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2010年8月13日

木で工作をする

 このところ“左脳”を酷使して文章を書いてきたと感じたので、“右脳”の活動に専念することにした。妻がブログで書いているように、私たちは今、夏休みをとって山梨県大泉町の山荘に来ている。標高1200mの高地なので雲か霧かよく分からないが、昨日から周囲は曇天続きで、時々雨が降る。妻が原稿書きに専念しているあいだ、私は木工をした。山荘ができて9年ほどになるが、建てた当時に使い残した木材をいくつか取っておいたので、それを見ていると何か作りたくなったのだ。それに、7月23日の本欄に書いたように、山荘のロフトに自家製の本棚を取り付けたあとの木材も、まだ残っていた。今回山荘に来た際、その本棚に入れる蔵書の一部を運んできたが、そういう本たちを眺めているうちに、急にミニチュア本と本棚を作りたいという気持になった。

 まず、本棚作りから始めた。といってもミニチュアだから、横幅が12cm、奥行き6cmほどの代物である。それにあくまでもオモチャだから、棚が何段もある必要はないと思った。材料を必要な大きさに切るところは比較的やさしい。案外大変なのは、切り出した各部品がピッタリと隙間なく接合するように、ヤスリがけをする作業だった。釘を使わずにボンドで貼り合わせるつもりだったから、部品間に隙間があると接着力が弱くなる。まっすぐの平面同士を接合させる必要がある。また、部品の要所要所はきちんと「直角」が出ていなければ美しくない。そのための作業をしていると、以前から気づいていた人工物のもつ不思議さを、改めて感じた。
 
 それは、人間の造るものには「四角」とか「直角」とか「平面」が多いということである。これに対し、自然界に存在するものの中には、四角や直角や平面は少ない。というよりは、純粋な四角や直角、平面は存在しないと言っていいだろう。針葉樹の多くは天に向かって垂直に立っているように見えるが、近くへ寄って調べてみると、人間が建てるビルのように垂直ではなく、若干の“揺らぎ”があるものである。また、自然の石に「箱」のように四角いものはない。石や岩だけでなく、90度の角をもった体の一部を有する動物や植物を、私は知らない。「四角い雲」などもちろんなく、雪や塩や砂糖の結晶で「四角」のものも見たことはない。もちろん、水晶などの宝石類は“四角い結晶”のように見えることがあるが、それは人間が原石を削って四角く細工するのである。大平原や砂漠地帯などは、自然がつくった平面のように見えるが、それは遠くから見るからで、近くに寄ってよく見ると、それらの表面には多くの隆起があることが分かる。

 これに比べて、人造物・人工物は四角、直角、平面のオンパレードだ。切手、名刺、カード、ノート、本、スケッチブック、キャンバス、机、テレビ、窓、タンス、額縁、冷蔵庫、黒板、看板、プラカード、畳、障子、ボックスカー、家屋、ビル、駅のホーム、桟橋、田んぼ、街の区画……。これらは、基本的にすべて「四角」「直角」「平面」で構成されている。だから、木工をする際も、私は人類の一員として、人類の基本的性向に即して行うほかはない--そんなことを考えながら、本棚を作り、次に本の製作にかかった。ミニチュア本は、作った本Minibooks 棚にきちんと納まるサイズに木材を切ればいい。簡単な作業だが、これだけではつまらないので、厚手の表紙の上製本ににせて、背面に緩いカーブをつけ、その反対面には緩い窪みをつけた。あとは塗装である。
 
 塗装には、本棚部分をオイル系で、本はトールペインティング用の水性塗料を使った。ミニチュア本は8冊作り、妻と私の著書の題名をラベルに書いて、それぞれに貼りつけた。仕上げに上からニスを塗ったが、本の題名が少し滲んでしまったのが残念だった。
 
 谷口 雅宣

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コメント

とっても可愛らしいですね!

色あいもステキです

特に丸みを帯びた本の角に癒やされます。

子供にも、木製の手作りおもちゃでよく遊ばせていますが、

木でできたものには、やはり温もりを感じる気がします。


作った人の心が伝わるからなのか、

木が生きているからなのか。。。

投稿: 服部照子 | 2010年8月16日 10:06

総裁先生。外から少し窺がっただけでも、大変に多忙であろう先生が、僅かに「ひま」があれば木工、スケッチ、絵手紙・絵封筒と熱中しておられるのが、私には何と無く不審なところがありました。その不審が、『日時計主義とは何か?』の「感覚と意味」「感覚優先の世界」などを拝読して、スッキリと解けました。それらを先生が楽しまれるのは、「ひまつぶし」では決して無くて、「そこに何十万色の豊かな色彩があっても、自分の心で白(善)、黒(悪)、灰色(無関係)のたった三色に減色した世界を見ている」という心の在り方に陥らないようにということだったのですね。私も若い頃は、詩の同人に参加したりしていましたが、いつしか生活も窮する中で、自分にとっての損・得の判断によって選別していく人生となり、「感動を心で味わう」ということも無くなりました。しかし、何か自分の内にウズウズするものが在るのですね。私もこの機会に、俳句を習ってみよう(全くのゼロからですが)と思い立ち、『俳句歳時記』など買ってみました。

投稿: 水野哲也 | 2010年8月16日 13:38

服部さん、
 木のあたたかみ、いいですね。今回のミニチュア本の素材はエゾ松だったので、特に柔らかく、加工がしやすかったです。幼い子供はすぐ何でも、口にもっていくので、安全なものを与えたいですね。その点、今回使った塗料がどうであるのか、不安が残ります。

水野さん、
 『日時計主義とは何か?』を読んでくださり、ありがとうございます。俳句はいいですね。『日時計主義……』の後に出した『太陽はいつも輝いている』の中には、私の俳句も収録されています。また、生長の家の運営する喜びの投稿サイト「ポスティングジョイ」には、ネット上で俳句を発表し合うグループもあります。ぜひ、ご加入ください。サイトのアドレスは

http://postingjoy.com/

です。

投稿: 谷口 | 2010年8月17日 16:47

総裁先生、

私も隙間にちょうど良い大きさのラックがないときなど自作します。好きな大きさにできるので嬉しいですね。ただきれいに仕上げるのにペンキを塗るのはちょっと大変です。

投稿: 近藤静夫 | 2010年8月18日 18:14

総裁先生。本日、私も「ポスティングジョイ」に参加させていただき、人生第一作の俳句を発表させていただきました。ありがとうございました。

投稿: 水野哲也 | 2010年8月20日 13:51

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