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2010年7月 4日

キノコの不思議 (2)

 前回の本欄で有毒のキノコと食用のキノコを比較して、「どちらが優れていて、どちらが劣っているか」などと質問したが、さっそく読者から的確にポイントを突いたコメントをいただいた。その中で、キノコの毒性について「優劣の観点で考える」ことに疑問を呈していられるが、その疑問は多分、私の表現の足りなさから来たものだ。私が問いたかったのは、適者生存の原則にもとづく“進化”を考えた場合、人間にとって有毒のものと、人間が食用にできるその近似種とは、どちらが“適者”であり、どちらがそうでないかということ。また、その適性を誰がどういう理由で決められるのか……という問題である。もっと具体的に言えば、食用のクロハツと猛毒のクロハツモドキは、どちらが“適者”であり、どちらがそうでないのか。もしどちらか一方が“適者”だというならば、その理由は何だろうか? また、いずれのキノコも“適者”だといえるならば、「適者生存」という原則は、この場合成り立つのか--そういう疑問である。

 私の思考の筋道は、こうなる--まず一方では、食用になるクロハツは、それを動物(人間を含む)が食することで胞子が遠方に運ばれるため、子孫の増殖に有利に働く。しかし他方では、動物の食用にされることは、常に食いつくされる危険を伴うから、毒性をもったニセクロハツの方が、子孫の増殖に有利に働く場合もある。こうなると、キノコが毒性をもつかもたないかは、進化論的な意味で「適性」に該当するかどうか疑わしくなる。さらに言えば、ある動物に対してキノコが毒性をもっていても、別の動物はその毒性に対する免疫をもっている場合があるから、「毒性をもつ」ことのメリットは、常に捕食動物や天敵との関係で変動することになり、キノコの有毒無毒の別は、進化論的にはそれほど意味がないとも考えられる。ただここで言えることは、クロハツの系統のキノコの複数種を“一体”として考えた場合、この中に有毒なものと無毒のもの双方がある方が、どちらか一方しかないよりも、天敵への対応能力が全体として増すから、「適者生存」の原則に合致するということだ。
 
 ややこしい言い方をしてしまったが、私の言いたいことは、要するに「多様性のある方がグループ全体の生存に有利に働く」ということだ。クロハツが属する「ベニタケ科ベニタケ属」のキノコについてこれを言えば、このグループ中に毒性のあるものと無毒のものが混在する方が、どちらか一方しか存在しないよりも、グループ全体の生存に有利に働くということだ。その場合、クロハツもニセクロハツも共に「適者」ということになるだろう。

 ここでキノコと人間とを比べるのは早急かもしれないが、最近の研究で興味あるものが報道されている。それは、人類も“進化”の途上にあることを示す研究だというのだ。7月2日付の『ニューヨーク・タイムズ』(電子版)によると、人類でもっとも最近起こった“進化”は、約3千年前に中国の漢人からチベット人が分化したことだとする研究が、アメリカの科学誌『サイエンス』の最新号に掲載されるらしい。この進化の内容は、高地でも高山病にならないような遺伝子の変化で、「HIF2a」(hypoxia-inducible factor 2-alpha)と呼ばれている遺伝子と関係しているという。人間は酸素が少ない高地へ行くと、足りない酸素をより多く吸収しようとして、体が血液中の赤血球を増加させるらしい。このために血液がドロドロとなって高山病に陥る危険が増し、また生殖能力の一部が低下するらしい。漢人とチベット人の遺伝情報を比べると、漢人に稀にしかない30個の遺伝子が、チベット人の間にはごく普通に存在していることが分かったという。特に驚いたのがこの「HIF2a」という遺伝子で、漢人は9%にしかこれがないが、チベット人の87%がこれをもっているらしい。この遺伝子のおかげで、チベット人は高地にいても赤血球があまり増加しないという。
 
 もしこれが“進化”だとした場合、チベット人は漢人より全体的に「優れている」のだろうか? そんなことはあるまい。もし優れている面があるとしたら、それは「高地にあって生活する能力」という一部だけである。ただしその反面、この遺伝的な適応があったおかげで、別の面ではハンディキャップが生まれているかもしれないのだ。全体としてどちらが優れているかは、誰にも分からないだろう。なぜなら、生存上の有利不利は、その人が棲む「環境」を無視しては決められないからだ。そして、環境は地域によって様々だから、比較して優劣を言うことはできないからだ。しかし、ここでも言えることは、上記のように漢人からチベット人が分化したことで、中国系の人類全体を1つのグループと考えれば、そのグループ全体の環境への適応能力は増加したのである。だから人類は、このようにして多様性を拡大することで、人類全体の生存能力を増大してきたということができるだろう。
 
 谷口 雅宣
 

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コメント

初めてコメントさせていただきます。

このキノコの不思議(2)を読ませて頂きながら、社会における人間関係や生長の家における活動を行っていく上での心構えを学ばせて頂いたように感じます。

組織、会社、団体において多様性があることが発展に繋がるわけで、改めて全ての人、物、事に感謝の表現を行っていきたいと感じました。

ありがとうございます。

投稿: 山本聖子 | 2010年7月 6日 23:46

山本さん、

 コメント、ありがとうございます。

>>組織、会社、団体において多様性があることが発展に繋がるわけで

 その通りですね。かつて東京都知事が、日本人は“単一民族”なので社会が安定しているから他国より有利……などという意味の発言をして問題になりました。今は“ガラパゴス効果”などといって日本社会の問題が指摘されます。時代は変わったですね。

投稿: 谷口 | 2010年7月 8日 17:13

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