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2010年5月 8日

「南泉斬猫」で4万人救う

 先の大戦の終結時に、日本軍の武装解除の命令に従わずに内蒙古でソ連軍と約1週間も戦った軍司令官がいたことを、私は知らなかった。これに対し、満洲では関東軍が即刻命令にしたがい自ら敗走したため、取り残された日本人が数多く犠牲となったり、残留孤児となったことはよく知られている。内蒙古で戦った司令官は「根本博中将」といい、命令違反の目的は、内蒙古居留の邦人4万人の保護のためだったという。根本中将率いる駐蒙軍は、8月9日からソ連軍と戦っていたが、根本中将は“玉音放送”に至る前に、命令に反してでも「邦人保護」を優先させる決意をしていたらしい。このことを記した新刊書『この命、義に捧ぐ』(門田隆将著)を、版元の集英社の高田功氏から送っていただいた。

 当時の日本軍の最高司令官は天皇陛下ご自身である。その陛下ご自身の放送は、軍にとっては至上命令である。しかし、軍隊という組織の最大の任務は日本を守ることであり、中国大陸にあっては在留邦人の生命と財産を守ることだ。ソ連と戦闘中に武装解除をすることは、前者に従うことにはなるが、後者を放棄することにもなる。このジレンマの最中にあって、根本中将は後者を採った。この本の中には、その大きな要因になったのが、『生命の實相』の中にある谷口雅春先生の「南泉斬猫」の公案の解説だったと書いてある。

「南泉斬猫」は有名な公案なので知っている読者も多いと思うが、簡単に言えばこうなる--ある日、南泉和尚のもとで修行している僧たちが猫をつかまえ、「この猫に仏性があるか?」と論争していた。すると、その場にやってきた和尚がその猫を取り上げて、「この公案をお前たちが解けなければ猫を斬り捨てるぞ」と言った。しかし、誰も公案を解けなかったので、和尚は猫を斬って捨ててしまった、というのである。
 
 雅春先生の解説文は、現在の頭注版では第18巻(宗教問答篇)の第2章「南泉猫を斬る生活」に、次のようにある--
 
 南泉和尚が猫を斬ったのは「形に捉われるな、仏性というものは形のいかんにあるのではない。形の猫を斬ってしまったら、そこに仏性があらわれるのだ」ということを猫を斬る行為で示されたのであります。(第18巻、p.58)
 
 根本中将は、眠れない夜中にこの解釈を読んで、「そうだ。余計なことを思い悩む必要はない。ただ自分は、形や現象に捉われることなく、自分自身の使命を果たせばよい」と思ったという。つまり、形式的には武装解除の命令に違反することになっても、軍の最大の任務である邦人保護を全うすべきだと考え、「気持が楽になった」という。また、『生命の實相』が同中将の座右の書の1つだったとも書いてある。
 
 この決断に関連して、本の中で私が興味をもった箇所がもう1つある。それは、当時、南京の支那派遣軍総司令官だった岡村寧次(ねいじ)大将が、武装解除しないで戦い続ける根本中将に対して、8月20日付の電文で「詔勅を体し、大命を奉じ、真に堪え難きを堪え、忍び難きを忍ぶの秋たるを以て本職は大命に基き、血涙を呑んで(…中略…)有ゆる手段を講じ、速かに我より戦闘を停止し、局地停戦交渉、及武器引き渡等を実施すべきを厳命す」と言っている点である。

 岡村大将といえば、この人も生長の家との関係が近い。昭和19年12月、谷口雅春先生が南京に行かれたとき、岡村大将は副官も退けて、雅春先生と2人だけの場を設け、「今の日本軍は皇軍じゃないんですよ」と現地の軍隊の実情を詳しく説明したことが、『生長の家』誌昭和34年3月号には書かれている。また、その文章は、私が監修した『歴史から何を学ぶか--平成15年度生長の家教修会の記録』(生長の家刊)の22~23ページに引用されている。

 生長の家の教えに触れた2人の軍人が、何万人もの命が関わる終戦時の重要な局面で、意見を異にして向き合っていたのである。読者だったら、どちらの判断に与するだろうか。
 
 谷口 雅宣

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コメント

 目の前で邦人が殺されようとしたり迫害をうけようとしている状況において、私はそれを見過ごすことはできません。
 私が指揮官であれば即刻、邦人に攻撃する者に対して持てる力の全容を発揮して攻撃します。
 それは、邦人わ守るための愛の行為と思います。

 結局、今を如何に生きるのか?ということであると思います。

 そういった意味で根本中将は、完全に今を生きた。
 完全燃焼したと思います。

 私は、それが人間しての当然の行為と思います。
 

投稿: 志村 宗春 | 2010年5月 9日 19:13

紹介いただきました2冊の本のなかで参考にさせていただきました部分を書かせていただきます。

■『生命の實相』第18巻(宗教問答篇)の第2章「南泉猫を斬る生活」76頁~

「すべての形の道を切り捨てて悟りの中心に乗ってそこから動き出す時はじめて真の行きづまらない正しい道の生活ができるということが解るのであります。」

■平成15年度生長の家教修会の記録』(生長の家刊)27頁~

谷口雅春先生は、戦争に関連して吾らの使命を次のように説かれております。

新日本建設の第二の根本基礎になるものは、日本だけにしか通用しないような『偶像崇拝』や、日本だけを守るような軍神を信ずることを止めて、全世界に通用する真の神、愛の神を信ずるように宗教的教育を施すことが必要なのである。

以上のことを考慮した上で判断させていただきますと、根元中将も岡本大将も正しかったのではないかと思います。

根元中将は、戦いの現場における形を切り捨てることで悟りの中心に乗った判断が下せたのだと思います。

そして、岡本大将のご判断は、戦争の大局において、全世界に通用する神の愛の立場から、最善のものだったのではないかと思います。


投稿: 27歳男 | 2010年5月 9日 22:54

 浅学の読者です。
 両者の判断に与します。

 筋道立てて状況をよく検討した上で、それでも尚、判断しかねるときは、眼前の問題に最善を尽くすのが、所謂、神様におまかせするという姿勢だと思うからです。

 根本中将の立場で命令に即時服従すれば、これは手段が目的になってしまった形であり、(軍律は作戦遂行を妨げないため、究極的には国民を守るためにあるわけですから。)眼前の問題に最善を尽くすことにはならないでしょう。

 岡本大将の眼前の問題は、戦争の終結と日本軍の武装解除を連絡徹底し、現場の勝手な判断で無用の戦いが続けられないようにすること、天皇の意思を遠く展開する部下たちに正確に伝えることだったと思います。

 つまり、立場が違えば、たとえ同じ哲学に立って判断をしたとしても、一見、互いに異なり向かい合うように見える答えが出ても良いのではないかというのが、私の考えです。

 ちょっとズルイような答案を書いてしまいました。
 実際に自分がその場に立てば、義理と人情、職責と人道の狭間で苦しんで、更に、逃げたい気持とも戦わなくてはならなかったでしょう(笑)。

 
 

投稿: 片山 一洋 | 2010年5月 9日 23:01

 3つの意見をいただきました。ありがとうございます。

 しかし、同一の問題について対立している意見について「双方が正しい」というのは、「正しい」という言葉の意味から言って少し疑問があります。「双方の意見を理解できる」というのが正確な表現ではないでしょうか? 「双方に与する」と言った場合も、同じ問題が残ると思います。

投稿: 谷口 | 2010年5月10日 12:41

人は生きている以上、その時の心境において良かれと思った事をするよりしかたがないと思います。そして、その判断が後に間違いであったということに気付いた時には反省して懺悔(小懺悔)して、その後、本当の自分は”神の子”で罪は無いんだ、”今だかつて悪は本当は存在しなっかたんだ”と大懺悔して明るい気持ちで前向きに生きていくことが生長の家の信徒としては大事だと思うのですが、この場合は後になって二人ともどうお考えになったのだろう、と思いました。どちらも、極限の状況において精一杯の判断だったと思います。どちらも『生命の實相』に書いてある通りになるべく行動したかった気持ちがひしひしと伝わってきます。

投稿: hidokei | 2010年5月10日 18:31

ご指摘ありがとうございます。

できれば「正しさ」という言葉の意味と、ご指摘の問題点について、
御解説いただけないでしょうか。

投稿: 27歳男 | 2010年5月10日 20:10

 根本博中将は、目の前に鉄砲の弾が飛んできて、邦人が殺されることがあるかもしれない状況にあって、それを見過ごすことができなかったのだと思います。
 また、想像ですが、根本博中将は、日本軍としても日本軍人としても行動したのではなく一人の人間として行動したのだと思います。
 私は、そのように信じたいです。
 
 曽野綾子さんのミリオンセラーとなった「誰のために愛するか」という本の、はしがきに、次のようにあります。
“愛の定義を私はこういうふうに考える。
その人のために死ねるか、どうか、ということである。
子供がひとり燃える家の中に残されたとき、たいていの母親は、とめるものがなければ、火の中にとび込もうとする。それが愛である。動物的本能であろうと、それが愛である。愛している男、あるいは女、のために死ねるかどうか。それは、私たちにとってひとつの踏絵だ。
(中略)愛、愛と言いながら、実は、一生、本当の愛など知らずに過ぎて行くひとたちが、実は意外と多そうなのに驚くことがある。そういう人たちは生活技術のうまい人なのだが、その面の達者はかえって愛することは下手なのかも知れない。”

 根本博中将は、その本当の愛を生きたと私は確信するものです。

 次に、命令と服従について考えさせられる現象があります。
 これは谷口清超先生が紹介されていたことですが、戦争中、軍の上層部からは半分の燃料した積んで行くな、即ちね生きて帰って来るな。と、言われたのですが、補給関係の人がとにかく往復で帰って来れるだけの燃料を集め搭載してそして、その結果、生きて帰って来れた事実があるのです。
 
 このことを考えますと、その場・その場で最善を尽くすことも必要と思うのです。

投稿: 志村 宗春 | 2010年5月10日 22:12

 最初に、仮名でのコメントについて、私の考えを述べます。

 私は基本的に、ネット上の仮名での発言を重要視しません。理由は、その意見の真剣さに疑問をもつからです。私自身、本名で看板を掲げているのがこのブログですから、発言は基本的に本名でしてください。ただし、いろいろの理由で本名での発言にリスクを感じている人は、私宛に本名を明らかにして、「仮名で願います」とのご要望を添えていただければ、できるだけそれに沿いたいと思います。

 このことは以前にも何回か、本欄で書いていますが、その頃まだ本欄を読んでいなかった方々から、最近、仮名でのコメントをいただいているのだと思います。

 また、今回の私の意図は、白黒をハッキリさせたいというのではありません。大体、ここに出てくる2人の軍人が、実際にどのように考え、どのように行動したかは、細部においては私たちの知るところではないのです。本に書かれたことは、すべてをここに開示しているのでもなく、本に書かれたことすべてが事実をそのまま表しているかどうかは、不明なのです。また、生長の家を知っているからと言って、誰もが同じように考え、同じように行動するというものでもありません。

 このお二人の話の中から、私たちの生き方に参考になる“教え”を引き出せればそれでいいと思います。

投稿: 谷口 | 2010年5月10日 22:47

 意味の通らない文章を書いてしまいすみません。はじめ共感と書いていたのですが、先生のご文章の末尾に対応させようと思い、与すると書き直して、失敗に気がつきませんでした。
 読んだ方に(フムフム)とか(ナルホド)と感じていただけるような文章が書ければ楽しいなと思い、時折書き込ませていただくのですが、またズッコケました。
が、毎回いろいろと考えたり、何度も先生の本文を読みなおしたりと、大変勉強になり、自分としては得るものがあります。

投稿: 片山 一洋 | 2010年5月12日 21:18

合掌、ありがとうございます。
戦争のことは、全く想像がつかないのですが、
「南禅猫を斬る」の話は勉強致しました。
そして、今回のこのブログでこれから先、どのような考えで、行動すればよいかのヒントを頂きました。
つまり「そうだ。余計なことを思い悩む必要はない。ただ自分は、形や現象に捉われることなく、自分自身の使命を果たせばよい」と思ったというところに、大変感銘を受けました。ありがとうございます。

投稿: 松本康代 | 2010年5月16日 02:57

>「形に捉われるな、仏性というものは形のいかんにあるのではない。形の猫を斬ってしまったら、そこに仏性があらわれるのだ」ということを猫を斬る行為で示されたのであります。(第18巻、p.58)<

例え公案にしても、そんなことで斬り殺されたら猫もたまったものではありませんね。それに猫に仏性があるかは猫自身に訊けと言いたいです。ニャムと言うだけでしょうが。

それに猫に仏性があるかについて修行僧(雲水)は論争していたとか書いてありますが、そうではなくて、ただ単に猫を取り合っていただけだという素直な解釈をする人もいます。半々でしょうか。三島由紀夫は後者のようですが。

私はどう考えても《猫児を争う》を《猫児の仏性を争う》と解釈し現代語訳を当てることに少々無理があるように思えます。もしそうなら、《狗子(子犬)》も《狗(犬)の仏性》ということになり、無門関第一則「狗子に還って仏性有りや無しや」(犬にも仏性があるでしょうか?)は「犬の仏性にも仏性があるでしょうか?」と可笑しな事になってしまいます。

また『正法眼蔵随聞記』(水野弥穂子訳)で道元は「猫を取り合ったのは一体誰だ。猫を救おうというのは誰だ」と言ったと書いてあります。その他にも山崎正一(全訳註)「猫を奪い合って争っているのは一体誰だ」、池田魯参(著)「猫を取り合っていたのは誰だ」と三者三様微妙に違いこそすれ、大体同じ内容になっています。つまり道元は《雲水たちは猫を取り合っていた》との認識のもとに語っているということになります。3人ともというか3冊ともということは、これが一般的な現代語訳ということでしょうね。

思うに、唯の「猫」に「猫の仏性」と現代語訳を入れるのは何か変なバイアスがかかっているような気がしますね。ネットに「猫を取り合うなんて中学生じゃあるまいし」とか書いてありましたが(たぶんその筋の方だと思いますが)、なにもペットにしようだなんて当時の雲水たちは考えていなかったと思いますよ。単に鼠対策にということだと思います。当時(唐の時代)猫は経典や食物を鼠から守る貴重な存在であったと推察されますので。

投稿: 飯岡微路 | 2016年4月23日 23:32

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