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2010年2月15日

神話について

 前回まで数回にわたり、記紀にある「神武東征」の物語を取り上げ、これを史実として考えるのではなく、「神話」として捉えるところに現代的な意味があると述べた。では、「神話として捉える」とは何をどう理解することなのか? 今回は、そのことを考えてみよう。まず、神話とは何かを確認しよう。これには、民族学者の大林太良氏の定義が参考になる--
 
「神話とは、原古つまり世界のはじめの時代における一回的な出来事を語った物語で、その内容を伝承者は真実であると信じている。したがって神話は聖なる物語である。神話は存在するものを単に説明するばかりでなく、その存在理由を基礎づけるものであり、原古における神話的な出来事は、のちの人間が従い守るべき範型を提出している。また、神話には人類の思考の無意識の構造が基礎にある。神話は神話的出来事の反復としての儀礼とともに、それを伝承する民族の世界像の表現である」(『世界神話事典』p.24)

 大林氏は、『宗教学辞典』(1973年)の中でもこれとほぼ同じ神話の定義をしているが、さらに「神話で語られている原古の出来事は、今日でも関心の対象であるから、その意味では時間をこえた永遠のものである」ことを付け加えている。私は、これらの定義の中にある「人類の無意識の構造」と「民族の世界像の表現」という言葉に注目したい。この2つの言葉は、厳密に考えると矛盾しているように見える。なぜなら、前者は人類意識のことを指しているのに対し、後者は民族意識の表現が神話だと言っているように聞こえるからだ。が、この一見した矛盾が、神話の特殊な性格をよく表していると思う。簡単に言ってしまえば、神話は、人類意識の反映であると同時に民族意識も表しているのである。これを示すためには、実例を挙げるのがいちばんだ。
 
 次の神話は、インドネシアのセレベス島北部のミナハッサ族に伝わっているものだ--
 
「カヴルサンという男が漁をしようと思い、友人から釣針を借りた。彼は舟で漁に出るが糸をたぐっていたとき、糸が切れて釣針をなくしてしまった。彼は友人に許しを請うたが、友は“他の鉤(かぎ)を10本くれても受け取らない”と言って許してくれなかった。カヴルサンは再び鉤を求めて海に引き返し、なくなったところで海中に身を投じた。すると彼は海中に道があるのに気づき、それを辿ってゆくと、一つの村に着いた。その村の一軒の家でやかましい騒ぎと悲しみの声が聞こえた。というのは1人の乙女が喉に魚骨が引っかかって苦しんでいたのだ。それでカヴルサンは自分が医者になって見てやろうと持ちかけた。彼は皆を外に出して、乙女の喉から注意深く釣針を取り出した。それを衣服に隠し、娘の両親からもらった贈り物を持って帰った。彼が潜った場所に戻ると船はなくなっていた。困り果てていると大魚がでてきたので、名前をつけてやるから岸まで連れていってくれと懇願した……(後略)」。(後藤明著『南島の神話』、pp. 135-136)

 読者は「エッ?」と驚かなかったろうか? これは日本の神話にある海幸・山幸の話とよく似ている。が、細部は同じでない。にもかかわらず、これを読んだ時に心中に展開するイメージは、海幸・山幸の物語と明らかに共通したものがある。私はこのことを指して「人類意識の反映であると同時に民族意識も表している」と言ったのだ。人間の潜在意識(無意識)は「層」をなしていると考えられるが、その深部にある「人類意識」の上層に「民族意識」があると見れば、それぞれの地域に伝わる神話は、人類共通の意識を地域独特の形に表現しているということが言えるだろう。文化人類学者の後藤明氏は、この海幸・山幸に似た神話が「外国、とくに東南アジアからオセアニアに見られる」ことを指摘し、「さらに釣針を失うのは、“釣針喪失神話”として環太平洋的な分布をすることが知られている」と述べている。(上掲書、p.135)
 
 このような意味での神話として、「神武東征」の物語をどう捉えるかということは、すでに3年前に本欄で(2007年2月12日  、同13日)一部書いた。が、この時は、アメリカの神話学者、ジョセフ・キャンベル氏の「英雄神話」の分析を参考にしたものの、意を充分尽くしたとは言えない。神話はその性格からして各種の解釈ができるとともに、日本の神話には様々な複雑な要素が含まれているので、重層的な解釈も可能である。そこで、日本人にとって重要なこの神話について、今後さらに少し踏み込んで検討することにしたい。

 谷口 雅宣

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