« 政治的意見は性格による? | トップページ | バイオガソリンは“環境配慮”か? »

2010年2月19日

船は遅くていい

「スローライフ」とか「スローフード」という言葉が登場してだいぶ時間がたつが、“スロー産業”という言葉はまだあまり聞かない。現在の産業社会の中では「物を生産する速度を落とすのがいい」という考え方は成り立たないように思うからだ。今回のトヨタのリコール問題なども、燃費の悪いアメリカ車からの乗り換え需要に応じるためには、品質には多少目をつぶってでも、生産ラインをフル回転させて「速く」出荷することがいいとの判断が透けて見える。生産だけでなく、納期も早ければ早いほどいいだろうから、運送会社もスピードや効率が“命”と見なされる。これが産業社会の倫理か……と思っていたところ、「運搬はスローがいい」という新しい基準を適用する企業が出現し、それが成功しているらしい。18日付の『ヘラルド朝日』紙が伝えている。

 この企業とは、オランダの大手船会社「マースク(Maersk)」だ。同社は、石油の値段が1バレル145ドルになった2008年から、貨物船の航行速度を下げることを始めた。これは、フルスピードで回転するエンジンの燃費効率は、最大ではないからだ。同じことは航空機にも言える。自動車も同様で、読者も時速100キロを超える走行は却って燃費効率が悪くなることはご存じだろう。この簡単な原則を適用し、マースク社は、通常の船が公海上を24~25ノットで航行してきた速度を、半分の12ノットにまで減速した。すると、世界の主要航路での燃料消費量を2年間で30%削減することができたという。この削減幅は当然、排出されるCO2の削減量にも適用され、EUの排出権取引制度上、有利になる。このダブルメリットが、何の省エネ投資もなしに手に入ったのだ。
 
 同社の成功を見るにつけ、当初、“スロー輸送”戦術を疑わしく思っていた他社も、ドイツ-中国間の長距離航路で航行速度を下げ始め、今では同航路で20ノット減速航行をしている船は220隻を数えるという。もちろん燃費の向上は、そのまま輸送コストの削減幅に反映するものではない。航行時間が長くなれば、船員の人件費も上がるだろう。また、納期維持のために、マースク社はドイツ-中国航路に新たに2隻を投入したという。それでも、同社は輸送コストの削減が可能になったという。
 
 同社の“スロー輸送”戦術は、純粋に経済的な視点から採用されたように見える。しかし私は、現代人の生活のいろいろな面で、「早いこと」や「速いこと」を評価しすぎるあまり、人間として見るべきもの、感じるべきものが省略され、あるいは忘却されていると思うのである。人間は自然の一部であるから、自然との直接的接触が必要である。いや、直接的接触が「今ある」という実感が必要である。それなのに、多くの人々はケータイの画面に心を奪われ、またヘッドフォンの音楽に心を奪われて、頭上の青空や飛翔するハトたちを見ていない。道路脇の草花や、立木の名前を知らないし、レストランでの食事もきちんと味わっていないのである。生長の家が今、日時計主義を唱えるのは、このような現代の、特に都会生活を送る人々に向かって「遅くていい」「遅いほうがいい」と語りかけることでもある。
 
 谷口 雅宣

|

« 政治的意見は性格による? | トップページ | バイオガソリンは“環境配慮”か? »

コメント

ありがとうございます。
豊かさの中にいながら、それを感じる余裕がなかったことを感じました。
「日時計主義」で、いろんなものを味わいながら、人生の豊かさを発見していこうと思いました。

投稿: 松尾 | 2010年2月20日 12:40

電車で、普通よりも特急の方が運賃が高いです。
「乗っている時間が短いのに、特急の方が高いとは、けしからん!」と、怒った人の話を聞いたことがあります。(笑)

投稿: 水野奈美 | 2010年2月20日 20:05

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)


コメントは記事投稿者が公開するまで表示されません。



« 政治的意見は性格による? | トップページ | バイオガソリンは“環境配慮”か? »