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2010年6月11日

情報の質について (4)

 前回の本欄では、遠隔操縦による無人機からの攻撃が、「極めて偏った情報処理」であり、したがって、「戦争で使われる“情報の質”は、平時よりかなり劣っている」と書いたが、この言い方は分かりにくかったかもしれない。そこで、もう少し詳しく説明しよう。私がここで言っている「情報の質」とは、ある対象を「よりよく分かる」ための情報の質である。この場合の「わかる」とは、これまで本欄で何回も書いてきた「“わかる”ということ」で定義した意味で「わかる」ということだ。それは“対象そのもの”を「わかる」という意味であり、そのためには対象についての“右脳的情報”と“左脳的情報”をバランスよく得ることが必要だった。
 
 これに対して、対象を別の目的に利用する場合には、“対象そのもの”をわかる必要はない。利用目的に即した情報だけ得られれば、それでいい。例えば、卵焼きを作るために卵を入手するときは、その卵の種類(ニワトリの卵かどうか)、大きさ、賞味期限、外観……などがざっとわかればいい。これに対して、卵そのものを「よくわかる」ためには、これらの情報に加えて、その卵の由来(産地、親のニワトリの種類、有精卵か無精卵かなど)、卵の物理・化学的構造や性質なども知りたい。また、その卵を絵に描けば、形や色や、殻の表面のザラザラ感などの“右脳的情報”を味わうことができる。さらにまた、生卵や各種の卵料理を食べることでより多くの“右脳的情報”を得ることができるだろう。加えて、当初は白身と黄身しかない有精卵が、どういう経過をへてヒヨコの形になるかを詳しく知ることも、卵を「よくわかる」手助けとなるだろう。

 それでは、今回のような戦争において、遠隔操縦による無人機からの攻撃の目的は何だろう。それは第一に、敵を破壊し、敵の戦闘意志をくじくことである。また、敵に与する可能性のある非戦闘員に対しては、その意志をくじくことが含まれるかもしれない。さらに言えば、非戦闘員を味方につけることも、二次的目的の中に含まれるかもしれない。が、その目的の中には、「敵やその周囲に生活する一般市民(非戦闘員)の心情や信条を理解すること」は含まれない。攻撃対象になる地域の住民や、そこに老人や子供がどのくらいいて、それぞれが攻撃者に対してどんな考えをもっているのか。自分の攻撃によって彼らの人生と生活がどのような影響を受けるのか。それらの人々がどんな名前でどんな顔をしているか。出身地、家族構成、教育程度、年収、仕事の内容はどうか……そういう人間的な情報は、かえって攻撃者の意志をくじくことになるからだ。
 
 戦争においては、“敵”と認定されたとたんに、人は破壊もしくは排除されるべきものと認められ、その目的に即した情報は重用されるが、そうでない情報は無視されるか、無惨に破棄されるのである。これは極めて左脳的考え方であり、“敵”に関する右脳的情報は、この考え方にもとづいて利用されるに過ぎない。だから戦争は、攻撃者を非人間化するだけでなく、情報操作においては、攻撃される人間をも非人間化する。そんな状況が人類にとってよいはずがない。世界平和の実現のためには、もっとを相手を“わかる”努力をすることが必要なのだ。
 
 谷口 雅宣

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コメント

合掌ありがとうございます。
 ハッと いたしました。
 あふれる情報にふりまわされてる私。
 日々 どこまで相手を”わかる”努力をしてきたか・
 ・・もう少し祈りをこめて丁寧に生きていきたいと
 思いました。
                感謝再拝

投稿: 井上佐和子 | 2010年6月13日 09:41

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