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2010年6月18日

機上の“怪人”

 それは昨日の午後、長崎空港から東京・羽田へ向う機上でのことだ。私たちが搭乗したのは、午後3時15分発のJAL1850便だった。羽田着は4時55分の予定だったから、それまでの1時間40分のフライトは、ゆっくりとした時間がもてると、私は楽しみにしていた。生長の家の講習会でも空路をよく使うが、行き先が東北、近畿、四国の場合、1時間前後のフライトが多く、離陸したと思ったらすぐに着陸……という感じで、機上でなかなかゆっくりできない。が、九州への往復は、比較的時間の余裕があるのだった。特に、帰路の便は往路と違い、旅先での仕事の準備の必要がなく、解放感に溢れているのだった。
 
 JAL1850便は通路が2本ある大型機で、私たちは先頭から2列目の左端の2席--妻が「2A」、私が「2B」に座ることになっていた。私は妻のすぐ後ろから機内に入ったが、客席はすでに7~8割が埋まっていた。2列目の所定の席に向かおうとした私は、先頭の列の窓際の席を見て、ハッと立ち止まった。そこにはすでに人が座っていたのだが、その人は浅緑の木綿の登山帽を被り、その帽子の前方から黒っぽい格子柄が入った大判のハンカチを垂らして顔を隠しているのだった。「なぜ?」と、私は思った。その人は、背中を真っすぐに立てて微動だにしないでいる。ハンカチで顔全体を覆っているだけでなく、機内に備え付けの臙脂色の毛布を、首回りから体全体に掛けていて、ズボンだけが見えている。だから、性別も判然としないのだ。首の左側の肌がわずかに見えていて、その皮膚が何となく赤らんでいるのを見て、「男かな?」と私は思った。

 妻はその人の真後ろの席に、私は右後ろに座った。妻もその奇妙な風体に気づいていて、私と顔を見合わせた。私は彼女の方に顔を近づけ、「なぜ顔を隠してるのかねぇ…」などと言ったが、彼女は声が相手に聞こえるのを恐れて、顔を横に振るだけだった。私の脳裡には、その人の赤らんだ首の皮膚が鮮明に残っていた。それ以外の肌は覆っていたから、皮膚病の人が顔を見られたくないためにハンカチで覆っているのか……などという考えが浮かんでいた。後で妻に聞いたところでは、この時彼女は、「マイケル・ジャクソンみたい」と思ったという。もちろん、本人は亡くなっている。が、帽子の型や、化粧で本当の顔を隠しているところからの連想だ。また、この「1A」の席は、政治家などのVIPが使う場所でもあるから、有名人の誰かが、顔を見られるのを嫌ってそうしているのか、とも思ったという。私は、もっと不吉なことも連想した。
 
 それは、テロリストのことだ。昔、アメリカの航空機内で、靴の中に爆発物を忍ばせていた男が捕まった。そのことから「シュー・ボンバー(shoe bomber)」と呼ばれた男だ。また、最近も、下着の中に爆発物を隠した男が乗ってきて、飛行中に異変に気づいた隣席の乗客らに取り押さえられた。その男はまだ若者で、かなり緊張した様子を隠せなかったらしい。自分の内心の不安や興奮を隠すためには、顔を隠すのが一番いい……と私は思ったのである。しかし、「テロリストの線はないなぁ…」とやがて私は思った。というのは、妻が「靴も靴下も脱いでるのよ」と耳打ちしてくれたからである。何か大仰な行動を起こそうという人間が、靴を……ましてや靴下も脱いでしまうことなどない、と考えたのだ。ということで、私たちは、その人物のことを「ちょっと変わった人」だと、一応の結論を出した。つまり、緊急に何か行動する必要はないと考えたのだ。そして、手提げ鞄から新聞を出して、読み始めた。
 
 この“怪人”の隣席はまだ空いていた。そこへ、やがて60代後半と思われるスーツ姿の紳士がやってきた。が、隣席の異様な人物を見て、紳士も驚いた様子だ。立ったまま何度もしげしげと彼を見、困ったような顔をして、私たちよりも後方の席に目をやり、いかにも「別の席はないか?」と探している風情だ。それを見た私たちは、おかしくなって笑いをこらえた。その紳士が、私たちと似たことを考えているのは明らかだったからだ。その紳士はなかなか席に座らなかったが、やがて腹をくくったのか、“怪人”に背を向けるような不自然な格好をして腰かけた。

 私たちの搭乗機は、無事離陸した。が、私は頭の中の疑問をそのままにして、1時間40分を過ごすのはいやだった。そこで、飛行機が水平飛行に移り、シートベルト着用のサインが消えてしばらくすると、トイレに行く様子で席から立ち、コクピット近くにいたフライト・アテンダントの1人をつかまえて、事情を訊いた。すると、「あのお客さまは、疲れているのですぐ寝たいとおっしゃいました。私どもではアイマスクを用意してないので、ハンカチを使われているのです」という答えだった。私はこれで、ゆっくりできると思った。
 
 席にもどった私は、人間にとって「顔」というものがどんなに大切かを感じた。それが見えないというだけで、周囲の人は不安になるのである。単に「見えない」のでなく「隠している」と考えた場合、そうする人の意図は疑われるのである。「仮面」とか「覆面」の背後には、何かよからぬ意図が予想される。そんなことを考えながら、ヨーロッパなどで問題になっている、イスラーム女性のスカーフやヒジャブ、ブルカのことも思い出した。自分の隣席にいる人が、頭から黒い布で全身を覆っていたら、その人とどんな会話ができるのだろう……。「顔は自分に向っておらず、他人に向かっている」と言われるように、顔を隠している本人は案外居心地がよいのかもしれない。が、そういう人の近くにいる者に、不安は否定できない。

 ところで、この“怪人”のことだが、羽田に着く前には目を覚ましてくれて、帽子もハンカチも取り外してくれた。そして、周囲を見回し、私の方にも振り返って、後方の席にも目をやった。私は彼と目を合わせて、じっくりと確認した。この人も、60代後半ぐらいの顔の長い、眼鏡をかけた普通のオジサンだった。その頃には、「1B」の席のもう一人のオジサンの方は、眠ってしまっていた。
 
 谷口 雅宣

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コメント

合掌有難うございます。

小生僭越乍ら、過去数年に渡り、インターネット関連を渡り歩き、会得したで有ろうノウハウの一部をご紹介致したい所存です。過去光明思想は新しいメディア(文書.印刷物)により隆盛を極めました。しかし、現在多くの日本人が活字離れ。其れは、信仰心を失ったと云うより、旧来のメディア(文書.印刷物)が時流に乗らなく成った事も大きいと思います。ではお前はどう展開したら良いと思っているのか。と問われましたら、昨今何処もホームページだ。ブログだ。ツイッターだと、大騒ぎをしていますが、私なりの考えを述べたいと思います。たとえば単純にホームページを上げますと。小生に関しても余り、アクセス反応は薄いのでは無いかと思います。ですから、ホームページ作りに夢中になっても、中々更新も難しく、早々に見向きもされなくなってしまいます。ですから、ITと云ってもホームページ作り一辺倒では、殆ど効果は期待されないという事に成りそうです。次回は希望のトライアングルを通して、光明化運動でどう展開すれば、ITに取込み、反応を得られるかと云うことをお伝え致したいとおもいます。IT展開は地元への展開は難しい事ですが、より多くの方が関わる事により、一網打尽国家を救済する事も意外と不可能でも無いのでは無いでしょうか。
小生はネット関連技術、智識には疎いので、専門的智識の脆弱さはご了解下さい。
再拝

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投稿: 渡邉憲三 | 2010年6月20日 23:44

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