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2010年2月23日

感情共有文明は可能か?

 アメリカの文明批評家、ジェレミー・リフキン氏(Jeremy Rifkin)が最近、興味深い本を出版したことを知った。『The Empathic Civilization』という題で、日本語に直すと「感情共有の文明」とでもなるだろうか。副題は「the race to global consciousness in a world in crisis」で、「危機の世界で地球規模の意識へ向かって」というような意味だ。600頁を超える大作で、書き上げるのに6年以上かかったという。イギリスの科学誌『New Scientist』のウェブサイトに、2月17日付で同氏のインタビュー記事が掲載されている。

 それによると、今度の本は、人類が地球温暖化にともなう気候変動の危機をどう切り抜けるかを、文明史的観点から考察しているらしい。同氏の処方箋をごく簡単に言えば、分散配置された再生可能エネルギーの利用によって「第3の産業革命」を起こし、互いを思いやる感情共有の文明を築き上げることだ、という。これだけでは、何のことかよく分からないと思うので、以下、補足説明しよう。
 
 リフキン氏は、人間の使う「技術」と「意識」との間には密接な関係があると見る。人類の歴史を振り返ると、「技術革命の後には意識革命が来る」のが常だと分析する。まず人類は、狩猟と漁労の時代から、水を使った農耕へ移行したとき、「文字」というコミュニケーション手段を開発した。これによって、まず、複雑なエネルギーの使い方が可能となった。また、これまでの口伝という方法では「神話的な意識」しか生まれなかったが、文字を使うことで論理的な思考が可能となり、「神学的な意識」が生まれた。さらに、文字を媒介としたこの過程で、他者への感情移入の幅が拡がった。口伝でも感情移入は可能だったが、それは家族や近親者間のごく狭い範囲にとどまっていた。が、文字の発明後は、それを読める人なら誰もが感情を共有することができるようになった。
 
 19世紀の産業革命は、印刷機の発明と、石炭と蒸気機関の利用によって、文字の利用を爆発的に拡大した。読み書きの能力は、公立学校制度の施行とも相まって、ヨーロッパやアメリカでは大衆へと浸透した。すると、神学的な意識は、「イデオロギー的意識」へと変わっていった。このような大きな変化は、20世紀にも起こった。それは、“第2の産業革命”とも言えるエレクトロニクスの発明によってだ。ここから生まれたのが「心理学的意識」である。これらの過程は、エネルギーの利用技術とコミュニケーション技術が併行的に変化し、それにともなって人間の意識も変わって、感情共有の範囲が拡大していく過程だった、とリフキン氏は見る。
 
 ところが、この過程に問題があった。その問題とは、人類の文明が複雑化すると、より多くのエネルギーが使われて、より多くの人々が意識を共有したが、その代り、エントロピーが拡大することになった。エントロピーとは熱力学上の概念で、簡単に言えば、再利用できないもの(CO2や廃棄物など)である。そして、このエントロピーの拡大によって今、地球温暖化が生じているのだ。だから、今日の地球規模の問題を別の言葉で命題化すれば、「感情共有の範囲を拡大させ、かつエントロピーを縮小する方法は何か?」ということになる。リフキン氏の答えは、私が本欄の2段落目で書いたことだ。つまり、「分散配置された再生可能エネルギーの利用と感情共有文明の構築」である。この「感情共有文明」は、世界的なインターネットの普及がもたらす、と同氏は考えているようだ。インタビュー記事だけでは、リフキン氏の主張の細部はよく分からない。が、何となく生長の家が向かっている方向と共通点があるように思う。

 リフキン氏は、私がかつて『神を演じる前に』を書いたときにも、その著書『バイテク・センチュリー』(The Biotech Century)で述べられた批評を大いに参考にさせてもらった人である。バイオテクノロジーによる人類への恩恵は大きいが、同時にリスクも大きいから、きちんとした考えのもとに制御して使うべし、と訴える本だ。英語のオリジナルが1998年に出て、日本語版はその翌年に刊行された。今度の本も、時間が許すならばぜひ読んでみたいと思う。
 
 谷口 雅宣

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コメント

ありがとうございます。
現在の生長の家の活動は目先の利益にとらわれておらず、あと何十年、何百年?して、やっと理解されるぐらいの活動だと思いました。
「与えると与えられる」という法則から考えると、大自然からの「無言の声援」が聞こえてきそうです。

投稿: 松尾 | 2010年2月24日 08:33

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