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2010年5月20日

古い記録 (14)

 休日の今日は朝から雨模様で、私は午後から“古い記録”の整理を始めた。本欄をこの題で書くのは昨年の暮れ以来だが、この整理のおかげで高校時代の面白い写真を見つけた。私の高校時代の様子は、2年前の12月から翌年の1月の本欄に3回にわたって書き、それが現在、単行本『小閑雑感』の「 Part 15」にも収録されている。が、そこに書き漏らしていたことがあった。すでに書いたことは、当時の私が新聞を発行する「出版部」というクラブにいて、高校生が読む紙面に「日本国憲法失効論」などを書く“右翼少年”であり、生長の家の高校生の集まりである生長の家高校生連盟(生高連)にも所属していたことなどだ。書かなかったことは、当時の私が心酔していた作家のことである。
 
 私は、三島由紀夫のファンだった。そして、彼の書いた小説を買い集め、そのほとんどを読んだか、読もうとしていた。何がきっかけで三島ファンになったのかよく憶えていないが、『金閣寺』は、私が読んだ三島作品としては初期のものだったと思う。後期の三島作品では、4部作「豊穣の海」の最初の2作品--『春の雪』と『奔馬』--に感動したのを憶えている。三島作品の何に惹かれたのかと言えば、その典雅な文体と凝った表現だろうか。また、様々な作品に通底している悲劇的なストーリーも好きだった。そしてもう1つ、彼が文学者としての枠を超えて、肉体を鍛えたり、自衛隊に体験入隊したり、政治的な言動をするのを見聞して、「カッコイイ!」と思っていた。「右翼少年としては、さもありなん」と読者も思うだろう。

 私はその頃、文章を書くだけでなく、剣道もやっていた。当初は目黒区の碑文谷警察署の道場に通っていて、後に参議院会館の道場へ移った。なぜ警察道場に通うようになったかの経緯はよく憶えていないが、参議院会館については、当時、生長の家が応援していた玉置和郎議員の世話によるものだ。その碑文谷の警察道場に、三島由紀夫も来ていたのだ。憧れの作家と同じ道場で剣道ができるということは、当時の私にとって大変な魅力だっKendo001m たと思うが、私が実際にそこで三島と居合わせたのは、1回か2回ぐらいだったのではないかと思う。剣道では、対戦するときには気合いをかけるが、三島のそれは他の人と違って、かなり甲高く、喉の奥から絞り出すような音で、最初聞いたときは意外な感じがした。もっと低い、男らしい声を想像していたからだ。もちろん三島は、高校生と試合うことなどなかった。私は遠くから、その気魄のこもった戦いぶりを見ていただけだ。
 
 当時の写真をここに掲げるが、写っている顔ぶれから見て、これは碑文谷道場ではなく参議院会館でのスナップだと思う。私の右手の中指の第一関節は、それを覆う皮膚と骨とが今でもつながっている。これはその当時、防具の上から竹刀で叩かれ続けたおかげでタコができているのである。また、激しいスポーツをすると血尿が出ると言われるが、私はこの剣道の練習で初めて血尿が出て驚いたのを憶えている。
 
 谷口 雅宣 

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コメント

合掌有難うございます。

総裁先生の若かりし頃の凛々しい写真を拝見して、家内と「かっこいいな~」と感嘆いたしました。

三島由紀夫さんのことが書かれているのを読ませていただいて、懐かしくその頃のことを思い出しました。

その当時、私も居合をやろうと思いやり始めましたが一年しか続きませんでした。

その時指導して下さった先生が滝沢先生と言う人で、その当時八段でありました。

その先生が、三島さんのことを総裁先生がおっしゃる通りのことを言っておられたのを思い出しました。

「三島由紀夫さんは、あまり器用な人じゃーなかった。しかし、内から出てくる気迫は並みの人ではなかった」
と言うような言葉だったと記憶いたしております。

懐かしい、素晴らしい写真を公開していただき、総裁先生の知られざる一面を見させていただき感謝感激であります。

また、懐かしいお写真を提供して下さることを期待いたしております。  再拝

投稿: 豊田建彦 | 2010年5月21日 18:28

谷口雅宣先生

 今回は本当にびっくり致しました。先生が骨と皮がくっつく位のタコが出来たり、血尿が出る程、剣道の修行をされていたとは。

 先生はいつか中学か何かで卓球部に入ったら下級生にも勝てなかったからもう卓球はやめたと言うような事をどこかで書かれてましたよね。だから、スポーツとか武道には余り、縁が無いのかと勝手に思っておりました。

 それから先生が三島由紀夫に憧れていらしたというお話も初めて聞き、重ねて驚きました。

投稿: 堀 浩二 | 2010年5月24日 10:14

豊田さん、
 コメント、ありがとうございます。
 三島由紀夫も居合いをしていましたから、剣道では竹刀で「打つ」のですが、彼の場合は、切るために「引く」感じで、竹刀を使っていたと聞いたことがあります。

堀さん、
 卓球の話、よく憶えていますね。確かにそんな感じだったです。剣道はしかし、大学までですから長続きはしなかったのです。「修行」などというシロモノではありません。

投稿: 谷口 | 2010年5月24日 15:20

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