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2010年6月15日

情報の質について (5)

 これまで本シリーズでは、今日の情報社会で得られる「情報の質」について考え、それが我々の感覚と密接に関係した“右脳的情報”から離れて、しだいに“左脳的情報”に偏向しつつあることを確認してきた。しかし、この傾向は、単純な一方向的な変化ではなく、IT技術の発達により、左脳的(論理的)判断によって選択された情報が右脳的(感覚的)に表現されることで、情報の受け手にとっては、より“リアル”な仮想現実として体験される--そういう重層的な変化が起こっていると考えられるのである。
 
 ここまでの検討では、私は情報の「量」についてあまり述べてこなかった。しかし、シリーズ1回目の冒頭で、「情報過多」と「インフォメーション・オーバーロード」を問題にしたように、入力される情報量が正常に処理できる範囲を超えてしまえば、我々の脳の情報処理は質的にも低下してしまう。今回は、この問題について触れよう。
 
 私はすでに本欄や『日時計主義とは何か』や『太陽はいつも輝いている』の中で、我々がいわゆる“外界”と接する際、注意の向け方によって脳の左右分業が行われること、それに伴い、外界と接しながら、外界からの情報を受け取れない場合があることなどを書いた。また本欄では、“ながら族”の習慣がきらいな私は、携帯電話を持たず、アイポッドも音楽再生用としては使うのをやめたことも書いた。その代り、パソコンはよく使うことも書いてきた。私はこのように、IT機器やAV機器を言わば“注意深く”使っているのだが、この種の機械が大好きで、何でも併行して使う人も増えてきているらしい。つまり、「マルチタスク人間」の登場である。
 
 小規模のマルチタスクは、すでに一般化している。歩きながら食事をしたり、本を読んだり、電話をしたりする人は珍しくなく、運転中の電話や読書、食事もよく見られる。危険だからと法律で禁じられても、あまり効果がない。しかし、「情報過多」と言われる場合は、この程度のマルチタスクではない。その一例が、6月8日付の『ヘラルド朝日』紙に載っていたが、これには驚かされたのである。
 
 この人は、ITベンチャー企業家、コード・キャンベル氏(43)で、サンフランシスコ市郊外の高級住宅地にブレンダ夫人(39)と16歳の息子、8歳の娘と住む。ここが彼のホーム・オフィスだ。記事に添付された写真を見ると、彼は4台のコンピューター・スクリーンの前に座り、同じテーブルの上にはアイパッドやゲーム機も見える。キャンベル氏は、夜寝るときはラップトップPCかアイフォンをベッドに持ち込み、目覚めるとすぐにネット情報を見る。朝食は食べるには食べるが、彼もブレンダ夫人もテーブルに自分のアイパッドを置き、その操作をしながらの食事である。アイパッドを使わないときは、2人ともPCの画面を見て食事する。その時、夫は画面で電子メールをチェックし、夫人は同じ画面の隅に表示されたテレビニュースを見ていたりする。せっかくの家族旅行にも、大人も子供もIT機器やゲーム機をもっていくから、家族同士の絆が深まるかどうかは疑わしい。
 
 キャンベル家の例は、もちろん極端である。が、この記事によると、一般的アメリカ人もこの方向に近づいているらしい。ある調査によると、2008年のアメリカ人の情報消費量は、1960年に比べて3倍だという。多くの情報の中で、人は注意を分散させることになる。仕事でコンピューターを使う人は、1時間に37回近く、画面の切り替えをするという。カリフォルニア大学サンディエゴ校の調査では、平均的なアメリカ人は1日に12時間分のテレビやネット情報を消費するという。この場合、ネットとテレビを同時に1時間見ている人の情報消費は、「2時間」とカウントしている。また、別の調査では、平均的PCユーザーは、1日に40のウェブサイトを見るという。このような情報消費量の急増によって、生産性が向上することは事実だろう。が、それはある一定の限界までのことで、マルチタスクの度合いが増えるにつれて、情報処理の質は減退するという実験結果はいくつも出ているらしい。
 
 具体的な実験結果は省略するが、私が興味をもったのは、マルチタスクをする人の心理状態のことだ。情報刺激を受けることで脳のドーパミン系が活性化されるため、中毒症状を起こす可能性があるという。その場合の「中毒」は、薬物やアルコール中毒の類よりは、過食症やセックスの中毒に近いものだという。IT機器から得られる「情報の質」についてのこれまでの考察を思い出していただけば、そういう左脳的情報に中毒症状を起こすことの危険性は明らかではないだろうか。マルチタスク人間は、家族との関係にも困難を来すだろうから、私はやはり、右脳的情報に注意を振り向ける練習は、今後ますます必要になってくると考える。
 
 谷口 雅宣

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コメント

合掌ありがとうございます。
私もよく妻との会話中にiPhoneを見たりして怒られますので、反省しきりです。
ドーパミンが出て中毒性があるとは知りませんでした。

下記はNYTimesのWebサイトにある今回ご紹介された記事のリンクです。

http://www.nytimes.com/2010/06/07/technology/07brain.html?pagewanted=1&ref=technology&src=me

先生はすでにご覧になっているかと思いますが、
写真が掲載されておりますので、
マルチタスキングがどういう状況かがよくわかると思います。
ご参考まで。

投稿: 古谷伸 | 2010年6月16日 01:30

ITの発達に伴い、右脳的思考が減少傾向にあり、それを補うために意識して右脳的刺激を求める。 …夏に窓を開ければ風が通って涼しいのに、窓を閉めてエアコン入れてる感じ。 ITの発達は素晴らしいものを感じます。特にpostingjoyなんて、世界光明化運動の最先端を行ってるから素晴らしいと思います。
でも、どうなんでしょうね。 酒は飲んでも呑まれるな、と言う事ですね。つまりは、ITも上手に使え、と言う事ですか。

投稿: 水野奈美 | 2010年6月16日 20:07

初めまして、谷口先生。親が生長の家をやっていまして、私も生長の家の信仰はとても素晴らしいものだと感じています。私はパソコンを生き甲斐にしています。食事中もパソコンを弄っていて、反省するところだらけですが、かと言って趣味を束縛したりするのは私の自由な世界を防衛してるのであって、食事中や会話中にパソコンを見てもいいじゃないかって思うところだらけです。先生の言葉聞いて、IT関係でパソコンがなかった時代があるくらいだから、私たちはパソコンがやれていたりするのは、神から生かされていると言うことであり神に感謝すべきだと思います。毎日仕事に就けなくて悩み、精神病を患い、それでも私は五体満足の体に感謝しています。先生ありがとうございます。

投稿: 玉木和也 | 2010年6月16日 23:32

古谷さん、
 新聞記事のURLを教えていただき、ありがとうございました。あの写真は、状況が本当によくわかりますね。

水野さん、
 そうです。ITも上手に、ほどほどに使いましょう…ということです。

玉木さん、
 食事中のパソコンは、やめた方がいいと思います。バーチャルに逃げ込まず、しっかりとリアルの世界で生きるのが第一です。もちろん、パソコンを使うなという話ではありません。

投稿: 谷口 | 2010年6月17日 23:57

毎朝、携帯メールで谷口雅春先生の言葉を配信して頂いています。
最近ipadの事を知り、生命の実相40冊がipadで読めれば老後が楽しみだと思います。

投稿: 坂本芳雄 | 2010年6月23日 16:40

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