« 「南泉斬猫」で4万人救う | トップページ | 口蹄疫は何を教える »

2010年5月10日

テロリストは特殊か?

 ニューヨークのタイムズスクエアで起きたテロ未遂事件の容疑者、ファイサル・シャザード(Faisal Shahzad、30)は、イスラーム原理主義組織、タリバーンによる指示と資金提供によって事件を起こした--アメリカのホルダー司法長官は9日、これまでに得た証拠にもとづき、そういう結論を公表した。タリバーンは事件直後に犯行声明を出していたから、驚くべき結論ではない。しかし、米当局はタリバーンの実行能力に疑問を呈していたという。10日付の『朝日新聞』などが伝えている。これによって、アメリカなどがアフガニスタンのタリバーン掃討作戦を強めていることに対して、報復的な意味をもった事件であることが分かる。シャザード容疑者自身も、捜査当局の取り調べに対して、タリバーンの関与について積極的に供述しているというから、「我々には報復能力がある」という明確なメッセージを伝えるための事件と考えていい。
 
 このシャザード容疑者の人物像が明らかになりつつあり、これまでのテロリストとの共通点が浮き彫りになってきた。それは、「中産階級の構成員として西洋社会に溶け込みながら、その破壊を目指す人物」というものである。これまでの報道にもとづき、彼の人物像をまとめてみると--
 
 シャザード容疑者は、1979年にパキスタンで生まれ、祖父か父がパキスタン空軍の高官だったという。パキスタンのどの地で生れたかについては、情報が混乱している。パキスタンの役人によると生まれはナウシェラ(Nowshera)という北部地域でアフガニスタン人の難民キャンプのある地という。しかし、大学の入学願書に本人が書いた出身地は、「カラチ」だった。同容疑者の友人によると、シャザード家の人たちは周囲に尊敬されていて、政治的な言動はせず、宗教組織にも所属していなかったらしい。
 
 彼は1999年1月に19歳でアメリカへ渡り、その後の10年のうちに情報科学で学士号、経営学で修士号を取り、大学卒業後はコネチカット州の金融会社に入社した。昨年は滞米11年目であり、仕事もあり、パキスタン系のアメリカ人を妻にもち、2人の子供と郊外の2階建ての家に住んでいた。妻のフマ・ミアン氏(Huma Mian)は、ジーンズをはき、フランス語とウルドゥー語を話す洗練された女性らしい。彼がアメリカ市民権を得たのは、コロラド州生まれのこの女性との結婚による。彼の滞米期間は12年近くに及び、その間、学業を収め、定職につき、自分の家の売り買いをし、接する人々にはテロリストと関係があることなど全く想像させなかったという。2004年にコネチカット州のシェルトン市で彼が不動産を買うのに関与したブローカーは、シャザード容疑者がブッシュ大統領とイラク戦争に反対していたのは知っていたが、その頃は、他の多くのアメリカ人もそういう意見をもっていたから、気にかけなかったという。
 
 彼が変わったのは、恐らく昨年6月からの8カ月に及ぶパキスタン滞在以降と思われる。シャザード容疑者は昨年、パキスタン政府の力が及ばないワジリスタンという部族支配地域で爆発物の製造と取扱いについて訓練を受けたと考えられている。パキスタン側の情報では、同容疑者は一時、パキスタンが肩入れしていたラシュカレタイバという反インド過激派やアルカイーダとのつながりもあったという。問題は、アメリカで教育を受け、すでに仕事も家族ももった青年が、なぜパキスタンへ帰ってテロリストの訓練を受けたかということだが、これについては、本人が金融危機の影響を受けて借金を抱えていたこと以外は、まだよく分かっていない。
 
 が、西洋社会をよく知り、中産階級以上の地位をもった若者がイスラーム過激派に転向して暴力事件に関与するというパターン自体は、決して“珍しい”とは言えない。今年1月9日付の本欄で扱ったナイジェリア人、ウマル・ファルーク・アブドゥルムタラブ氏(Umar Farouk Abdulmutallab)は、裕福な銀行家の息子として、西アフリカの英国系一流学校で学び、卒業後はロンドンの一流大学で機械工学を専攻した。また、歴史にも興味をもち、ヒップホップ音楽やビデオが好きで、友だちとはバスケットボールをしたという。あの9・11事件に関係したテロリストの中にも、似たようなパターンが見られる。首謀者のオサマ・ビンラーデン自身が豊かな家庭で育ち、テロリストになる前は国際ビジネスマンであり、その兄弟は今も西洋社会で生きている。アルカイーダの2番目の実力者とされるアイマン・アルザワヒリ(Ayman al-Zawahiri)は、エジプトの名家出身の外科医だった。彼の父親はカイロにある大学の薬学部教授であり、母親も同様に名家の人だ。彼女の父はカイロ大学学長で、キング・サウド大学の創立者でもあり、エジプト大使としてパキンスタン、イエメン、サウジアラビアに駐在していたこともある。
 
 このように見てくると、“テロリスト”という何か別の人種を想定し、それに対して戦いを挑むという考え方が、問題の解決に結びつかないことが分かると思うのである。
 
 谷口 雅宣
 

|

« 「南泉斬猫」で4万人救う | トップページ | 口蹄疫は何を教える »

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)


コメントは記事投稿者が公開するまで表示されません。



« 「南泉斬猫」で4万人救う | トップページ | 口蹄疫は何を教える »