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2010年8月23日

世界の食糧事情は悪化している

 20日の本欄で、私は異常気象によるロシアの穀物禁輸について言及したが、22日付の『日本経済新聞』は世界の穀物在庫の減少について報じている。それによると、国連食糧農業機関(FAO)が「安全な水準」としている穀物の在庫率--消費量に対する在庫量の割合--は17~18%だが、世界は2000年代に入ってから、この数字が20%前後に低迷しているという。つまり、「安全な水準」を割り込む可能性が生じているということだ。これに対し、1990年代の世界の穀物の在庫率は30%前後だったことを思えば、低下の原因が何であるかは大体想像がつく。それは、世界人口の増大と穀物消費量の拡大である。需要の増大は当然、穀物価格の上昇をもたらす。2006年半ばから2008年半ばまでに、世界の小麦、コメ、トウモロコシ、ダイズの価格はざっと3倍になった。この価格は、世界経済危機が始まった2008年以降やや下がっているが、それでもまだ歴史的な高価格帯にある。その結果、飢餓は世界的に拡大しつつある。
 
 飢餓状態にある人々の数は、1990年代半ばには8億2500万人のレベルにまで下がったが、それ以降は2008年末には9億1500万人に上昇し、2009年には10億人を超えた。環境運動家のレスター・ブラウン氏の予想では、世界の飢餓人口は2015年には12億人以上になるという。
 
 同氏の悲観的予測は、穀物需要の上昇が見込まれる中で、穀物生産量については楽観的な要因が見当たらないことから来る。需要サイドの要因は、人口増大と肉食の増加にともなう飼料としての穀物消費の拡大、そして、エタノールなどの自動車燃料としての需要拡大である。これに対し、供給サイドでは土地の疲弊、水源の減少、熱波の増大、高山や極地の氷の融解、海面上昇など、悲観的要因ばかりが目立つ。これに加えて、経済発展にともなう農地の減少、都市化にともなう水資源の都市への集中、そして石油の供給量減少などが悲観要因である。現在の人口増加のペースを数字で表すと、世界の食卓の周りには毎年、新たに7900万人の人が加わるというから、世界的な食糧難が予想されるのである。
 
 こういう認識に立って、世界の主要国は食糧の確保に着々と手を打ち始めている。しかし、そのやり方が、これまでにないパターンであり、貧困国に対する倫理的な問題を惹起しかねない問題をはらんでいることを指摘しなければならない。ブラウン氏は、『プランB Version 4』の中で、これを「稀少食糧をめぐる危険な地政学」(dangerous geopolitics of food scarcity)と呼んでいる。同氏によると、この始まりは、2007年の後半、今回のロシアの禁輸措置に先駆けるように、ロシアやアルゼンチンなどの小麦輸出国が、国内消費のために小麦の輸出を制限ないしは禁止した時からである。コメ輸出国のベトナムもそれに倣ってコメの禁輸に走り、その他の穀物輸出国もそれに続いた。これに驚いたのは、増大する人口を抱えながら主食の穀物を輸入に頼る国々で、将来の“食糧安全保障”を目的として、長期的な穀物輸入を輸出国との二国間条約などで確保する方法を模索し始めた。例えば、イエメンはオーストラリアに政府代表団を送り、エジプトはロシアと交渉して毎年300万トンの小麦輸入に漕ぎつけた。しかし、売り手市場でそれを実現できなかった国は、新しい形の食糧確保の方法を考え出した。

 それは、「経済が比較的豊かな国が貧しい国の土地を確保し、そこから得られる食糧を入手する」という方法である。まず、穀物需要の9割を輸入に頼っていたリビアが、ウクライナとの1年にわたる交渉のすえ、10万ヘクタールの土地を借りて、そこで育てた小麦を得る約束を取りつけた。これが、他の多くの食糧輸入国の先例となった。国際食糧政策研究所(International Food Policy Research Institute, IFPRI)は、そういう合意を50近くも集めて公表しているが、その典拠は各国での報道だから、実際はそれ以上の数の合意が成立しているだろう。こういう合意を結んだ土地の“借り手”と“貸し手”のリストを見れば、その問題点は明らかになる。借り手側には、サウジアラビア、韓国、中国、クウェート、リビア、インド、エジプト、ヨルダン、アラブ首長国連邦、カタールの名前がある。これに対して、貸し手側には、エチオピア、スーダン、コンゴ、ミヤンマー、モザンビーク、インドネシア、ウクライナ、トルコ、カザフスタン、フィリピン、ベトナム、ブラジル、オーストラリアなどの名前がある。後者のリストにある国は、すべてがいわゆる“貧しい国”ではないが、エチオピアやスーダン、コンゴは、世界食糧計画(WFP)が飢餓救済のための支援を行っている国だ。
 
 食糧援助を得ているような国が、その土地を外国の食糧生産のために提供する。これは、かつての欧米によるアジア=アフリカ諸国の植民地支配の構造と似ている。農業技術者が“本国”から派遣され、飢えている人々には手に入らない農産物を機械化した方法で生産し、“本国”へ送り返す。それを、飢えた現地の人々が黙って見ているだろうか? それとも、現地で生産された食糧を現地の人から守るために、現地の警察に頼るというのか? はたまた“本国”から軍隊を派遣するのだろうか? 世界各国でこのような事態が予想できるとき、日本の農業の実情を振り返れば、読者は背筋が寒くならないだろうか?
 
 谷口 雅宣

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コメント

総裁・谷口雅宣先生

今回も世界の食糧問題について分かりやすくお説き下さってありがとうございます。

御文章中に、誤植と思われる箇所がございます。3段落目2文目の「重要サイド」は「需要サイド」ではありませんでしょうか?
3回拝読して、誤りではないかと感じたので、出過ぎたまねとは思いましたが、お知らせさせていただきます。

青年会 大平收一拝

投稿: 大平收一 | 2010年8月26日 06:52

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