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2010年5月29日

“テロとの戦争”“先制攻撃論”の終焉

 鳩山政権内部のゴタゴタをはじめ、朝鮮半島や日米関係との関係で国際情勢は目を離せない状況が続いている。しかし、こういう時こそ、現象の表面でめまぐるしく変遷する出来事に目を奪われることなく、現象は現象でも、底流としてある大きな流れがどちらの方向に動いているかを的確に押さえておく必要があるだろう。民主党と社民党は安全保障政策でもともと立場が相違しているのだから、連立政権として継続するのが難しいことは、初めから自明であった。だから、沖縄の米軍基地問題で袂を分かつことは、日本全体としては好ましいことだろう。だから、社民党なきあとの政権は、国家の基盤である安全保障政策の新しい方向性を今、しっかりと定立しなければならない。

 そこで避けて通れないのは、新しい日米関係の位置を決めることだ。これには、すでに1年前から米オバマ政権がブッシュ時代からの政策変更を決め、動きだしているから、同盟関係にある日本としてはその動きと整合性を保ちつつ、自らの外交方針を作り上げていかなければならない。そういう意味で重要なのが、このほど発表されたアメリカの国家安全保障戦略(National Security Strategy, NSS) である。これは、オバマ政権下で作られた初めての外交基本方針であり、ブッシュ時代のものからの相当な変更が見られる点が注目される。ひと言でいえば、私はこの新方針に賛成である。その理由を次に述べよう。
 
 まず第一に、私が数年前から使用をやめるべきだと訴え続けてきた「テロとの戦争」(the war on terror)という言葉がどこにも存在しない。これは大いに歓迎すべきことだ。「テロ」や「テロリズム」という言葉は何度も登場するが、ブッシュ政権が2006年3月に出した前回のNSS では、54ページの文書の9カ所に使われていたこの言葉が、今回の60ページの文書からは全く姿を消した。その代り使われているのが「暴力的な過激主義との戦い」 (combating violent extremism)という言葉である。「暴力的な過激主義」という言葉自体は10回使われているが、それとの戦いも「戦争(war)」ではなく、「combat(戦闘)」「counter(対抗)」「confront(対決)」など、小規模な戦いや内政でも用いられる言葉を使用している。これは、ブッシュ氏が9・11以降の外交を「戦争中」と考えて特例化していたのと、明確に異なる。同氏は、テロの容疑者を「容疑者(suspect)」とは呼ばず、「敵の戦闘員(enemy combatant)」と呼び、軍事法廷での裁判を主張したが、オバマ氏はそういう扱いをしないとの意思表示だろう。つまり、人権を尊重した通常の裁判を行う考えだろう。
 
 私がこうして言葉の使い方に神経を使う理由は、本欄と永くつき合ってくださる読者にはお分かりだろう。「言葉は心の表現である」と同時に、「言葉は心を形成する」からである。大統領の「戦争をするぞ」という心が「戦争」という言葉を使わせただけでなく、国じゅうで「戦争」という言葉を使えば、戦争など考えなかった人々も戦争をする心になるのである。9・11以降の世界は、まさにそのように動いてきたことを思い出してほしい。だから、ここで「テロとの戦争」という言葉がアメリカの正式外交方針から消えたことは、この大きな流れの停止、さらには逆転を意味するから、その意義は大きいと言わねばならない。
 
 もう1つ、前回のNSSにあって今回なくなった言葉がある。それは、ブッシュ氏が言い出した先制攻撃論を記述するための「preemption」や「preemptively」という用語である。 これは前回5カ所にあったのだが、今回は消滅している。ブッシュ氏の先制攻撃論については、2009年5月29日の本欄などに書いたから繰り返さないが、北朝鮮はこの理論に脅威に感じたため核開発を急いだと見ることもできるのである。
 
 アジア戦略については、28日付の『日本経済新聞』が簡潔なまとめをしているので、それを引用しよう:
 
「新戦略は、米国の軍事的優位性を維持すると明言した上で“補完的手段やパートナー”がなければ米国の負担が重くなりすぎるとして、国際協調が必要だと主張。中でも日本と韓国を“地域・世界の問題に対処する上での重要なリーダー”と位置付け、日韓との同盟関係の“近代化”を目指すと強調した」。

 このように見てくると、日本がアメリカとの信頼関係を立て直すことができれば、アメリカのアジア戦略を韓国とともに一部補完する中で、日本独自の“アジア重視”の外交を展開することは十分可能であると思う。しかし、この場合の“アジア重視”とは、日米安保条約が続く限り、日米同盟を基盤としたものでなければなるまい。
 
 谷口 雅宣

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