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2010年8月 6日

ネット時代の運動を考える (2)

 前回は、生長の家の伝統的な“三者組織”を4段階の階層をもった円錐として描いた。(図-1)この図は、しかしあくまでも考察の便利のための“モデル”である。だから、現実を正確に表してはいない。例えば、会員数で表される組織の規模を考えれば、白・相・青を示す円錐の大きさは、前回の図とは相当異なってくるだろう。「白」は一番大きく、「相」はその何分の1かであり、「青は」最小で、階層構造がないものもあるだろう。しかし、ここで重要なのは白・相・青の間の規模の違いではなく、組織の構造の共通性である。

 図-1はまた、1つの教区内の3組織を表すと同時に、日本全体の3組織をも表すと考えていいだろう。なぜなら、これら3組織にはそれぞれ「中央部」や「総轄実行委員会」などの全国をまとめる上部機関があるからだ。この中央部の決定に従って、各教区の下部組織が動くという関係があり、これは、教区の連合会長や委員長の決定に従って、総連会長→地区連会長→支部長(相愛会長・単青委員長)が動くという、教区レベルの運動組織と相似形になっている。
 
Souhakusei02  さて、図-1の3つの円錐の上方から、さらにもう1つ、やや大きめの円錐をかぶせたのが図-2である。その構造が分かりやすいように、透視図にしてある。この上部の円錐を本部機構だと考えると、この図は日本の生長の家の運動組織の全体を表すと言っていいだろう。もちろんこれも便宜上の概念図であり、実際の生長の家の組織全体はこれほど単純ではないし、“三者”以外にも「栄える会」や「教職員会」もある。また、「教化部」「練成道場」などという立派な宗教法人の組織もある。が、それらすべてを図の中に書き込むと、煩雑すぎて「考察の便宜」にならなくなってしまう。だから、図-2も単純化された“モデル”だと考えてほしい。
 
 図-2を見ると分かるのは、この円錐を組み合わせた組織は、基本的に上下方向に情報が行き来するという点では、前回の図-1と変わらないということだ。別の表現を使えば、下部の3つの円錐間を流れる情報は、少ない。セオリーとしては、地方講師が“組織Souhakusei03 の血液”としてこの役割を果たすことになっているが、その講師たちも三者のいずれかに所属しているから、それらの組織に心情的に強力に引っ張られているのが現状ではないだろうか。図-2に着色したのが図-3である。白・相・青の3組織に対応するように、下段の円錐を「ピンク」「青」「水色」に塗ってある。黄色の円錐は本部に該当する。ここまでが、従来の生長の家の運動組織の単純化モデルの図示作業だ。
 
 次に、インターネットによる情報の流れを、図に描き加えてみよう。今、ネットの世界では「クラウド・コンピューティング」(cloud computing)という考え方がもてはやされている。このクラウドとは「雲」のことだ。地上から雲を見上げると、そこには何かが豊かに存在しているように見える。一方、パソコンからインターネットを覗いてみると、そこには何かすさまじい量の情報が塊になって存在しているように感じられる。この2つの共通性に着目して、インターネット上に置かれたソフトウエアや記憶媒体を使って、個人や企業が数値計算や、文書作成、データ管理などを行うことを「雲の上の情報処理」というような意味合いで「クラウド・コンピューティング」と呼んでいる。これまでのパソコン利用と違う点は、自分で使うソフトやデータが手元のパソコンにではなく、ネット上にあるという点だ。これだと、軽量で持ち運びがしやすいパソコンや情報端末を使って、全国どこからでも共通データを操作することができ、手元のオフィス・スペースや記憶媒体の容量を節約することができる。インターネットによる情報処理は、今後このような形に移行していくと言われている。
 
 生長の家の教義や運動に関するデータも、ネット上に蓄積されつつある。私のこのブログが、いい例だ。もう10年近く書き続けているから、その頃からの過去の私の考えが保存されていて、キーワードなどによる検索ですぐに引き出すことができる。生長の家の公式サイトにも、教義を含めた過去のデータが蓄積されており、これに書籍データが加われば、教義のデーターベース化も可能である。こうなってくると、ネットが利用できる人ならば、生長の家の組織をまったく経由せずに、かなりの情報を自分で直接引き出すことが可能になるし、現にそうしている人の数が着々と増えていると考えられる。

 谷口 雅宣

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