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2010年4月26日

生長の家総本山が「炭素ゼロ」達成!

 3月末で終了した平成21年度に、生長の家総本山が初めて「炭素ゼロ」を実現した。もっと正確に言うと、CO2排出量は「-40万kg」だから、CO2を「削減した」のである。谷口輝子聖姉二十二年祭のために長崎県西海市の生長の家総本山を訪れたとき、同本山の楠本行孝総務が教えてくださった。

 実は、昨年7月6日の本欄にも、同本山が炭素ゼロを「平成20年度に達成した」と書いた。だが、その年度の終りの3月にあった私の総裁襲任関連の行事のために、この年度は目標達成にいたらなかったことが、後から判明した。しかし、今回は本当に実現したというのだ。この行程には大勢の関係者の努力があったに違いない。ありがたいと共に喜ばしいことと思う。大きな要因は、同本山で行われる団体参拝練成会の参加者の大半が、“炭素ゼロ旅行”を採用してくださったためだという。

 同本山からの報告によると、平成21年度の総本山事業所からのCO2排出量は「539,866kg」。前年度の排出量(590,601kg)と比較して、8.6%(50,735kg)減った。また、団参などの移動によるCO2排出量は「234,114kg」で、前年度(769,869kg)より7割(69.6%、Souhoncn90 535,755kg)も減った。削減分のほとんどは“炭素ゼロ旅行”の採用によるもので、前年度より13教区多い46教区が採用した。これにより、事業所排出分と移動時排出分を加えた総排出量は「773,980kg」となったため、同本山の豊かな森林によって吸収される分(1,178,528kg)より大幅に少なくなり、排出総量は「-404,548kg」となった。つまり、CO2を「40万kg」吸収し、地球温暖化抑制に実質的な貢献をしたことになる。

 同本山のCO2削減の過程は、ここに掲げたグラフを見ればよくわかる。平成18年度には、事業所からの排出量と団参など人の移動による排出量の合計は「190万kg」だったが、19年度にはそこから18.4%削減して「155万kg」とし、20年度にはさらに12.3%減らして「136万kg」となり、そして21年度には、実に43.1%も削減して「約77万kg」を達成した。3年間で6割近くも削減したことになる。1つの事業所で、短期間にこれだけのCO2削減を果たせた所は、一般企業や団体の中でも珍しいのではないか、と私は想像する。今後さらに削減するための“打つ手”がなくならないかと、心配なほどである。

 谷口 雅宣

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2010年4月24日

自然界に“声なき声”を聴く

 今日は午前10時から、長崎県西海市の生長の家総本山の谷口家奥津城で谷口輝子聖姉二十二年祭が執り行われた。前日の長崎県地方は小雨もぱらつく寒い日だったそうだが、今朝は晴天となり、ツツジやコデマリなどで彩られた本山の山々にはウグイスが鳴き交い、さわやかな日だった。ただ、時おり吹く冷たい風に流された雲が上空を覆うと、4月とは思えない寒さが感じられた。私は御祭の最後に概略、次のような挨拶をした:

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 皆さま、本日は谷口輝子聖姉の二十二年祭に大勢お集まりくださいまして、ありがとうございます。
 
 生長の家では今、「日時計主義」の生き方を進めていることは皆さんもご承知と思います。これは、人生の光明面を見て、それを記録し、人々と共有することで、生長の家の光明思想を拡げていく生き方です。この「光明面」には、私たちと自然との触れ合いも含まれます。ですから、この生長の家総本山において行われる団体参拝練成会などでも、本山の豊かな自然と触れ合った感動を、絵手紙や俳句などに表現して、参加者が一緒に味わうような時間ももたれていると思います。私たち現代人は、生活の中でこのような「自然と触れ合う」機会が年ごとに少なくなってきているのは、残念なことと言わねばなりません。なぜなら、自然界は、私たちがこの世界に生まれて、“神の子”の実相を表現していくための“原点”と言えるものだからです。言い換えれば、私たち人間は、自然なくしては心身ともに正常には生きていけないのです。ところが人間は、その自然を自分たちの都合に合わせて改変することが“進歩”であり“経済発展”であると誤解して生きてきたために、今日の地球温暖化や気候変動をもたらしていると言えます。

 自然は、私たちにいろいろなことを教えてくれます。今日は谷口輝子先生を偲びながら、「自然からどう学ぶか」ということをお話ししたいと思うのです。
 
 自然界のことを思えば、ごく最近も、北欧のアイスランドにある火山が爆発をしました。これによって噴煙が上空高くに上り、風に乗ってヨーロッパ上空に停滞したために、ヨーロッパの空港が長期間にわたって閉鎖されました。4月15日から約6日間の閉鎖で「9万5千便」が欠航したと言われています。これは、2001年の9・11同時多発テロ事件を上回る経済的損失をもたらしたと考えられます。というのは、9・11事件では、アメリカは自国上空の商用飛行を禁じましたが、それは3日間だけでした。ヨーロッパでは、火山の爆発1つで、6日間の飛行禁止となりました。これにより、アメリカとヨーロッパ間の航空便も止まりましたから、アメリカの旅行業協会の試算では、アメリカ経済には6億5千万ドル(約605億円)の損失が出たとされています。マレーシアにあるアジア・パシフィック航空協会によると、東南アジアとヨーロッパ間の主要航空会社の航空収入は、1日当たり4千万ドル(約37億円)といいますから、6日間では2億4千万ドル(約223億円)の損失となります。

 これは、世界の一部の航空に関する損失だけを金銭に置き換えただけですが、このほか、航空以外の経済活動の世界的停滞や、旅行者が空港に足止めされるなど、金銭に置き換えられない精神的損害を加えると、火山の爆発1つで、現代文明がどれだけ大きな影響を被るかが想像できると思います。火山だけでなく、最近は、ハイチやチリ、中国内陸部などで大地震が続いて起こっていて、大きな被害を出しています。
 
 ところで、このような火山の爆発や地震の勃発も、自然界の活動の一部でありますから、あえて言えば“自然な出来事”なのであります。ですから、「自然と触れ合う」といっても、私たちはこういう自然には触れたくない。では、自然には“善い自然”と“悪い自然”があるのでしょうか? 私はそうは思いません。同じ自然の活動であっても、人間がそれぞれの立場から見て、“悪い”とか“善い”などと勝手に判断するのです。そういう各人の“我の心”を通して自然を見ても、そこからは正しい教えは聴き取れないと私は思います。

 そのことを、谷口輝子先生が、ご本の中で説かれているところがあります。谷口輝子先生はご生前に何冊も本を書かれましたが、その中に昭和57(1982)年3月7日(87歳)に発行された『こころの安らぎ』という本があります。その最初の文章は「万象真理を語る」と題されています。昭和44年11月に書かれたご文章であります。この文章は初め、宇治別格本山の智泉荘の庭に生えている北山杉のことが出てきます。この杉の真っ直ぐに伸びた姿が美しいので、いつまでも眺めていたいと書かれたその後に、先生はこう書かれています--
 
「北山杉の材質はヒノキより強く弾力があるし、上下の太さに大差がないので、垂木(たるき)や床柱に珍重されている。材木屋さんが時々やって来て、智泉荘の北山杉を売ってくれと言うそうだが、なかなか売ることは許されない。6~7百本の北山杉は伸びるままにしてあるので、その林間の地上には、浅みどり濃みどりの苔が、青い絨毯を敷きつめたように生えている。余りの美しさに誘われて、道路ならぬ苔の上を踏む不心得の人もある。
 何ごとによらずインスタントばやりのこの節では、化学肥料を使って促成に努力するので、50年で成長する性質の杉を25年で成長させ、一生に1回の収入を2回に増やして、所得倍増と喜んだ人もいたそうである。
 京都の新聞によると、今年の3月に、洛北一帯に大雪が降り、北山杉は積雪の重みにたえかねて、将棋倒しに倒れたために、幾十億円の大損害で、一人で3億円の被害を受けた者もあり、再起に苦労しているそうである。
 2月の雪は風が吹くとサラサラと地上に落ちるが、3月の雪は水分をふくみ、樹木にへばりつくので、よほど根まわしがしっかりしていないと将棋倒しになる。
 促成、促成で、背丈ばかり伸びても、大地にしっかり根を張っていないので持ちこたえられないそうである。
 神から与えられた大自然は、神意(みこころ)のままに育ててゆくべきである。神意が、50年で成長をと決められたら、50年かかって、より丈夫に質の良いものに育てるべきである。」(pp.8-10)
 
 京都の山の立派な北山杉の森が、春の大雪のためにたくさん倒れてしまったというのです。これを単に“悪い自然現象”だと考えて無視し、その意味を深く考えないのではいけないというわけです。その原因をきちんと考えれば、それは、人間が短期的利益を得たいがために、自然の秩序に手を加えて、促成栽培をしたことにあったと分かる。そうすれば、自然の秩序の背後にある神意を知ることができる。すると、同じ間違いをしないですむから、自然の教えを正しく聴いたことになるのです。輝子先生は、そのことを「神は“声なき声”をもって、救わんとする人々にささやき給うのである」(p.13)と書いていらっしゃいます。私たちはこれを「観世音菩薩の教え」などと表現することもありますね。
 
 ここに、私たちが自然界と接したり、自然界の出来事を考える際の重要なヒントがあると思います。生長の家の日時計主義は、自然界の美しい面、心地よい面、おいしい面などの、いわゆる“光明面”を見ることはもちろんですが、そうでないいわゆる“暗黒面”と遭遇した際も、その現象の奥にある、神様の“声なき声”“観世音菩薩の教え”を聴くことが大切だということです。そのような“教え”を感得すれば、その契機となった“暗い現象”は、きっと“明るい啓示”に変化します。しかし、そういう“教え”は、誰でも簡単に聴けるわけではない。自分の立場に固執して他を無視していたり、自分の利益だけを考えている人には、きっと“悪”しか見えてこない。輝子先生は、この“教え”を得るためにはどうすればいいかを、簡潔に書いておられます--
 
「心を澄ましていたら神の声が聞えるのである。神の言葉は、天地すべてのものから聞えて来る」。(p.16)

「心を澄ませる」とは、まず第一に神想観をよくすることです。それから、三正行の他の2つの行(聖経・聖典拝読、愛他行)を実行することでしょう。昨今は、自然界の乱れが顕著になってきています。私は、火山の爆発や地震の勃発は人間の活動に原因があると言っているのではありません。それらは、当り前の自然現象です。しかし、最近の異常とも思える気候の変化には、私たち人間の活動が深く関わっていることは世界中の科学者が言っている通りです。正常な営みである地震や火山によって、これだけ被害を受けている人間の文明が、気候変動は無事に過ごせると思うのは、大間違いです。私たちが今、心を澄ませてみれば、そういう“自然の教え”が聞こえてくるのです。簡単に言えば、「人間よ身のほどを知れ」ということです。

 一見、“悪い兆し”と思えるそういう現象を正しく観ることで、私たちは神の“声なき声”を知り、“観世音菩薩の教え”を学ばなければなりません。皆さまにはこれからも、大いに三正行を実践し、日時計主義の心によって人生を光明化し、神意を聴きながら“自然と共に伸びる運動”を展開していただきたいと思います。

 谷口輝子聖姉二十二年祭にあたって、所感を述べさせていただきました。ご清聴ありがとうございました。
 
 谷口 雅宣

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2010年4月20日

洋画家・三岸節子氏のこと

 女性洋画家として唯一の文化功労者である三岸節子氏(1905-1999)の没後10年を記念した「三岸節子展:心の旅路~満開の桜のもとに」の案内をいただいた。主催する朝日新聞社文化事業部の東真理子さんからで、添えられた手紙には、興味あることが書かれていた--

「実は、洋画家、三岸節子さんの展覧会準備でアトリエから日記帳(約30冊、40年分)を発見し、私が中心になって図録制作会社のリーブルから3年分の日記全文を発行しました。日記にたびたび魂について、死について言及し、“みすずさんから白鳩が送られてきた”と書いてあります。“みすずさん”は生長の家の熱心な信者のようで、三岸さんが自らの芸術を求めて63歳から約20年間、フランスで孤独に耐えてがんばっていた精神的な支えになっていたようです」。

 三岸節子は、明治38(1905)年に愛知県一宮市で生まれ、女子美術学校(現在の女子美術大学)を卒業。天才画家と言われた三岸好太郎と19歳で結婚したが、29歳で夫に先立たれ、以後、3人の子を育てながら静物画を中心に絵を描き続けた。日本では売れっ子画家となったが、それに満足せず、「本物の風景画家」になりたいと決意して、63歳から家族を引き連れてフランスに渡ったという。パリではなく、地中海を臨む南仏の町、カーニュだったから日本人も少なく、言葉の壁を初め、口に合う食料品の確保や経済的工面に大変苦労したらしい。そんな様子を、丹念に日記に書きつづっていた。

 このたび、その日記の1969年から3年分が『三岸節子仏蘭西日記:カーニュ編』として単行本化されたというので、東氏の手紙にはそれも同封されていた。その本を読むと、東氏が言うように、生長の家の教えを異国での画業の支えに奮闘する三岸の心の動きが伝わってくるのである。例えば、1969年6月28日の日記には、こうある--

「私は孤独ではない。いつも私のすぐここに神様でいて下されるのであるから、心強く一者ではなく光明と共にあるのである。私は常に二者である。私をフランスへ来るようにして下されたのもこの神であれば、なんで非力な私の力と言えようか、すべて神の恩寵の賜である。
 私に絵を描かせて下されるのも神であれば必ず生きてゆく道が開かれてゆくのも神の恩寵の賜である。
 私はこれから寂しいとか悲しいとかつらいなぞという自己陶酔をやめよう。いかなる場合も感謝と謙虚と柔和な心をいっときも失わぬよう心がけねばならぬ。」(p.67)

 この箇所を読んだ私は、3月21日の本欄でも触れた聖歌『神と供に生くる歌』の2番の歌詞を思い出した--

 「われ一人来て われひとり
  生くと見ゆれど ふたりなり
  その今一人は 神にまします。
  神はいのちの 言葉にて
  肉の宮居を 造り成し
  わが魂を 棲まわせたまう。」
 
 三岸節子展は、4月22日から5月10日まで日本橋高島屋8階ホールで開催される。この後、6月8日から7月4日までは岡山県立美術館で、7月7日から8月1日までは名古屋市の松坂屋美術館で行われる。生長の家の「皆様においでいただきたい」として招待券を何枚もいただいたので、希望者は本部出版・広報部まで連絡されたい。

 谷口 雅宣

【参考文献】
○『三岸節子仏蘭西日記:旅立ち~水の流れの如く』(カーニュ編 1968-1971)(リーヴル刊、2010年)

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2010年4月15日

なぜ“森の中”なのか? (2)

 前回の本欄では、今の生長の家国際本部の建物が老朽化していて建て直しが必須であることを述べ、また、都心で業務を続けていては「環境重視」の考えを生かすことが難しいだろうと書いた。この後者の点について、もう少し説明しよう。

 現在、生長の家では“自然とともに伸びる”運動を推進しているが、読者もご存じのとおり、都心は自然から隔絶している。というよりは、そもそも「都市」というものは、自然からの影響のうち、人間の生活にとって不利なものをできるだけ排除して造った空間である。だから、そこに留まることは「自然と別に伸びる」ことを志向することになる。それでも東京は、名古屋や大阪に比べて「自然が多い」などと言われることがある。確かに、皇居を初め、明治神宮や新宿御苑など、“緑が豊か”といわれる場所は数多くある。が、それらは「自然」というよりは、本質的に「公園」である。公園は都市の一部を形成する施設で、その特徴は、都市と同じく「人間の生活にとって不利なものをできるだけ排除している」ことだ。もっと具体的に言えば、カやブユやハチなどの発生源となってはならず、その他の“害虫”や“害獣”がいれば駆除されるべき場所である。そういう空間を拡げたり、増やしていくことは、「自然とともに伸びる」ことには必ずしもならない。

 自然界には、青い山々、小川のせせらぎ、林を抜ける風、愛らしい鳥類や小動物、美しい昆虫、山菜や果物、季節の花々……など人間が好むものもあるが、それと同時に、毒虫や害虫による被害、雑草の繁茂、シカやイノシシの食害など、人間が好まないものも多くある。気温も、常に20℃前後に保たれたオフィス空間とは大いに違う。都心で仕事を続けることは、そういう自然界の“よい面”も“悪い面”も知らずに生きることであり、したがって「自然とともに伸びる」こととは違う。

 都会で“自然を愛する”生活をするとしても、例えば、私を含めたすべての役員・職員の生活は、従来とまったく変わらないだろう。深夜まで電灯が煌々と灯る都会で、コンビニや地下街やデパートを利用し、夏場は冷房の寒さに震え、冬場は暖房の暑さに汗を流す。エレベーターやエスカレーターを利用し、動く歩道を早足で歩く。ゴミを捨てれば誰かが掃除してくれるし、食べ放題料理、残飯の山、ラッシュの電車、道路の渋滞なども、これまでとまったく同じである。確かに、生長の家はISO14001を取得しているから、都心に位置していても省エネ、省資源の努力を今後も続けるに違いない。が、近くで開発行為があれば、我々の努力で排出を削減したCO2は、新たに出たCO2によってアッという間に補填される。そして東京では、そういうスクラップ・アンド・ビルド(壊して建てる)方式で、新しい施設がどんどん建設されている。

 前回、手紙を下さったMさんは、「陰に徹していい」と言っておられるが、その意味は判然としない。人々や社会の流れの“陰”で、コツコツとCO2削減の努力をしろという意味ならば、多くの生長の家信徒はすでにそれを実行してきたと思う。だから、そういうこれまで通りの生活でいいとお考えなのか。それとも、そういう都会の生活環境の中でも、さらに努力して--それこそ、修行僧のように--自動車を自転車に乗り替えて、エアコンも使わず、暖房も使わず、ネジリ鉢巻きでエスカレーターもエレベーターも利用せず、満員電車の中で聖経を読み、交通渋滞の車内で神想観をする……そういう目立たない活動をしていれば、そのうち世界は理想的になっていくとお考えか。

 私は、Mさんがおっしゃるように、都会生活の中でも、今あるものや状況に感謝し、触れ合う人々にも感謝する生き方に全面的に賛成である。それどころか、そういう生活を実践しようという「日時計主義」の運動を、ここ数年、教団全体で押し進めてきたつもりである。「それで十分だから、目立つことはするな」とMさんはおっしゃるかもしれない。しかし、私たちが“森の中”に行くのは目立つためではない。目立つか目立たないかわからないが、現代生活の中で、自然と調和した生き方を身をもって体験するためであり、また、そのための技術開発に取り組んでいる多くの企業を応援する意味もある。

 Mさんは「魂の向上」を強調され、「魂が向上すれば、おのずと各々の使命自覚し、開花していくものだ」とおっしゃる。私はこの目標にはまったく同感だ。しかし、魂は魂だけで存在しているのではない。魂は、この世界においては「肉体を通して」生活するのである。その肉体を維持するためには、衣・食・住についての具体的な選択を、私たちは毎日毎日下している。その1つ1つの場面で、私たちは「他からできるだけ奪わない」生き方をしたいと思う。が、都会生活はその選択肢をほとんど与えてくれない。また、欲望が渦巻き、それに応える手段が完備しているから、「奪わない生活」はむずかしい。そういう都会がいいのか、それとも不便ではあるが、自然との接点が多い“森の中”がいいのかと考えたとき、私たちは後者を選んだのである。抽象的な“魂の向上”ではなく、具体的な生き方による“魂の向上”を選んだ--こう考えていただければ幸甚である。

 谷口 雅宣

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2010年4月14日

なぜ“森の中”なのか?

 生長の家が国際本部を“森の中”に移転するとして、その予定地を山梨県北杜市に購入したことは、本年1月末に生長の家の公式サイトで発表され、2月1日号の『聖使命』新聞でも報じられた。本欄では、それに先立つ1月20日から4回に分けて、この決定の背景などについて書いた。そして、それらの文章は月刊の機関誌『生長の家』の4~5月号に、多少編集を加えて転載されている。だから、生長の家の信徒の方々は、本欄の読者のようにネット使う人はもちろん、ネットを使わない方々にも、今回の決定に関する情報は届いているに違いない。

 そんな理由もあって最近、私のところに神奈川県の白鳩会員のMさん(46)が、この件で手紙をくださった。私は12月30日の本欄で“森の中のオフィス”構想について「ご支援をお願いする」と書いたのだが、この人は「私は喜んで応援ができない」というのである。該当個所を引用させていただこう--

「私のここが一番聞いてほしい考え、おもいですが、雅宣先生の森のオフィスの計画等ですが、私は喜んで応援ができないことです。私がおもっている生長の家は、より日本的・古風な“もったいない”精神を重んじ、今あるもの、状況に感謝し、大事にし、そこから祈り実現・開花していくところと思っています。共存のため、新しく建築されることより、今ある建物の中から上手に利用しながら、コツコツ(草の根活動のような)と理想実現していくところと思いますが……。文化的、科学的等の事も大切ですが、生長の家の使命は、もっと魂の向上の内なる理想の内面的な部分強化だと思います。魂が向上すれば、おのずと各々の使命自覚し、開花していくものだと思います。もっともっと身近に今あるもの・事・すべてに感謝の念を深めて行じていくことが大事に思います。私は陰に徹していいのではないかと思いますが……」。

 一部わかりにくい表現もあるが、だいたいの意味は理解できる。しかし、Mさんのご意見には1つ大きな誤解があると思うので、最初にそれを解消しよう。それは、今回の国際本部移転について、Mさんが「今ある建物がもったいない」と考えられていることだ。私たちは今回、まだ十分使える建物を放棄して“森”へ行こうとしているのではない。現在の国際本部の建物について、Mさんは今後何年も使用に耐えると考えておられるようだが、事実は大きく異なる。まず「神像」の掲げられた本館の建物は、昭和29年の建設だから、もう築56年だ。これに継ぎ足して建てた新館は同44年、別館は同31年で、いずれもかなり古い。その場合の大きな問題は、これらの建物が現在、国が定めている耐震設計の基準に達していないことだ。基準通りの補強工事をするとなると、断熱材として入っているアスベストの除去などを含めて、相当のコストがかかる。また、機能的面からみても問題がある。それは、3棟は教団の発展とともに次々と建て増しされてきたものだから、“ウナギの寝床”状態で使い勝手がとても悪い。この2つの問題を解消するためには、「建て直し」が最も論理的な結論になる。

 Mさんは、「今ある建物の中から上手に利用しながら、コツコツと理想実現していく」べきとのお考えだが、私としては、耐震性において違法状態の建物の中に200人もの職員を入れて、今後何年も仕事させ続けることは社会的にも道義的にも許されることではないと考える。また、そうすることが生長の家の「理想実現」だとは思わない。

 では、東京・原宿の一等地に、私たちは設備が整った新国際本部を建設するのだろうか? 仮にそうするとしたら、建設中の最低1年間は、どこか別の建物に職員全員と機材、事務用品すべてが移動し、そこを借りて仕事をすることになる。都心のビルを何フロアーも借りる値段は、決して小さくない。そういうコストをかけて建設した新国際本部では、恐らく省エネ、省資源の諸方策が最大限導入されるだろう。が、その設計は「東京」という都市環境の現状に合わせる以外にないのだ。つまり、「自然」や「環境」を最大限考慮した新しい設計思想を導入する余地も、職員が自然と触れ合いながら共存するノウハウを得るチャンスも、ほとんどないと言っていいだろう。
 
 谷口 雅宣
 

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2010年4月13日

『アバター』後のキャメロン監督

 1月7日の本欄でジェームズ・キャメロン監督(James Cameron)の映画『アバター』を取り上げたが、あのCGを駆使した映像美に魅了された私だが、内容的には善悪二元論だから、地球環境問題に対して「新しい洞察を与えてくれるものではない」などと書いた。こんなそっけないコメントをしたのは、キャメロン氏のことを私が誤解していたからだ。つまり私は、同氏が多くのヒット作を生み出したハリウッドの大監督だから、普段はエネルギーを浪費する贅沢な暮しをしていて、今回、地球環境問題を“題材”として商売をしたにすぎないと考えていたのだ。ところが、同氏は『アバター』の台本を書いていたこの15年間で、熱心な環境運動家になったらしい。そして先月、アマゾンの熱帯雨林を初めて訪問し、ますますその信念を強めたという。12日付の『ヘラルド朝日』紙が伝えている。
 
 それによると、同氏の環境意識は、『アバター』の公開までは個人的なレベルに留まっていたという。氏は、サンタ・バーバラの邸宅に太陽光パネルと風力発電による電気を引き、夫婦でハイブリッド車に乗り、自らオーガニック農法で野菜を作るところまではしていた。が、『アバター』の成功が彼の意識を変えたという。映画を観た人々--特に、古来の文化を守ろうとしている世界中の先住民系の人々から、映画を作るだけでなく、環境破壊に反対する行動に参加してほしいと頼まれるようになり、人々の事情を知った同氏も、“文明”側のやり方に怒りを覚えるようになったという。同氏は言う--「先住民の人たちと直接接して、彼らの窮状を知ることで、私の次の作品のテーマが形成されるでしょう。きっとそうなります。アマゾンへ行って、怒りが倍加しました」。
 
 キャメロン氏の“怒り”の対象は、ブラジル政府が建設を計画しているベロモンテ・ダム(Belo Monte Dam)だ。完成の暁には、世界第3位の巨大ダムとなる予定。環境保護団体によると、これができると、アマゾンの支流であるシングー川の、ダムから川上側数百平方マイルが水に浸かり、川下側は100キロにわたって水が干上がるという。そして、この地域に住む先住民たちの生活は破壊されてしまう。そういう問題があるので、このダム建設計画はここ何年もたなざらしになっていた。ところが、ブラジル政府はここへ来て急にこの計画にゴーサインを出し、4月20日には建設のための入札手続きに入るという。キャメロン氏に言わせると、「このダムは、私が『アバター』の中で描いたことの、まさに典型的な例だ。自然を犠牲にして進歩があるという技術文明の見方と、自然の中で生きる先住民族の文化との衝突です」。記事には、キャメロン氏が約70人の先住民とともに、槍をもって踊っている写真が添えられている。
 
  キャメロン氏は、アメリカ国内でも環境運動を進めている。この4月17日には、ニューヨーク市のブルックリン工業高校(Brooklyn Technical High School)に出向き、第1回の“アバター賞”なるものを生徒に授与する予定だ。12日の『ニューヨーク・タイムズ』が伝えている。この賞は、ニューヨーク市などが共催する「エコ戦士競争」という企画の一部で、映画『アバター』から学んだ環境問題のアイディアをどう生かしていくかについて、生徒たちが2~3分間のスピーチを競うもの。一等に選ばれれば、5千ドルの奨学金がもらえるという。同氏は、ここで環境問題と自分たちが取り組んでいる計画についての講演もするらしい。

 キャメロン氏のアマゾン訪問については、音声付のスライドショーが『ニューヨークタイムズ』のサイトに掲載されている。

 谷口 雅宣

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2010年4月12日

再びアイポッドを買う

 生長の家が運営しているSNSサイト「ポスティングジョイ(Postingjoy)」で会った人の中に、米アップル社のアイポッドを使って絵を描いている人がいる。その人の絵を見た当初、私は「アイポッドで絵を描く」という意味がよく分からなかった。というのは、アイポッドとは携帯型音楽プレーヤーだと思っていたからだ。ところがよく調べてみると、最新型の「アイポッド・タッチ(iPod touch)」という機種は、立派なパソコンなのである。つまり、音楽が聴けるだけでなく、ビデオも見れるし電子書籍も読め、ゲームもでき、インターネットも使える。だから、ソフトさえ入手すれば絵を描くことは問題ないらしい。ただし、大きさが昔のものと同サイズで、縦11センチ、横6センチほどしかないから、「超小型のスケッチブック」という感じだ。だから、スケッチ以上のものは期待できないだろうと思った。だが、この“超小型”という点に私は魅力を感じた。どこへでも持って行けるし、絵具も筆も水も不要だからだ。

 アイポッドについては、かつて本欄で2回(2006年12月27日2008年6月16日)ほど書き、その文章が『目覚むる心地』(2009年)という本にも収録されたから、私がそれにあまり好意的でないことを知っている読者もいるだろう。その理由を端的に言えば、「音楽を聴きながら○○をする」という“ながら族”のライフスタイルが、生長の家が提唱している日時計主義と矛盾するからだ。しかし、この携帯型音楽プレーヤーがパソコンに進化してしまったならば、“ながら族”以外の使い途が大きく開かれる。多くの読者がご存じのように、私はスケッチをしたり絵封筒を描くから、こちらの方面で使えるかもしれない。もしそれがダメでも、電子本を読んだりニュース番組の視聴にも使えるだろう--というわけで、先日ついに1台買ってしまった。そして今、新しいオモチャを得た子供のように、試行錯誤しながら試している。

 私のアイポッド購入の理由には、もう1つある。それは、同じアップル社の「アイパッド(iPad)」という製品が今、アメリカで大変なヒットをしているからだ。これは簡単に言えば「キーボードのないパソコン」である。すべての操作を、画面を指で触れることで行う。この新しい操作法が、大変使いやすいと評判なのだ。また、注目されているのは、これで「本が読める」という点だ。私はすでに米アマゾン・ドット・コム社の携帯型電子本リーダー「キンドル(Kindle)」を持っているが、これとアイパッドの普及によって「世界に書籍の“流通革命”が起こる」などと騒がれている。日本でもそれに備えて、大手出版社と取次店が協力して電子書籍の流通・販売のための新制度を作ろうという動きがある。アイポッドは、そのアイパッドの小型版だと思われるから、これを使っておくことでアイパッドの上陸(1カ月後?)の影響評価がある程度できると考えた。“文書伝道”を柱の一つとしてきた生長の家は、この大きな流れを無視することはできないだろう。Img_0001
 
 ところで、この新型アイポッドで絵を描くとどうなるかは、ポスティングジョイの「絵手紙・絵封筒」のコミュニティーの「PC画」のコーナーで逐次、ご披露するつもりである。ここには、“はじめの一歩”で描いたメモを掲げておく。その稚拙さを大いに笑ってもらいたい。しかし、何ごとも一歩から始めねば始まらない、などと唱えつつ……。
 
 谷口 雅宣

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2010年4月 9日

アメリカの核戦略が変わった

 このほど米ロ間で調印されたSTART1(第一次戦略兵器削減条約)に続く新しい戦略核削減条約について、さまざまな論評がされている。「米ロの戦略核戦力を史上最低水準まで減らす」として「“核のない世界”実現に向けた一歩」(4月9日『日経』)という肯定的な評価がある一方で、核弾頭の数え方が変わったことに注目して「新条約で戦略核が大幅に減るわけではない」(同日『朝日』)という冷めた評価がある。また、『産経新聞』は「交渉は一時、決裂寸前まで陥った」と書いて、今回の調印が米ロ双方のギリギリの妥協の産物であったことを強調している。これらいずれの評価も、それぞれに正しいと思う。要は、どの側面を見て全体を評価するかということだろう。また、今回の調印に先立つ6日、オバマ政権が発表した「核戦略体制の見直し」(NPR)という文書の重要性も各紙は指摘している。この文書の作成には、オバマ大統領自身も大きく関与していると言われているから、米大統領のリーダーシップが条約交渉全般を動かしていると思われる。
 
 そのオバマ氏は、NPR発表の前日に『ニューヨークタイムズ』の取材を受け、そのときの発言が同紙の2人の記者による記事として7日付の『ヘラルド朝日』紙に載っている。それによると、オバマ氏は、アメリカの核戦略においては、自ら核を使う場合の条件を「相当程度」(substantially)限定する変更を加えたという。それは、核兵器を“時代遅れ”にするためだという。その方向へ自ら歩き出すために、当初のゲーツ国防長官の意向に反して、今回のNPRでは新しい核兵器の開発を放棄するとしている。(この点に、日本の新聞はあまり触れていない。)この宣言は、これまでの共和党政権の核戦略からの決別である。大統領の認識では、冷戦後の今の最大の脅威は、ロシアや中国のような核大国ではなく、北朝鮮やイランなどの“無法国家”とテロリストである。このような“敵”を増やさないために、今回初めて、アメリカはNPT条約を遵守する国に対しては、たとい生物・化学兵器による攻撃や大規模なサイバー攻撃があったとしても「核によって報復しない」と言っているようだ。
 
 では、そのような攻撃があった場合、アメリカがどう対応するかと聞かれると、大統領はそういう攻撃には「一連の段階的な選択」によって新旧の通常兵器で対応するという。ただし、例外的な対応も残しておくことを忘れていない。それは、生物兵器の開発が進み、広範囲にわたって大きな被害が予測される場合には、核による報復攻撃も否定しないというものである。しかし、今回のNPRで基本方針として明確にされたことは、アメリカは自国の核兵器の役割を「アメリカとその同盟国に対する核攻撃の抑止」に限定するという点だ。これはブッシュ時代とは異なる。ブッシュ氏は、9・11の同時多発テロ勃発の3カ月後の2002年の初めに方針を打ち出し、そこでは核によって抑止する対象について、禁止された生物・化学兵器、大規模な通常兵力による攻撃を含めた「広範囲の脅威」と規定した。つまり、アメリカがこれらの手段で攻撃を受けた際は、核兵器で報復すると言明していたのだ。今回のNPRでは、この3つの手段による攻撃に対しては、一部の例外を除いては通常兵器で対応すると言ったことになる。
 
 これに伴い、アメリカの核抑止の主な対象は、非核国への核拡散と核兵器・核物質のテロリストへの提供に移ったと言えるだろう。ここに至るまで、オバマ政権の内部での合意に長時間を要したようだ。上記の記事によると、ホワイトハウスの国家安全保障会議は30回開かれ、それを含めて全体で150回もの会合がもたれたという。このため、今回のNPRの発表は通常より数カ月遅れたということだ。

 このように見てくると、日米安保条約の存続を前提とした日本外交を考えると、2つのことが言えるだろう。1つは、生物・化学兵器を含めた非核兵器による日本への攻撃に対しては、アメリカの核は今後、抑止力をもたない可能性があるということだ。ただしこれは、今の北朝鮮には適用されない。なぜなら、同国はNPT体制から離脱しているからだ。もう1つは、北朝鮮の核兵器開発問題では、それを防止し、核兵器・核物質のテロリスト等への移転を防ぐためには、日本はこれまで以上の協力を求められる可能性が大きいということだ。つまり、「より対等なパートナー」として、安全保障上の応分の貢献が求められるだろう。だから鳩山政権には、現在の日米間の行き違いを早く解消し、日米の相互信頼を深め、東アジアの安全保障における日本の新たな役割を打ち出す努力をもっと真剣にしてほしい。
 
 谷口 雅宣

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2010年4月 7日

「わかる」ということ (11)

Mind02  4月4日の本欄で、ある母親が、自分の子の友だちである「A君のお母さん」と接するときの“心的イメージ”について触れたのを、思い出してほしい。その人はこの母親にとっては「自分の子供の友だちの母親」だから、その概念に属するすべての人--Bちゃんのママ、D助の母親、Mちゃんのおっかさん etc.……の“代表”でもあり、無意識の中ではもっと広い概念--「すべての人の母親」、ひいては「母なるもの」とも同一視される傾向があると指摘した。そして、このことを図-3のように示した。
 
Mind03  図-3の円錐を横に倒したものを、図-6に描いた。倒れた円錐の左側に「目」があり、そこから円錐に向かって赤い矢印が伸びている。この「目」は、上述した母親の目だと思ってほしい。つまり、この母親が「A君のお母さん」を見たときに感じられる“心的イメージ”は、この角度から、この円錐を見たときの「見え方」に喩えることができると思うのだ。円錐は立体だが、この角度から見ると「何重もの層をなした同心円」という平面に見えるだろう。それを描いたのが図-7の左上にある図形である。これを見ると、この“心的イメージ”は普通の集合論で扱えることが分かる。つまり、「A君のお母さん」は「自分の子の友だちの母親」という集合に含まれ、「自分の子の友だちの母親」という集合は「すべての人の母親」という集合に含まれ、「すべての人の母親」という集合は「すべての動物の母」という集合に含まれる。これはスッキリとした矛盾のない集合だが、すべての“心的イメージ”がこのように整っているわけではない。
 
 マテ=ブランコは、次のようなケースを著書の中で報告している:
 
「或る統合失調症患者が『あなたの助手はとてもお金持ちです』と語った。私は彼女に『どうしてそれがわかるのか』と尋ねた。彼女は『だって彼はとても背が高いでしょう』と答えた」。

Mind04  この患者は「A氏(助手)は背が高い人から、金持ちである」と言っているのだ。その論理は普通の人には理解できない。背が高くても貧乏な人は数多くいるし、背の低い金持ちもたくさんいるからだ。が、患者から見える「A氏」のイメージは、図-7の右下の同心円に似ているのではないか。つまり、「A氏」は「背が高い人」という集合に含まれ、「背が高い人」(身長を多くもつ人)という集合は「何かを多くもつ人」という集合に含まれ、「何かを多くもつ人」という集合は「何かを多くもつ動物」という集合に含まれる。この患者はこう考えたと思われる。その論理は一見、矛盾していない。しかし、どこかに“ボタンのかけ違い”がある。そうでなければ、誰もがこの患者と同じ結論に達しないといけないからだ。もし“ボタンのかけ違い”あるとしたら、それは私たちから見えない、彼の潜在意識のどこか--つまり、同心円の内側から何番目か--にあるに違いない。
 
 谷口 雅宣

【参考文献】
○I・マテ=ブランコ著/岡達治訳『無意識の思考--心的世界の基底と臨床の空間』(新曜社、2004年)

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2010年4月 5日

「わかる」ということ (10)

 前回の本欄までの考察で、私たちは「わかる」ということの複雑な構造を図示することに、ある程度成功したと思う。もちろん図示したのは、意図的に単純化した「わかる」の構造だけであり、「A君のお母さん」を充分にわかる状態を図示しようとすれば、前回描いた円錐の内部に、いくつもの小型の円錐を詰め込んだ図を描くことになるだろう。時間と手間をかければそれをすることも可能だろうが、今は“モデルの構築”の段階だから不要な作業である。今回は、前回までの理解を前提にして、別のこと--複数の人間が同一の対象について「わかる」ということ--を図示しようと思う。

 何のためかと言えば、私たちの人生では、同一のことについて考えていながら、互いの理解がずいぶん異なるという事態に気づくことがしばしばあるからだ。ある特定の人物の評価でもそうだし、出来事の評価も、芸術作品の評価も、特定の政党への評価、さらには特定の国への評価でも、ずいぶん違うと感じることがあり、それが争いの原因になることも珍しくない。私たちは、そういう争いの当事者になっているときには、相手の「わかる」を理解しようとするよりも、自分の「わかる」を相手に押しつけることで、自分の正当性を主張できると思いがちだ。しかし、これでは相手を「言い負かす」ことはできても、「説得し」「納得させ」協力を得ることはできない。また、「真理がわかる」という場合も同様で、同じ「神」という言葉を使って信仰している2人が、その内容に大変な違いがあることもある。信仰の内容とは、「神とは何か」という理解--神をわかること--から直接的に引き出されてくるものだから、この違いが理解されない限り、異なる宗教の共存や協力はなかなか難しいと思われる。
 
 このような「わかる」の違いは、完全に解消することは難しいかもしれない。しかし、やってみる価値は十分あると思う。その場合に必要なのは、自分の「わかる」の構造が明らかであることはもちろん、相手の「わかる」の構造を理解し、相互の共通点をしっかり確認することだろう。そうすれば、「相手を理解するが、すべてには同意しない」という理性的な態度が相互に生まれるだろう。ここから、本当の意味で、相互理解が深まっていくのだと思う。
 
3minds01  さて、前置きが長くなったが、複数の人間が同一の対象について「わかる」状態は、部分的に重なり合った複数の円錐形の図(図-4)として描けるのではないか。本シリーズの初回第2回目で、私たちは「ピンクのバラの花がわかる」という心の状態について詳しく検討した。その過程で、3人の架空の人物に登場してもらい、それぞれの立場からの「ピンクのバラの花のわかり方」を想像した。この3人とは、A.その特定のバラを実際に花屋へ買いに行った人、B.バラ栽培農家の人、C.バラの花の絵が得意な女性画家--だった。そして、私たちが得た結論は、次のようなものだった。
 
「A、B、Cの三者は、それぞれの仕方でこのバラの花を理解していて、その理解の程度はそれぞれに“深い”。しかし、その深さの程度を互いに比べることはできないか、できたとしてもあまり意味がない。なぜなら、三者の理解は三様であり、質的に違うからだ。(中略)三者の理解には、もちろん共通部分もある。が、それぞれに独特の部分もあり、それらは比較できない。結局のところ、三者は、それぞれ自分の生活や仕事に“引きつけて”バラの花を理解するのである。言い換えれば、自分の立場を“通して”バラを理解する」。

3minds04  図-5では、横位置に置かれた水色の平面が意識と無意識の境界である。この境界から上は、A、B、Cの3人が覚めた意識で「わかる」ピンクのバラの花を表している。この3つの黄色の円錐は、AとBは離れているが、BとCは一部が重なっている。ということは、バラ栽培農家の人と、女性画家の理解に共通部分があるということだ。図-5の下半分は、無意識での3人の理解を示しているが、円錐の底辺部を見ると、A、B、Cのそれぞれが相互に重なり合っていることが分かる。3つの円錐すべてが共通している部分は黒くなっている。これは、意識下の理解と無意識下の理解では共通部分の割合が違い、前者よりも後者の方が共通する割合が大きいことを示している。つまり、意識的には理解が異なる3人でも、無意識の中では部分的な共通理解が存在する場合があるということだ。このことは、紛争解決のためには重要なことと思われる。
 
 谷口 雅宣

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2010年4月 4日

「わかる」ということ (9)

 ここで、本シリーズ中の私たちの理解をまとめてみよう。まず、「わかる」ということは一見、簡単なことのように思われるが、詳しく調べてみると、大変複雑な心的過程であることが明らかになった。その過程では、まず基本的には、私たちの意識は世界から2つの概念(集合)を切り出して、それらの関係性を組み立てることから始める。この際、ほとんどの場合は、非対称性の原理にしたがって、2つの概念の間の「違い」が意識されるのである。そこにはまた、単なる感覚的な体験ではなく、理性的(意識的)な判断が関与している。が、そのような意識の活動と並行して、無意識のレベルでは対称性の原理が働いていて、意識が切り分けた2つの概念間の「違い」を解消させる方向に力が動いている。この意識と無意識の関係は互いに「相補的」であり、意識が物事を細分化し、自我を孤立化していく方向に働くのに対し、無意識は物事に共通性を見出し、それらを統合する働きをしている。そして、人間の理性は、これら2つの動きを把握し、全体をより高次の統合へと進める力をもっている--そういうことだった。

Mind00  今回は、このような心的過程を図示してみようと思う。意識と無意識の図は、生長の家講習会などで何回も使っているので、読者にも馴染みがあると思う。例の「海中に浮かんだ氷山を横から見た図」を思い出してほしい。ここに掲げた図-1は、その“氷山”を簡略化して三角形として表現している。また、意識と無意識の比率については、1人の人間の心の領域を「10」とすると、意識の大きさは「1」、無意識の大きさは「9」などと言われることがある。が、この数字は数学的な厳密さを表しているのではなく、「大体の感じ」だと理解しておいた方がいい。意識や無意識のボリュームを測定する方法などなく、したがって両者の比率など測定できないからだ。また心は、その中に立体的な概念や記憶も含むと考えられるから、それ自身が“立体”だと考えた方が合理的だ。だから、2次元の平面で描いた図-1よりも、これを3次元化した図-2の方が適当だと思う。「三角形」だった心を、「円錐」に変えている。

Mind01  さて、ここから少し“頭の体操”を要するかもしれない。私たちが何か特定のものと出会った時、心はどのようなことを思い浮かべているかを考えるのである。例えば、読者(女性)が街を歩いているときに、自分の子供の友だちである「A君」のお母さんに出会ったとする。そこで、「まあ、こんな所で偶然ですねぇ~」などという言葉が交わされて、立ち話が始まるとする。この時、話をしている相手のことを、私たちの心はどうイメージしているかを想像してほしい。この「A君のお母さん」は、自分の子供の友だちの母親だから、「自分の子供の母親=自分」と近い関係にある。が、意識は、両者が別人であることを知っている。しかし無意識は、対称化の原理にしたがうから、相手を自分と同一視する傾向にある。だから、相手に対して「親しみ」が湧いてくる。
 
 この「A君のお母さん」がもつイメージは、それだけのものではない。この人は「自分の子供の友だちの母親」だから、その概念に属するすべての人--Bちゃんのママ、D助の母親、Mちゃんのおっかさん etc.……の“代表”でもある。この「代表」の意味は、A君のお母Mind02 さんが自分の子供のすべての友だちの母親の「特徴を典型的に表している」という意味ではなく、この人を契機として、他のすべての友だちの母親が「概念的に連結している」という意味である。意識はそのくらいまでは把握しているだろう。が、無意識は、対称化の原理にしたがうから、もっと広い概念へと近づけ、相手を「すべての人の母親」と同一視する動きを示し、さらには、より大きな概念である「母なるもの」との同一化にも向かうと考えられる。このことを示したのが、図-3である。

 このようにして、私たちはこの世界の特定のものを「わかる」と感じているときには、それを単一な概念として把握しているのではなく、意識と無意識とを動員して概念の「重層的構造」をつくり、それを把握していると考えられるのである。それをここでの例を使って言えば、私たちが「A君のお母さん」を意識するとき、私たちは同時に「自分の子供の友だちの母親」のことを思い起こしており、無意識のレベルでは、さらに「すべての人の母親」や「母なるもの」という概念も含めて、「A君のお母さん」の属性として感じているのだ。それだけではない、今回の図式化では簡便を期するため、ある特定の人を「A君のお母さん」として一面的にしか考えなかった。が、これが実在の人物だと仮定すれば、当然のことながら、この人には別の側面--「○○氏の妻」とか「□□家の嫁」とか「△△夫妻の娘」など--もある。だから、その人物のことを知れば知るほど、彼女をめぐる概念の構造は複雑になっていく。つまり、「A君のお母さんがわかる」と言う場合は、この複雑化の程度にしたがって「わかる」度合いが強まると考えられるのである。

 谷口 雅宣

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2010年4月 3日

「わかる」ということ (8)

 自分が見た夢のメッセージを「わかる」とは、どういうことなのだろう? 前回の本欄で書いたことをもとにすれば、それは「夢を見た本人の理性(意識)が、無意識によって暗号化されたメッセージを解読すること」だった。何かすごく複雑な過程であるように聞こえるが、実際は、被分析者が分析者の前で自分の見た夢を語るのに対し、分析者がいくつか質問をして、それに被分析者が答えるという、単純な過程を繰り返すことになる。もっと具体的に言おう。ある被分析者が「A」という人物の夢を見たとする。すると、分析者は「Aさんについて、何か思いつくことがありますか?」と質問する。被分析者は、「それは昔の友人ですが、年をとっていない」などと答える。
 
 ここから先が、フロイト派の夢分析とユング派のそれとは違ってくるという。河合氏は日本におけるユング派の第一人者だから、ここではユング派の方式を扱うことにする。ユング派では、「夢の内容拡充法」で夢分析を行うという。これは、フロイト派の「自由連想法」とは異なり、被分析者が夢の内容としっかり対面するための方法である。だから、上に書いた「Aさんの夢」の場合は、被分析者が見たその夢の内容を、もっと詳しく思い出させることが目的となる。すると、次の質問は、「Aさんについて、もっとほかに思いつくことはありませんか?」という形になる。つまり、あくまでもAを中心にして、Aについて多くの連想を得ることが目的になる。これに対して自由連想法では、「“昔の友人”ということで、何か思いつくことはありませんか?」とか「“年をとらない”ということで、何か思いつくことはありませんか?」というように、「A → B → C」の形で質問の対象が移っていくという。
 
 このようにして、1つの夢の意味が明らかになるのだろうか? 河合氏は、必ずしもそうならないという。夢は多くの場合、多様な解釈ができる。したがって、夢分析の目的は、分析者が夢を理解することではなく、被分析者が無意識の内容を意識的に経験することであり、分析者はそれを補助するだけだという。そのことを河合氏自身の言葉で語ってもらおう--
 
「夢の解釈においても、それに現れたものは、単一な意味をもつとは限らず、多様な意味をもっている。このために、われわれは、夢をある一つの面から説明し、解釈し去ることを常に警戒しなければならない。一つの解釈を得て満足していても、のちほど、それをもう一度検討すると、異なった意味を見出すこともあるわけである。(中略)したがって治療者にとって大切なことは、夢を理解することではない。むしろ、多様な意味をもった夢に、患者が自分の意識をもって対処し、経験してゆくことを補助することにある。そして、無意識の内容が、患者の意識へと同化されてゆくのを助けるわけである」。(前掲書、pp.40-41)
 
 河合氏はこの過程を「無意識と意識の相互的浸透」と呼んでいる。また、このような過程を通して、被分析者の意識から隠されている無意識の内容が明らかになっても、それを因果関係として捉えないように、と注意を喚起している。ここのところは抽象的な説明では分かりにくいので、具体例を示そう。
 
 前回の本欄に登場した不登校に悩む中学生を「C君」と呼ぶ。C君は、学校に行かないときに、一人で裏山へ行って土器を探したり、縄文式土器をまねたものを、自分で焼いて作っていたという。また、母親との関係はぎこちのないものであったが、母親の愛を疑ってはいなかった。そして、後になって明らかになったのは、父親が精神病を病んでいることだった。C君はこの両親の一人っ子である。ということは、この家庭の事情を因果関係的に見ると、父親が精神病で働けないため、母親は自立して仕事をこなし、一人っ子のC君と夫の治療代を稼いでいる--こういう構図が描ける。また、C君が登校したくない理由の一つには、父親のことが友だちに知られるリスクがあった。だから、分析者としては両親に別居を勧めることで、C君の不登校の原因を除くという解決法が考えられる。また、父親の治癒は期待できないとC君に説明し、登校するように説得する方法が考えられるかもしれない。が、ユング派の夢分析は、そういう方向に進まないという。
 
 それよりも、夢分析を通じて明らかになったC君の無意識の葛藤を、C君自身の意識できちんと把握させ、経験させるのである。すると、C君自身の心から、葛藤を超えて前進するエネルギーが生まれてくるというのである。河合氏は、無意識中の葛藤を構成している諸要素の一かたまりを「布置」(constellation)と呼んでいるが、被分析者の意識がこれを明確にとらえることができれば、そこから解決への動きが自ずから生まれてくるという。
 
「因果律によらず、現象を全体としての布置としてみるとき、われわれの頼みとするところは、このような事態の意識的な把握によって、人間はその強力な布置から抜けでることができるということである。あるいは、意識による適確な把握ができたとき、元型的布置は自らその力を弱めていくとさえいいたい」。(同書、p.59)

 このような抽象的表現では、実際にC君に何が起きたかは読者には分からないだろう。そこで、ごく簡単に経緯を記そう--C君は自分が家で大切にされすぎていることを自覚し、また母親の愛が「肉の渦」に象徴されるように強力であることを経験し、同時に自分がそれに甘んじていることにも気づき、母親に対して「家を出て下宿したい」と申し出るのである。結局、下宿は実現しなかったものの、これを契機に母と息子は、父の病気のことも含めて腹を割って話し合うことができ、不登校の現象はなくなったという。
 
 この経緯を聞いて読者に気づいてほしいのは、人間には自分の問題を解決する力があるということだ。これは、ユング派の精神分析の“核”になる考え方で、河合氏はこれを「自己実現」とか「高次の統合性」と呼んでいる。

「ユングは、つとに、人間の心の中に全体性、統合性へと志向する傾向の存在することを認め、それを心理療法の究極のよりどころと考えた。すなわち、われわれが一面的な生き方をするとき、必ずそれを補償し、高次の統合性へと向かわせる心のはたらきが生じるのである。(中略)このようなことは、意識と無意識の相互関係によく認められ、無意識は意識の一面性を相補う傾向があると考えられる。ユング派の分析において、夢分析が重視されるのも、無意識のこのようなはたらきに注目し、夢をその表現としてみるためである」。(同書、pp. 63-64)

 このような精神分析の成果を知ってみると、人間には、自分の無意識の領域についても「わかる」能力があるがことが分かる。しかし、この場合も、意識(理性)が無意識中の葛藤を把握し、経験するという過程が必要だ。その意味で、理性は、私たちが「わかる」ということに、きわめて重要な役割を果たしていると言えるのである。
 
 谷口 雅宣

【参考文献】
○河合隼雄著『ユングと心理療法--心理療法の本(上)』(講談社α文庫、1999年)

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2010年4月 1日

「わかる」ということ (7)

 3月28日の本欄では、私たちは、覚めた意識で非対称的関係として扱うものを、無意識の世界では対称的関係として捉える傾向があることを述べた。また、翌29日には、私たちの意識は世界の一部を切り取って、部分間の関係を見るのに対し、無意識は「世界から切り取られた部分を元へもどす」傾向があると言った。同じことを別の言い方で表現したのだが、ここでのポイントは、意識と無意識は「相補的」--互いに補い合う関係にある--ということだ。この点を基礎の1つにしているのが、カール・ユングの精神分析である。ユング派の精神分析医であり文化庁長官も務めた河合隼雄氏(故人)は、夢の分析について次のように述べている:
 
「なぜ、ユングが夢の分析を重んじるかはすでに述べた。そして、そのもっとも根本的な支えとなるのは、人間の心に存在する統合性、あるいは、意識と無意識の相補性の考えである。(中略)ユングにおいて、心とは、無意識と意識の両方を含み、これら両者は相補って、一つの全体性を有していると考える。それで、一つの夢に対するとき、まずそれはいかなる自我の状態を補償せんとして生じたものであるかを考えてみる。だから、夢の分析を、その人の、そのときの意識の状態を知らずに正しく行うことは、まず不可能といっていい」。(『ユングと心理療法』pp. 37-38)

 夢とは、意識が眠っているときに無意識(潜在意識)の中で起こる出来事である。だから、私たちが睡眠から目覚めると、夢の記憶は、砂浜から潮が引いていくように、音もなく忘却の彼方へ去っていくのが普通だ。しかし、そういう夢の中でも、覚めている時の記憶に残るような強い印象をもった夢がある。また、夢から覚めたときに、見た夢をすぐノートなどに記録すれば、夢の記憶はある程度残る。そのようにして残した夢の“隠された意味”を、分析医と患者とが協力して捜し出すのが夢分析だ。夢の意味が“隠されている”のは、それが「無意識の中で起こる」からである。別の言い方をすれば、夢を見る人に夢の意味が明らかに分かるのでは、それは「意識されている」ことになり夢ではない。夢は、本人の意識からその意味を隠すことでその目的を達成する。多くの場合、その目的は現実問題からの逃避である。が、その仕方は単に問題の存在を否定するのではなく、問題によって実現が阻まれている不満や不足を、一種の“暗号”によって補填するのである。この暗号化の過程で、現実の非対称的関係が対称的関係に置き換えられたりする。
 
 具体例を示そう。上掲書には、不登校に悩む中学2年生の治験例が挙げられている。その子は、治療の初期に次のような夢を見た:
 
「自分の背の高さよりも高いクローバーが茂っている。その下を歩いていくと、大きい大きい肉の渦があり、その渦に巻き込まれそうになって叫び声をあげ、目を覚ます」(p.52)

 河合氏は、この夢に出てくる「肉の渦」とは、母親のこの子に対する強い愛着心の変形だという。現実世界では、「愛着心」と「肉の渦」(そんなものが存在するとしたら)はまったく別物であるから、この2つは非対称的関係にある。が、夢(無意識)の中ではそれらが対称的関係--つまり、同一視されている。このような暗号化が行われずに、母親が出てきてその子をつかまえようとする夢を見たならば、そのメッセージは本人にとって明白である。が、そういう関係があると認めたくない何かが、夢を見る本人の中にあるのだろう。彼の無意識は、母親を別のイメージに擦り変える暗号化によって、意識からその意図を隠しつつ、「表現する」という自分の目的は達成するのである。
 
 こういう複雑な仕掛けのある無意識の作品が「夢」である。本シリーズの前回、「我々の心の“隠れた領域”には、これらの“非合理”をわかる部分が存在する」と私は書いた。この“隠れた領域”とは無意識のことであり、“非合理”とは母親を「肉の渦」と同一視する暗号化のことである。しかし、それが何を意味するかを本当の意味で「わかる」ためには、夢を見た本人の理性(意識)が、無意識が暗号化したメッセージを解読しなければならない。その作業が、「夢分析」とか「夢判断」と呼ばれるものである。
 
 谷口 雅宣

【参考文献】
○河合隼雄著『ユングと心理療法--心理療法の本(上)』(講談社α文庫、1999年)

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