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2010年2月24日

感情共有文明は可能か? (2)

 前回の本欄では、ジェレミー・リフキン氏の新著『The Empathic Civilization(感情共有の文明)』の概要を雑誌のインタビュー記事から紹介し、同氏が訴える人類の進むべき方向が生長の家の考えと似ているように感じたので、「時間が許すならばぜひ読んでみたいと思う」などと書いた。が、生長の家では「今を生かせ」と教えられているから、「時間が許すなら」などと言っていると“チャンスの神様”の後ろ髪はつかめない。そう思い直して、私はこの書をすぐ読むことにした。とは言っても、600ページの本をいっぺんに読めるわけではない。前書きだけを読んだのだ。昨日の今日なのにそれが可能なのは、“文明の利器”のおかげである。
 
 昨年10月23日の本欄で、私はアメリカのネット通販最大手のアマゾン・ドット・コムの電子ブック端末「キンドル」を買ったことを書いた。これを使うと、あっというまに入手できた。料金は0円である。というのは、アマゾンを使った人はご存じと思うが、パソコンでこのサイトを見る場合は、本の一部を“立ち読み”できる。キンドルではそこまでできない代りに、「サンプル」をダウンロードできるようになっている。この「サンプル」というのが、パソコンで“立ち読み”できる程度の量に相当する。同書の場合、それが「前書き(introduction)」の部分だったのだ。サンプルを読んで気に入ったら、本の1冊分を買ってくれというわけである。これは大変便利な機能だ。日本語の書籍で同じことができるようになれば、書店へ行って本を買う人の数が大幅に減ってしまうのではないかとさえ思う。

 それで入手した同書の前書きを読んで、私は著者が日時計主義であることを知った。リフキン氏は、人間の本性は「他(ひと)の身になって考えることができる」ことにあり、ホッブスやロック、ベンサム、フロイドなどが唱えた西洋近代の人間観--戦闘的、利己的、巧利的人間像--は間違っていると宣言する。そして、「我々が学校で学ぶ歴史には、本当の人間像は描かれていない」という、ハッとするような真実が述べられるのである。同氏によると、歴史家は大抵、社会における争いや戦いについて書く。偉大な英雄や極悪人たち、技術革新や権力の行使、経済上の不正や、一揆や騒乱などの社会的不満を取り上げる。また、哲学に触れる場合は、権力の配分や執行の仕方について書く。このような暗く、権力闘争的な側面とは逆の、人間相互の社会的なつながりや、相愛協力関係、それらが進化し拡大することで文化や社会にどのような影響を与えたかなどは、ほとんど語られることがない。その理由の1つは、歴史の転換点で重要な役割を担う人々が、怨みや不満をもち、反逆的であり、権威や権力を行使しようとし、あるいは他人を利用して有利な立場に立とうとしたり、不正を破壊して正義を打ちたてようとするような人々であるからだ。

 しかし、それらは人間の“常”ではなく一種の“権力の病理学”だ、とリフキン氏は言う。にもかかわらず、我々はこのような人物群を通して歴史を学んできたため、人間の本性というものを危機や、悲劇、恐るべき不正、恐怖すべき出来事などとの関係で捉えるようになった。そして、このことが、我々の人間観を暗いものにし、人間の本性を善よりも悪の方向へ引き寄せる原因になっている、と氏は分析する。しかし、歴史的事件とは関わりのない、圧倒的多くの普通の日々の生活の中に、人間の本性が現れている、と氏は考える。その普通の日々の生活では、いろいろの苦しみや不正があったとしても、人々は数多くの小さな思いやりと親切な行動の連続で互いに支え合っているのだ、と氏は指摘する。そして、次の氏の言葉は、我々を大いに勇気づけてくれるのである。

「私たちは、他人との日常のやりとりでは、たいてい相手を気遣う。なぜなら、それが私たちの中心的本性だからだ。他人の身になって考えることで、私たちは社会生活を創造し文明を進歩させてきた。だから、端的に言えば、たとえ歴史家から重視されてこなかったとしても、人類史の底を流れる本質的特徴は、この相手を思いやる意識の素晴らしい進化なのである」。

 谷口 雅宣

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コメント

おはようございます。
電子ブック、便利ですね。
今回「歴史」観が変わるような内容でした。

この歴史観であれば、もっと様々な、生活に密接する光明思想が教科書にとりあげられるようになると思いました。

そこまでいかずとも、思想や信仰の歴史的な貢献の高さの可能性に気付かせていただきました。

投稿: 松尾 | 2010年2月25日 08:49

谷口雅宣先生

奈良教区の山中です。いつもブログでのご教示、誠にありがとうございます。またこのたびは、リフキン氏の新著についてご紹介下さり、本当にありがとうございます。

ホッブズやロック、ベンサムといった思想家は、私が大学で教えている科目の一つの政治思想史では必ず取り上げる思想家ですので、リフキン氏の指摘には、本当にドキッ!とさせられました。私もぜひこの本を読んで、氏の日時計主義に学ばないといけないですね…。

ところで「キンドル」ですが、大きな9.7インチ画面のKindle DX というのも、出ているようですね。こちらには約3,500冊の本が入るそうです。価格は489ドルですが、まだ私はキンドル自体を持っていないので、買うならいっそのこと、こちらのDXの方を買ってみようかといま思案しているところです。
 ↓
http://www.amazon.com/Wireless-Reading-Display-International-Generation/dp/B0015TG12Q

山中優 拝

投稿: 山中優 | 2010年2月25日 19:16

松尾さん、

>>思想や信仰の歴史的な貢献の高さの可能性……

 そうですね。これは「可能性」ではなく「事実」であると私は思います。

山中さん、
 キンドル……いいですよ。貴方になら是非、お勧めします。DXモデル、大画面で読みやすそうですね。でも、私はもう買ってしまったし、当面は旧型を使います。(1500冊読むまでは!)

投稿: 谷口 | 2010年2月25日 23:28

谷口雅宣先生

Kindle DX,手に入れました!日本の日付で2月26日に注文しましたが、それから1週間もしないうちに届いたのには驚きました。大画面といってもハンディで、ちょうどB5サイズの大きさです。非常に薄くて軽いので、持ち運びも楽だと思います。

それで、さっそくリフキン氏の_The Empathic Civilzation_も、このキンドルで購入しました!! 本当にあっという間にダウンロードできたのには、ホントにオドロキでした……。印刷された書物としては$27.95かかるところを、このKindle Versionだと$17.37(38%割引)で済んだのにも、ビックリしました。

読むときのKindleの操作も、まだ不慣れな面もありますが、結構、操作しやすいです。張り切って、読みます!!

山中優 拝

投稿: 山中優 | 2010年3月 2日 19:17

山中さん、
 すごいヤル気ですね。Kindleで読む英書は、日本で買う日本語の本より安いです。これは本当に“流通革命”だと思います。
 日本語のPDFが読めるそうですが、いかがでしょうか?

投稿: 谷口 | 2010年3月 2日 23:19

雅宣先生

日本語のPDF、Kindleで読めます!

聖使命新聞(平成22年3月1日号)のPDFファイルで試してみましたが、紙面がきれいに映ります。感激しました!!

ちなみに、そのPDFファイルをKindle内に入れるには、USBケーブルでパソコンとつなぎ、パソコン内のファイルをKindleに移すという方法をとりましたが、カンタンにできました。USBメモリーにファイルをコピーするのと全く同じです。

Kindle自体でSeicho-No-Ieのウェブサイトにアクセスして、聖使命新聞を直接ダウンロードできるかどうかも試してみましたが、日本語のページは、やはり表示されませんでした。もちろん、英語のページは、きれいに表示されます。

山中優 拝

投稿: 山中優 | 2010年3月 3日 23:19

山中さん、
 そうですか、日本語PDFが読めるなら、縦書きも読めるのでしょうか? 私が考えているのは、縦書きの日本語PDFをキンドル用のファイルに変換して、人々と共有することです。PDFファイルは、Amazonの自分のKindle用のメールアドレスに送ると、キンドル専用ファイルに変換して送り返してくれるようですが(有料サービス)、私のキンドルの場合、うまいこと行かなかったのです。

投稿: 谷口 | 2010年3月 4日 18:20

雅宣先生

はい、縦書きの日本語PDFファイルでも試してみましたが、ちゃんと読めました。また、聖使命新聞最新号の電子版PDFファイル中の縦書きの部分(書籍広告欄やH22春季青少年練成会開催日程の欄)も、そのまま表示されます。

私はまだ、PDFファイルをキンドル用のファイルに変換してみたことはありませんが、"Kindle DX User's Guide 2nd ed." には、'Kindle DX can display a PDF document without losing the formatting of the original file.' と書かれていますので、PDFファイルをキンドル用のファイルに変換しなくても、そのまま読めるのだと思われます。

山中優 拝

投稿: 山中優 | 2010年3月 5日 23:17

たびたび失礼します。

先ほど申し忘れましたが、PDFファイルを、Amazonの自分のKindle用のメールアドレスに送っても、それをPDFファイルのままで、送り返してくれるものと思われます。

と申しますのも、"Kindle DX User's Guide 2nd ed."(p. 12)には、次のように書かれているからです。先ほどの引用では舌足らずでしたので、もっと詳しく以下に引用いたします:

Kindle DX can display a PDF document without losing the formatting of the original file. Just drag PDF files over USB or e-mail them to your dedicated Kindle e-mail address (found on the Settings page on Kindle or the Manage Your Kindle page on Amazon.com). We will wirelessly provide the original file directly to your Kindle via Whispernet for a fee.

投稿: 山中優 | 2010年3月 5日 23:27

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