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2010年6月27日

大分教区は上昇中

 今日は大分県別府市の別府ビーコンプラザで生長の家講習会が開催され、前回を214人上回る2,528人の受講者が集まってくださった。これは割合にすると9.2%の増加であり、大分教区の幹部・信徒の方々の熱心な伝道と推進活動の賜物として、大いに讃嘆し、感謝申し上げます。どうもありがとうございました。

 同教区では、前回の講習会の成果が不本意だったことから、2年連続開催となる機会をとらえて発奮し、第一線の組織活動の整備と充実に尽力したという。高坂幸雄・教化部長によると、前回の講習会後、壮年層の信徒の活性化を決意し、昨年7月から「若い白鳩のための学習会」を2会場、壮年層誌友会を3会場、開拓のための母親教室を教化部長指導によって十数会場で毎月開催することに努めた結果、当初7~8会場の母親教室が1年後には17~18会場に増えるなど、大きな成果につながっているという。また、相愛会でも、この6月に新たに2つの相愛会が発会するなど、後継者育成の実が結びつつあるらしい。

 また相愛会では、今回の講習会には“新人”を多く集めることに注力し、手ごたえがあったという。その証拠に、私の講話に対する質問も男性が女性よりも多く、内容的にも“新人”からの質問と思われるものがあった。具体的には、9枚の質問用紙のうち男性は5枚、女性は4枚だった。男性からの質問には、「万教帰一」の「帰一」とは「生長の家の教えに帰る」という意味かとか、生長の家でも「救世主が来る」と説くのかとか、人間の悪の根源は何かを問うものなど、受講者の問題意識を感じさせるものが多かった。

Clouds_ohita  講習会後には、旧日出(ひじ)藩の城跡である「暘谷城跡」という所へ寄った。前日は雨の予報だったのが、青空が出て、夏らしい強い日差しを浴びたが、日陰は涼しく、緑がまぶしかった。その時、妻が頭の上を指差して「おもしろい雲が出ている」と示したのを、写真に撮った。雲は不思議だ。上空の複雑な気流の違いで様々な模様を見せてくれるのだが、人間はその形を見て、入道だとか、イワシだとか、ヒツジだとか、いろいろ連想する。そういうイメージを掻き立ててくれる力をもっている。この時の私には、自分たちの頭の上だけ、他とは違うパターンの雲が浮かんでいるように思えた。秋に見えるイワシ雲より、さらに細かい綿毛のような、やさしい雲だった。

 谷口 雅宣

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2010年6月24日

ワイヤレス・キーボード

 妻もブログに書いているが、今日は休日を利用して渋谷のアップル・ストアーに買い物に行った。目指すものはワイヤレスのキーボードで、これを4月に買ったアイポッド・タッチの入力用に使うためである。4月12日の本欄にも書いたが、私はアップル社のこの携帯型多機能端末をパソコンの補助機として買い、使っている。2カ月あまり使ってみて、その小ささと軽さ、またパソコンとしての使いやすさ、そして軽快な使用感に満足していた。ところが、この機械の最大の難点は文字入力の困難さなのだ。あの小さな画面の下半分にキーボードの絵が出てきて、それに指先で触れることで文字を入力するのだが、画面に出るキーの大きさは指先のサイズより小さいから、打ち間違いが多く出て困るのである。このほかの入力方法もあるにはあるが、私のようにキーボードに慣れっこになっている人間には、それと違う入力方法を新しく覚える気にはなかなかなれない。すると、アイポッドで何かを書きたくても、最少限の言葉数でまとめることになり、ブログや原稿の下書きなどの長文はとても書けないのだった。

 ところが、アップル社の製品について知識が増えてくると、同社のパソコン用にはワイヤレスで使えるキーボードが用意されていて、それが近々アイポッドでも使えるようになるという。普通のパソコンのキーボードで、携帯型端末への入力が可能となるのである。本欄ではすでに触れたが、私は1年半ほど前に、文章作成だけのためにキングジムの「ポメラ」という小型の電子メモ機を購入した。この機械は、キーボードが折りたたみ式なので小型軽量であるだけでなく、スイッチオンから文章作成が可能になるのに、ものの数秒しかかからない。それが非常に便利で、私は出張の機内や会議の席上などで使ってきた。が、画面がモノクロで見にくいのと、作成した文章をパソコンに移す作業が新たに必要になるのが難点だった。アイポッドがキーボードで使えるようになれば、この問題は一挙に解決するのだった。それだけでなく、アイポッドには通信機能もあるから、出張などに重いノートパソコンを持って行く機会を減らすことができる可能性もあった。

Appkeyboard  というわけで、いろいろな期待を込めて、今日は初めてアップル用のキーボードを購入し、妻と待ち合わせたコーヒーショップの中で設定作業をした。その作業はいたって簡単で、あっけないほど少ない操作で完了した。そしてさっそく、明治通りを見下ろす窓辺で、このブログの文章の下書きとなった文章をサクサクと書き始めたのである。使用感はなかなかいい。「ああこれで、ポメラは使わなくなるなぁ…」と思うと一抹の寂しさが残る。しかし、「合理化のために買った機械なのだから、合理化するのが合理的だ」などと自分に言い聞かせている。

 谷口 雅宣

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2010年6月23日

平凡の価値 (2)

 前回の本欄では、ミカンの実の中の1個の種が、20万分の1の確率で次世代の親木に育つと仮定した。この確率を表す数字は当てずっぽうだから、重要でない。重要なのは、「1つの個体が次世代を残すために、おびただしい数の“種(たね)”や“卵”を産生する」という事実である。これは植物に限ったことではなく、動物も菌類も同じである。例えば、魚の産卵数を見ると、親魚の大きさにもよるが、サケは平均して1尾から4000個、カワヤツメは7万個、ニシン8万個、コイ50万個、ヒラメ50万個、マダイ600万個、マアナゴ800万個……などという。しかし、ここから育つ稚魚数を調べた例では、ニシンは0.05~4.3尾で、平均すると1.12尾という数字になる。それだけ、自然界の環境は厳しい--というのが大方の見方だろう。
 
 しかし、同じ数字をこう見ることもできる--1尾の雌のニシンの腹に詰まった8万個の卵のほとんどすべては、他の海中生物の栄養源となる。これをニシンの観点から見れば、「ムダになってもったいない」と評価されるかもしれない。しかし我々は人間だから、そう見なければならないわけではない。別の観点から見れば、ニシンは他の海洋生物に与えるために8万個を産卵し、その報酬として--つまり、「与えれば与えられる」の法則にしたがって--次世代の稚魚1尾を得る、と考えることができるだろう。「報酬」という言葉は因果関係を暗示するから気に入らないという人には、もっと中立的な表現を使ってもいい--1回の産卵でニシンが放出した卵のほとんどすべては、他の生物の栄養源となり、そのうちわずか1個が稚魚に育つ。「適者生存」という言葉は、この文章の後段のことを表現しているのだが、前半のことについては何も言っていないのである。しかし、ニシンの卵のほとんどすべては前半のことなのだから、「適者生存」だけで生物界の営みを説明するのは不十分なのだ。
 
 私がここで何を言いたいのか、賢い読者はすでにお気づきだろう。「適者生存」の原則によってごく少数の“非凡な”個体が次世代に遺伝情報を残すのは事実である。しかし、それができるのは、その非凡な個体の背後に膨大な数の“平凡な”個体が存在するからなのだ。ミカンやユズの木に実がつき、それが鳥に運ばれて別の地で実生となって成長することと並行して、おびただしい数の実は、未熟の状態で落下し、あるいは熟して動物に食されたまま実生ともならずに消えていく。この2つの事実は、どちらか一方が欠けては成立しない--このようなものの見方ができると、「適者生存(生存競争)」と「与え合い」の世界とは、2つの矛盾した概念ではなく、実は同じものを別の角度から表現していることが分かるだろう。

 ここでいきなり論理を飛躍させるが、これと同じことが人間社会にもいくつも観察されるのである。サッカーのワールドカップで活躍できるような選手を出す国には、その背後に層の厚い、多くの選手群、多くの監督、多くの支援施設や大規模な支援制度、そしておびただしい数の熱心なサッカーファンがいなければならない。このことを「非凡」と「平凡」という言葉で表すのは適当でないかもしれない。複雑な人間社会に対しては、ミカンやユズのような単純な分類はできないからだ。が、私が言いたいことは、“選手と社会”“兵士と国 家”とは分離して考えることはできないということだ。それと同じように、「非凡」の価値と「平凡」 の価値とは、分離したり、対立させて考えることはできないのである。
 
 谷口 雅宣

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2010年6月22日

平凡の価値

 平凡なこと、月並みなことは、「つまらない」とか「価値がない」と思われることが多いが、本当だろうか?--庭のミカンやユズの木に実がついてきたこの頃、そんなことを思う。ミカンやユズは、白い花が終ってから時間があまりたっていない。だから、もちろん実は青く、まだ小さい。ユズは小指の頭ほどで、ミカンは親指の先ぐらいだ。そういう青い実が、葉蔭におびただしくついている。そして、ユズの実は、ポロポロと簡単に地面に落ちる。ユズはそれによって、自ら実の数を調節しているようだ。これに対して、ミカンの実はそれほどは落ちない。そこで私は朝、生ゴミをコンポストに入れる際に、ミカンの方を何回か摘果した。

 ミカンの摘果は、果実の量を減らし、大きさをそろえるためにするのだが、ユズの方は、自分で適当に実を落とすから不思議だ。いずれにしても、双方とも、「次世代を残す」という目的のためには、多すぎる数の果実を毎年つけ続けるのである。もし自然に任せたままで、未生からミカンやユズの木が1本育つとすると、それまでに実る果実の数は10万や20万にもなるだろう。その場合、木にまで育ったミカンの実は「価値がある」が、そこまでたどり着けなかった他の20万個のミカンの実は、「価値がない」のだろうか? ダーウィンの進化論の文脈でこれを考えると、恐らく「価値がない」ということになる。なぜなら、「適者生存」で子孫を残した個体が“優れている”とされ、子孫を残せなかった個体は“劣っている”と考えられるからだ。
 
 しかし、子孫を残せなかった20万個のミカンは、その代わり人間や鳥や昆虫の口に入り、あるいは腐敗して菌類の栄養源になる。それが“平凡”な大多数のミカンの運命である。それは、地球の生態系の中では大いに価値がある、と私は思う。また、ミカンという植物種にとっても、他の生物によって実が「おいしく食べられる」ことは価値があることではないだろうか。なぜなら、「おいしい実」をつけ続けることで、人間はその木を大切に育ててくれるし、鳥はミカンを食べに来て、次世代の「種」を運ぶ役割を買って出てくれるからだ。こう考えてくると、自ら「次世代」を残したミカン1個も、それがかなわなかった他の20万個のミカンも、役割は違いながらも、同様に価値ある実であると言わなければならないだろう。

Mtimg062210  今日の午後、ジョギングの帰途、落ちている小さい青柿をいくつか拾った。カキもミカンと同じように、今ごろになると未熟の実を数多く捨てる。その落ちた実のみずみずしい緑色と、愛らしい形を見ていると、「適者生存」の原則にかなわなかったこれらの幼い青柿にこそ、青柿でなければできない特別な役割があるのではないか、と感じるのである。それが具体的に何であるかを私は知らない。が、想像するに、少なくとも何種類かの昆虫は、落ちた青柿のおかげで栄養補給をするに違いない。また、その昆虫についているダニや微生物も、間接的に恩恵を受けるだろう。それらを通じて、きっと我々人類の生存にも貢献する道が引かれている。いや、そこまで考える必要もないかもしれない。青柿を目で鑑賞し、それをスケッチするだけでも、私は十分にありがたさを感じたのだから……。
 
 谷口 雅宣

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2010年6月19日

日時計主義は生長の家の信条(音声版)

Masmem25th

 17日の本欄に書いた「谷口雅春大聖師二十五年祭」での私の挨拶の“音声版”を作ったので、ここに登録します。
 
 谷口 雅宣

MasMem25th.mp3

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2010年6月18日

機上の“怪人”

 それは昨日の午後、長崎空港から東京・羽田へ向う機上でのことだ。私たちが搭乗したのは、午後3時15分発のJAL1850便だった。羽田着は4時55分の予定だったから、それまでの1時間40分のフライトは、ゆっくりとした時間がもてると、私は楽しみにしていた。生長の家の講習会でも空路をよく使うが、行き先が東北、近畿、四国の場合、1時間前後のフライトが多く、離陸したと思ったらすぐに着陸……という感じで、機上でなかなかゆっくりできない。が、九州への往復は、比較的時間の余裕があるのだった。特に、帰路の便は往路と違い、旅先での仕事の準備の必要がなく、解放感に溢れているのだった。
 
 JAL1850便は通路が2本ある大型機で、私たちは先頭から2列目の左端の2席--妻が「2A」、私が「2B」に座ることになっていた。私は妻のすぐ後ろから機内に入ったが、客席はすでに7~8割が埋まっていた。2列目の所定の席に向かおうとした私は、先頭の列の窓際の席を見て、ハッと立ち止まった。そこにはすでに人が座っていたのだが、その人は浅緑の木綿の登山帽を被り、その帽子の前方から黒っぽい格子柄が入った大判のハンカチを垂らして顔を隠しているのだった。「なぜ?」と、私は思った。その人は、背中を真っすぐに立てて微動だにしないでいる。ハンカチで顔全体を覆っているだけでなく、機内に備え付けの臙脂色の毛布を、首回りから体全体に掛けていて、ズボンだけが見えている。だから、性別も判然としないのだ。首の左側の肌がわずかに見えていて、その皮膚が何となく赤らんでいるのを見て、「男かな?」と私は思った。

 妻はその人の真後ろの席に、私は右後ろに座った。妻もその奇妙な風体に気づいていて、私と顔を見合わせた。私は彼女の方に顔を近づけ、「なぜ顔を隠してるのかねぇ…」などと言ったが、彼女は声が相手に聞こえるのを恐れて、顔を横に振るだけだった。私の脳裡には、その人の赤らんだ首の皮膚が鮮明に残っていた。それ以外の肌は覆っていたから、皮膚病の人が顔を見られたくないためにハンカチで覆っているのか……などという考えが浮かんでいた。後で妻に聞いたところでは、この時彼女は、「マイケル・ジャクソンみたい」と思ったという。もちろん、本人は亡くなっている。が、帽子の型や、化粧で本当の顔を隠しているところからの連想だ。また、この「1A」の席は、政治家などのVIPが使う場所でもあるから、有名人の誰かが、顔を見られるのを嫌ってそうしているのか、とも思ったという。私は、もっと不吉なことも連想した。
 
 それは、テロリストのことだ。昔、アメリカの航空機内で、靴の中に爆発物を忍ばせていた男が捕まった。そのことから「シュー・ボンバー(shoe bomber)」と呼ばれた男だ。また、最近も、下着の中に爆発物を隠した男が乗ってきて、飛行中に異変に気づいた隣席の乗客らに取り押さえられた。その男はまだ若者で、かなり緊張した様子を隠せなかったらしい。自分の内心の不安や興奮を隠すためには、顔を隠すのが一番いい……と私は思ったのである。しかし、「テロリストの線はないなぁ…」とやがて私は思った。というのは、妻が「靴も靴下も脱いでるのよ」と耳打ちしてくれたからである。何か大仰な行動を起こそうという人間が、靴を……ましてや靴下も脱いでしまうことなどない、と考えたのだ。ということで、私たちは、その人物のことを「ちょっと変わった人」だと、一応の結論を出した。つまり、緊急に何か行動する必要はないと考えたのだ。そして、手提げ鞄から新聞を出して、読み始めた。
 
 この“怪人”の隣席はまだ空いていた。そこへ、やがて60代後半と思われるスーツ姿の紳士がやってきた。が、隣席の異様な人物を見て、紳士も驚いた様子だ。立ったまま何度もしげしげと彼を見、困ったような顔をして、私たちよりも後方の席に目をやり、いかにも「別の席はないか?」と探している風情だ。それを見た私たちは、おかしくなって笑いをこらえた。その紳士が、私たちと似たことを考えているのは明らかだったからだ。その紳士はなかなか席に座らなかったが、やがて腹をくくったのか、“怪人”に背を向けるような不自然な格好をして腰かけた。

 私たちの搭乗機は、無事離陸した。が、私は頭の中の疑問をそのままにして、1時間40分を過ごすのはいやだった。そこで、飛行機が水平飛行に移り、シートベルト着用のサインが消えてしばらくすると、トイレに行く様子で席から立ち、コクピット近くにいたフライト・アテンダントの1人をつかまえて、事情を訊いた。すると、「あのお客さまは、疲れているのですぐ寝たいとおっしゃいました。私どもではアイマスクを用意してないので、ハンカチを使われているのです」という答えだった。私はこれで、ゆっくりできると思った。
 
 席にもどった私は、人間にとって「顔」というものがどんなに大切かを感じた。それが見えないというだけで、周囲の人は不安になるのである。単に「見えない」のでなく「隠している」と考えた場合、そうする人の意図は疑われるのである。「仮面」とか「覆面」の背後には、何かよからぬ意図が予想される。そんなことを考えながら、ヨーロッパなどで問題になっている、イスラーム女性のスカーフやヒジャブ、ブルカのことも思い出した。自分の隣席にいる人が、頭から黒い布で全身を覆っていたら、その人とどんな会話ができるのだろう……。「顔は自分に向っておらず、他人に向かっている」と言われるように、顔を隠している本人は案外居心地がよいのかもしれない。が、そういう人の近くにいる者に、不安は否定できない。

 ところで、この“怪人”のことだが、羽田に着く前には目を覚ましてくれて、帽子もハンカチも取り外してくれた。そして、周囲を見回し、私の方にも振り返って、後方の席にも目をやった。私は彼と目を合わせて、じっくりと確認した。この人も、60代後半ぐらいの顔の長い、眼鏡をかけた普通のオジサンだった。その頃には、「1B」の席のもう一人のオジサンの方は、眠ってしまっていた。
 
 谷口 雅宣

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2010年6月17日

日時計主義は生長の家の信条

 今日は午前10時から、長崎県西海市にある生長の家総本山の谷口家奥津城で、谷口雅春大聖師二十五年祭が行われた。この日、同本山では、ちょうど東京第一、群馬、奈良、岡山、福岡の5教区の信徒を集めた団体参拝練成会が開催されていたため、練成会参加者を含めた約860人の幹部・信徒が御祭に参列し、生前の雅春大聖師の御業績と御徳を偲んで聖経『甘露の法雨』を読誦し、また心を込めて玉串拝礼・焼香を行った。私は、御祭の後、大略次のような挨拶をさせていただいた:

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 皆さま本日は、谷口雅春大聖師二十五年祭に大勢ご参加くださいまして、まことに有難うございます。
 
 雅春大聖師が昇天されてからもう25年がたったかと思うと、感慨深いものがあります。25年と言えば四半世紀です。25歳だった人は50歳となり、50歳だった人は75歳です。当り前のことのようですが、ちょうど一世代分の時間が経過したと言えます。その間、時代は明らかに変化しているのであります。それにともなって生長の家の運動も変化してきていますが、その中でも教えの“中心”は変化せずにしっかりと引き継がれていることは、皆さんもよくご承知のことと思います。今年はまた、生長の家の立教80年をお祝いしましたから、数字的にはとても区切りのよい年であると思います。そこで今日は、雅春大聖師が始められたこの教えの“変らない部分”の1つについて、振り返ってみたいと思うのです。
 
 生長の家は現在、「日時計主義の生き方」を大いに実践し、また広めていこうという運動を進めています。皆さんもこのことは練成会の講話で聞き、また日時計主義の実践として絵手紙を描いたり俳句を読む時間などをもたれたかと思います。また、この「日時計主義」が昭和5年に出された『生長の家』誌の創刊号で主唱されているということも、有名な話であります。私も講習会などの場で日時計主義の話をよくするのですが、それでは生長の家は、昭和の初期と平成の時代に入ってからの2回だけ日時計主義を強調したのかというと、決してそうではないのです。今日はここに、谷口雅春先生の『新たに生れるための講話』という本を持ってきましたが、この本の前半は、昭和50年代に--つまり、今から40年ほど前に--雅春大聖師がラジオ放送で話された講話をもとにしています。この講話のテキストとして『信仰の科学』という本が使われているのです。
 
 この『信仰の科学』という本は、1972年(昭和47年)に出されたもので、数多くの雅春先生の著書の中でも“例外的”といってもいい珍しい本です。なぜなら、これは外国人との共著であるからです。雅春先生には、谷口清超先生との共著は何冊かありますが、外国人との共著は恐らくこの1冊だけです。誰との共著かというと、フェンウィック・L・ホルムズという人です。この人は、アメリカで発達した“ニューソート”の思想家の一人で、リリジャス・サイエンスというキリスト教系の教えの創始者、アーネスト・S・ホルムズ師と兄弟の関係にある人です。その人との共著がどのように出来たかは、本の「はしがき」に詳しく書いてありますが、それを簡単に言えばこうです。まず、雅春先生が書かれた日本語の原稿をアメリカで出版しようとして、日本人の大学教授が英訳をしました。それをアメリカの出版社が見たところ、アメリカ人向きにするには表現を改めた方がいいというので、アメリカ人の推敲者が必要だということになりました。適当な人物を探していたところ、フェンウィック・ホルムズ氏が英訳文の推敲をしてみようと申し出てくれました。が、ホルムズ氏はそれをしている間に、興に乗ってどんどん加筆修正を進め、あるいは自分の体験や信仰理論を付け加えて1冊の本(The Science of Faith)を完成させたといいます。その本の英文をまた日本文に翻訳し、それに谷口雅春先生が最後の修正を加えてこの本が完成したそうです。
 
 なかなか複雑な過程を経て『信仰の科学』はできましたが、これを別の角度から考えると、この本には「日本」と「アメリカ」という2つの文化に共通する真理--というよりは、「文化を超えた真理」と言った方がいいかもしれませんが、そういうものが説かれていることになります。具体的に言えば、実は「日時計主義」が明確に説かれているのであります。「日時計主義」という言葉は使われていませんが、「美を見る心があれば実際に美が見えてくるし、美を見る心がなければ目の前にある美も見えない」という原理が明確に書かれています。『新たに生れるための講話』の pp.44-45 を朗読いたします--
 
 (該当箇所を朗読)

 この御文章にあるように、物事の中に真・善・美の真象を見出し、それを拡大していく生き方が、生長の家の信仰者の一貫した信条であり、生活法であります。これは立教80年となる今日でも、雅春大聖師のご昇天の25年後でも全く変わらないし、運動としてはむしろどんどん拡大されつつあるのです。現在は特に、文明の転換期にあり、それに伴う“産みの苦しみ”が現象的には各方面に見られます。その中にあって、マスメディアはとかく“暗い面”に注目して世の中を余計に暗くする傾向がありますから、私たちは、日時計主義をいよいよ盛んにして、“明るい面”“善い面”“美しい面”を実相世界から引き出し、発展させる運動を大いに拡大していく使命があると言わなければなりません。

 谷口雅春大聖師の二十五年祭に当って、ぜひ皆様とともにこのことを確認し、公私にわたって実相顕現運動をさらに力強く進めていきたいと思います。ご清聴、ありがとうございました。
 

 谷口 雅宣

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2010年6月15日

情報の質について (5)

 これまで本シリーズでは、今日の情報社会で得られる「情報の質」について考え、それが我々の感覚と密接に関係した“右脳的情報”から離れて、しだいに“左脳的情報”に偏向しつつあることを確認してきた。しかし、この傾向は、単純な一方向的な変化ではなく、IT技術の発達により、左脳的(論理的)判断によって選択された情報が右脳的(感覚的)に表現されることで、情報の受け手にとっては、より“リアル”な仮想現実として体験される--そういう重層的な変化が起こっていると考えられるのである。
 
 ここまでの検討では、私は情報の「量」についてあまり述べてこなかった。しかし、シリーズ1回目の冒頭で、「情報過多」と「インフォメーション・オーバーロード」を問題にしたように、入力される情報量が正常に処理できる範囲を超えてしまえば、我々の脳の情報処理は質的にも低下してしまう。今回は、この問題について触れよう。
 
 私はすでに本欄や『日時計主義とは何か』や『太陽はいつも輝いている』の中で、我々がいわゆる“外界”と接する際、注意の向け方によって脳の左右分業が行われること、それに伴い、外界と接しながら、外界からの情報を受け取れない場合があることなどを書いた。また本欄では、“ながら族”の習慣がきらいな私は、携帯電話を持たず、アイポッドも音楽再生用としては使うのをやめたことも書いた。その代り、パソコンはよく使うことも書いてきた。私はこのように、IT機器やAV機器を言わば“注意深く”使っているのだが、この種の機械が大好きで、何でも併行して使う人も増えてきているらしい。つまり、「マルチタスク人間」の登場である。
 
 小規模のマルチタスクは、すでに一般化している。歩きながら食事をしたり、本を読んだり、電話をしたりする人は珍しくなく、運転中の電話や読書、食事もよく見られる。危険だからと法律で禁じられても、あまり効果がない。しかし、「情報過多」と言われる場合は、この程度のマルチタスクではない。その一例が、6月8日付の『ヘラルド朝日』紙に載っていたが、これには驚かされたのである。
 
 この人は、ITベンチャー企業家、コード・キャンベル氏(43)で、サンフランシスコ市郊外の高級住宅地にブレンダ夫人(39)と16歳の息子、8歳の娘と住む。ここが彼のホーム・オフィスだ。記事に添付された写真を見ると、彼は4台のコンピューター・スクリーンの前に座り、同じテーブルの上にはアイパッドやゲーム機も見える。キャンベル氏は、夜寝るときはラップトップPCかアイフォンをベッドに持ち込み、目覚めるとすぐにネット情報を見る。朝食は食べるには食べるが、彼もブレンダ夫人もテーブルに自分のアイパッドを置き、その操作をしながらの食事である。アイパッドを使わないときは、2人ともPCの画面を見て食事する。その時、夫は画面で電子メールをチェックし、夫人は同じ画面の隅に表示されたテレビニュースを見ていたりする。せっかくの家族旅行にも、大人も子供もIT機器やゲーム機をもっていくから、家族同士の絆が深まるかどうかは疑わしい。
 
 キャンベル家の例は、もちろん極端である。が、この記事によると、一般的アメリカ人もこの方向に近づいているらしい。ある調査によると、2008年のアメリカ人の情報消費量は、1960年に比べて3倍だという。多くの情報の中で、人は注意を分散させることになる。仕事でコンピューターを使う人は、1時間に37回近く、画面の切り替えをするという。カリフォルニア大学サンディエゴ校の調査では、平均的なアメリカ人は1日に12時間分のテレビやネット情報を消費するという。この場合、ネットとテレビを同時に1時間見ている人の情報消費は、「2時間」とカウントしている。また、別の調査では、平均的PCユーザーは、1日に40のウェブサイトを見るという。このような情報消費量の急増によって、生産性が向上することは事実だろう。が、それはある一定の限界までのことで、マルチタスクの度合いが増えるにつれて、情報処理の質は減退するという実験結果はいくつも出ているらしい。
 
 具体的な実験結果は省略するが、私が興味をもったのは、マルチタスクをする人の心理状態のことだ。情報刺激を受けることで脳のドーパミン系が活性化されるため、中毒症状を起こす可能性があるという。その場合の「中毒」は、薬物やアルコール中毒の類よりは、過食症やセックスの中毒に近いものだという。IT機器から得られる「情報の質」についてのこれまでの考察を思い出していただけば、そういう左脳的情報に中毒症状を起こすことの危険性は明らかではないだろうか。マルチタスク人間は、家族との関係にも困難を来すだろうから、私はやはり、右脳的情報に注意を振り向ける練習は、今後ますます必要になってくると考える。
 
 谷口 雅宣

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2010年6月13日

“前生の記憶”について

 今日は、新潟県見附市の見附市文化ホールで1,067人を集めて、新潟越南教区の生長の家講習会が開催された。参集してくださった受講者の数は、他教区と比べると多くないように見えるが、前回は850人だったから、それを25%も上回る人数である。組織別でも、白鳩会が23.3%増、相愛会27.3%増、青年会は53.1%も受講者が増える好成果だった。黒田正・教化部長を初めとした教区幹部・信徒の方々が一丸となって推進に努力してくださったおかげであり、心から感謝申し上げます。今日の長岡地方は朝から好天で、最高気温は「29℃」が予測されていたが、終日、和やかな雰囲気の中でプログラムが進行した。午前中の講話に対する質問も13通と、この規模の講習会ではかなり多く出たことは、受講者の関心の高さを示しているようで、うれしかった。
 
 しかし、時間の関係ですべての質問には答えられなかったので、この場を借りて、1つお答えしておこうと思う。その質問とは、埼玉県越谷市から来た63歳の男性からのものである--
 
「“何回も生まれ変わり、神の子としての実相を表現していくのが人間である”とお話しされましたが、私自身生まれ変わった実感がありません。どうしたら実感できるでしょうか。また、そのような体験を聞いたことがありましたら、お教えください」。

 谷口雅春先生の『生命の實相』の霊界篇などによると、人間は霊界から母の胎内に受胎する際、前生の記憶のすべてを失うとされている。それは、そのようにした方が、今生での生活に専念できるからである。このことは、少し想像力を働かせてみると理解できるだろう。いわゆる“心の法則”は、現界でも霊界でも機能しているから、親和の法則によって、魂のバイブレーションが近似している者同士は、生れ変わった後も“近い関係”の人間同士として生きることが多い。その場合、前生の記憶が残っていると、実際生活に支障が出てくることが十分考えられるのである。例えば、前生において夫婦だった2つの魂が、生まれ変わった次生では学校の生徒と教師になったとする。こんなとき、一方が、あるいは双方が前生の記憶をもっていれば、それぞれに与えられた立場をきちんと守ることが難しくなる可能性が出てくる。また、同じ町のクリーニング店の奥さんとか、酒屋の娘さんが、前生では妻だったなどという意識が芽生えた人も、正しい社会生活を営むことが困難になる可能性がある。だから、基本的には、前生の記憶は失われてしまった方が、人間は幸せな人生を歩むことができると言えるだろう。
 
 しかし、別の方面からこの問題を考えると、読者の中にも思い当たる事例をもつ人がいるかもしれない。それは、私たちの人生において出会う数多くの人々の中には、夫婦や親子や兄弟姉妹でなくても、「よくウマが合う」とか、「心がよく通う」とか、「大きな影響を受け、また与える」などの関係を結ぶ人がいることである。そういう人は、前生では夫婦だったり、親子だったり、師弟だったりする場合もあると考えられる。ただし、この場合でも、前生での記憶がはっきり残っていると、そういう自然な“善い関係”は恐らく結べないに違いない。だから、私たちに前生の記憶が「ない」ことは、とてもありがたいことなのである。
 
「前生の記憶がある」という人の事例は、いくつもあるようだ。ただし、それが本当の記憶なのか、それとも自分で後から作り上げたものであるのかを正確に判断することは、そう簡単でないようだ。いわゆる“心の病”をもつ人の中には、それが本物であると主張する人もいるようだが、真偽のほどは明確でない。また、心理学の立場から学問的にこの問題を研究している人もいる。興味のある方は、次の本などを参照されたい--

○I.スティーブンソン著/笠原敏雄訳『前世を記憶する子どもたち』(日本教文社刊)
○サトワント・パスリチャ著/笠原敏雄訳『生まれ変わりの研究--前世を記憶するインドの人々』(日本教文社刊)

谷口 雅宣

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2010年6月11日

情報の質について (4)

 前回の本欄では、遠隔操縦による無人機からの攻撃が、「極めて偏った情報処理」であり、したがって、「戦争で使われる“情報の質”は、平時よりかなり劣っている」と書いたが、この言い方は分かりにくかったかもしれない。そこで、もう少し詳しく説明しよう。私がここで言っている「情報の質」とは、ある対象を「よりよく分かる」ための情報の質である。この場合の「わかる」とは、これまで本欄で何回も書いてきた「“わかる”ということ」で定義した意味で「わかる」ということだ。それは“対象そのもの”を「わかる」という意味であり、そのためには対象についての“右脳的情報”と“左脳的情報”をバランスよく得ることが必要だった。
 
 これに対して、対象を別の目的に利用する場合には、“対象そのもの”をわかる必要はない。利用目的に即した情報だけ得られれば、それでいい。例えば、卵焼きを作るために卵を入手するときは、その卵の種類(ニワトリの卵かどうか)、大きさ、賞味期限、外観……などがざっとわかればいい。これに対して、卵そのものを「よくわかる」ためには、これらの情報に加えて、その卵の由来(産地、親のニワトリの種類、有精卵か無精卵かなど)、卵の物理・化学的構造や性質なども知りたい。また、その卵を絵に描けば、形や色や、殻の表面のザラザラ感などの“右脳的情報”を味わうことができる。さらにまた、生卵や各種の卵料理を食べることでより多くの“右脳的情報”を得ることができるだろう。加えて、当初は白身と黄身しかない有精卵が、どういう経過をへてヒヨコの形になるかを詳しく知ることも、卵を「よくわかる」手助けとなるだろう。

 それでは、今回のような戦争において、遠隔操縦による無人機からの攻撃の目的は何だろう。それは第一に、敵を破壊し、敵の戦闘意志をくじくことである。また、敵に与する可能性のある非戦闘員に対しては、その意志をくじくことが含まれるかもしれない。さらに言えば、非戦闘員を味方につけることも、二次的目的の中に含まれるかもしれない。が、その目的の中には、「敵やその周囲に生活する一般市民(非戦闘員)の心情や信条を理解すること」は含まれない。攻撃対象になる地域の住民や、そこに老人や子供がどのくらいいて、それぞれが攻撃者に対してどんな考えをもっているのか。自分の攻撃によって彼らの人生と生活がどのような影響を受けるのか。それらの人々がどんな名前でどんな顔をしているか。出身地、家族構成、教育程度、年収、仕事の内容はどうか……そういう人間的な情報は、かえって攻撃者の意志をくじくことになるからだ。
 
 戦争においては、“敵”と認定されたとたんに、人は破壊もしくは排除されるべきものと認められ、その目的に即した情報は重用されるが、そうでない情報は無視されるか、無惨に破棄されるのである。これは極めて左脳的考え方であり、“敵”に関する右脳的情報は、この考え方にもとづいて利用されるに過ぎない。だから戦争は、攻撃者を非人間化するだけでなく、情報操作においては、攻撃される人間をも非人間化する。そんな状況が人類にとってよいはずがない。世界平和の実現のためには、もっとを相手を“わかる”努力をすることが必要なのだ。
 
 谷口 雅宣

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2010年6月10日

情報の質について (3)

 6月5日付の『産経新聞』に、ニューヨーク発の次のような記事が載った--
 
「国連人権理事会(ジュネーブ)のフィリップ・アルストン特別報告者は3日、米国などが実施している無人の軍用機を使った空爆について、法的根拠があいまいであるのに加え、多くの死傷者を出す軍事攻撃を、あたかも家庭用ゲーム機を操作する感覚に陥ってしまう危険性もあると批判する報告書を提出した」。

 この記事によると、アメリカでは無人機による攻撃の研究は、2001年の9・11事件以降行われ、2002年のイエメンでの実際の攻撃が成功してから本格化しているという。私は2005年4月8日の本欄で一度、このことに触れ、当時のイラクの上空には「700機以上」が飛んでいるらしいと書いた。また、当時の米空軍には同様の無人飛行機が「10種類以上」あるとも書いている。その後5年たった現在では、もっと多くの種類が、より多く実戦で使われていると推測できる。昨年のアカデミー賞で作品賞、監督賞、脚本賞、音響賞などを受賞した『ハート・ロッカー』(The Hurt Locker)の中にも、これら無人機によるものと思われる攻撃シーンがあったことを読者は覚えているだろうか。

 国連人権理事会は今回、「あたかも家庭用ゲーム機を操作する感覚」で攻撃が行われる危険性を問題視しているのだが、なぜそうなるかを理解するためには、実際の攻撃の仕方を具体的に知る必要があるだろう。その参考として、5年前に私が本欄に書いた文章を再掲すると--
 
「“プレデター”という機種の操縦士と副操縦士は、アメリカ西部のネバダ州の空軍基地にいる。そこのトレーラーの中から、ジョイスティックを握った空軍パイロットが1万2000キロ離れたイラクやアフガニスタン上空を飛んでいる無人機を制御し、必要があればミサイル発射も行う。この機種はジェット機ではなくプロペラ機で、時速130キロ程度でゆっくりと飛び、24時間以上滞空できる。操縦士たちは、ネバダ州のトレーラーの中から機に搭載されたズームレンズやレーダー、赤外線投射装置を操作し、無人機の見るものを見る。そして、イラクやアフガニスタンの地上の兵士と会話したり、電子メールのやりとりをする。一方、地上の兵士は、無人機から送られる上空からの映像をパソコン上でリアルタイムに見ることができる」。

 これを読むと分かるように、今、アフガニスタンやパキスタン上空を飛んでいる無人機によって攻撃を実行する兵士は、アメリカ国内など、敵からの攻撃がない安全地帯にいるのである。そして、無人機から送られる映像をコンピューターの画面で見ながら、攻撃ボタンを押す。それが、パソコンのゲームとどこが違うかというと、攻撃を行う人間の感覚上はほとんど差がないはずだ。なぜなら、今のパソコンゲームの映像や音声は、戦場の“実写”とほとんど差がないからだ。もし差があるとすれば、それは攻撃ボタンを押す兵士が、心の中で、「これは実際の戦争だぞ! 本当に人が死ぬのだぞ!」と自分に言い聞かせ、本人がどれだけその気になれるかなれないかの差ではないだろうか。
 
 さて、私は本シリーズの前回、今日の情報社会で私たちが最も多く触れる情報は、「左脳的判断によって選択された情報の右脳的表現」だと書いた。そして、こういう種類の情報が私たちの生活に本当に役立つかどうか、という疑問を提出した。今回、現代の戦争の一側面をクローズアップしたのは、ここに情報社会の“落とし穴”があることを読者に知っていただきたいからだ。無人機による遠方からの空爆は、まさにこの「左脳的判断によって選択された情報の右脳的表現」によって行われているのだ。つまり、この攻撃は、人間や車両、家屋などを“敵”“味方”“非戦闘員”の3種に色分けし(左脳的判断)、これを映像や音声を使ってできるだけ明瞭に再現し(右脳的表現)たのちに行われるのである。この方法は一見、「左脳と右脳をバランスよく使っている」ように感じるが、子細に検討してみると、そうではない。上空にある無人機が、人間や車両や家屋を明瞭に映し出す目的は、あくまでも攻撃対象を正確に破壊するためである。
 
 私はここで、アメリカ1国を取り上げて悪口を言うつもりはない。なぜなら、ここに描いた「無人機による遠方からの空爆」を可能にする技術は、すでに多くの国が所有しており、その一部の開発には日本の技術も関わっていることは明らかだからだ。冒頭に引用した国連の報告書でも、この技術はすでに約40カ国が保有し、「中国、ロシア、イラン、イスラエルといった国はそうした偵察機に精密誘導爆撃能力を持たせる技術を開発中か、すでに開発ずみだ」と述べている。私がここで指摘したいのは、戦争では左脳的判断が最優先され、右脳的感性が沈黙させられているという事実である。つまり、戦争では極めて偏った情報処理が行われる。だから、“情報の質”は、平和時よりもかなり劣っていると言える。
 
 谷口 雅宣

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2010年6月 8日

情報の質について (2)

 前回、本欄でこの題で書いた際は、キツネタケというキノコに関する“情報の質”を問題にした。また、ある対象についての情報には一般に“右脳的”(感覚的・体験的)なものと“左脳的”(意味的・言語的)なものがあるとする私の考えでは、その双方をバランスよく得ることが対象を「よくわかる」必要条件である、とも書いた。さて、それでは、今日の情報社会について考えてみよう。インターネットや大容量高速通信が発達した現今の社会では、私たちは、この2種類の情報のどちらと多く接しているのだろう? この疑問への答えは、案外むずしい。

 1つの答えは、「双方の情報が入手できる」というものだ。なぜなら、インターネットやハイビジョンTVでは、文字情報だけでなく、映像や音声による情報も豊富に入手することができるからだ。しかし、私はこの答えでは不十分だと思う。なぜなら、ネットやHTVを経由して届く情報は、文字も映像も音声も「送り手」側の注意深い選択を経ているからだ。例えば今、アメリカ南方のメキシコ湾で、石油会社のBPが油田開発中に事故を起こし、大量の原油がメキシコ湾に流出する事態になっているが、これを当初、BP社が発表したとき、破損箇所から原油が流出する映像も動画により公開した。その動画を分析して、メキシコ湾岸の各州や関係業界は漁業や観光、環境への被害を推定し、被害を最小限に食い止める様々な対策を講じていたのである。ところが、最近になって、この動画の映像よりも、もっと別の、もっと大量の原油が噴き出している映像があることが判明し、問題になっている。つまり、動画による映像は、確かにある時点の、ある場所の事実を、克明に、詳細に伝えてくれるかもしれないが、別の時点の、別の場所の事実の方が、問題の本質を正確に伝えている可能性が常にある。映像や音声による情報は、受け取る側へのインパクトが大きいために、その事実を逆に覆い隠してしまうのである。
 
 私がよく指摘することだが、もし私たちが「社会は犯罪で満ちている」とか「世界にはテロが蔓延している」という印象をもっているとしたら、それは、社会や世界の現状を知っているのではなく、マスメディアが世界中から集めてくる“悪いニュース”が、私たちの茶の間や、街角や、ネット上や、新聞・雑誌に溢れているからなのだ。そうだとすると、情報社会で私たちが最も多く触れる情報とは、「左脳的判断によって選択された情報の右脳的表現」と言えるだろう。では、こういう種類の情報は、私たちの生活に本当に役立つものだろうか?
 
 この疑問に答える作業を進める前に、読者に、情報社会が成立する以前の人間が、どのような仕方で生きてきたかを確認してもらうために、塩野米松氏の小説『ふたつの川』にの1節を読んでいただきたいのである。この小説の舞台は、昭和12~13年頃の秋田の山中である。人々はまだ貧しく、テレビは発明されていない。そこで、「奥野」という医者と「常次郎」という炭焼き男が会話しているのだが、炭焼きの家にはラジオもなく、新聞は何かに包んできた古いものを読む程度である。だから常次郎は、自分のことを「物知らずで、申し訳ねすな」と奥野に謝るのである。これに対して、奥野が言うことが面白い--

「謝ることはねえんだ。ラジオでしゃべってることがみな本当かどうかわからねえし、本当だとしたってどうできるものでねえ。世の中知った気がするだけだし、なんだか自分も世の中動かす一人だような気になって、『仕方ねえ』とか『そうしねばだめだ』って思うんだ。釣りなら、新しい仕掛け考えたら、試してみて、自分でいいか悪いか判断できるども、世の中の話や政治の話は聞くだけで、試しようがねえからな。」(p.80)

 私は、この「奥野」の言葉は、現代の情報社会にあっても少しも古くない、透徹した知性による的確な分析だと思う。確かに私たちは今、国内政治、国際政治について、溢れるほどの情報に浴しているが、それがすべて「本当」かどうかは疑わしい限りだし、本当だとしても何ができるだろうか? このような“左脳的情報”を元にして金儲けをする産業は発達したが、それが人々の人生を本当の意味で“豊か”にしているかどうかも疑わしい。それよりも、自分で釣りの仕掛けを工夫して、本当に魚が釣れる人がもつ情報の内容の方が、“豊か”なのではないのだろうか? イワナやヤマメの生態を知り、川の中のポイントを知り、魚たちの食べ物や性格を知り、エサの調達方法を知り、毛バリの作り方を知り、魚の料理法を知り、知っているだけでなく、その知識を活用して実際に漁をし、家族を養うことができる--これらのことは、右脳と左脳の密接な連携から生まれた“生きた情報”であり、“本物の情報”と言っていいだろう。

 現代の情報社会は、このような真っ当な情報を私たちにより多く与えてくれているのか……これが、私の感じている問題点なのだ。
 
 谷口 雅宣
 
【参考文献】
○塩野米松著『ふたつの川』(無朋舎出版、2008年)

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2010年6月 7日

永続きする結婚とは…

 前回は、私たちの夫婦ゲンカのことを書いたが、アメリカで今、話題になっていることの1つが、ノーベル平和賞を受賞した元副大統領のアル・ゴア氏(Al Gore)とティッパー夫人(Tipper)との離婚である。アメリカでは離婚が“当り前”の観を呈している中で、この夫婦は仲睦まじいことで有名だったのに、ごく最近、40年間の結婚生活に終止符を打ったのである。だから、「あの2人がなぜ?」という驚きが話題の背景にある。そして、この2人と対照されているのが、ゴア氏が副大統領の時代の“上司”、ビル・クリントン元大統領とヒラリー・ローダム・クリントン氏(現国務長官)のカップルだ。ご存じのように、ビル・クリントン氏は大統領在任中にホワイトハウス研修生と“性的関係”があったというので、テレビの前で謝罪した。ヒラリー夫人はそんな夫を赦して離婚しなかった。この2人が今にいたるまで夫婦であるのに、あのゴア夫妻がなぜ?……というわけだ。
 
『ニューヨークタイムズ』の紙面では、2人の女性ライターが興味ある論評をしている。1つは、人生後期の離婚に関する著書があるディアドル・ベイヤー氏(Deirdre Bair)で、この人の意見をひと言でまとめれば、「離婚は必ずしも悪くはなく、本人の成長の機会になりえるのだから、ショックを受けずに、2人の新しい人生の幸福を祈りつつ、静かにしておいてあげよう」ということだ。もう1人は、コラムニストのタラ・パーカー=ポープ氏(Tara Parker-Pope)で、彼女は、夫婦の心の中の問題は外部の人からは分からないことを強調したあとで、永続きする結婚の“秘密”について、いくつかの研究結果をまとめている。

 まず、ベイヤー氏によると、彼女が結婚後、20~60年以上たって離婚した310人(男126人、女184人)にインタビューして驚いたのは、「結婚」という安全地帯から飛び出す人たちの勇気だったという。別れようとする人たちにとっては、離婚は「失敗」ではなく「機会」だったというのである。人間は結婚生活の中でも変わっていくものだが、それを相手に言うことを忘れる。そして、夫婦間のズレが時とともに拡がっていき、離婚に至ることが多い。つまり、「この古い環境で、この古い相手と一緒にはもう生きていけない」と感じるのだという。離婚者たちは、自分たちの決断は決して一時の感情によるのでなく、また離婚を後悔していないと主張する。彼らの決定に関するキーワードは、「自由」と「コントロール」--つまり、「自分の人生を自分の意思にしたがって生きたい」という強い思いが背景にあるという。もちろん、社会的、経済的条件も離婚の決定の背景にはある。中年以降に離婚する人の多くは、生活の変化に対応できるだけ経済的には自立している。また、寿命も長くなっていて、次の相手も、探せば見つかることが多いという。
 
 パーカー=ポープ氏は、これとは逆に、「離婚しない夫婦」の条件に多く触れている。彼女は、カリフォルニア大学サンタバーバラ校のビアンカ・アセヴェード博士(Bianca Acevedo)の研究から、永い間の夫婦の間でも愛情が冷めずにいる人が予想外に多いことを教えてくれる。具体的には、電話で調査した274人の永年の夫婦のうち40%は、愛情のレベルが高い数値を示したという。また、残りの60%も必ずしも「低い数値」だったのではなく、夫婦関係には満足しており、愛情は継続しているという。ただ、愛情の程度がそれほど“濃密”でないだけだ。では、夫婦関係を良好に保つにはどうしたらいいか? それは、「互いに努力すること」だという。これは、「夫婦の愛も、いつ壊れるかもしれない」と考えてビクビクするという意味ではなく、「関係を新生させる」ための努力をすることだ。ワシントン州オリンピア市にあるエバグリーン州立大学のステファニー・クーンツ教授(Stephanie Coontz)によると、「結婚自体に注意を向けず、互いが別々のことをしていながら結婚が永遠に続くわけがない」という。当り前といえば、当り前のことだ。だから、「2人で何か新しいことを継続してやる」ことをアドバイスする人もいる。
 
 パーカー=ポープ氏はまた、夫婦関係が成長しているかいないかを判定するために、便利な質問を3つ提示している:

 ①あなたの相手は、わくわくするような経験の原因にどの程度なっているか?
 ②相手を知ることが、あなたを人間としてどの程度成長させているか?
 ③過去1カ月間に、あなたはどの程度頻繁に結婚生活を退屈に思ったか?

 これらの質問に対して、自分の希望通りに答えられないならば、さっそく夫婦関係の“向上”と“新生”にむかって努力を始めた方がいいだろう。これは、私からのアドバイスでもある。
 
 谷口 雅宣

『ニューヨークタイムズ』誌=ゴア夫妻の40年の記録(写真14枚)

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2010年6月 6日

岩手の講習会で、当惑…

 今日は午前10時から盛岡市の岩手県民会館で生長の家講習会が行われ、県下各地から2,444人(前回比+102人、+4.3%)の受講者が参集してくださり、和やかな雰囲気の中で半日間、教えにもとづき世界のこと、人生のこと等を研鑽した。白鳩会、相愛会、青年会ともに前回より受講者が増加したことは、教区幹部・信徒の方々の熱心な推進活動の成果であり、誠にありがたかった。特に同教区では、1月に新しい教化部会館が落慶したことも重なり、組織が喜びに満ちて活性化していることが感じられ、今後の運動の進展が期待できる。ご尽力くださった皆さんに心から感謝申し上げます。
 
 ところで、今日出た質問の中に、私を一瞬当惑させるものがあった。それは、奥州市から来た53歳の男性からのもので、用紙には3つの質問が書かれ、そのうち2つがこういうものだった--
 
 ①総裁先生では夫婦ケンカがありますか。
 ②ある場合はどちらか先にあやまりますか。
 
 私はもう10年以上、講習会で各地を回っているが、こういう質問をされた記憶があまりなかった。だから一瞬、当惑したのだが、本当のことを答えるほかないから、答えることにした。その内容を全部今ここで再現できないが、簡単にまとめるとこうなる--
 
 ①「夫婦喧嘩」という状態をどう定義するかにもよるが、一般にそれに該当すると思われるものは、現在は、年1回あるかないかである。ただし、結婚当初の3年間ぐらいは、もっと頻繁にあったと思う。というのは、それまで30年近く別々に生きてきた男女だから、生活の仕方、習慣、ものの考え方などに違いがあるのが当然で、夫婦生活の当初は、それらを2人独自の調和あるものにするための“調整期間”であるからだ。これをうまく経過できれば、夫婦関係は長続きするが、できない場合は離婚にいたることもあるだろう。
 
 ②どちらが先に謝るかは、ケースバイケースだと思う。ただし、近頃の場合は、どちらかが明確に「謝る」ことをしなくても、どういうケースでどういう行き違いが起こるかを、お互いが察知できるようになっているから、事後、ある程度の時間が経過した後に、双方から関係修復に乗り出して、事なきにいたることが多い。しかし、結婚当初は、結構はげしくぶつかり合ったこともある。これは肉体的にぶつかり合うのではなく、意見を言い合うのである。これをきちんとする方が、問題点をうやむやにするよりいいと思う。なぜなら、互いをより深く理解することにつながるからだ。
 
 --まあ、私はこんな感じの回答をして、この場を切り抜けたのだった。そのほかの質問にも、なかなか中身の濃いものもあった。それらについては、いずれどこかで紹介する機会があるかもしれない。
 
 谷口 雅宣

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2010年6月 5日

情報の質について

 社会の問題として「情報過多」が言われるようになって久しい。特に、インターネットの普及が進み、その利用価値との関係でインフォメーション・オーバーロード(information overload)という英語も使われるようになった。しかし、こういう場合の「情報」という言葉の意味は、必ずしも明らかでない。情報を知識として得ることと、同じ情報を行動を通じて体験として得ることの違いは大きい。例えば、前回の本欄に書いた山の中のカッコウの鳴き声だが、これは「山奥で1羽のカッコウが1時間にわたって鳴き続けていた」という文章に置き換えられる。その場合、これの知識としての情報量はわずか「26文字」だ。しかし、私が実際の体験を通して得たものは、それよりはるかに多い。前回はそれを約1千字を使って文章に表現した。が、それだけがすべてではない。前回書かなかったことの中には、その時の天候や気温、私の服装、降り注ぐ日差し、カッコウの鳴き声の描写、ホトトギスとの違い、そのほかにも聞こえた鳥の鳴き声のこと、喉の渇き、水を飲んだ時の感覚……などたくさんある。これらすべての“環境”に囲まれた中で、「カッコウが1時間にわたって鳴き続けていた」のである。また、実際のカッコウの鳴き声は、文字に表現できるものではない。
 
 こう考えてくると、知識として得る情報と、体験を通して得る情報とは、“異質”と言わないまでも相当の違いがあることは否定できない。前者は主として“左脳”の活動によるから、論理的、抽象的、観念的であるのに対し、後者は“右脳”の活動を通して得るものだから、前者よりも具体的、感覚的、実際的、包括的である。私はここで、前者よりも後者の情報の方が質が優れている、などと言うつもりはない。なぜなら、私自身が後者の情報を得たのちに、それを前者の形にまとめ上げたからだ。私は、本欄の読者にわざわざ“劣った情報”を提供するつもりで前回のブログを書いたのではない。私の体験を表現するのに不要な情報は削り取り、必要だと思うものを残して、その体験が私にとって何だったかという左脳的判断を付け加えたものを、読者にも知ってほしいと思い、ブログとしたのである。
 
 別の例を出そう。私は2日の朝、山荘の周囲の森を散策しながらキノコを見つけた。朝の9時前で、カラマツが密生した森は清々しい空気に満ちていた。林地には、朝露にぬれたカラマツの落葉が散り敷いていた。と、地に落ちた小枝の間から、私は軸の長い赤茶色のキノコが何本か出ているのを見つけた。春のこの時期に出るキノコはそう多くないから、Kitsunetake ちょっと驚いた。そのキノコは、かつて図鑑で調べた際に、それほど美味ではないが食用になると知った種類のものに、よく似ていた。手を伸ばして抜いてみると、その軸部の弾力も、記憶に残っていた。傘の裏側のヒダの文様にも見憶えがあった。鼻を近づけてみると、キノコ特有の香りがほのかにする。毒のあるキノコは、鼻を刺すような刺激臭が混じっているものが多いが、目の前のものにはそれが感じられなかった。が、これだけの情報では、キノコの食の安全性を判断してはいけない。よい匂いのものに毒性がある場合も珍しくないからだ。山荘へ持ち帰って図鑑を調べてみると、それは「キツネタケ」と呼ばれるものとよく似ていた。説明には、こうある--

「オオキツネタケに似るが、ひだは淡紅色で柄の基部に紫色の菌糸はない。胞子はほぼ球形でとげにおおわれる。夏~秋、林地に発生する。ほぼ世界的に分布。ローリエやクローブの香りを効かせたピクルスによく合う。」

 この説明文は、キツネタケのカラー写真とともにあった。実に簡潔でわかりやすく、胞子の形や分布状態、食用にする際のアドバイスなど、私の説明の範囲を大きく超えている。しかし、論理的、抽象的、観念的であり、“左脳”の産物と言える。これに対して、その前に私が書いたキノコの描写は、どちらかというと具体的、感覚的、実際的である。これは“右脳”の経験を“左脳”が表現したからだ。

 私は今年3月の本欄で“「わかる」ということ”について何回か書いたとき、何かをよく「わかる」ためには、それについての“左脳的情報”と“右脳的情報”をバランスよく得ることが必要だと述べた。その考えにもとづいて上記のキツネタケの情報を眺めてみると、こんなことが言えると思う--私は山荘裏の森でキツネタケのようなキノコを採取した際には、主としてそれの“右脳的情報”を得たが、山荘に帰って図鑑を調べたときには、主に“左脳的情報”を得た。これによって、このキノコをよりよく「わかる」ための努力が実を結びつつある。しかし、キノコについて「わかる」という場合は、それが食用であるのかないのか、また食した場合の味や香り、食感の体験などの“右脳的情報”を抜きにしては、どうしても不完全である。だから、機会を見て、私はその点を確かめてみたいと思っている。
 
 谷口 雅宣

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2010年6月 4日

カッコウの歌を聴く

 いつの間にか前回の本欄から6日が過ぎ、6月に入ってしまった。バタバタと日本の政治の流れが変わり、鳩山氏の代りに管直人氏が民主党の総裁、そして第94代の日本の総理大臣となった。妻のブログを読まれた方は、私たちが山梨の山荘へ行ったことをご存じだろう。そこへ籠って書いていた原稿とは、5月初めに行った3回の講演記録を1本にまとめる仕事だった。それを最終的には今日の午前中に仕上げ、編集部に渡した。この類の仕事は毎年、この時期に来るのだが、1時間ある3回の講演を3つの機関誌に2回に分けて掲載してきたので、仕事量は2カ月間に平均化されていた。しかし今回は、機関誌が1つに統合され、その1誌に1回で全講演記録を掲載しようというわけだ。当初は、例年より楽になるかと期待したが、やり始めるとそうは問屋が卸さないことが分かった。が、この新形式を言い出した張本人は私だったから、文句を言わずにただひたすらパソコンの画面に向かっていた。
 
 山荘ではテレビを見ることができない。VHSビデオと一体化した13インチ程度の簡単なテレビセットはある。しかし、アンテナを立てていない。これには理由がある。山荘へ行くのは、“都会”から抜け出して“自然”の環境に浸るためだ。テレビ番組が流れているのでは、その意図が半分以上損なわれる。電話も鳴らない。固定電話はあるにはあるが、ガサガサと雑音が入るのに修理しておらず、番号は家族しか知らない。新聞の配達もないから、“文明社会”からの情報はラジオとインターネットによるしかない。が、これまで何年も利用していて不自由に思ったことはない。都会ではできないことが、山には山ほどあるからだ。今回は、その“山ほどある”ことにも目をつぶって、機関誌『生長の家』の8月号に載る予定の原稿を書くことになった。

 それでも3日の午前中に、庭の草刈りをする時間ができた。標高1200メートルの山荘の環境では、東京より季節回りが1カ月ほど遅く、5月初めの気候である。それでも、西洋芝が20~30センチの高さに不揃いで伸びた様子が、見苦しかったのだ。草刈り鋏で1時間ほどかけて刈っているあいだ、近くの山でカッコウがずっと鳴き続けていた。泣き声に大小の変化がなかったから、恐らく1羽が1カ所にとどまったまま鳴いていたのだ。その合間に、ホトトギスの声も聞こえた。私は、どちらの鳥の声も耳に心地よく響くことに気づき、楽しみながら聞いていた。が、30分も過ぎてから、ハタと思い当たることがあった。それは、彼らが何のために鳴いているかということだった。普通、鳥が鳴くのは雌鳥を呼ぶためということになっている。一種の“求愛”行動だ。しかし、同じ場所で30分も相手を呼び続けていて、退屈することはないのか、と思った。人間だったら、デートの待ち合わせ場所に相手が30分も来ない場合、怒って帰る人もいるだろう。しかし、カッコウには「待ち合わせ場所」などないだろうに、1カ所で30分以上鳴いていて効果がなければ、別の場所へ行くという選択をしないのか……私はそれが不思議だった。
 
 私はカッコウにエンパシーを感じていたのだ。つまり、芝刈り中の私は、同じ場所で同じことをひたすら繰り返すという意味で、カッコウと同じことをしていたから、彼の“心”(そんなものがあるとしたら…)を慮ったのだ。草刈りや芝刈りは単純労働だから、退屈と言えば退屈である。しかし、伸びた芝が鋏で刈られる時の“音”と両腕に伝わる“歯ごたえ”が心地よい。また、見苦しかった芝生の表面がスッキリしていくのを見るのは、一種の快感である。芝刈りのような単純反復運動を人間が継続することができるのは、恐らく、こういう感覚上の“ご褒美”があるからに違いない。それならば、相手がいつまでたっても現れない中で、カッコウが雌鳥目当てに延々と鳴き続ける理由は何だろうか? 私はその時、鳥は「鳴くこと自体」に楽しさや快感を覚えているのだ、と思った。歌手は歌うことに快感を覚え、演奏家は演奏すること自体が喜びである。鳥が鳴くことにも、これと似た動機があっても不思議ではない。そう考えたとき、どこか寂しげに聞こえていたカッコウの鳴き声が、急に喜びの歌のように聞こえてくるのだった。
 
Fr_tanam053110m  山荘から東京へもどると、先月末に生長の家講習会へ行った青森から、田中道浩・教化部長の絵封筒が届いていた。田中教化部長は近ごろ、絵手紙と絵封筒に“開眼”され、生長の家の投稿サイト「ポスティングジョイ」にもレギュラーとして明るいメッセージを掲載されている。力強い「ねぷた祭」の絵柄が、講習会後の青森教区の“やる気”を表しているようで頼もしく感じた。感謝・合掌である。
 
 谷口 雅宣
 

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