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2010年4月 9日

アメリカの核戦略が変わった

 このほど米ロ間で調印されたSTART1(第一次戦略兵器削減条約)に続く新しい戦略核削減条約について、さまざまな論評がされている。「米ロの戦略核戦力を史上最低水準まで減らす」として「“核のない世界”実現に向けた一歩」(4月9日『日経』)という肯定的な評価がある一方で、核弾頭の数え方が変わったことに注目して「新条約で戦略核が大幅に減るわけではない」(同日『朝日』)という冷めた評価がある。また、『産経新聞』は「交渉は一時、決裂寸前まで陥った」と書いて、今回の調印が米ロ双方のギリギリの妥協の産物であったことを強調している。これらいずれの評価も、それぞれに正しいと思う。要は、どの側面を見て全体を評価するかということだろう。また、今回の調印に先立つ6日、オバマ政権が発表した「核戦略体制の見直し」(NPR)という文書の重要性も各紙は指摘している。この文書の作成には、オバマ大統領自身も大きく関与していると言われているから、米大統領のリーダーシップが条約交渉全般を動かしていると思われる。
 
 そのオバマ氏は、NPR発表の前日に『ニューヨークタイムズ』の取材を受け、そのときの発言が同紙の2人の記者による記事として7日付の『ヘラルド朝日』紙に載っている。それによると、オバマ氏は、アメリカの核戦略においては、自ら核を使う場合の条件を「相当程度」(substantially)限定する変更を加えたという。それは、核兵器を“時代遅れ”にするためだという。その方向へ自ら歩き出すために、当初のゲーツ国防長官の意向に反して、今回のNPRでは新しい核兵器の開発を放棄するとしている。(この点に、日本の新聞はあまり触れていない。)この宣言は、これまでの共和党政権の核戦略からの決別である。大統領の認識では、冷戦後の今の最大の脅威は、ロシアや中国のような核大国ではなく、北朝鮮やイランなどの“無法国家”とテロリストである。このような“敵”を増やさないために、今回初めて、アメリカはNPT条約を遵守する国に対しては、たとい生物・化学兵器による攻撃や大規模なサイバー攻撃があったとしても「核によって報復しない」と言っているようだ。
 
 では、そのような攻撃があった場合、アメリカがどう対応するかと聞かれると、大統領はそういう攻撃には「一連の段階的な選択」によって新旧の通常兵器で対応するという。ただし、例外的な対応も残しておくことを忘れていない。それは、生物兵器の開発が進み、広範囲にわたって大きな被害が予測される場合には、核による報復攻撃も否定しないというものである。しかし、今回のNPRで基本方針として明確にされたことは、アメリカは自国の核兵器の役割を「アメリカとその同盟国に対する核攻撃の抑止」に限定するという点だ。これはブッシュ時代とは異なる。ブッシュ氏は、9・11の同時多発テロ勃発の3カ月後の2002年の初めに方針を打ち出し、そこでは核によって抑止する対象について、禁止された生物・化学兵器、大規模な通常兵力による攻撃を含めた「広範囲の脅威」と規定した。つまり、アメリカがこれらの手段で攻撃を受けた際は、核兵器で報復すると言明していたのだ。今回のNPRでは、この3つの手段による攻撃に対しては、一部の例外を除いては通常兵器で対応すると言ったことになる。
 
 これに伴い、アメリカの核抑止の主な対象は、非核国への核拡散と核兵器・核物質のテロリストへの提供に移ったと言えるだろう。ここに至るまで、オバマ政権の内部での合意に長時間を要したようだ。上記の記事によると、ホワイトハウスの国家安全保障会議は30回開かれ、それを含めて全体で150回もの会合がもたれたという。このため、今回のNPRの発表は通常より数カ月遅れたということだ。

 このように見てくると、日米安保条約の存続を前提とした日本外交を考えると、2つのことが言えるだろう。1つは、生物・化学兵器を含めた非核兵器による日本への攻撃に対しては、アメリカの核は今後、抑止力をもたない可能性があるということだ。ただしこれは、今の北朝鮮には適用されない。なぜなら、同国はNPT体制から離脱しているからだ。もう1つは、北朝鮮の核兵器開発問題では、それを防止し、核兵器・核物質のテロリスト等への移転を防ぐためには、日本はこれまで以上の協力を求められる可能性が大きいということだ。つまり、「より対等なパートナー」として、安全保障上の応分の貢献が求められるだろう。だから鳩山政権には、現在の日米間の行き違いを早く解消し、日米の相互信頼を深め、東アジアの安全保障における日本の新たな役割を打ち出す努力をもっと真剣にしてほしい。
 
 谷口 雅宣

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