« 2010年2月 | トップページ | 2010年4月 »

2010年3月30日

宗教と潜在意識 (2)

 前回の本欄で「宗教」という語の意味を考えたが、西洋の言語をベースにした考察しかし なかった。それでは不十分の誹りを免れないので、日本語の「宗教」の意味について付言しておこう。これは、しかし元々は中国語(漢字)の「宗教」から来ているのである。Religionch漢字は象形文字だから、原意を知るためには古い字体を調べることになる。それが、ここに掲げた2文字だ。白川静氏の『字統』によると、「宗」の字は、ウ冠と「示」の字から構成されていて、ウ冠は「廟屋」の形であり、「示」は「神を祭るときの祭卓」の形だという。神道の祭祀では「案」に当たるものだろう。したがって、この2つが組み合わさった「宗」の字は「宗廟=天子の祖先の霊を祀った宮殿」の意味になる。日本では、さしずめ伊勢の皇大神宮に該当するのだろうか。
 
 これに対して「教」の字は、「×」を縦に2つ並べた部分が「屋上に千木のある建物」を表しており、これは「古代のメンズハウスとして、神聖な形式をもつ建物で、ここに一定年齢の師弟を集めて、秘密結社的な生活と教育とを行った」という。「子」の字が「×」2文字の下にあるのが、そのことを示しているのだろう。一方、「教」の字の右半分(ツクリ)は「攴」で、「長老たちの教権を示す」のだという。ということは、古代の中国において、エリート貴族の子弟を一定期間収容して、そこで長老たちが宗教的学問を教える場所--キリスト教的に言えば男子修道院のようなものを意味していることになる。また、そこで教わる宗教儀式や教学(教え)のことを示していると考えられる。
 
 こうなると、日本語の「宗教」は潜在意識と関係がないようである。が、『宗教学辞典』の執筆者の1人、脇本平也氏は、仏教が中国に伝わった際、サンスクリットの「siddhanta」の訳語として「宗」の字が当てられたことに注目して、以下のような興味ある解釈をしている--
 
「このsiddhanta とは siddha (成就され完成されたもの)と anta (終り・極致)との合成語で、仏教によって成就されたものの最終至上の極致という意味である。そこで“宗”とは、仏教の根本真理を把握することによって到達する究極的な至高の境地をさす」。(同書、p. 255)

 この解釈が正しければ、「宗」はもともと「悟り」「救い」「超越体験」に近いものを意味していたことになり、これは言葉によって表現が尽くせないものだから、前回の本欄で使った「潜在意識で起こる大きな出来事」を表していると言えるのである。この「悟り」の境地を宗教がどう表現するかについての脇本氏の説明は、なかなか興味深い--
 
「この境地は、それ自体としては言説文字にはつくせぬ極致であるが、しかもなおこれを言葉によって表現しようとするところに“教”が成立する。すなわち、人びとを導いて“宗”にまで到達させるために、相手に応じてさまざまの角度から述べられた言説が“教”である。したがって、宗教とは“宗と教”もしくは“宗の教”であり、この場合は要するに仏教のことである」。(pp. 255-256)

Religionegg  読者はここで、私が提案している“宗教目玉焼き論”を思い出してほしい。2つの同心円を卵の“目玉焼き”に喩え、黄身を宗教の「中心部分」とし、白身を「周縁部分」として捉える考え方だ。脇本氏はここで、黄身を「宗」とし、白身を「教」として考えているように見えるのである。
 
 谷口 雅宣

【参考文献】
○白川静著『字統 普及版』(平凡社、1994年)

| | コメント (2)

2010年3月29日

宗教と潜在意識

 前回の本欄の最後で、私は無意識(潜在意識)の特徴についてのマテ=ブランコの考えを紹介した。それは、「全ての無意識の特徴は、思考とは対照的に、意識的な思考にとっては互いに異なり完全に区別される事物を、結合させ融合させる傾向を持っている」というものだった。これに対して、私たちが目覚めているときの意識の働きについては、「我々の思考は世界から2つの概念(集合)を切り出して、それらの関係性を組み立てることで行われる」という彼の考えがおおむね正しいことを確認してきた。ということは、私たちの意識と無意識は、私たちの前に拡がる世界に対して互いに“反対方向”の働きをするということだ。つまり意識は、思考を通じて、世界の一部を切り取って別々のものとして捉え、それらの部分間の関係を組み立てるのに対し、無意識は、切り取られた部分を同一のものと見なす傾向を示すのである。この働きは、「世界から切り取られた部分を元へもどす」と言い直すことができるかもしれない。
 
 このことが、宗教とどう関係するのだろうか? 実は、宗教の語源をめぐるいくつもの説の中には、この語に「分かれたものを再び結びつける」という意味を与えるものがあるのだ。それは、3~4世紀のキリスト教護教論者、ラクタンティウス(Lactantius)が最初に唱えたとされ、英語で宗教を意味する「religion」は「re-ligare」から来たという説だ。「ligare」は「結ぶ、縛る」という意味で、接頭語の「re」は、「regain」(再び得る)「reproduce」(再生産する)「reform」(再形成する)などにも使われるように「再び~する」という意味だ。すると、「re-ligare」は「再び結びつく」とか「再び結びつける」という意味になる。もっと神学的な表現を使えば、神の命令に背いて“エデンの園”から追放された人間が、イエスによって再び神と結ばれるのが「religion」だということになる。が、これはあくまでもキリスト教的解釈で、アウグスティヌス(Augustinus)の主張そのものでもあり、言語学にもとづくものではない。
 
 しかし、たとい言語学的な根拠がなくても、宗教には上述した「分かれたものを再び結びつける」働きがあることが永年、世界の多くの人々に信じられ、また体験されてきたことは事実である。だから、宗教には実際、そういう働きがあると認めるべきだろう。となると、宗教は無意識と一部似た働きをもつと言うことができる。特に、私たちの心が描く「聖なるもの」との関係では、それとの「合一」が、キリスト教だけでなく、イスラームや仏教など他の宗教でも、究極的あるいは中心的課題となってきたことは誰も否定することはできないだろう。これはいわゆる「悟り」とか「救い」とか「回心」とか「超越体験」などと呼ばれているもので、それが心の中で起こることは確かであるが、言葉による説明を超えているから現在意識で起こるのではなく、したがって潜在意識で起こる大きな出来事ということができる。
 
 ただし、その出来事の評価については、潜在意識や無意識の研究者たちの間にも見解の相違がある。ウイリアム・ジェームズは、回心とは潜在意識の内部で成熟した観念が意識の上に表出したものとして捉えるのに対し、“精神分析学の祖”と言われるフロイトは、宗教とは潜在意識中にある幼児的願望が外界に投影された幻想の体系だと考えた。また、フロイトの弟子、カール・ユングは、宗教の教えやイメージには、人類の集合的無意識の内容を構成する“元型”(Archetypus)が象徴的に表現されていると考えた。フロイトは宗教を否定的にとらえたのに対し、ジェームズとユングはそれを肯定的に評価したのである。
 
 この中で、ユングの考え方は、宗教と潜在意識との関係に最も詳しく関与していると思うので、今後おりに触れて本欄でも扱っていこうと思う。
 
 谷口 雅宣
 
【参考文献】
○小口偉一他監修『宗教学辞典』(東京大学出版会、1973年)

| | コメント (0)

2010年3月28日

「わかる」ということ (6)

 本シリーズに辛抱強くつき合ってくださっている読者には、誠に感謝にたえない。このコムズカシイ議論は、実は私自身のためにやっているからである。人間の心には現在意識と潜在意識(無意識)があるということは、多くの読者がご存じのことだが、前者はともかく、後者についてはほとんどがよく分かっていない。しかし、宗教は、前者よりも後者に深く関わっていると思われるから、これが不明の状態では、宗教活動の意味も(プラスとマイナス双方の意味を含めて)解明されないのである。オウム真理教による地下鉄サリン事件から15年たって、新聞等には回顧記事が載る昨今だが、この原因がよくわからないまま時が過ぎ、また、イスラーム原理主義者によるテロ行為だけが報道されている。これによって、「宗教は危険」という粗雑なメッセージが世の中に弘まっていくのでは、それを業とする者としては甚だ不本意である。そこで、ここでは心理学(精神分析学を含む)の研究成果から支援を受けて、潜在意識の働きや構造について少しでも明らかにしようと思う。なぜなら、そこに宗教の“プラス”と“マイナス”を嗅ぎ分ける鍵が隠されていると思うからだ。

 さて、前回までの本欄では、「我々の思考は世界から2つの概念(集合)を切り出して、それらの関係性を組み立てることで行われる」というマテ=ブランコの理論が、おおむね正しいことが了解されたと思う。さて、彼はこの命題を立てた後に、2つの概念の関係性を「対称的関係」と「非対称的関係」に大別した。このことは、2008年9月17日の本欄以降6回にわたって、「対称と非対称」という題で詳しく説明した。また、その文章はすでに単行本の『小閑雑感 Part 14』に収録されているから、説明は繰り返さない。改めて読み直したい読者は、6回分のリンクをここに掲げるので利用してほしい:①2008年9月17日、②2008年9月18日、③2008年9月22日、④2008年10月3日、⑤2008年10月6日、⑥2008年10月8日
 
 これらの説明の中で指摘したことは、「この世の中には非対称的関係の方が圧倒的に多く、対称的関係は少数である」ことだった。また、「我々の潜在意識は、数多い非対称的関係を対称的関係として取り扱う」ということだった。非対称的関係の例としては、前回の本欄で紹介した“情景描写”から次の4例を掲げれば十分だろう:
 
「私が車を運転する」
「助手席に妻が座る」
「車が砂利道にさしかかる」
「林の中にシカが立ち止まる」

 これらを対称的関係として扱うということは、それぞれの文中にある2つの概念の関係が逆転することになる:
 
「車が私を運転する」
「妻に助手席が座る」
「砂利道が車にさしかかる」
「シカの中に林が立ち止まる」

 これらは、我々の通常の論理的思考の中では意味をなさない文章になっている。しかし、これと同等のことが我々の夢の中では簡単に起こり、また統合失調症の人の場合、覚醒時の頭の中で起こる。また、ある種の文学作品や絵画の中にも同種のことが描かれ、人気を集めることがある。ということは、我々の心の“隠れた領域”には、これらの“非合理”を「わかる」部分が存在すると考えることができるのである。このことを、マテ=ブランコは次のように表現している:

「全ての無意識の特徴は、思考とは対照的に、意識的な思考にとっては互いに異なり完全に区別される事物を、結合させ融合させる傾向を持っている」。(『無意識の思考』p.102)

 谷口 雅宣
 
【参考文献】
○I・マテ=ブランコ著/岡達治訳『無意識の思考--心的世界の基底と臨床の空間』(新曜社、2004年)

| | コメント (2)

2010年3月26日

「わかる」ということ (5)

 2008年9月17日の本欄でマテ=ブランコの論理学的精神分析を紹介したが、その基本的考え方についてこう述べた--「我々の思考は世界から2つの概念(集合)を切り出して、それらの関係性を組み立てることで行われる」。これが私たちの認識の過程だと仮定し、「わかる」ということの関連で考えてみよう。つまり、私たちが“外界”の出来事を「わかる」ためには、ここに書かれたような心の動きが起こると考えることができるのである。この心の動きは、通常無意識のうちに行われるが、必要に応じて--例えば、特定の問題を解決しようとして考える時には--意識的に行うことになるだろう。そこで、私が注目したいのは、マテ=ブランコの「2つの概念(集合)」という言葉である。彼は、人間の思考は基本的に「2項目」の情報処理から成り立っていると考えているようだ。今回の本欄では、本当にそうであるかを調べてみる。
 
 次に掲げる文章は、最近の、私のささやかな体験を描いたものである--
 
「朝、私は大泉町の山荘近くで1頭のシカを見た。私が車を運転し、助手席に妻が座っていた。車が下り坂の細い砂利道にさしかかった時、その道路脇の林の中にメスジカが1頭立ち止まっているのを見た。前足にいくぶん体重をかけ、半ば横向きの姿勢で首を立て、両耳も立て、緊張した丸い目がこちらを見ていた。何か危険な兆候があれば、すぐにでもその場から跳び去ろうというシカの意図を、私は見た」。

 --このように、その時の様子を文章に書いてみると、マテ=ブランコの述べていることがより具体的になって、わかりやすい。最初の文章--「朝、私は大泉町の山荘近くで1頭のシカを見た」--から修飾語をできるだけ削り落として、意味が通じるギリギリの短さにすると、こうなる。
 
「私はシカを見た。」

 この文章は、私の目の前の世界から「私」と「シカ」という2つの概念を切り出して、「見る」という関係性の中に置いている。マテ=ブランコが言っているとおりである。その後に続く文章は、「私がシカを見る」という出来事が起きた時の、周囲の状況を描いている。いわゆる“情景描写”の文章だ。が、そこに描かれたそれぞれの細かい情景を眺めてみると、それぞれが、「2つの概念を切り出して、それらの関係性を組み立てる」という構造になっていることに気づく--
 
「私が車を運転する」
「助手席に妻が座る」
「車が砂利道にさしかかる」
「林の中にシカが立ち止まる」
「前足に体重をかける」
「横向き(の姿勢)で首を立てる」
「両耳を立てる」
「こちらを見る」
「意図を見る」

 これで、私たちの思考が2項目の情報処理を組み合わせることで成り立っていることを、読者は大体了解できたのではないか。また、このマテ=ブランコの説を視覚的に“逆証明”する方法もある。つまり、私たちが「目の前の世界から2つの集合を切り出して、それらの関係性を組み立てる」ことが_できない_ときにはどうなるかを、図形によって確認できるのだ。その方法を述べよう。

 2次元の平面上に何かを描いた場合、普通は「描かれたもの」(図形)と「その背景」(地)の2つが存在する。このことをマテ=ブランコの説に合わせて表現すると、我々は「目の前Bars の世界から“図形”と“地”を区別して、“図形”を手前にし、“地”を背景に置いて見る」ということになる。が、そういう見方ができない図形を描くこともできる。その1つが、ここに掲げた図形である。これは、私がかつて『心でつくる世界』で「対照化の原則」(p.72)を説明する際に使ったものである。一見すると、2本の角材が横たわっているように見えるが、(図の左側を)よく見ると、図形と地との判別が困難になる。角材だと思っていたものが、その影(地)のように見えるからである。すると、この図を見ている人の心には奇妙な“違和感”が生じるはずだ。その違和感を言葉で表現すれば、さしずめ「こんな図形はわからない」になるのではないか。
 
 「図形がわかる」という言い方は不自然に聞こえるかもしれない。しかし、私たちは単純な図形を見るときでさえ、「目の前の世界から2つの集合を切り出して、それらの関係性を組み立てる」ことを無意識でやっているのだ。だから、この図形のようにそれができないとき、「わからない」「理解できない」という感覚に襲われるのである。
 
 谷口 雅宣 

| | コメント (1)

2010年3月24日

「ウソも方便」か?

 宇宙物理学者でサイエンス・ライターでもある池内了(さとる)氏は、『疑似科学入門』という著書の中で、一見科学的な装いをしていても本質的に科学的でない種類の理論や、それにもとづく商品販売、サービスの提供をしているものを「疑似科学」とし、それを3種類に分類している。池内氏が「第1種」としているのは、「科学的根拠のない言説によって人に暗示を与えるもの」であり、占いや超能力に関するものだ。「第2種」の疑似科学は、「科学を援用・乱用・誤用・悪用したもの」だが、科学としての「実体がないもの」。これには、永久機関やマイナスイオンなどの各種の健康食品が含まれる。また、「第3種」は「複雑系」の科学に属するが、その複雑さゆえに「科学的に証明しづらい問題について、真の原因の所在を曖昧にする言説で、疑似科学と真正科学のグレーゾーンに属するもの」だという。前回触れた「水からの伝言」の話は「第2種」の疑似科学として扱われている。
 
 池内氏は、特にこの話が一部で学校の道徳教育の中で使われたことについて、「なぜこのようなウソが平気で授業に取り上げられるのだろうか」と不満を示し、次のように書いている:
 
「誰もが、子どもに常々優しい気持を持って欲しいと望んでいるし、それをなんとか学んで欲しいとも願っている。しかし、子どもの気持と水の結晶形とは無縁のことなのである。子どもが小さな間は信用するかもしれないが、大きくなるにつれ先生に騙されていたことに気づくだろう。そのとき、子どもたちはどのように感じるだろうか。(中略)少なくとも、いったんは先生の言うことは信用しない方がまし、と考えるに違いない。子どもと先生の間の相互信頼が崩れるきっかけになりかねないのだ」。(同書、p. 52)

 私は、この本に書かれた池内氏の意見のすべてに同意するわけではないが、この「教育への逆効果」の問題は的確な指摘だと思う。子どもへの道徳教育は必要である。しかし、その“善の目的”のために「ウソをつく」という“悪の手段”を使うのは、明らかな誤りである。その結果、“善の目的”は達成されなくなることが多い。これと同じことは、宗教の教えについても言える。それを伝えたいために、本当でないことを“真理”であるかのように言うことを「方便説法」として正当化する人がいるが、これを濫用するのは間違っている。それはかえって、宗教上の真理を“詐欺”や“詭弁”のレベルに貶めることにつながるからだ。宗教の門を叩く人は、人生の深刻な問題や病気のために悩み、「藁をもつかむ」想いで導師や講師の助けを求める場合が多い。それはちょうど、学校の生徒と教師の関係に似てくる。だから、「方便説法」でも信じやすい心境にある。しかし、事後に冷静さを取り戻して考え直したとき、「だまされた」と思うような指導はすべきでないのである。宗教に対する人々の信頼が崩れる原因をつくってはいけない。
 
 私はそういう意味で、宗教は「奇蹟」という言葉を濫用すべきでないと考える。私は『太陽はいつも輝いている』(2008年)の中で「奇蹟」という言葉の意味について考えた。この文章は、2007年8月28日の本欄にもある。そこにある厳密な意味での「奇蹟」があったと認められる以外は、この言葉を使うことは避けるべきだろう。なぜなら、上記の理由に加えて、生長の家は奇蹟を見せる宗教ではないからである。このことは、昭和8年1月25日に下された「自然流通の神示」にはっきりと書いていある:
 
「『生長の家』は奇蹟を見せるところではない。奇蹟を無くするところである。人間が健康になるのが何が奇蹟であるか。人間は本来健康なのであるから、健康になるのは自然であって奇蹟ではない。『生長の家』はすべての者に真理を悟らしめ、異常現象を無くし、当り前の人間に人類を帰らしめ、当り前のままで其の儘(まま)で喜べる人間にならしめる処である。あらゆる人間の不幸は、当り前で喜べない為に起るものであることを知れ。当り前で喜べるようになったとき、その人の一切の不幸は拭いとられる」。

 谷口 雅宣

【参考文献】
○池内了著『疑似科学入門』(岩波新書、2008年)

| | コメント (1)

2010年3月22日

「わかる」ということ (4)

 この表題で本欄をここまで書き継いできた理由を、明らかにしよう。私は最終的には「真理がわかる」ということの意味を問いたいのだが、そこまで行きつくためにはきちんとした手続きと一定の順序が必要と思った。だから、まず「~がわかる」という日本語の意味を確かめ、その意味の細部まで検討してみることが必要と考えた。「真理を知る」とか「真理がわかる」という問題は、宗教における「信仰」と「理性」の関係とも深くかかわっている。また、我々が宗教を信ずるのは、信仰によるのか、理性によるのか、あるいはその双方によるのか。科学が正しいと思う場合も、それは一種の“信仰”なのか、それとも“理性”によるのか……という問いかけもしてみたい。このような小欄で、そこまで検討できるかどうか定かでないが、とにかく、本欄とつき合ってくださる読者諸賢に対しては、少なくとも“目標地点”がどこにあるかを予め伝えておくのが礼儀だろう。

 前回までの結論は、人間が何かを「わかる」ためには、単に感覚的な体験を得る(知覚する)だけでなく、その体験を論理的に整理し、判断することが必要であるということだった。私は、生長の家講習会でよく「月の満ち欠け」の話をする。それは、我々がこの自然現象を「わかる」場合の心の動きを明らかにするためだ。そして、受講者には、月の満ち欠けが「わかる」のと同様の仕方で、人間の一生も「わかる」道があるということを示すのが目的だ。
 
 Moons ここに掲げた図の上半分が、月の4段階の満ち欠けを示している。図の下半分にあるのは、いわゆる「満月」である。私たちの感覚的な体験(知覚)によると、月は図の上半分のように明らかに「満ち欠け」をする。これは否定しがたい事実である。しかし、私たちは、天空に存在する“本当の月”は満ちたり欠けたりしないと思っている。つまり、自分の感覚的な体験を否定しているのである。なぜそのように判断するかといえば、それは、何回もの月の満ち欠けを体験した結果、「一度欠けたものが元通りになるのは不合理だから、見かけ上、欠けたように見えているだけだ」というような論理的整理が行われるからだ。もちろん、この整理の過程には、小学生のとき、学校の先生に教わったことが大きく関与している。こうして、私たちは「月の満ち欠け」を「わかる」のである。

 では、「水は人間の心に感応する」という話はどうだろうか? 読者は、この話が「わかる」だろうか? 「感応する」だけでなく、「人間の心の美醜に応じて結晶の形を変える」といって、キタナイ言葉を書いた紙の隣にキタナイ水の結晶の写真を添え、美しい言葉を書いた紙の隣に美しい水の結晶を並べた写真を見せられたら、読者はそれを「わかる」だろうか? 実は、この話は2007年9月25日の本欄ですでに扱っているから、記憶している読者がいるかもしれない。この種の写真を集めた有名な本がベストセラーになり、それを読んだ(見た)生長の家の講師のうち何人もが、「すわ、これこそ唯心所現の真理の実証だ!」と喜んでその“実験”に飛びつき、講話の中で紹介したという。私はその話を聞いて、「その講師は本当に真理をわかっているのか?」と訝しく思ったものである。
 
 自分が信じる真理の正しさを証明するような現象に接したときに、私たちは無批判でそれを「事実」とか「真実」だと認めがちだ。しかし、「真理がわかる」というのは、そんな単純なことではない。「月が何度も満ち欠けを繰り返す」という現象を「わかる」ためには、少しの想像力と、比較的単純な論理を用いればすむ。しかし、「人間の心が水の分子に直接影響を与え、結晶の仕方を変える」というような物理化学的レベルの“仮説”を「正しい」と認めるためには、相当綿密で、多岐にわたる論理的筋道が必要であり、その証明には厳密な実験が要求される。また、物理化学の実験では再現性が必要だから、誰がいつどこで行っても、同じ結果が出なければならない。この仮説を正しいとするためには、そういう深刻な“左脳的”な問題が山積している。その反面、直感的(右脳的)には実に単純でわかりやすい仮説である。このために、“右脳”が“左脳”を沈黙させ、機能をマヒさせた結果、「わかった」との結論に達した人がいたのである。しかし、それは本当の意味で「わかった」のではなく、「満月」のときに「幸い」と喜び、「新月」になっては「不吉」だと悩むのと大差ないのである。また、こういう判断を「信仰」と呼べるなら、それは「理性をともなわない信仰」と言わなければならないだろう。
 
 谷口 雅宣

| | コメント (2)

2010年3月21日

「神とともに生きる」とは

 春分の日の今日は、東京・原宿の生長の家本部会館ホールで布教功労物故者追悼春季慰霊祭が執り行われた。私はこの慰霊祭で奏上の詞を述べ、玉串拝礼をさせていただいた後、概略、次のような挨拶をした:

--------------------------------------
 本日は、春のお彼岸の慰霊祭に大勢お集まりくださいまして、誠にありがとうございます。
 
 今回招霊申し上げた御霊の中に、栗林正晴さんがいます。昨年の8月に94歳で亡くなられた人です。すでに昨年10月1日号の『聖使命』新聞でお伝えしていますが、この方は、奥様の千代子さんと共に生長の家の聖歌をたくさん作曲された人で、全部で19曲を作られています。聖歌の作曲数では最も多い人です。最初の聖歌の曲は、昭和26年の谷口雅春先生作詞の『堅信歌』ですが、この年に私が生まれていますから、もう58年前の作曲です。それを、私たちが先ほど歌ったわけです。このように、栗林さんは音楽の方面から私たちの運動に多大な貢献をされています。その他の140人の方々も、それぞれの個性と才能に応じて、光明化運動を大いに展開してくださいました。
 
 今日は、この栗林さんが作曲した聖歌の中の『神と偕に生くる歌(神人合一譜)』から、学んでみたいと思います。これは雅春先生の作詞で、多くの方はよくご存じの聖歌であります。
 
 「おお永遠の父にして
  母にまします わが神よ……」
 
 こういう出だしで始まる聖歌ですね。その2番の歌詞には、神と人間の関係について深い真理が表現されています。引用しましょう:
 
 「われ一人来て われひとり
  生くと見ゆれど ふたりなり
  その今一人は 神にまします。
  神はいのちの 言葉にて
  肉の宮居を 造り成し
  わが魂を 棲まわせたまう。」
 
 人間は生れるときは一人で、死ぬ時も一人だというのが常識的理解であります。ところが、ここでは「一見そう見えるけれども、神とともに生きているのがすべての人間である」と、この聖歌では説かれています。しかし、これだけだと誤解されることがある。それは、「神と2人」なら、他の家族や友人とは離れた存在だと思うことです。「神は最愛の夫を連れて行ってしまった」とか「私の最愛の子を、神は奪っていった」と考えて寂しく思う人も出てくるでしょう。しかし、上の歌詞は、そういうことを言っているのではありません。
 
 生長の家で最も重要視されている神示は、「大調和の神示」と呼ばれているもので、聖経の冒頭にも掲げられていますから、皆さんもよくご存じのものです。その中に、「神に感謝しても父母に感謝し得ない者は、神の心にかなわぬ」という箇所があります。また、「神に感謝しても天地万物に感謝せぬものは、天地万物と和解が成立せぬ」という文章もあります。この2つの文章は、生長の家の信仰する「神」というものは、具体的な姿形をもたないけれども、すべての命あるもの、命なきものの背後に存在する“結びの力”であるということを示しています。つまり、神において私たちは皆、結ばれているのです。
 
 この「大調和の神示」には「われかつて神の祭壇の前に供え物を献ぐるとき、先ず汝の兄弟と和せよと教えたのはこの意味である」とも書いてあります。これは新約聖書の『マタイによる福音書』第5章23節の記述に触れた教えですが、ここにも、神だけを目当てにしているのでは不十分で、神の創造されたすべてのものと和解することが、神に通じる道であるとの教えが説かれているのです。ですから、私たち人間は、肉体的には一人で生まれ、一人で死んでいくように見えていても、神を見出した人は、その神を通じて、すべてのものと調和した関係にあるとの信仰に到達することができるでしょう。
 
 今日、お祀りさせていただいた御霊さまは皆、この生長の家の信仰に入られて、その普及に尽力された方々ですから、生前は毎日のように「大調和の神示」を読まれていたと思います。そして、霊界へ行かれた今も、同じ信仰をもつ兄弟姉妹と手を取り合って、霊界における光明化運動を展開してくださることでしょう。私たちはだから、「肉体は個々バラバラである」という現象的な姿をもって人間の本当の姿だと思うのは間違いです。すべての人は、信仰をもとうがもつまいが、本当は神において一体の存在ですから、孤立して生きているのではない。すべての存在とともに、支え合って生きているのです。そのことがわかると、私たちは、死んだように見えていた世界が、ちょうど今の春の時季のように、命が芽吹き、生長する世界だと観ずることができるようになるでしょう。
 
 私は最近、植木鉢にツバキの種を植えました。この種は、道端の植込みの上に落ちていたのです。長さが2.5㎝ぐらいで、ちょうどカキの種ぐらいの大きさで、土色をしていました。土色のものが土の上に落ちていたのですから、普段は見過ごしてしまうものです。それをなぜ見過ごさなかったかと言えば、その種を落とした元木が生き生きとして育っていて、鮮やかな赤と白のシボリの花をつけていたからです。「ああ、美しいなぁ」と、その花の美しさに誘われて近づいていったので、私は土の上の土色の種を見つけることができたのです。

 私たちの人生にも、これと似た側面があると思います。私たちは、ある人の人柄や仕事の素晴らしさに引きつけられて、結婚したり、同じ会社や団体の一員となったりします。しかし、歳月がたてば家族や会社から離れていく時期が必ず来ます。が、その時には“種”を受け継いでいる人が必ずいるでしょう。親木とまったく同じでなくていいのです。交配の結果、結ばれた種ですから、遺伝子的には同一ではない。しかし、前の世代の形質を確実に受け継いでいる。そういう人たちが、私たちの肉体が活動している間に目の前に現れなくても、“種”を別の地で発芽させる人がいる。また、次の世代で芽を出す種もあるでしょう。そのようにして、私たちの光明化運動も広く海外にまで発展していきました。
 
 今日、お祀りした人の中にもブラジル人の方が25人、いらっしゃいました。皆、講師や幹部として活躍された方です。日本人の方は、釧路や旭川から鹿児島までいらっしゃいました。私たちはこれからも、これら諸先輩と共々に、この真理宣布の運動を魅力あるものに育て上げ、大輪の花を咲かせて多くの人々を誘い、人類光明化と国際平和実現に寄与していこうではありませんか。春のお彼岸のお祀りに当って所感を述べさせていただきました。本日はお参りくださり、誠にありがとうございました。

 谷口 雅宣

| | コメント (2)

2010年3月18日

「わかる」ということ (3)

 前回の本欄で、ある特定の「ピンクのバラの花」について理解しているA、B、Cの3人を想定した。Aさんは、実際にその花を花屋に買いに行った人。Bさんは、バラ栽培を仕事としている人。Cさんは、バラの絵を得意とする画家だった。バラを「わかる」人とは、この3人以外にもいろいろ考えられる。例えば、“青いバラ”の創造を目指して遺伝子研究をしている分子生物学者とか、バラの香りのする香水を開発した人、前回も触れた食用バラの開発者、○○バラ園の園長さん、バラにつく昆虫用のレペラントの研究者など……このほか、「私はバラが大好き!」と思うすべての人々も、それぞれの人なりに「バラがわかる」と思っているに違いない。では「バラがわかる」とはどういう意味なのだろう?
 
 それは恐らく、「バラについての情報を多く、バランスよく得る」ということだろう。バラについての情報は、大別して2種類ある。1つは感覚を通した情報であり、もう1つは言語を通した情報だ。前者は、バラの花や葉の形、色、香り、味、感触など、五官から得られるものであり、後者は、バラについての知識--園芸上、分類学上、生物学上、遺伝学上、経済学上、文化人類学上……の知識である。本欄の読者になじみのある表現を使えば、前者は“右脳的情報”であり、後者は“左脳的情報”である。この2種類の情報をバランスよく得ていない人を、「バラがわかる」とは呼べないだろう。

 例えば、バラを見たこともない人が、この植物が全世界でどのような値段で売られているかという情報にどんなに詳しくても、その人には「バラがわかる」とは言えない。バラは美しく花を咲かせるのに手間がかかり、だから比較的高価な花であり、香りがよく、昔から人々に愛され、愛情表現の手段に使われ……などという知識をどんなにたくさんもっていても、その人がバラを見たことも花の香りをかいだこともないのでは、なぜバラがそういう扱いを受けてきたのかの理由が実感できないだろう。単に「美しいから」では、理由としては足りない。美しいだけでは、美しい花はそれこそ無数にある。バラ独特の美しさと、香り、それからトゲの鋭さ……などの、五官からしか得られない“右脳的情報”と照らし合わせてみて、初めて経済的価値などの“左脳的情報”が納得できる。この「納得できる」という実感が「わかる」の意味だと思う。

 では、右脳的情報だけでは「わかる」という実感は得られないのだろうか? これについては、私の最近の経験を語らせてほしい。

 --ある週末の晩、妻と私は夕食のために銀座のレストランへ行った。その店の窓際の席には、三十代の前半ぐらいの女性のグループがいた。その中の一人だけが2歳ぐらいの男の子を連れていて、他の3人はまだ未婚という感じだった。恐らく大学の同窓生か何かだろう、と私は思った。時間はまだ早いのに、その女性グループは結構ハメをはずして大きな声でしゃべっていた。やがて、ビール瓶とグラスが運ばれてきて、乾杯の時となった。2歳の男の子は、もちろん仲間外れだ。ところが、男の子は自分も仲間だと考えている風情で、テーブル上に置かれた、母親のビールのグラスに、盛んに手を伸ばすのである。それを母親が妨げると、男の子は声を上げて抗議する。他の女たちは、母親が持ってきた哺乳瓶を男の子の前に置いて、それを彼に持たせようとするのだが、子供はいつも見慣れているそんな容器ではなく、グラスの中で小さな泡沫が上がっては消える不思議な金色の液体の方に興味があり、手を伸ばすのをやめない。が、その子は結局、大人の要求に従うほかはなかった。

 こんな場合、男の子にとって「ビールがわかる」とはどんなことを指すのだろう。また、彼に向かって女たちが「あなたはこれが飲めないのよ」と言ったとしたら、その言葉の意味を「わかる」とは、いったいどういう状態を指すのか? 男の子がこの時、初めてビールを見るのだと仮定しよう。彼がそれから右脳的情報を得るには、目で見るだけでなく、グラスに触り(冷たい感触がする)、匂いを嗅ぎ(ホップとアルコールが混ざった香りがする)、口の中に流し込んで(苦さと炭酸の刺激でむせ返るかもしれない)、喉の奥に呑みこむ。まもなくアルコールが効いてきて、彼は酔う。この体験は、男の子にとって大変刺激的だ。そして、彼は恐らく「うまい」とは感じないだろう。では、これで彼は「ビールがわかった」と言えるのだろうか? 私はこれは「ビールを体験した」とは言えても、「わかった」とは言えないと思う。体験は即理解ではない。

 この体験の後、男の子はその少ない言葉と概念を使って、自分の生活の中でのこの体験の位置を確かめようとするだろう--母親が禁止したものを口に入れて、大変なめに遭ったこと。世の中には、母乳や牛乳やジュースなどの美味しいもの以外にも、苦いもの、まずいもの、強烈なものがあると知り、そういう“危険物”のカテゴリーの中に「ビール」が投げ込まれる。そして、目に見てきれいなものでも、口に入れると危険な場合がある、などと知る。そういうように実際の体験を“左脳的”に咀嚼した後に、初めて「ビールがわかった」と言えるのではないだろうか。2歳の男の子場合、この作業は十分にできるとは思えない。体験を整理するための言葉や概念の数が足りないからだ。が、私がここで言いたいのは、人間が何かを「わかる」ためには、単に感覚的な体験を得るだけでなく、その体験を論理的に整理し、判断することが必要だということだ。

 谷口 雅宣

| | コメント (5)

2010年3月17日

「わかる」ということ (2)

 
 前回に引き続き、特定の「ピンクのバラの花」とそれが「わかる」ということについて、さらに考察を進めよう。その時に登場した「この花がいつどこで収穫され、どこの花屋から買った何という種類のバラで、どれほどの値段のするものかをわかっている人」を、「Aさん」と呼ぶことにする。このAさんは、私たちが今考えている“特定のピンクのバラの花”を最もよく「わかる」人だろうか? 私は、必ずしもそう思わない。Aさんは、このピンクのバラの花について、確かに“外面的情報”を多くもっているかもしれない。しかし、彼が自ら花屋へ行ってバラを買ってきたとしても、植物としてのバラを育てた経験がなかった場合、バラの栽培を仕事としている人に比べると、そのバラを「わかる」度合いが勝っているかどうかは、充分に議論の余地があるだろう。バラ農家の人は、育てる過程でバラの香りの違いもわかり、トゲで刺される痛さも経験し、バラにつく昆虫の種類もわかり、気温や湿度に応じて異なる性質の違いもわかっているに違いない。バラの中には食用に開発されたものもあるようだから、もしかしたら味の違いもわかっているかもしれない。この人を今、仮に「Bさん」としておく。
 
 また、ここにもう1人の「Cさん」を想定してみよう。この人は、バラの絵を得意とする女性の画家だ。彼女は、世界各地のバラ園に行って取材し、スケッチや油絵など数多く描いてきた。この人がもし私の講習会に来ていて、あの特定の「ピンクのバラの花」を会場の画面の中に見たとする。するときっと彼女の脳裡には、これまで描いた「ピンクのバラの花」の記憶が甦ってきて、その香り、花弁の柔らかさ、「ピンク」という1色だけでなく、その花を描くのに使った数多くの「ピンクの色」や「ピンク以外の色」のことなども思い出される。また、花弁の形や、ガクの色と形、葉の色、葉の表面の細かい毛、トゲの形と大きさ……なども思い出すかもしれない。それらは皆、「ピンクのバラの花」という簡単な言葉ではとても表現しつくせないから、彼女はその特定のバラの花について、「まだわからない」と感じるかもしれない。自分でその花の前に行き、スケッチブックを開いて、ペンや鉛筆を走らせて描いてみたい、という衝動に駆られるかもしれない。そうすることによって、彼女はより深くその花と接触し、理解し、その花を自分のものにする。その時、この花をやっと「わかる」ことができたと感じるかもしれない。
 
 このようにして、私たちの思考実験で登場させたA、B、Cの3人を頭の中に並べてみる。そして読者に質問する--この3人のうち、どの人が、私たちが問題にしている特定の「ピンクのバラの花」をいちばん深く「わかる」と言えるだろうか? 繰り返すが、Aさんは、実際にその花を花屋に買いに行った人。Bさんは、バラ栽培を仕事としている人。Cさんは、バラの絵を得意とする画家である。この3人のうち誰が、最も深くそのバラを理解しているだろうか?
 
 読者は、どんな答えを見出しただろうか? 私はこう考える。A、B、Cの三者は、それぞれの仕方でこのバラの花を理解していて、その理解の程度はそれぞれに「深い」。しかし、その深さの程度を互いに比べることはできないか、できたとしてもあまり意味がない。なぜなら、三者の理解は三様であり、質的に違うからだ。Aさんは、バラを愛する「消費者」の立場からその花を理解している。Bさんはバラの「生産者」の立場からの理解であり、Cさんはバラを愛する「表現者」としての立場から、そのバラを理解している。三者の理解には、もちろん共通部分もある。が、それぞれに独特の部分もあり、それらは比較できない。結局のところ、三者は、それぞれ自分の生活や仕事に“引きつけて”バラの花を理解するのである。言い換えれば、自分の立場を“通して”バラを理解する。それによって理解が深まる部分もあれば、逆に、理解が曇らされたり、歪められる場合もあるだろう。だから、何かの対象を私たちが「完全にわかる」とか、「完璧に理解する」ということはない、と考えていい。
 
 私がなぜ、こんな面倒臭い議論をするかを説明しよう。それは、宗教の世界でもこれと似たことがよく起こるからだ。私たち人間は、何かを「わかった」と感じる時、それはまるで天から降った“啓示”のように確信を伴うことがある。それをよく「直感的にわかった」と言う人がいるが、その場合でも、私たちの理解は「完全」でも「完璧」でもないのだ。それは自分の立場を通して得た理解であるから、他の人がその人の立場を通して得た理解とは異なる可能性が残されている。だから、何かをよりよく「わかる」ためには、いろいろの立場、いろいろの角度から理解する努力が必要である。それを怠った場合、その人がどんなに確信をもって「わかった」ことでも、間違いであったり、浅薄な理解であることもあるのである。
 
 谷口 雅宣
 

| | コメント (3)

2010年3月16日

「わかる」ということ

 私たちは、何かを理解する意味で「わかる」と言う。例えば、「あなたの言うことはわかる」とか「彼らのくやしさがわかる」というように、他人の気持を理解したり、他人の感情を自分の感情のように感じるとき、この「わかる」という言葉を使う。しかし、それだけではない。人間の言うことや感情と関係がないものを「わかる」こともある。例えば、何かの商品に対して「その値段ならわかる」と言う。また、新しく提案された制度に対して、「その仕組みはわかる」と言う。人間と離れたことでも、「その花が美しいとわかる」と言ったり、「車の速度が速いとわかる」というような場合もある。

 こういうことを考慮して、『大辞林』(三省堂)は「わかる」という言葉に次の3つの意味を与えている:①物事の意味・価値などが理解できる。②はっきりしなかった物事が明らかになる。知れる。③世情に通じ、融通のきく考え方をする。このうち、私の今の関心は①と②にある。なぜなら、③は①と②を前提とするからだ。

 ①の定義による「わかる」は、表面的にはまさに“わかりやすい”が、詳しく検討してみると、それほど十分な定義とは言えない。なぜなら、私たちが物事の意味や価値を理解する場合には、「程度」の差があるからだ。例えば、「ほとんどわからない」段階と「少しわかる」段階があるだろうが、その境界線はどう判断するのか? 「わからない」状態から「わかる」状態に移行するのはどの段階なのか? また、「わかっている」つもりの理解が不十分なことはあり得るし、「十分わかった」という人が誤解していて「わかっていない」こともある。そういう場合、「わかる」と「わからない」の違いを判別する基準は、そう思う本人の主観なのか、それとも本人とは別にどこかにいる“客観的判定者”なのか--こういう諸々の問題が出てくる。

 そういう点も含めて、私は生長の家講習会で「そこに花があるとわかる」という話をよくする。これは、私たちが「わかっている」つもりのことでも、本当はよくわかっていないことを指摘するためだ。花にはたいてい色がついているから、「そこに花があるとわかる」という理解は、「そこに赤い花があるのがわかる」とか「ピンクの花があるのがわかる」と言い直してもいい。この場合の「わかる」は、そういう事実があると知覚することだろう。しかし、それによって本当に何が「わかる」のかは、はなはだ心もとないことが多い。 もっと詳しく説明しよう。
 
 講習会で私が話す演壇の脇には、何種類もの花を活けた豪華な生花鉢がよく飾ってある。それは、聴衆の側から向って左の舞台袖の、演壇から数メートル離れた位置に、台に置いてあることが多い。演壇と生花台との間には、50インチほどの映像表示パネルがある。私は講話で複雑なことを説明するときなど、その映像パネルに文字や画像を表示し、指示棒でそれを指し示しながら説明する。だから、演壇に立つ話者や画像に注目している聴衆の目には、その脇にある生花は入りにくい。そんなときに、私が「ここに花がたくさんありますが……」と指摘すると、初めてその生花鉢の存在に気づく人もいる。また、気づいていても、どんな花がそこにあるかを知らない人が多い。単に「花」というものに興味がない人もいれば、普段は興味があってもその日は講話に集中していて、興味が湧かない人もいる。さらに、舞台から遠くの位置にいる人にはよく見えないから、無関心であることもある。そんな時に、私が「ここに花がたくさんありますが……」と言って生花台に近づき、それらの花の一つに指示棒を延ばして「これはピンクのバラの花です」と言うとする。私の講話中は、私の様子は会場の映像表示装置に映されているから、この時、その画面には「ピンクのバラの花」が拡大して表示される。それを見、私の説明を聞いて、多くの聴衆は「わかった」と思うに違いない。
 
 しかし、いったい「何」が、この時わかったのだろう? それは恐らく、私が舞台上で言葉と動作で指摘したことが、舞台の上の現実と一致しているという理解に達したという意味だ。上の「わかる」の定義では、①に当てはまるものだろう。しかし、「ピンクのバラの花」の言葉で示されるものは、この時、私が指示棒で示している“特定の対象”以外にもたくさん存在する。また、「ピンク」という色にも、赤に近い濃いピンクから、白っぽく淡いピンクまでいろいろある。さらに、「バラ」という花には園芸種だけでも1万種以上の多くの種類がある。私が舞台上で示した“特定の対象”が、そのような、ほとんど無限の数がある「ピンクのバラの花」の中のどれに該当するかは、多分、誰にも「わかる」ことはないだろう。別の言い方をすれば、この時、私の示した花が「いつどこで収穫され、どこの花屋から買った何という種類のバラで、どれほどの値段がするか」をわかっている人は、ほとんどいない。また、仮にそのバラが「クイーン・エリザベス」という品種だとわかる人がいても、それが「1953年に戴冠した英国女王の名にちなんで、翌年にアメリカ人のラマーツ氏によって作出された品種」であることを知っている人は、さらに少ない。
 
 さて、ここで考えてみよう。この時、私が指示棒で示した“特定の対象”を「ピンクのバラの花」だとわかった大部分の聴衆を一方に置く。そして、もう一方には、この花が「いつどこで収穫され、どこの花屋から買った何という種類のバラで、どれほどの値段のするものか」をわかっている人を置くとする。前者と後者を比べると、どちらがこの花を「よくわかっている」と言えるだろうか? 答えは自明である。後者の方が、この“特定の対象”のことをよくわかっているのだ。先に挙げた『大辞林』の定義を使って言い直せば、後者の人の方が、この花の「意味・価値などをよりよく理解できている」のである。両者の間にある「わかる」程度の差は、相当大きいと言わねばならない。
 
 谷口 雅宣

| | コメント (0)

2010年3月14日

名古屋で植物画を見る

 今日は暖かな好天のもと、名古屋市の日本ガイシスポーツプラザで生長の家講習会が行われ、1万2,140人という大勢の受講者が集まってくださった。会場は、昼前にはほぼいっぱいになったが、市内ではちょうどアジア大会の代表選考会を兼ねた名古屋国際女子マラソンが行われていたためか、午後からの参加者の足が鈍り、前回よりわずかに(-1.1%、135人)少なかった。しかし、会場は終日和やかな雰囲気で、話し手の立場から言わせていただけば、受講者からの反応もよく感じられる“手ごたえ”のある講習会だった。質問も用紙の数にして30枚ぐらいと多く出たが、時間の関係で3分の1ぐらいしか答えられなかった。講習会後に行われた同教区の幹部との懇談会では、活発な発言が続いたため、予定時間を10分も超過することになった。

 前日夕方、宿泊先のホテルに隣接した名古屋ボストン美術館で開催されている「永遠(とわ)に花咲く庭」という企画展を鑑賞する機会があった。これは17~19世紀のヨーロッパで発達した植物画の展覧会で、同時に進行していた印刷技術の進歩にともない、画家の技法が変化していくのがよく分かった。また、植物への興味がやがて植物学へと結びつき、科学的な興味にもとづいた写実的な細密画と、花器に活けられた豪華な花束を描く芸術的志向へと分化していく過程も示されていた。私が驚いたのは、初期の植物画の大きさと色彩の鮮やかさである。植物画の多くは書物の形で残されているが、その大きさは我々が使う事務机の半分以上のものだったりする。それは恐らく、木版や銅板で細密に植物を描こうとすると、実際の植物の大きさでは難しく、拡大せざるを得ないという事情があったからだと想像する。また、初期の植物画は単色刷りをした上に、手でていねいに彩色してある。その顔料に何が使われたか知らないが、数百年後の現代でも色褪せが少なく、当時の花の美しさを残してくれている。

Efuto031310  これらの植物画の中にツバキがあった。ツバキは、18世紀の初めに日本からヨーロッパに輸入されて人気を呼んだらしい。展覧会のカタログには、輸入後に「51点もの植物画に取り上げられ、19世紀の芸術と文学に幅広く描かれている」とある。この頃、日本は鎖国時代だから、わずかに海外とつながっていた長崎の出島あたりから、オランダ人を経由してヨーロッパに渡ったのだろう。赤、白、しぼりなどの大輪の花が豪華に描かれていたが、私の知らない形のものも少なくなかった。その絵を見て思ったのは、日本では、何輪ものツバキの花を1枚の絵に描く場合、1つぐらいは、花が形を崩さずに丸ごと落ちている様子--ツバキの特徴--を描くだろうということだ。が、そういう落花の絵は、西洋の植物画には見られなかった。

 ホテルにもどると、これらの植物画に刺激されてヒマワリの花を絵封筒に描いた。
 
 谷口 雅宣

| | コメント (3)

2010年3月13日

古い記録 (14)

 昨年末以来、ひさしぶりでこの題で書く気になったのは、生長の家講習会のために来た名古屋市で今日、愛知教区の木場一廣・教化部長から“小学生の詩”を見せてもらったからだ。この小学生とは、実は私自身のことだ。私が小学6年生の時に書いた詩が、東京生命学園が発行した文集に載っていたというのである。「かべ」と「ビル工事」という題の2作である。別に傑作というわけではないが、私が今「感覚優先のものの見方」と呼んでいるものが、ここにあると感じる。子供の頃、人間はきっとこういうものの見方、感じ方をしているのだ:
 
  か べ

 かべを見つめた
 おやこんな所にあながある
 おやここにはひびがはいってある
 このかべはずいぶん古いな
 このひびは大きい川だ
 このひびは小さい川だ
 このあなは湖だ

  ビル工事

 目をつぶった
 人の声といっしょに
 ガタガタと
 音が聞こえる
 きっと工事の音だろう
 まどから見てみると
 むこうのビルから
 ガタガタと音が
 きこえる
 この暑い日にも
 働いている人が
 いるのか
 
 最初の詩は、単純だから解説の必要はあるまい。2番目のものも同様だが、あえて言うと、感覚が視覚から聴覚へ移ることで、考えも変わることを示している。人間の視覚から入る情報は大量だから、それを処理する「視覚野」と呼ばれる神経細胞群は、脳の中でも大きな領域を占める。そこからの入力を止めるのが「目をつぶる」ことだ。これによって、聴覚に注意が集中される。すると、これまで気がつかなかった小さな音が聞こえてくる。それに伴い、作者の考えが新たに生まれる。その考えにもとづいて行動が起こる。そして「この暑い日にも人が働いている」という驚きとなる。素直な少年の詩ではある。
 
 谷口 雅宣

| | コメント (0)

2010年3月12日

“非核3原則”は守るべきか?

 このほど民主党政権によって日米安保に関するいくつかの“密約”の存在が明らかになったが、読者は驚いただろうか? 私は昨年6月30日の本欄に「ウソの看板は降ろそう」という題をつけ、「政府はもう“実は、非核2原則だった”と発表すべきである」など書いたから、特に驚かなかった。が、今回の大々的な発表のあとで、鳩山首相が“非核3原則”について「これまで通り堅持する」と言ったのには少し驚いた。これまで堅持されてこなかった原則を「これまで通り堅持する」という日本語も奇妙だが、それよりも、永年にわたって通用していなかった原則を、これから「堅持する」ということの意味がよく分からなかったからだ。この“新方針”は岡田外相も共有しているらしく、3月10日付の『朝日新聞』によると、同外相は「核搭載艦船の日本寄港・通過は核の“持ち込み”に当たるとの従来の立場も維持するとした」という。その理由は、寄港が「実際に問題になることはない」からだという。これは、「1992年に米政府が水上艦などから核兵器を撤去している」からという意味らしい。
 
 この“新方針”は10日、国会の場でも繰り返されたから、どうやら現政権は本気でそう考えているようだ。10日付の『朝日』の夕刊によると、同日の衆院外務委員会で岡田外相は、「核を積んだ米艦船が日本に寄港・領海通過する可能性を改めて否定」し、さらに「核兵器を持たず、作らず、持ち込ませず」の非核3原則は「鳩山内閣で見直す考えはない」と述べたという。私は、「非核3原則の有効性の検証は今後、日米の新たな同盟関係の構築を検討する中で慎重に行っていく」ぐらいの発言に留めておくべきだったと思う。なぜなら、鳩山首相が就任早々に述べたように、日米関係を今後の日本外交の基本としていくならば、この問題は日本が単独で決定すべきものではないからだ。とりわけ、来月中旬には、首相がオバマ大統領と会う可能性があるのだから、硬直した考えの表明は、外交的な選択肢を自ら限定してしまうことにもなる。
 
 この問題で重要なことの1つは、アメリカ側の核戦略である。「将来的な核廃絶」を打ち上げたオバマ政権が、この問題でブッシュ時代から変化しているのかしていないのか、私は知らない。岡田外相は本当に知っているのだろうか? 知らないならば、性急すぎる発言である。知っていると仮定すると、その内容はブッシュ時代と同じで、「日本に寄港し、あるいは領海を通過する艦船が核兵器を搭載しているかどうかを明示しない」というものだと理解しているのだろう。この政策は、核兵器の存否について「肯定も否定もしない」(neither confirm nor deny)のだから、英語の頭文字を取って「NCND政策」と呼ばれている。これについて同外相は、すでに「日本の非核3原則とアメリカのNCND政策は一つになり得ない」と言っている。ということは、鳩山内閣が続くかぎり、核兵器(小型の戦術核を含む)を積んだ米航空機や艦船(原潜を含む)の領海通過や寄港・立ち寄りを一切認めないことになる。あるいは、(この選択肢は不合理だが)アメリカ側がNCNDを徹底するならば、日本の意思に反して、核搭載の米艦船に日本の領海を通過させ、入港させることになるのか? これではもはや日米は「同盟国」とは言えない。
 
 そこで残された疑問は、日本の現政権がいわゆる“アメリカの核の傘”を望んでいるかどうかだ。このことについては、私は現政権閣僚からの明確な発言をまだ知らない。「核の傘」とは、日本と友好関係にない核保有国が核兵器による脅しをかけてきた時に、「オタクが核攻撃をした場合には、わが国と同盟関係にあるアメリカが核による圧倒的な報復攻撃をしてくれるゾ」と答えられるための政治的・軍事的担保のことである。この基礎は日米安保条約であるが、それだけでは必ずしも十分でない。安保条約は政治的担保の1つではあるが、そこに書かれた言葉が現実味をもつためには、言葉での約束を十分実行し得るような政治的・軍事関係が現に存在していなければならない。例えば、いま仮に日本国内から米軍基地がほとんどなくなり、中国あるいは北朝鮮からの日本への攻撃に対して、アメリカが報復攻撃する防衛ラインがグアム島まで後退していたとする。また、北朝鮮のミサイルがアメリカ西海岸に到達できる能力をもっていたとする。この時、北朝鮮の意思決定者がアメリカの報復の可能性を信じるに足る政治的・軍事的担保が、日米間に存在するかどうかが重要になる。
 
 日米関係が政治的にギクシャクしていて、軍事的には日米両軍が別個の指令系統で運営され、日本周辺には核兵器を搭載したアメリカの艦船や航空機が存在せず、しかも米中関係も敵対的であった場合、北朝鮮の意思決定者はこう考えるかもしれない--
 
「わが軍のミサイルは、20分間で日本の札幌、東京、大阪、福岡を核攻撃で機能マヒさせることができる。これに対して、アメリカがわが国を報復する場合、所要時間は早くて数時間、場合によっては数日である。この間に、同盟国である中国が、アメリカのわが国に対する核報復攻撃は自国に対する攻撃と見なすと宣言すれば、アメリカはサンフランシスコやロサンゼルスを犠牲にしてでも日本を守るという決断をするとは思えない。だいたい、同盟国中国はアメリカの首都ワシントンを攻撃できる能力をもっているから、米中の核戦争の危険性を考えて、アメリカはわが国を報復攻撃しないだろう」

 このような考えが仮想敵国の意思決定者の心中に起こるならば、たとえ日米安保条約が存在していても“アメリカの核の傘”が事実上存在するかどうか、疑わしい。日本はまだ、北朝鮮や中国との間に充分な信頼関係を築いていないから、現状の国際関係にあっては、“アメリカの核の傘”がまだ必要だと私は思う。ということは、現状においては、報復に使われるアメリカの核兵器が日本周辺にあるかもしれず、ないかもしれないというアメリカのNCND政策は有効だと考える。これはつまり、日本攻撃のための核ミサイルの発射ボタンを押そうとしている仮想敵国に対し、アメリカの報復攻撃の可能性が大きいと考えさせることで、その攻撃を思いとどまらせる--抑止する--ための方策なのである。とすると、日本の“非核3原則”の第3項目は、この機会に撤廃するのがいいと私は考える。
 
 谷口 雅宣

| | コメント (3)

2010年3月10日

ポスティングジョイがツイッターに参加

 生長の家が運営している“よろこびの投稿サイト”「ポスティングジョイ」については、昨年11月9日の本欄などで紹介してきたが、このほど新機能が加わってバージョンアップした。その中でも画期的だと思うのは、世界的な活況を見せているミニブログ・サイト「ツイッター」への自動投稿機能が加わったことだ。これにより、ポスティングジョイに投稿される“よろこびメッセージ”が自動的にツイッターに転送されるから、ツイッターを通した“よろこびメッセージ”(ジョイ)の発信力が1人の場合の何十倍、何百倍にもなることが予想される。「人生の光明面を見る」という日時計主義をネット上で実践する媒体としては、今後のますますの発展が期待できると思う。
 
 ツイッター上のポスティングジョイを見るとわかるが、ジョイを投稿した際、ツイッターのタイムラインには、タイトルとカテゴリーとジョイのURL(ネット上の住所)だけが表示される。そして、興味をもった人がURLをマウスでクリックすれば、ジョイの内容が読めることになる。だから、多くの人にジョイを読んでもらうためには、魅力的なタイトルをつける工夫が必要だ。また、簡単で短いタイトルよりも、ジョイの内容をうまくまとめた長めのタイトル--ちょうど新聞記事の見出しとリード文を一緒にまとめたような文章が効果的だろう。
 
 私は、さっそくこの新機能を使ってこんな文章をタイトルにした--「喜びの投稿サイト[postingjoy]が世界に向けて“よい出来事”を発信開始。参加者の増加が期待されます。」これによって、ツイッター上に表示される文章は、下のとおりである:
 
喜びの投稿サイト[postingjoy]が世界に向けて“よい出来事”を発信開始。参加者の増加が期待されます。[よろこび日記] http://postingjoy.com/users/99091102155425/diary/show/5600

 ポスティングジョイの利用者は、この機能を大いに利用して、ネットによる日時計主義実践の幅を拡大していってほしい。また、ツイッターに加入していてもポスティングジョイに参加していない読者は、この機会にポスティングジョイに登録していただけるとありがたい。きっと仲間づくりにも役立つと思う。この分野は、まだまだ未開発で、工夫しだいでは運動にも役立つ可能性が出てくると思う。読者の斬新なアイディアを本欄やポスティングジョイの運営事務局にどんどん提案してください。
 
 谷口 雅宣

| | コメント (0)

2010年3月 5日

大地震は“神”の警鐘か?

 アメリカ人の作家、ジェームズ・キャロル氏(James Carroll)が、3日付の『ヘラルド朝日』紙に“自然災害と神”の問題について書いた論説を、興味深く読んだ。これは、1日付でキャロル氏が『ボストン・グローブ』に書いた「ハイチと神」という文章の転載であると思われる。キャロル氏は、FBI捜査官を父親にもち、カトリックの聖職者としての経歴をもつことから、「政治と宗教」の問題など我々にも関係のある分野での発言が多い。本欄でもかつて「信仰による戦争の道」と題して、彼の見解を紹介したことがある。今回の同氏の論説は、「神が存在するなら、なぜ天災によって大勢の人々が死ぬか」という疑問について述べたものである。直接的には今回のハイチの大地震のことを指しているだが、その直後に起こったチリの巨大地震や、その他の大きな自然災害、はたまた戦争による犠牲の理由とも関係しているだろう。彼の答えは、「神も被災者と共に棄てられ、苦悶している」というものだ。
 
 これには説明が必要だろう。キリスト教には「神とイエスは一体」という教義がある。換言すれば、「イエスは神である」のである。その神であるはずのイエスは、ローマ帝国の支配下で無実の罪で十字架刑に処せられ、自らを救うこともできずに、苦しみながら非業の死を遂げた。このような不名誉な存在が実は“神の子”であると信じることで、キリスト教徒は他の信仰者にはない慰め(consolation)を得られるのだ、という。この慰めから、未来に向けた強い精神力と自尊心が生まれるのだという。このキャロル氏の論理は、なかなか分かりにくい。
 
 同氏もそう感じたのか、この論説の半分を割いてその説明をしている。それによると、この問題は、昔から「弁神論」(theodicy)と呼ばれている神学・哲学上の問題であるという。つまり、「無限能力をもち、かつ善である神が、罪のない多くの人々が苦しむことをなぜ許すか」ということである。無限力であるならば、地震を起こすのを止めることもできただろうし、止めない場合でも、人々に前もって地震が起こることを知らせ、避難させることもできたはずなのに……という疑問が言外にある。つまり、こういう大惨事の前では、神の「無限力」と「善」は両立しないのである。大地震の被害を受けた人々は、神が災害を引き起こしたと考えた場合には「無限能力をもつ」ことは認めても、「善である」ことに承服するのが難しい。また、その逆に、災害が神の意志でないと考えた場合には、神は「善である」ことは認められても、災害が起こるのを止められなかったのだから、神は「無限能力をもつ」ことは認めるのが難しい。そうなると、昔から信仰されてきた「無限力かつ善」という神のイメージが崩壊し、「神など存在しない」という結論に達する人も出てくることになる。それを防ぎ、神のために弁明をするための議論が「弁神論」である。
 
 キャロル氏の説明には驚かされる。彼は、十字架上のイエスの苦しみは、肉体的なものだけでなく精神的なものでもあるという。そして、「イエス自身が、神への信仰を失った」のだと同氏は言うのである。これは『マルコによる福音書』の有名な言葉--「エロイ、エロイ、ラマ、サバクタニ」(第15章34節)のことを指している。この意味は、「わが神、わが神、どうしてわたしをお見捨てになったのですか」ということだ。氏によると、これはギリシャ語を原典とする新約聖書の中では珍しく、イエスが実際に話したアラム語で記述された箇所だという。だから、この記述は「歴史上のイエスが体験した実際の、強烈な絶望の時を示している」と同氏は言う。さらに「キリスト教は神の喪失から始まった」とさえ同氏は述べるのである。これは、なかなか厳しい言葉だ。そして、氏は「だから、救済の仕事は人間がすべきだ」と結論する。「もし“愛なる神”がこの世で働かれるとしたら、それは人間の愛の行為を通してである」--氏はこう論説を結んでいる。
 
 私は、キャロル氏の考えがキリスト教を代表するとは思わない。また、氏がこの論説で自分の神観や信仰を十分に説明しているとも思わない。なぜなら、氏は「弁神論」について語りながら、神を弁護することには失敗していると思うからである。しかし、「神の愛は人間の行為を通して現れる」という考えには大賛成である。生長の家では、ハイチ大地震の被災者への救援募金をすでに開始しているが、チリの巨大地震への救援もまもなく始まると期待している。が、忘れてはならないのは、これらはあくまでも「人間」を対象とした救援活動である。近代化以降、人間が自然界全体に及ぼしてきた破壊活動についても、口をつぐんでいてはいけないだろう。現代の科学は、地震などの地殻変動と地球温暖化の間に関係があるとは言っていないが、自然界からの“警鐘”の中には、今の人間の理解を超えるものがあっても不思議はないのである。科学は、まだ自然のすべてを理解してはいないのである。
 
 谷口 雅宣

| | コメント (6)

2010年3月 3日

『産経』は温暖化懐疑論なのか?

 本欄では過去にも『産経新聞』の報道姿勢に疑問を投げかけたことがある。私は自宅では同紙と『朝日新聞』を購読していて、職場では『日本経済新聞』を読む。こうすると、日本における“保守”と“リベラル”の論調がだいたい分かるだけでなく、いわゆる“経済界”寄りの考えも分かる。すると、経済界にも“保守”と“リベラル”的な思潮があることが分かる。地球温暖化関連の報道では、『産経』は対策に消極的であり、『朝日』と『日経』は積極的である。これらの違いはあって当然だし、自由主義下では違いがある方が健全である。しかし、いやしくも全国紙として、国内の広範囲に数多くの読者をもっている報道機関であるならば、事実を歪曲したり、極端で無責任な言説を弄することは許されないだろう。だから、バランスを欠いた報道が“極端だ”と感じられた場合、私は本欄で異議を唱えてきた。
 
 今回、文句を言いたいのは2日付の『産経』の第一面に載った「地球温暖化論への懐疑」という記事で、ワシントン駐在の古森義久・編集特別委員の署名が入っている。「あめりかノート」というコラム名のようなものがついているから、ワシントンでアメリカ政治を長らく取材してきたジャーナリストが、“現場報告”という意味合いで記事を書いたという意図は分かる。だから、「地球温暖化論への懐疑」という題がついていても、その「懐疑」はアメリカの政界で起こっている現象の1つであるのだろう。日本でもアメリカでも、政治の場ではいくつもの現象が同時に起こっているのが普通である。それをバランスよく伝えるのが報道機関の役割だと思う。それでは、この記事は何を伝えているのだろうか?
 
 はっきり言うと、古森氏の記事は、国連の気候変動に関する政府間パネル(IPCC)が2007年に出した報告書の内容の批判ないしは否定である。古森氏にその意図はないのかもしれないが、記事の書き方から言えば、全体の4分の3がIPCCの報告書に見つかった間違いの指摘と、それによって勢いづいた温暖化否定論者(米共和党に多い)の動きを書いていて、温暖化抑制を訴えてきた元副大統領のアル・ゴア氏の反論は、わずか3行しか紹介していない。問題の報告書に間違いがあったことは事実だから、それを伝えるのに私は反対しない。しかし、だからといって「温暖化論の最大根拠とされた国連報告書が間違いだらけだと判明した」などと書くのは言い過ぎであり、事実とは違う。こんな表現だと、「温暖化論そのものが間違いだ」と言っているのと等しい。そう言うつもりがないのであれば、世界の科学者の圧倒的多数が地球温暖化を認め、その原因が人間の活動であると合意していることについて、記事のどこかで触れるべきである。そうしなければ、『産経』の読者の多くは、「地球温暖化は大ウソ」「温暖化ガス削減努力は無意味」などと考えるだろう。報道機関にはそういう世論操作は許されないし、無責任すぎる。

 この古森氏の記事は、自分の主張に近い人間の動きを選んで取り上げているように見えるから、一種の“感情論”ではないか。『産経』自体は、地球温暖化の存在を認め、その原因が人間の活動によるということも認めている。その証拠に、今日(3日)の「主張」欄では、「問題の多い25%削減ありき」と題して、鳩山政権の「地球温暖化対策基本法案」の内容を批判している。つまり、「25%削減」という数字に反対しているのであり、地球温暖化対策をすること自体には反対していない。いや、むしろ「CO2を出さない原発の増設や稼働率の向上も避けて通れないはずだ」と述べ、また「国内排出量取引制度も国全体の総排出量を減らすことには直結しにくい」と書いて、CO2などの温暖化ガスの排出削減の必要性を説いているのである。
 
 それが社の方針であるならば、古森氏の記事のように、世界の大勢の科学者が時間をかけて積み上げてきた気候変動に関する研究をまとめたIPCCの報告書の内容を、「間違いだらけ」などという乱暴な言葉で一蹴する記事を第1面に掲載する愚をなぜ犯したのだろう……私は理解に苦しむのである。最近の『産経』は、自己主張に執するあまりに、健全なジャーナリズムとしてのバランス感覚を失っている、と私は感じる。
 
 谷口 雅宣

| | コメント (7)

2010年3月 1日

自然との共存・共栄を実現しよう

 今日は午前10時から、東京・原宿の生長の家本部会館ホールで「立教81年 生長の家春季記念日・生長の家総裁法燈継承記念式典」が行われた。以下は、そこで私が述べた挨拶の概要である:
 
--------------------------------
 本日は、生長の家の立教記念日に多くの方がお集まりくださいまして、誠にありがとうございます。

 今日のこの日は、ご存じのように、今から80年前に谷口雅春先生と輝子先生が『生長の家』誌の創刊号を発行されたときに、その創刊号の奥付の発行日が「昭和5年3月1日」となっていたことから定められたものです。あれからずいぶん歳月がたっていますが、今年の4月号から、再び『生長の家』誌が“復活”しました。これは、生長の家の組織の会員の機関誌として出されていた『生長の家白鳩会』『生長の家相愛会』『生長の家青年会』の三誌が、4月号から一誌に統合されたからです。その理由はいろいろありますが、その1つは、紙を多く消費することは森林伐採につながり、深刻化しつつある地球温暖化をさらに悪化することになるからで、普及誌も四誌あったのが三誌に減りました。
 
 私は昨年の11月に総本山で行われた生長の家の秋季記念日の際、「21世紀の人類は自然に対して四無量心を行じることが必要である」という話をしました。これは、単に「自然を愛する」だけでは、執着の愛によって自然を破壊し、生態系を傷めつけ、生物多様性を失わせる結果になるという、近代以降の人類の歩みを繰り返し、さらに深刻化するだけだからです。だから、これからの我々の自然の愛し方は、“執着の愛”を脱して、仏の四無量心を表していく方向に進む必要がある--そういうことを申し上げました。その秋季記念日の翌月には、デンマークのコペンハーゲンで第15回国連気候変動枠組み条約締約国会議(COP15)が行われました。これは、京都議定書の期限が切れる2012年以降に、人類が地球温暖化対策を一丸となって進めていくための枠組みを検討する非常に重要な会議でしたが、それがほとんど実のある結果を生まずに終りました。

 そうして我々は新しい年を迎えたわけですが、元旦の新年祝賀式で、私は秋季記念日の話を受けて、「四無量心を行じる神想観」の改訂版を発表させていただきました。この神想観は、従来のものが主として「人間」を対象にして四無量心を行じるための祈りであったものを、その対象を地上の「生物全体」とエネルギーや資源を含む「鉱物」にも拡大して、四無量心を行じるためのものであります。この神想観を我々が日々実修していくことによって、我々の中にある“自然への愛”が執着や欲望としてではなく、仏の四無量心--神の無限の愛として表現されていく。そういう“心の方向づけ”が今や人類にとってのみならず、地球生命全体の健全な発展にとって欠くべからざるものになっている、そういう考えによるものです。

 2月になると、生長の家が7年越しで検討してきた“森の中のオフィス”の建設用地が発表されました。それが山梨県北杜市の八ヶ岳南麓の地であることは、皆さんもすでにご存じと思います。これによって、生長の家の国際本部が3年後ぐらいには、東京・原宿の地から“森の中”へ移転し、そこで名実ともに「自然と共に伸びる運動」が展開されていくことになります。また、このための準備として、“炭素ゼロ”運動が開始され、その中で生長の家の運動や行事のあり方がCO2の排出を削減する方向に変わりつつあり、さらには紙資源の節約の意味も込めて、普及誌と機関誌の発行形態と内容の見直しが行われています。つまり、この21世紀においては、人類はどうしても従来のライフスタイルを変えて、自然と共存・共栄する生き方を開発し、実践していかなければならないのですが、それを行う時期は今だということです。「低炭素社会への移行は必要だ」と多くの人は言っていますが、その方向に向かって実際に行動する人はまだまだ少ない。この、あるべき生き方へ転換するための“トップランナー”が、今は圧倒的に不足しているのです。生長の家は、宗教運動としてその大切な役割の一端を担うために動き出しているのであり、さらにその歩みを着実のものとしなければなりません。今回、“森の中のオフィス”の建設用地が決定したことで、私たちは、この重要な生き方の転換に向かって“背水の陣”を敷いたことになります。
 
 さて、最近、私はジェレミー・リフキンというアメリカの文明批評家の本を読む機会がありました。『The Empathic Civilization』という題で、日本語に訳すと「感情共有の文明」とでもなるでしょうか。この本の内容については、私のブログですでに簡単に書きました。この本は英文で600ページ以上ある大部のものなので、全部はまだ読んでいません。が、重要なポイントを1つだけ申し上げると、著者は、今世紀の人類が地球温暖化の危機を乗り越えるためには、「人間観の変革」が必要だというのです。近代以降に作り上げられた、他と分離し、孤立した「個人」の幸福を最優先する人間観と生き方では、地球温暖化による気候変動や、希少資源の奪い合いの問題は解決できないというのです。そして、リフキン氏の提案する人間観は、「エンパシー(empathy)で繋がり合った社会とその中の人間」と表現することができます。そういう人間観にもとづいた新しい文明--それが「The Empathic Civilization」(感情共有の文明)です。

 empathy という語は、sympathy と間違われやすいですが、少し違います。sympathyの語は、他人の不幸に対して可哀そうに思うことですから、日本語では「同情」とか「あわれみ」と訳されています。これに対し「empathy」は、ドイツ語の「einfuhlung」から来ている。この語は、1872年にドイツの美学者、ロベルト・ヴィッシャー(Robert Vischer)が造語したもので、ある対象に向かって自分の感情を移入して、その対象を理解することを指します。その後、ある人が他の人の立場に立って、その人の感情や考えを理解するという心理的過程を意味するようになりました。英語圏で「empathy」が使われるようになったのは、1909年以降で、アメリカの心理学者がドイツ語からこの語を造語して、「他人の感情の中に入る」という意味となり、日本語では「感情移入」などと訳されています。
 
 リフキン氏は、欧米の文化圏では比較的新しい言葉であるこの「empathy」を取り上げて、それにもとづく新しい文明の構築を提言しているのですが、ここで皆さんには、私が今日の話の最初に言ったことを思い出してほしいのです。それは「四無量心」の話です。仏教で説く慈無量・悲無量の心は、自分に対する抜苦与楽のことではなく、喜無量の心も自分の喜びのことではありません。それは、人の苦しみを除き、人に楽を与え、人の喜びを我が喜びとすることですから、リフキン氏のいう「empathy」のことなのであります。その心によって人間社会を構成することが、地球温暖化から来る人類の危機を回避する道だというのならば、人類が四無量心を行ずることが危機回避の道だと言っているのと同じことなのです。仏教を生んだ東洋文化の伝統の中には、「empathy」の考え方と同じものがすでに何千年も昔から厳然と存在しているのであります。だから、これからは仏の四無量心を行じる生活を行うことが、地球温暖化抑制のためにも、世界平和実現のためにも必要なことだと言えるのです。
 
 ところで、皆さんはカナダのバンクーバーで行われていた冬季オリンピックの競技を、テレビなどで観戦されたと思います。そのときに、私たちは「empathy」を体験したのではないでしょうか。つまり、日本人なら日本の選手に感情移入して、自分自身をその人の立場に置いて、競技や演技の成功を祈ったのではないでしょうか? その時は、自分がその選手になったつもりで、感情移入をしているのです。選手を通して、自分がその競技をしているような体験をする。これが「empathy」であります。そして、その選手が、あるいはチーム全体が目的を達すれば、相手の喜びを自分自身も体験することができる。これは「喜無量心」の部分的発現と言えます。また、選手が難しい立場に立たされていれば、その苦しみから解放してあげたいと思う。これは「慈無量心」に通じます。このようにして、私たちは無意識のうちに「empathy」や「四無量心」を一部行じているのです。だから、四無量心を行じるということは、何か大変困難な修行の道に入ることだと考えなくていい。
 
 ただ、これまで無意識に何となく行っていたことを、これからは意識して行い、その範囲を拡大していかなければなりません。相手の立場に立って物事を行う--そのためには「自他一体」の自覚が必要です。それを三正行を通して行うのです。人間の立場からだけでなく、生物の立場からも考え行動するのです。そうすると、これまでとは違った、より豊かで、明るい、調和のある生活を送ることができるようになります。
 
 ここで私のささやかな体験を申し上げれば、ここ数日、東京は雨模様でした。すると、私が住まわせていただいている総裁公邸には、春が来たというわけで、たくさんのヒキガエルが出現します。数えたことはないのですが、30匹はくだらない数です。それが、夕方暗くなった公邸の階段の上に這い出してくる。本部から帰宅した私にとって、それは普通は“邪魔者”と感じられるのです。なぜなら、彼らは動作が鈍くて、人間が近づいても動かない。すると、暗がりで踏みつけてしまう危険がある。あまり気持のいいものではありません。しかし私はこう考えました。耳を澄ませてみると、たくさんのヒキガエルが合唱している声が聞こえるのです。それを虚心になって聴いていると、とても奇麗な音楽のようです。それは「ガアガア」とか「ゲエゲエ」という声ではなく、むしろ「コロコロ」や「クルクル」に近い声で、しかも互いに重なり合って和音を作っている。ここに人間とヒキガエルとを結びつける豊かな接点がある、と私は感じました。彼らは「春が来た」という音楽を演奏してくれている楽団なのです。そう考えると、もう彼らは“邪魔者”ではなく、私の前に出て来てくれた貴重なメッセンジャーだと感じることができる。これが、日時計主義の実践の1例です。四無量心を行じる生き方の1例でもあります。
 
 さて、最後になりますが、このたび生長の家の機関誌を統合して発行された『生長の家』誌の4月号から、谷口雅春先生のご文章を紹介して、私の話を終りたいと思います:
 
 (同誌、pp.2-3 を朗読)
 
 ここにあるように、私たちの周りには、神様の知恵と愛と命があふれているのです。しかしそれらは、人間中心の唯物論的視点から見ていては、少しも見えてこないし、また聞こえてこない。私たちは、人間は神の子であり、「すべては神の下に一体である」という真理をさらに深く自覚し、またそれを多くの人々に伝えて、生活の中では四無量心を行じながら、自然と共に伸びる生活、自然との共存・共栄を実現する生き方を開発し、推し進めていこうではありませんか。
 
 立教記念日のこの佳き日にあたって、所感を述べさせていただきました。ご清聴、ありがとうございました。
 
 谷口 雅宣

| | コメント (2)

« 2010年2月 | トップページ | 2010年4月 »