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2010年7月27日

チョウの翅の模様について

Brazil048  私の眼前には今、熱帯雨林の片隅で翅(はね)を休ませているチョウの姿がある。その翅はガのように静止したままではなく、ゆっくりと上下に動いている。左右の翅が同時に上下するから、上方から見ていると翅は「開閉している」ように見え、両翅の模様が現れたり消えたりするのだ。現れるのは2つの大きな“目玉”である。いや、チョウの翅に目玉は付いていないから、本当の目玉ではない。が、これらは「目玉」という形容がぴったりするような、“白眼”と“黒目”の両方をもった円文様なのだ。チョウがゆっくり翅を動かすと、これらの目が見えたり、隠れたりするから、上方からそれを見る者にとっては、2つの目が開いたり、閉じたりするように見えるのである。
 
 このような「紋」を翅につけたチョウは案外、数が多い。日本にもいるクロヒカゲやヒメジャノメなどのジャノメチョウ科のチョウは、その名が「蛇の目」であるから、2つ以上の目玉模様をもっているものが多い。しかし、なぜチョウは翅にわざわざそんな「目玉模様」を付けているのか。その説明には、普通はこんな言い方がされる--チョウは目玉模様を翅に付けることによって、自分を獣の顔のように見せかけ、天敵の鳥類から身を守るのだ。これは、専門的には「擬態」と呼ばれる現象の1つだ。擬態の意味は、百科事典にはこうある--「ある種の生物が自分以外の何物かに外見(色、模様、形)やにおい、動きなどを似せることにより、生存上の利益を得る現象をいう」。(平凡社『世界大百科事典』)

 こういう説明は、一見わかりやすいが、厳密に考えれば奇妙である。わずかな脳機能しかもたないチョウのような昆虫が、自ら「鳥から身を守るために、翅に模様をつけよう」などと思うことはあるまい。ましてや、「翅をゆっくり開閉することで、模様を獣の“目玉”に見せかけて鳥を脅かしてやろう」などと考えるはずはない。さらに不可解なのは、彼らが一定の目的を意識して自分の体の一部の色を変化させ、目玉模様を作り出した--などということはあり得ないのだ。そんなことは、脳機能が高度に発達した人間にもできない。だから、あえてそうしたい人間は、体に刺青をしたり、ペイントを塗ったり、刺青シールを貼ったりするのである。
 
 では、どのようにしてチョウの翅に目玉模様ができるのか? 普通、この種の説明には進化論が使われる。すなわち、1羽の個体としてのチョウが何かの目的意識をもって自分の体の一部を変化させることはないが、長い時間が経過する間には、突然変異と自然淘汰の原理を通して、種としてのチョウが、様々な特徴のある模様を翅の表面に描くことは十分可能だ、というのである。さらに噛みくだいて言えば--ある日、太古の森で偶然に“目玉”のような模様を翅につけたチョウが生まれる。これは遺伝子の突然変異による結果で、チョウ以上の知性をもった何かが、目的意識をもって行った結果ではない。このチョウは、こうして偶然に、天敵である鳥が警戒する模様を翅につけたことにより、結果的にその他のチョウよりも生存に有利であった。このため、より多くの子孫をもうけることができた。さらに、そのチョウの子孫も、生存に有利な模様を遺伝的に受け継いできたために、目玉模様のないチョウよりも多くの子孫を後世に残すことになり……という状況が現在まで継続してきた。だから、この種のチョウの翅には今も目玉模様があるのである。

 多くの科学者は、こういう論法ですべての生物の特徴がなぜ今日、現状のようにあるかを説明し、満足しているようである。が、私には「何か」が足りないような気がするのである。
 
 谷口 雅宣

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