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2010年8月11日

ネット時代の運動を考える (6)

Mmodel_matome  前回の本欄で考察したリアル組織とバーチャル組織の特徴を表-1にまとめてみた。言葉の使い方を前回から変えているところがあるが、本質的な意味は変わっていないと思う。リアル組織の外貌は実名的であるのに対し、バーチャル組織は匿名的である。リアル組織の位置は地理的であるのに対し、バーチャル組織は地理的には存在しない。リアル組織の構造は階層的だが、バーチャル組織のそれは非階層的であり、上下関係の意識が薄い。リアル組織の基盤は功利的だが、バーチャル組織の基盤は親和的である。リアル組織の結合は傾倒的(強く、深い)なのに比べ、バーチャル組織は非傾倒的(弱く、浅く)に結合している。
 
 このように明確に対比してはみたが、これはあくまでも“モデル”としての対比であり、この2種の組織の一般的な「傾向」を示しているにすぎない。だから、リアル組織に所属している人同士が、実際に、例外なく実名を使っているかと言えば、そうでない場合もあり、また功利的な基盤でしかつながっていないかと言えば、友情や同志愛でつながっている場合もあるだろうし、構成員間の結合が強くないリアルの組織も、あり得るだろう。さらに言えば、リアルとバーチャルの両方に属している人もおり、その数はしだいに増えていくだろうから、そういう人同士の関係は、この対比表のようにはいかないだろう。そのことを念頭に置いておいてほしい。
 
 私は8月8日の本欄で、今後のネット上の活動しだいでは、「バーチャル組織の構成員がリアル組織へつながる可能性も拡大してくる」と書き、そういう運動が求められるとも言った。これは、従来の両軸体制下で「普及誌購読者を組織の会員へ導く」運動と似ている。しかし、この「バーチャルからリアルへ」と人を呼び込む活動には、細心の注意が必要だと思う。なぜなら、両軸体制での組織の会員の拡大は、うまくいかなかったからである。その理由はいくつも考えられるが、1つには、“会員化”することで組織の数値的な目標を達成しようと急ぐあまり、かえって会員化を嫌がる人が多く出てきたことが挙げられる。会員化の対象となった人々の中では、組織の会員になることで縛られるだけでなく、いろいろな義務を負わされるという一種の“恐怖感”が生まれたのではないか。これがすでに「階層的」で「傾倒的」なリアルの組織の中で起こったのだから、ましてや「非階層的」であり、「非傾倒的」であるバーチャルの組織においては、性急なリアル組織への呼び込みは、構成員の心に強い違和感や拒絶感を生み出すのではないだろうか。
 
 このあたりが、ネット時代の運動の難しいところではないか、と思う。
 
 谷口 雅宣

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コメント

合掌 ありがとうございます

 いつも正しいご指導をありがとうございます
インターネット上での伝道に、懐疑的な意見も耳にしますが、
私の場合、ネット上での伝道の方が、効果的な側面があります。
と申しますのは、先生もお書き下さっている通り、親和の法則が、ネット上では、より強く働くような気がします。
 似たような考え・感性を持っている人が、あちらから寄ってきてくださるのです。
 とても気が合い、同意見に落ち着きます。
 それどころか、あとで詳しく事情が分かってくると、生い立ちまで酷似していたりします。
 本当に親和の法則です。


 そして、生長の家の聖典などを郵送させて戴きますと、とても喜んで下さいます。
 ネットは、通常社会では社交辞令が必須なところを、常に本音で語り合えるというプラス面があり、心の交流が不思議なほど出来ることがあります。
 お互い知らないまま、同じ事を同時に考えていることが頻繁に起こり、場所は、離れ離れでも、本当に心で繋がっていることが分かります。


 おまけに、人生の窮地に立たされていたので、観音様に祈っていたら、私のブログに出会ったといった方もおられました。
 本部の電話番号その他をお伝えしたり、生長の家の真理をご紹介させて戴きましたら、病状も快方に向かわれたといった方もおられます。


 ネット上であろうと、神様のお導きがあられるものと存じます。
 プラス面ばかりでなく、マイナス面も同じ数ほどありそうですが、
 ネットでの活動は、「三界のどこにも身を顕さないのが座禅である」という言葉そのままのことが出来るような気がします。


         兵庫教区白鳩会(光実) 松尾拝

投稿: 松尾 | 2010年8月12日 17:42

松尾さん、

 なかなか興味深いネット体験談を聞かせていただき、ありがとうございました。

 ネット上で「本音で語り合える」というのは、本当でしょうか? 私は、本名を使わない日本のネット上では、“本音”が何であるのかは判断しにくいのではないかと思います。怒っていないのに「怒っている」と思われたり、傷ついているのに「同意した」と思われたり……何せ、相手の顔が見えない中で、文字だけで相手の“本音”を推測するのは、リスクが伴うと思いますが……。

投稿: 谷口 | 2010年8月12日 23:26

総裁先生。ネット上の出会いが、今一つ信頼し切れないのは、例えば妙齢の美女と対話していたつもりが、実は髭などたくわえた中年のおじさんだったということが、十分おこりうる世界であり、「生長の家」を装った悪事も行われうるということです。いかし「愛は時間空間を超え、その奥にある実体それじたいだから」(谷口清超先生)、どんな手段によっても本物の出会いが無いとは言い切れないとも思います。
私はキリスト教の諸派を転々とする不良信者でしたが、一教会に落ち着けなかった理由のひとつに、救われている者たらねばならない(自己義認・パリサイ主義)という意識が強すぎたことがあり、そこで息苦しい拘束感に襲われたことがあります。「人間は誰でもみな『神の子』ですが、まだ現実にはその実相が充分現れてきてい」(清超先生)ないということが、分かっていなかったのです。そういう者には「バーチャル組織」の方が、消極的な意味で平安でいられたのかもしれません。

投稿: 水野哲也 | 2010年8月13日 13:25

総裁先生

合掌 ありがとうございます

 まさに仰るとおりな側面に、私も、メール等の限界を感じたことがあります。誤解の元と思って一度断念しました。
 ところが、そのメールをどんな気持ちで書いたかというのが、文面よりもストレートに伝わるのだ、ということをだんだんと経験していきました。
 心で思うだけでも、相手に伝わることも何度も経験しました。

 ネットであれ、社会生活であれ、人は真心そのもので生きるべきものだということを学びました。

 社会生活では、年上の人が間違っていても、間違いを指摘することは失礼にあたるので、黙っておりますが。

 お幸せになって戴きたくて、相手の方のご先祖供養もさせて戴いてました。


 それから、本音の意味あいですが、
維摩経解釈の中の、直心のようなものでやりとりしていたように思います。
 環境問題等への姿勢が真摯で、これからいったいどうすればいいのかを真剣に考える、といったやりとりでした。

 物質的方法をやりつくしても、結果がいまいちなのと、色々な事象を知るにつけ、「この世界には、物質の法則とはまた別の何かがありそうだが」という予想にいきつくことになるようです。

 それと、環境等の運動家は、不健康な人も多いらしいです、やはり実相を知らず、不完全を一般人よりも多く心に描くので、そうなりやすいのか、「人間のせいでこうなった」という自己処罰の表れなのか、物質ありという根本的な転倒妄想からなのかもしれないですが、

 そういう風に、やはり生命の実相哲学でないと、最終的に地球環境も人類も救われないものなのだなぁと痛感しています。


 ただ、どれくらい生長の家の教えを把握しているかということは本人にも分かりにくいので、知っているつもりで全然理解が足りなかった場合、間違ったことを広めてしまうというのは、本当に難点かもしれません。
 私も、2,3年前の私は、知識があるだけで全くわかっていなかったと反省しています。
 病気して、そこから這い上がるのに聖典を再度読み直して、やっと「こういう意味だったのか!」と自分の認識の誤りに気がついたような次第です。
「国家を救おうと言う気持ちもある意味煩悩」とあり、そうだ世界はそのまま完全だったのだと強く思い直し、物質に捕われない行動がとれるようになりました。
 本当に、真理をご存じない方は、たとえ善人であっても、大変な思いをされていると存じます。


 今朝の神想観で、不空羂索観音という言葉が思い浮かびました。
 まさにネットは光の網で、観世音菩薩様の慈手の一つの現れと思いまして、総裁先生のやろうとされているネットでの運動の整備は、とても御心に叶ったものと存じます。


             兵庫教区  松尾拝

投稿: 松尾 | 2010年8月13日 13:30

水野さん、

>>どんな手段によっても本物の出会いが無いとは言い切れないとも思います。<<

 同意します。ただし、双方にそれなりの努力が必要でしょう。

松尾さん、

>>ネットであれ、社会生活であれ、人は真心そのもので生きるべきものだということを学びました。<<

 真心が伝わるような文章を書くことは、なかなか修行がいりますね。でも、同意します。

投稿: 谷口 | 2010年8月13日 22:11

総裁先生
ネット時代の運動を考える(1~6)を興味深く読ませていただきました。

インターネットを通しての情報の発信は、コストがほとんどかからずに出来てしまいます。
やろうと思えば、本の内容や、音声や、動画なども手軽に多くの人に伝えることもできる時代です。
しかし、現状では、情報を受け取る側にいろいな制約があって、自在に情報伝達ができるというわけではありません。
携帯電話などへの情報伝達は、画面が小さくて、表示能力が十分ではないと思います。
また、多くの人は、パケット料定額のプランには入っていないので、受信するデータが従量制のため、データのパケット料金が非常に高くつきます。それを知らずに、インターネット上のホームページを安易にたくさん表示させたりするとびっくりするような、料金を払わなければならないことになります。パソコンでのインターネット利用も、パソコンの前に座り、電源を入れてから、永い時間を経てやっとホームページを見ることができるようになります。
また、結構操作が難しく、高齢者向けとはいえません。

その点、iPhoneなどは、契約の始めから、パケット料金は定額なので、安心して、インターネットのホームページや動画を閲覧することがどこででもできます。しかし、画面サイズが小さいので、やはり万人向けとはいえません。

iPadであれば、室内無線LAN利用や、無線LANスポットの利用に限定すれば、携帯電話回線の契約をしなくてすみますので、あまり費用もかからず、ワンタッチで、起動させて、瞬時にインターネットにつなげることができます。そして使う人の視力に応じて、指先だけで、文字を拡大することができるので、老若男女を問わず、万人に利用してもらえる可能性があると思っています。

今でも、ページ数の制限はありますが、生長の家の月刊誌を立ち読み(閲覧)するサービスが、生長の家公式サイトから利用できます。

これからの、組織会員へのサービスの可能性のひとつとしては、インターネットを通して、自由に生長の家の月刊誌を全ページ閲覧出来るということにしてはいかがでしょうか。バックナンバーもすべて読むことができればとても便利だと思います。

また、週刊発行の生長の家のメールマガジンというものがあっても良いと思います。

現状でも、twitterを通して、総裁先生のブログが更新されたことを知ることができるので、便利に利用させて頂いています。
本部講師の先生方の講話を、動画で聞くことができるようになればよいと思います。
私は、iPadもiPhone4も利用していますが、上記のようなサービスが実現できればとても便利なツールになります。

両軸体制での組織の会員の拡大は、うまくいかなかったということも、残念ですがご指摘の通りだと思います。今後リアル組織の会員を増やすためにも、より負担の軽い枠組みを考えていかねばならないと考えます。

投稿: 武市 進 | 2010年8月23日 02:23

武市さん、

 長文のコメント、ありがとうございます。

 組織会員へのネットを使ったサービスは、今後もっと必要になると思います。たぶん担当部局でも考えていると思います。

 ポスティングジョイについての感想を、聞かせていただけませんか?

投稿: 谷口 | 2010年8月23日 12:16

総裁先生
ポスティングジョイに関しては、MIXIのような、SNS(ソーシャルネットワークサービス)が生長の家の中で運営されており、画期的な試みだと思います。たくさんの方々の意見がストレートに自由に発言できる仕組みになっていて、素晴らしいと思います。

ただ、かなり内向きな傾向があると思います。
実名でなくニックネームを用いなけらばならないというルールもバーチャル組織とリアル組織との接点になりにくいような気がします。たとえば、私の地元である大阪でも、検索してみると登録会員は、57名おられますが、リアル組織の会員であっても、どなたかというのがわかりません。また、全国的な規模なので、投稿されている数が、あまりにも多くて、その中から、自分にとって、価値ある発言を見つけるには大変な労力が要りそうです。twitterからも「postingjoy」で、タイトルだけを見ることができますが、特定の人の発言に絞ってtwitterで受けることができないのは、惜しいと思います。以上の理由で、登録はしたものの、あまり活用できていませんでした。

私は、特定のパソコン雑誌の読者投稿欄を長年(27年)興味を持って毎回、読んでいるのですが、結構、参考になることや共感出来る発言があったりして、楽しみにしています。ポスティングジョイにも、トップページに、サイト運営責任者の方が、月に一度5~10名くらいの、発言をピックアップして頂き、紹介していただければ、その発言者に興味があれば、その方の過去の発言も通して読むことができるので、より良いのではないかと思います。

インターネットの進歩により、膨大な情報の海の中にわれわれはいます。その中で、正しい
情報や必要な情報を効率よく示してくれる羅針盤が必要です。現在、私はTwitterを便利に利用しています。
私の今までの経験上、有益な発言をされている人をフォローしています。またその方がフォローしている方の中から、自分にとって興味のある方をフォローするということにより、とても参考になる情報を得ることができています。

投稿: 武市 進 | 2010年8月25日 01:37

武市さん、
 ポスティングジョイについての感想、ありがとうございました。

>>実名でなくニックネームを用いなけらばならないというルールもバーチャル組織とリアル組織との接点になりにくいような気がします。<<

 ええと、ニックネームを実名で表記することはできるのではないでしょうか? しかし、まあ、原則が“仮名”ですから、書き込みがしやすいのでしょうが、無責任な発言があり得るでしょう。それから、ニックネームを原則とした場合、「組織」を意識しないで自由な発言ができるというメリットはあると思います。まあ、このことは、あなたが「バーチャル組織とリアル組織との接点になりにくい」とおっしゃっていることの裏返しなのでしょう。

 ところで、私はMIXIはやったことがないのですが、ここは本名が原則なのですか?

 「ジョイ」の欄に書き込みが多いのは事実ですね。でも、コミュニティーに所属した場合は、案外書き込みは少ないのではないでしょうか? 私の場合、「絵手紙・絵封筒」のグループにいますが、最近はあまり覗いていません。

投稿: 谷口 | 2010年8月25日 14:03

総裁先生
MIXIは、ポスティングジョイと同じで本名ではなく、ニックネームで登録します。
昨年の時点で、1800万人近くの登録者があるようです。最初は、紹介者を通じてのみ加入出来るという条件があり、私も知り合いの方にお願いして、登録することができました。現在では、紹介者がなくても登録ができるようで、より信頼できるSNSという位置づけではなくなって来ています。MIXIもポスティングジョイも同じような位置づけではないでしょうか。現在私の使用状況は、数日に一度、自分のMIXIのページにアクセスしています。友人の日記の更新があれば、わかる仕組みになっており、それを読むくらいです。
今、私は、Twitterの便利さと実用性に関心が移っています。以前、MIXI上で、活発に発信していた多くの人は、今は、Twitterを主に活用しているようです。Twitterは、一回の発信できる文字数が、140文字と限られていますが、iPhoneのような、スマートフォンを利用すれば、いつでもどこでも、思い立ったときに発信出来ますし、特定の人をフォローすることにより、その人が発信すれば、自分野スマートフォンを通してTwitter にアクセスすることにより、すぐにその発言を時間を追って読むことができる便利さがあります。また、フォローされることにより、自分の発信が、自分をフォローしている人(フォロワー)に確実に伝えることができます。
また、ブログによりますが、ブログに書き込むと、標題が、自動的にtwitterに発信されるブログもあります。
ポスティングジョイは、投稿者が投稿すると、すべて、「postingjoy」というユーザー名で、発信されますが、これは、発信数が多すぎて実用的ではありません。せめて投稿者のニックネームも同時に発信される必要があると思いました。
Twitterは、日本の文化にあったツールだと思います。俳句や和歌の国である日本ですから、140文字あれば大概の用件は発信出来ます。私は、詩吟の趣味があるのですが、漢詩なども短い字数で実に豊かな世界が表現されています。短い文章で要点を伝えようとしますから、読む場合も、要点が確実に理解できます。総裁先生が、昨年ブラジルに行かれた時のTwitterによる発信もとても良い情報伝達手段だったと思います。Twitterにおいて現地の移動状況を伝えるとともに、書き添えられた写真のURLをたどることにより、リアルタイムで、ブラジルの各地の様子を共有させていただくことができました。

ソフトバンクの社長の孫正義氏は、自ら、多くの発言をTwittrerで、本人自身がされています。またUSTREAMという、基本的にiPhoneだけで、生放送ができ、また終了時に設定すれば、録画を多くの人に見てもらえるソフトがiPhoneにはあります。USTREAMを利用して、孫氏の場合は、iPhoneではなく、ビデオカメラを用いて、
スタッフの協力を得て、新製品の発表会や、対談番組を発信しておられます。そのことによって、孫正義氏が、どのような人であるかということを、今までのテレビでは、得られないほどの情報を得ることができました。
対談番組でも、休憩をはさんで5時間を超えるような収録番組など、通常のテレビではありえない生放送もありました。そのことにより、孫氏のひたむきさが伝わり、確実に孫正義氏の応援団を増やしておられると思います。

インターネットを利用することにより、情報を伝達するために必要なコストは、限りなくゼロに近い世の中になってきました。
文書伝道においても、費用をかけずに無代進呈をすることも、可能です。
講話なども、費用をかけずに音声や動画を配信することも出来ます。その先駆的な、サイトが、宇治の楠本加美野先生のホームページであったように思います。楠本先生の動画での講演あり、宇治での練成会の参加者の体験談なども写真と音声付きで、公開されていましたし、体験談の録音をテキスト化されていました。多くの労力をかけた充実したホームページだったと思います。新しい方たちが、興味を持って頂くことにより、練成会への参加を期待できる枠組みになっていたように思います。昨年半ばより中断されていますが、再開されることを期待しています。

生長の家においても、どこまでの情報を無償公開するかを枠組みを決めて、生長の家の運動を、拡大発展させるための収益基盤の確立も考えながら、新しい、組織運動を考えることが必要になってきたと思います。

投稿: 武市 進 | 2010年8月26日 23:07

『生長の家』総裁谷口雅宣先生:
合掌。有難うございます。去る8月4日から6回にわたり、『ネット時代の運動を考える』について、詳細にわたり、克明なご指導を頂き、心から感謝申し上げます。この度もまた数々のアイデアが溢れる、真にすばらしい沢山の「解説図」と、「組織特徴比格表」による、ネットならではの貴重なご指導に接する事が出来まして、大変嬉しく存じています。そして、「ネットを最大限に活用する組織活動」こそ、今後将来、『生長の家』の御教えの国内外への伝道に大きく活路を開くものであると強く確信させて頂きました。  
 今回、ご教示頂き、感銘しましたこと等を、次のとおり纏め、コメントさせて頂だきます。

 >>今後、ネット社会が浸透し拡大してくると、このバーチヤル組織の構成員がリアル組織へつながる可能性も拡大してくると思われるから、この分野で新たな活動が始まり、また求められるだろう。また、リアル組織の人間がバーチャル組織に参加することで、真理の理解を深めたり、帰属意識を強める可能性も出てくるから、この双方の組織は対立するのではなく、共存していくと考えられるのである。<< 〔8月8日(4))。

 私は、今日、巷に見られる「ネット社会」の到来を、想像すら全く出来ない時代に生きてきましたが、所謂「リアル組織」の外周で、生長の家の信仰生活を熱心に生きてきた体験をもってきています。 インターネットがない時代でも、私の周囲には、大変多忙な重責にある実業人(古くは軍人をも含み)に従事する人々で、聖典を熱心に拝読され、諸行にも通じておられる、生長の家の信奉者がかなりおられました。その中の多くの人は、貴重な人生体験と、すばらしい信仰体験の両者を兼ね備えた全くの「生長の家人」でありながら、ある年齢に達する迄は「リアル組織」に近づく機会には恵まれませんでした。また、その方々のリアル組織への受け入れは、従来はそれほど積極的でもなく、あまり歓迎もされない空気が(地区によっては)あつたことを残念に思っています。
 その理由は、8月11日(6)の「表ー1」の構造と基盤要素によって、一般的傾向だと仰りながら、見事に表現して戴いており、その強い説得性に感嘆しております。
 又、両軸体制下の反省において、“「バーチヤル」から「リアル」へと人を呼び込む活動には、細心の注意が必要だと思う”のお言葉は、特に強く肝に銘じなければ成らないもので、会員化による組織人員の増大を急ぎ、傾注する際等には、得に対策を徹底研究して、上表にお示し戴いているネガチブ的要素の影響をよく検討しなければならないことを痛感しました。
 同様な観点から、8月2日(2)、図ー2 の所で御説きくださいました、縦割り組織を横断的に情報で結ぶ『血液』としての講師の真役割を十分果たすためには、その資質に大きな脱皮が求められていると感じました。

さらに、
 >> 今後、ネット社会が浸透し拡大してくると、このバーチヤル組織の構成員がリアル組織へつながる可能性も拡大し、この分野で新たな活動が求められるだろう。また、リアル組織の人間がバーチャル組織に参加することで、真理の理解を深めたり、帰属意識を強める可能性も出てくるから、この双方の組織は対立するのではなく、共存していくと考えられるのである。<< 
 このバーチヤル組織とリアル組織の、具体的に対立のない橋渡しに尽力することが、特に“現代に生きる教義”とそのネット化に精通した講師の、重要な組織的活動(例えば、各誌友会のネット化の計画と総合管理)の一つとなるではないかと、考えさせて頂きました次第です。
 総裁先生、今後ともどうかよろしくご指導をお願い申し上げます。有難うございました。     
                                    再拝
                           

投稿: 丹羽 敏雄 | 2010年8月31日 11:47

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