を与えるほどの規模だということだ。そして、テロ対策との関係では、パキスタンのクレシ外相は「テロリストと戦っている時に、そうした地域を洪水が襲った。支援に失敗すれば、政府がテロとの戦いで得たものを損なうかもしれない」と述べた、と20日付の『朝日新聞』は伝えている。日本もここで、1440万ドルの支援と自衛隊のヘリ部隊の派遣を表明した。
 
 20日の『インターナショナル・ヘラルド・トリビューン』紙は、今回のパキスタン大洪水の被害の大きさを数字で示している:世界保健機構(WHO)の概算では、1千5百万人を超える被災者のうち、安全な飲料水を得ることができる人数はわずか120万人であり、洪水地域にあった1,167の医療施設のうち病院など200箇所が損害を受けたという。そして、被災者の間には呼吸器疾患と深刻な下痢が広がりつつある。問題は、洪水を惹き起こしたモンスーンの季節がまだ終っていないことで、今後も大雨が降る可能性があることだ。再び洪水が起これば、インドとの国境を接し、人口の多いプンジャブ地方に被害が及ぶ可能性が大きい。ここは、パキンスタンの農業の中心地である。首都・イスラマバードもインダス流域にあるが、ここに駐在するユニセフの職員は、「インダス川の水量は通常の40倍もある」といい、「人口25万人以上の流域の都市からは、人々はすべて避難した」という。
 
 各国からの支援は、アメリカを中心に同国に届きつつあるが、そのペースは遅れている。国連は8月11日に総額4億6千万ドルの支援を国際社会に求めたが、18日までに手当てされたのはその半分の2億3千百万ドルで、拠出の約束がされた4千万ドルを加えても、まだ全体の6割だ。その中で、アメリカの対応は迅速である。同国はすでに15機のヘリコプターを現地に派遣して6千人を避難させ、18日には軍の貨物機を使って食糧を含む28トンの救援品を運んだことで、救援品の合計は325トンに達した。これによって、現地でのアメリカの印象は改善しつつあるという。日本が派遣するヘリコプター部隊は6機と約200人になる予定。
 
 谷口 雅宣

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