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2010年7月17日

微生物の偉大な力

 15日付の『インターナショナル・ヘラルド・トリビューン』紙に、動物の体内に棲む細菌の働きの偉大さを感じさせる記事が2本載っていた。細菌と宿主生物との間には通常、共存共栄の関係があるのだが、それが崩れると病気の様相を呈してくる。そのことを多くの人は知識として知っているから、ヨーグルトや納豆などの細菌を含んだ発酵食品を進んで食べる人も多い。が、そういう“善玉”の細菌の代わりに“悪玉”が体内に入るとどうなるのか--その例として、次の話を読んでほしい。
 
 2008年のこと、ミネソタ大学病院で消化器病を専門としているアレクサンダー・コーラッツ博士(Alexander Khoruts)は、胃腸へのひどい感染症で苦しむ女性患者の治療に苦慮していた。彼女は下痢が止まらず、ついにオムツをつけた車椅子生活を余儀なくされていた。コーラッツ博士は、彼女に何種類もの抗生物質を処方してみたが、下痢を止めることはできなかった。下痢は長く続いていたから、患者の体重は8カ月で27キロも減っていた。そこで博士は“移植”を決意したのである。「移植」といっても他人の臓器や組織の移植ではなく、細菌の移植である。患者の夫の便を少量採り、それを生理食塩水で溶いたものを彼女の結腸に入れたのだった。すると驚いたことに、下痢はほとんど1日で止まってしまったという。それだけでなく、細菌の感染も恒常的に消えてしまった。この方法を「細菌治療」(bacteriotherapy)とか「便移植」(fecal transplantation)というそうだ。過去数十年間で数例しか実施されていない珍しい治療法だ。加えて、過去の実施例にはなかった新しい過程も付加された。それは、患者の内臓の細菌の遺伝子検査を移植の前と後とで行ったことだ。これにより分かったことは、移植前の患者の内臓には、通常人の胃腸に棲みついている細菌はまったく存在せず、その代り、本来人間の内臓にいるべきでない細菌群で覆われていたという。移植後2週間たって、再び患者の胃腸内を調べてみると、夫から移植された細菌群が全面に繁殖しているのが分かった。これらの細菌が“悪玉”を駆逐し、数日の間に彼女の内臓の機能を正常にもどしたのだ。
 
 人間の体内に棲む細菌の数は、体の細胞の総数(60兆~100兆個)の10倍ほどもあるという。だから、人間にとってこれらは別の“臓器”だと考えていい。しかし、それらの細菌群が体内でどのような働きをしているかは、医学的にもまだほとんど分かっていないらしい。だいたい体内細菌の種がどのぐらいの数かも分かっていない。口腔内だけも500~1000種類の細菌がいて、体の部分部分で棲む細菌の種類が異なるという。本来細菌はいないと考えられていた肺の中にも、128種の細菌が見つかっており、数的には1平方センチ当たり2000個の細菌がいるという。このような情報を知ってみると、我々の健康は数多くの細菌の協力によって守られていることが分かる。「天地のすべてのものに感謝せよ」という教えの正しさが分かると思う。
 
 ところで、もう1つの細菌の話は、地球温暖化に関係するものだ。微小のものが極大のことに関与している。それは、オーストラリアで飼われているウシの内臓に棲む細菌のことだ。石炭の産地であるオーストラリアは、それを発電に使っていることもあり、1人当たりの温暖化ガス排出量は世界最高レベルにあるという。その温暖化ガスのうち1割以上は、ウシやヒツジが排出するゲップ(メタンガス)だ。これらの家畜は、牧草を食べている間中ゲップをしているそうだ。メタンの温室効果はCO2の21倍もあるというから、深刻な問題である。そこで同国では、この“家畜による排出量”を減らすために、餌を工夫したり、排泄物の処理方法を改善したり、家畜の胃腸内に棲む細菌の調整をしたり、ゲップの排出が少ない種を選択的に殖やしたり、様々な検討がなされている。
 
 この“改善策”の1つに、カンガルーの利用がある。カンガルーは草食で、ウシとほとんど同じものを食べているが、メタンガスを口から出さないそうだ。そこで、カンガルーの胃腸内の細菌を牛に移植する方法が考えられているらしい。が、そんな不自然な方法は“邪道”だとして、ウシの代りにカンガルーの肉を食べるべきだと言う人も出てきている。同国では実際、カンガルーの肉が一部ですでに食されているが、量はそれほど多くない。その理由の1つは、カンガルーは基本的に野生動物であり、家畜のように柵の中に囲って飼うことはできないからだ。また、肉の量もウシの10分の1ほどしかないという。

 本欄では、牛肉を食することの様々な問題については何回も書いてきたから、もう繰り返さない。ウシの体内細菌の構成を変えてまでその肉を食べようとするのは、明らかに過剰な執着心である。代りにカンガルーを食べるというのも、不殺生の立場からあまり賛成できない。肉食への執着を放たない限り、人間にとって好ましくない結果がやってくることは、今回の宮崎県での口蹄疫の問題も示している。細菌などの微生物でさえ、人間に多くの恩恵を与えてくれているのだから、すべての生物に感謝し、その命を敬う心をもっと拡大していきたい。

 谷口 雅宣

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