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2010年3月 3日

『産経』は温暖化懐疑論なのか?

 本欄では過去にも『産経新聞』の報道姿勢に疑問を投げかけたことがある。私は自宅では同紙と『朝日新聞』を購読していて、職場では『日本経済新聞』を読む。こうすると、日本における“保守”と“リベラル”の論調がだいたい分かるだけでなく、いわゆる“経済界”寄りの考えも分かる。すると、経済界にも“保守”と“リベラル”的な思潮があることが分かる。地球温暖化関連の報道では、『産経』は対策に消極的であり、『朝日』と『日経』は積極的である。これらの違いはあって当然だし、自由主義下では違いがある方が健全である。しかし、いやしくも全国紙として、国内の広範囲に数多くの読者をもっている報道機関であるならば、事実を歪曲したり、極端で無責任な言説を弄することは許されないだろう。だから、バランスを欠いた報道が“極端だ”と感じられた場合、私は本欄で異議を唱えてきた。
 
 今回、文句を言いたいのは2日付の『産経』の第一面に載った「地球温暖化論への懐疑」という記事で、ワシントン駐在の古森義久・編集特別委員の署名が入っている。「あめりかノート」というコラム名のようなものがついているから、ワシントンでアメリカ政治を長らく取材してきたジャーナリストが、“現場報告”という意味合いで記事を書いたという意図は分かる。だから、「地球温暖化論への懐疑」という題がついていても、その「懐疑」はアメリカの政界で起こっている現象の1つであるのだろう。日本でもアメリカでも、政治の場ではいくつもの現象が同時に起こっているのが普通である。それをバランスよく伝えるのが報道機関の役割だと思う。それでは、この記事は何を伝えているのだろうか?
 
 はっきり言うと、古森氏の記事は、国連の気候変動に関する政府間パネル(IPCC)が2007年に出した報告書の内容の批判ないしは否定である。古森氏にその意図はないのかもしれないが、記事の書き方から言えば、全体の4分の3がIPCCの報告書に見つかった間違いの指摘と、それによって勢いづいた温暖化否定論者(米共和党に多い)の動きを書いていて、温暖化抑制を訴えてきた元副大統領のアル・ゴア氏の反論は、わずか3行しか紹介していない。問題の報告書に間違いがあったことは事実だから、それを伝えるのに私は反対しない。しかし、だからといって「温暖化論の最大根拠とされた国連報告書が間違いだらけだと判明した」などと書くのは言い過ぎであり、事実とは違う。こんな表現だと、「温暖化論そのものが間違いだ」と言っているのと等しい。そう言うつもりがないのであれば、世界の科学者の圧倒的多数が地球温暖化を認め、その原因が人間の活動であると合意していることについて、記事のどこかで触れるべきである。そうしなければ、『産経』の読者の多くは、「地球温暖化は大ウソ」「温暖化ガス削減努力は無意味」などと考えるだろう。報道機関にはそういう世論操作は許されないし、無責任すぎる。

 この古森氏の記事は、自分の主張に近い人間の動きを選んで取り上げているように見えるから、一種の“感情論”ではないか。『産経』自体は、地球温暖化の存在を認め、その原因が人間の活動によるということも認めている。その証拠に、今日(3日)の「主張」欄では、「問題の多い25%削減ありき」と題して、鳩山政権の「地球温暖化対策基本法案」の内容を批判している。つまり、「25%削減」という数字に反対しているのであり、地球温暖化対策をすること自体には反対していない。いや、むしろ「CO2を出さない原発の増設や稼働率の向上も避けて通れないはずだ」と述べ、また「国内排出量取引制度も国全体の総排出量を減らすことには直結しにくい」と書いて、CO2などの温暖化ガスの排出削減の必要性を説いているのである。
 
 それが社の方針であるならば、古森氏の記事のように、世界の大勢の科学者が時間をかけて積み上げてきた気候変動に関する研究をまとめたIPCCの報告書の内容を、「間違いだらけ」などという乱暴な言葉で一蹴する記事を第1面に掲載する愚をなぜ犯したのだろう……私は理解に苦しむのである。最近の『産経』は、自己主張に執するあまりに、健全なジャーナリズムとしてのバランス感覚を失っている、と私は感じる。
 
 谷口 雅宣

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コメント

総裁先生

私も前から産経新聞が地球環境問題について懐疑的であると思っていた一人です。確かに地球環境問題については色々な考え方がありますが、だからと言って環境問題対策を後ろ向きにするということについては反対です。
やはり、最悪のことを想定して取り組むべきだと思います。

投稿: 佐藤克男 | 2010年3月 3日 14:24

はじめまして。いつも楽しみに読んでおります。はじめてコメントをいたします。

私も同じ記事を読み、もう産経を止めてしまおうかとも思いました。
その誘導の強引さに、文字通り「自然ではないもの」を感じたからです。
国会で議論されている最中ということもあって、
産業界から「書いてくれ」とお願いされたのかな、とも思ったりしましたが。。

投稿: 松本 | 2010年3月 3日 15:19

以前には、朝日新聞を読んでおりましたが、生長の家に入信後、産経新聞の方が気持ちに合うと思って20年くらい購読しているのに、このごろは、総裁先生の御主張と同じような不安が兆しています。感情的である、民主党政権にこき下ろしばかりで、かなり、光明思想から離れてしまっています。これはどうしてでしょうか。昨日のご指摘の記事にも??だらけでした。ありがとうございます。(神奈川教区、生教会会長
金子糸子)

投稿: 金子糸子 | 2010年3月 3日 16:34

金子さん

私は、信仰をするようになってから、マスコミを信用できなくなり悩みました。

悩んだ結果、マスコミの「悪」を認めるのでなく、本来の姿である「実相」をお祈りするようにしています。

投稿: 松尾 | 2010年3月 3日 22:44

実は私自身は、先月上旬に、それまで10年以上にわたって読んできた産経新聞の購読を、すでに止めてしまいました。その温暖化懐疑論の論調に、ホトホト嫌気がさしてしまったからです。

私にその解約の決断を最終的にさせたキッカケは、「温暖化はウソ」の論陣を張っている論者の本を産経新聞社自身が出版しているという事実を、広告で知ったことでした。

それで今は、ヘラルド朝日は引き続き愛読していますが、産経を解約した後は、日本経済新聞を購読しています。

投稿: 山中優 | 2010年3月 3日 23:43

佐藤さん、
 お久し振りです。北海道は雪と氷でしょうか。今年は、何か変わったことがありますか?
 環境問題はリスクが極めて大きいので、「最悪の事態に備える」というあなたのお考えに同感です。しかし、その場合、日本はすでに相当出遅れています。犠牲は大きいかもしれません。

松本さん、
 どういうお立場の方が存じませんが、『産経』だけ読んでいては世界の動向を見誤ると思います。

山中さん、
 扶桑社のことでしょうか。『産経』は産経なりに一種の“使命感”をもって言論活動をしているとは思いますが、事実の歪曲はしてはいけないと思います。

投稿: 谷口 | 2010年3月 4日 18:06

雅宣先生

いえ、扶桑社ではなく、紛れもなく「産経新聞出版」の本です…。具体的な書名を挙げることはこれまで躊躇していましたが、この際、やはり挙げておくことにします。

武田邦彦『「CO2・25%削減」で日本人の年収は半減する』(平成22年2月、発行:産経新聞出版、発売:日本工業新聞社)
http://www.sankei-books.co.jp/books/title/9784819110877.html

「25%削減」という数字に反対しているだけで、地球温暖化対策をすること自体には反対していなければよいのですが、おそらく、そうではないと思われます。

というのも、そもそもこの著者は「温暖化は悪い結果をもたらすというのはウソである。むしろ良い結果をもたらすからCO2は気にしなくてもよい」と主張している人だからです…。
 ↓
http://takedanet.com/2009/09/post_5447.html

投稿: 山中優 | 2010年3月 5日 22:53

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