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2010年4月 1日

「わかる」ということ (7)

 3月28日の本欄では、私たちは、覚めた意識で非対称的関係として扱うものを、無意識の世界では対称的関係として捉える傾向があることを述べた。また、翌29日には、私たちの意識は世界の一部を切り取って、部分間の関係を見るのに対し、無意識は「世界から切り取られた部分を元へもどす」傾向があると言った。同じことを別の言い方で表現したのだが、ここでのポイントは、意識と無意識は「相補的」--互いに補い合う関係にある--ということだ。この点を基礎の1つにしているのが、カール・ユングの精神分析である。ユング派の精神分析医であり文化庁長官も務めた河合隼雄氏(故人)は、夢の分析について次のように述べている:
 
「なぜ、ユングが夢の分析を重んじるかはすでに述べた。そして、そのもっとも根本的な支えとなるのは、人間の心に存在する統合性、あるいは、意識と無意識の相補性の考えである。(中略)ユングにおいて、心とは、無意識と意識の両方を含み、これら両者は相補って、一つの全体性を有していると考える。それで、一つの夢に対するとき、まずそれはいかなる自我の状態を補償せんとして生じたものであるかを考えてみる。だから、夢の分析を、その人の、そのときの意識の状態を知らずに正しく行うことは、まず不可能といっていい」。(『ユングと心理療法』pp. 37-38)

 夢とは、意識が眠っているときに無意識(潜在意識)の中で起こる出来事である。だから、私たちが睡眠から目覚めると、夢の記憶は、砂浜から潮が引いていくように、音もなく忘却の彼方へ去っていくのが普通だ。しかし、そういう夢の中でも、覚めている時の記憶に残るような強い印象をもった夢がある。また、夢から覚めたときに、見た夢をすぐノートなどに記録すれば、夢の記憶はある程度残る。そのようにして残した夢の“隠された意味”を、分析医と患者とが協力して捜し出すのが夢分析だ。夢の意味が“隠されている”のは、それが「無意識の中で起こる」からである。別の言い方をすれば、夢を見る人に夢の意味が明らかに分かるのでは、それは「意識されている」ことになり夢ではない。夢は、本人の意識からその意味を隠すことでその目的を達成する。多くの場合、その目的は現実問題からの逃避である。が、その仕方は単に問題の存在を否定するのではなく、問題によって実現が阻まれている不満や不足を、一種の“暗号”によって補填するのである。この暗号化の過程で、現実の非対称的関係が対称的関係に置き換えられたりする。
 
 具体例を示そう。上掲書には、不登校に悩む中学2年生の治験例が挙げられている。その子は、治療の初期に次のような夢を見た:
 
「自分の背の高さよりも高いクローバーが茂っている。その下を歩いていくと、大きい大きい肉の渦があり、その渦に巻き込まれそうになって叫び声をあげ、目を覚ます」(p.52)

 河合氏は、この夢に出てくる「肉の渦」とは、母親のこの子に対する強い愛着心の変形だという。現実世界では、「愛着心」と「肉の渦」(そんなものが存在するとしたら)はまったく別物であるから、この2つは非対称的関係にある。が、夢(無意識)の中ではそれらが対称的関係--つまり、同一視されている。このような暗号化が行われずに、母親が出てきてその子をつかまえようとする夢を見たならば、そのメッセージは本人にとって明白である。が、そういう関係があると認めたくない何かが、夢を見る本人の中にあるのだろう。彼の無意識は、母親を別のイメージに擦り変える暗号化によって、意識からその意図を隠しつつ、「表現する」という自分の目的は達成するのである。
 
 こういう複雑な仕掛けのある無意識の作品が「夢」である。本シリーズの前回、「我々の心の“隠れた領域”には、これらの“非合理”をわかる部分が存在する」と私は書いた。この“隠れた領域”とは無意識のことであり、“非合理”とは母親を「肉の渦」と同一視する暗号化のことである。しかし、それが何を意味するかを本当の意味で「わかる」ためには、夢を見た本人の理性(意識)が、無意識が暗号化したメッセージを解読しなければならない。その作業が、「夢分析」とか「夢判断」と呼ばれるものである。
 
 谷口 雅宣

【参考文献】
○河合隼雄著『ユングと心理療法--心理療法の本(上)』(講談社α文庫、1999年)

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