自然は多様性を求めている
口蹄疫への対策が全国に広がってきた。宮崎県外への感染を予想して、貴重な“種ウシ”を離島に避難させたり、山間部へ離散させるケースが出てきている。今朝の『朝日新聞』によると、鹿児島県は24日、種ウシ6頭を鹿児島県から南方約380キロにある喜界島へフェリーで避難させた。さらにこれとは別に、種ウシ6頭と「かごしま黒豚」の種ブタ150頭も、種子島などへ避難させる予定という。また、同日付の『日本経済新聞』は、「但馬牛」のブランドをもつ兵庫県では、加西市にある県立農林水産技術総合センターで飼っている種ウシ33頭を、約70キロ離れた朝来市の山間部の施設に移動することを検討しているという。また、大分県では、竹田市の県畜産研究部で飼育している種ウシなど36頭を、県内の数カ所に分散させる方針という。
こういうことを考えると、近年、口蹄疫などの家畜の感染症が深刻な被害をもたらすようになった原因の1つに思いいたるのである。それは、生産効率化のために、多数の家畜を狭い領域で飼育する方法が一般化しているということだ。家畜はもともと“自然”に育つものではないが、それでも“自然”に近い飼い方をするほうが伝染病の被害が少ないのである。これと同じことは、養殖魚や作物についても言えるだろう。私はかつて、山梨県の養魚場に行ったことがあるが、そこではヤマメとニジマスを大きさ別に、いくつかの養殖池で飼育していたが、それらの池はほぼ満杯状態だった。魚たちが泳ぎ回るスペースがあまりないほど、込み入っていたのである。そのためか、性格が獰猛なニジマスは互いに喧嘩をして、鼻先が欠けているものもいた。また、こういう環境ではストレスによる病気も発生するだろうから、薬品を使ったり、成長を促進するためのホルモンの添加もあるのではないかと思う。
作物については、読者もよくご存じの通りだ。単位面積当たりの収量を増やし、かつ作業を効率化することが、まるで“至上命令”のように行われてきた。そのためには、作物の1株と1株の間に生じる別種の植物は“雑草”と呼ばれて駆除されるのである。これは、家畜の同種だけを狭い空間に集めて育てるのと、同じ考え方に立っている。この考え方を徹底したのが、遺伝子組み換え作物だろう。人間にとって有用な植物の遺伝子を操作して、除草剤への耐性を組み込み、その他の植物を“敵”に見立て、除草剤の大量散布によって死滅させてしまおうというのである。自然界は生物多様性を本質的な特徴とする。しかし人間は、単一種の生物を大量に高密度で栽培・飼育することで、より多くの利益を得ようとしているのである。言い直すと、自然の中では決して出現しない状態をむりやり作り出すことで、人間は自然からより多く奪おうとしているのである。今回の口蹄疫の蔓延は、「そんなやり方は長続きしないよ」と、ウシやブタが涙ながらに教えてくれているように思う。
遺伝子組み換え作物をめぐる最近の状況も、同じようなメッセージを伝えているのではないか。イギリスの科学誌『New Scientist』は5月15日号(vol. 206, No.2760)で、除草剤への耐性をもった“雑草”の出現が、南北アメリカ大陸に深刻な影響を及ぼしつつあることを伝えている。それによると、現在、世界全体では1億ヘクタール近くの農地に除草剤耐性をもった遺伝子組み換え作物が栽培されているという。具体的には、アメリカ南東部を初め、ブラジルやアルゼンチンなどの広大な領域で、除草剤耐性をもった遺伝子組み換え種のトウモロコシ、ダイズ、綿花などが栽培され、ほとんど連作の状態にあるという。その除草剤は、グリフォサート(glyphosate)という特定の薬品で、モンサント社の「ラウンドアップ」という商品が有名である。これらの地方では、これを大量に長期にわたって使用し続けたために、“雑草”と呼ばれる植物のうち少なくとも9種が、これに対する耐性を獲得しているという。つまり、除草剤が効かなくなっているのだ。
これに対処するにはどうすればいいか? それは、特定の除草剤に頼るのではなく、除草のための複数の方法を併用するのがいいという。例えばカナダでは、遺伝子組み換え種のナタネが栽培されているが、連作を避けて小麦や大麦と交替で育て、そのつど、それぞれに合った除草剤を使っている。おかげで、グリフォサートに耐性をもった“雑草”はまだ出現していないという。
自然は、ある特定の領域内に生きる生物種の数を減らそうとする人間の試みに対して、「ノー」と言っているように見える。また、そういう方法で利益の増進をはかる人間に対して、除草剤耐性をもつ“雑草”を生み出して抵抗している。しかし、生物種の数を減らさずに多種を残した場合には、除草剤への耐性を“雑草”に与えないのである。読者には、「多様性を壊すな」という声が聞こえてこないだろうか?
谷口 雅宣
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