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2010年8月10日

ネット時代の運動を考える (5)

Mmodel40  前回の本欄で言及した「リアル」と「バーチャル」の2つの組織を、図式化してみた。図-5は、リアルの組織に加入している信徒の一部が、携帯電話やパソコン等を使ってバーチャル(インターネット)での活動にも参加していることを表現したものである。リアルとバーチャルを表した円の大きさにさほど違いがないが、分かりやすくするための便法だと思ってほしい。実際のインターネット利用者の数は、海外も含めれば生長の家の信徒数の千倍以上になるだろう。が、その比率を図に反映させることは、ここではあまり重要でない。そうではなく、ここでは「リアル<バーチャル」の関係が明確になればいいのである。
 
Mmodel41  この図に対して、両軸体制の考え方を取り入れた図-6のような図式を考えることもできる。しかしこれだと、リアルの信徒のすべてがバーチャルに含まれること--つまり、高齢の会員もすべてインターネットを使えることになり、実態と大きくかけ離れる。また、リアルとバーチャルの両方に含まれる信徒(図の紫色の部分)の動きを表現することも難しい。さらには、リアルとバーチャルの組織の相互関係を考えるにも不都合な点があるようだ。したがって、今後の考察は図-5を基礎にして行う。
 
 私は、バーチャルの信徒の組織ができるとしたら、それに属する人々は、媒体としてのインターネットの特性を反映すると思うのである。もっと具体的に言うと、インターネットには、よく知られている①匿名性のほか、②非地理性、③非階層性、④親和性、⑤非傾倒性などがある。「匿名性」とは、ネット上の発言や活動を誰がやっているのか分からないという性質である。ネット上では本名を使わない人が多く、また、本名をネット外から探しても分からないことが多い。また、ネット上の人物の居場所も確定することが難しい。すると、本名も居場所もわからない人は、社会的な立場がどうなっているのかも分からない(非階層性)。ネット上でつぶやきを流すツイッターなどでは、よく世界的な有名人が顔写真入りで発言しているが、それが本当に本人の言なのか確認することは難しい。私はかつて、前首相の鳩山由紀夫氏をツイッター上でフォローしていたことがあったが、新聞の解説記事で「本人からのメールの言葉をアシスタントがツイッター上に登録している」という説明を読むまでは、前首相本人の弁だとは思っていなかった。また私から、ツイッターを通して鳩山氏宛にメッセージを書いたこともあったが、「どうせ読んではくれまい」と思いながらそうしていたのである。

 このように半信半疑の心境で人とつき合う場がインターネットであるが、「自分の名前や身分が隠せる」という“利点”(欠点でもあるが)を使って、人々はネット上で何をするのだろう? それは恐らく、本人の「関心があること」以外にないだろう。名前や身分をわざわざ隠して、自分に興味も関心もないことをする人はいないからだ。するとネット上では、「人々は自分の興味や関心ある物事の周囲に集まる」という現象が生じることになる。例えば、「買い物」に関心のある人は買い物のサイトへ、「読書」に興味のある人は本のサイトへ、「政治」に関心のある人は政治問題を扱うサイトへ、「料理」に興味のある人は献立サイトへ……という具合にである。このことを、私は「親和性」と表現した。生長の家で説く“親和の法則”そのものである。
 
「非傾倒性」というのは、あまり聞きなれない日本語である。というよりは、私はこの語を手元の英和辞典から探して、造語した。原語は英語の「commitment」である。この英語は、何かの対象に対して、自分の責任で後もどりできない形で関わりをもつことを意味する。リアルの人生では、恋愛にしろ、就職にしろ、結婚にしろ、深い人間関係や社会関係をもつときは必ず、相手とこのような関係を結ぶ。しかし、バーチャルのネット社会では、このようなコミットメントの意識が希薄である。それは、自分が誰であり、どんな社会的立場にあり、どんな顔をしているかなど、自分のリアリティーが相手にはわからないからだ。簡単に言えば、無責任な関係なのである。ネット上で何かまずい事態になれば、最悪の場合でも、ケータイやパソコンの電源を切ってしまえば、相手とはオサラバだからだ。

 谷口 雅宣
 
 

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コメント

総裁先生、

話題のツイッターの使い方、いまいちよく分かりません。一応登録はしているのですが。

匿名性ですが、アメリカではFacebookなど、実名を使った利用が一般的と聞いています。実名なので変なことは投稿できないと自制が働くようです。そのような文化が日本でも広がれば、より効果的なネットを使ったコミュニケーションが図れると思うのですが。

投稿: 近藤静夫 | 2010年8月10日 23:20

近藤さん、

 ツイッターは個人と団体や企業ではやり方が違ってくるのではないでしょうか? 個人がやる場合は、何か自分の“特徴”や“得意な面”を前面に出して、それについてつぶやく…そういう人が多いようです。団体や企業がやる場合は、自社サイトへフォロワーを引き込むための“撒き餌”みたいな文章を流すところが多いようです。ほかにも、いろいろ工夫があるみたいですが、私はそれほど詳しくありません。

 そう言えば、ツイッターを使った誌友会を実験的にやったのを知っています。この場合、離れた所にいる者同士で意見交換ができますね。

投稿: 谷口 | 2010年8月12日 00:30

総裁先生、

この小閑雑感のページにも

TWITTER , follow me on Twitter と
出ていますが、これはどのように使うのでしょうか?

投稿: 近藤静夫 | 2010年8月12日 20:34

近藤さん、
 Twitter のメンバー登録を済ませていられるようですから、TWITTER, follow me on Twitter というリンクをクリックすると、SEICHO_NO_IE の“つぶやき”のページに飛ぶはずです。その画面の「follow」(英語表示の場合)をクリックすれば、SEICHO_NO_IE のツイートを自分のページに表示できるようになります。

 そういう形で、自分の好みの人や団体のツイートを自分のページに集めることで、1画面に多様な情報を集約し、それらの提供者とのやりとりが可能になります。

投稿: 谷口 | 2010年8月12日 23:17

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