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2009年11月11日

フォートフッドが教えるもの

 本欄では、宗教上の信仰と暴力や戦争との関係について機会を見て取り上げ、考えてきた。5月末には「信仰による戦争の道」(29日30日)と題して、イラク戦争遂行のためにアメリカではキリスト教の信仰が利用された例を取り上げ、8月にはクリストファー・ヒッチェンズ(Christopher Hitchens)氏が数々の宗教と暴力事件との結びつきを著書で指摘していることを紹介(/08/3-e6cb.html)し、神への信仰が必ず暴力をもたらすのかどうかを検証した。私の結論は、信仰自体が暴力の原因なのではなく、「神」に対して「悪」を想定すること、善と悪とが対立する世界を信じることが、悪を滅ぼす手段としての暴力や戦争を正当化する、というものだった。
 
 最近、アメリカ軍内部で起こった銃の乱射事件も、この結論の正しさを証明していると私は考える。この事件は11月5日、テキサス州フォートフッドにあるアメリカ最大の陸軍基地で、軍の精神科医、ニダール・マリク・ハサン少佐(Nidal Malik Hasan、39歳)が銃を乱射して13人が死亡、43人が負傷したというもの。ハサン少佐がパレスチナ出身のイスラーム教徒であることはすぐに明らかにされたが、この事件は今のところ、同少佐の個人的な心の問題が原因と考えられ、テロとは無関係とされているようだ。が、その後、ハサン少佐がイスラーム過激派の宗教指導者と結びつきがあっただけでなく、その事実をFBIなどの米情報機関が事前につかんで注意を喚起していたことが判明し、問題になっている。11日付の『ヘラルド・トリビューン』紙が報じている。

 それによると、ハサン少佐と連絡があったのは、イエメン人を両親にもつアメリカ人でイスラーム指導者、アンワー・アル・アウラキ師(Anwar al-Awlaki)で、彼は、ハサン少佐がヴァージニア州の郊外に住んでいた頃、通っていたモスクの宗教指導者だったという。アウラキ師は、2000年から2001年にかけてアメリカ国内の2つのモスクの指導者をしていて、それらのモスクには9・11事件の実行犯3人が出入りしていたという。しかしアウラキ師は、この同時多発テロについて否定的な見解を示していたため、当初は穏健派と見なされていたようだ。しかし、2002年にイエメンにもどってからは、同師は自分のウェブサイトを通じて、過激な見解を発表するようになっていたという。
 
 ハサン少佐とアウラキ師が米国内で直接接触していたかどうかは明らかでないが、昨年12月以降、ハサン少佐がアウラキ師に宛てた電子メールが米情報機関によって20通ほど、傍受されているという。が、その内容を分析した結果、FBIは「この時点では、ハサン少佐に共犯者がいるとか、テロ計画の一部を担っていることを示す情報は何もなく、また、両者間の連絡の内容はハサン少佐の軍医としての研究の一部だと解釈できるし、それ以外には何も発見されなかった」という理由で、「テロ活動やテロ計画に加わっていない」との結論を出したらしい。が、今回の乱射事件後、アウラキ師はハサン少佐を「英雄」と呼び、「彼こそ、イスラーム教徒であることと、祖国と戦う軍に仕えることとの矛盾に耐えられなくなった良心の人である」と讃え、「イスラームの教えに従いながらアメリカの軍人として生きる唯一の道は、ニダール(・ハサン)のような男の後に続くかどうかである」と記しているという。
 
 私は、アメリカ政府が「テロリズム」というものをどのように定義しているか知らないが、宗教の信仰と暴力のつながりという点で言えば、今回の事件は明らかにそれがあると思う。つまり、これは「信仰による暴力」である。ハサン少佐は犯行の際、祈るように頭を下げてから「アラー・アクバル(神は偉大なり)」と叫び、2丁の拳銃から100発近くを乱射した。その中の1丁は、半自動の殺傷力の大きなもので、8月に前もって自ら購入しているという。また、犯行前日には、隣の人に自分の『コーラン』や家具などを渡しているというから、一時の狂乱で犯行に及んだのではなく、入念な準備をした後の確信的行動に違いない。その行動が、かつて通っていたモスクの指導者の言葉から、まったく影響を受けなかったとは考えにくい。その指導者が、イラクやアフガニスタンにおけるアメリカ軍の行動を「イスラームに対する攻撃」だと捉えているとしたら、ハサン少佐も同じ認識をもつにいたった可能性は大きい。

 その場合、自分の国と自分の信仰のどちらを選ぶか、という深刻な問題が生じる。7~8日付の『ヘラルド・トリビューン』紙は、ハサン少佐が実際に、そのジレンマに悩んでいたことを、同少佐の従兄弟、ネイダー・ハサン氏(Nader Hasan)に取材して書いている。それなら、軍隊をやめればいいとも思うが、貧しい移民の子である彼は、高校卒業後、親の反対を押し切ってただちに陸軍に志願し、そのため軍の費用で大学へ行き、医者としての訓練を受けることができたのである。だから、簡単にやめることはできなかったようだ。

 アメリカ軍の中には、彼のような立場のイスラーム教徒が少なくないに違いない。10日付の同紙は、9・11事件後、アメリカ軍は、中東方面の言語や文化を理解する人を重点的に雇ったと書いており、その結果、140万人の現役軍人のうち約3千5百人は、自らを「モスレム」だと表記しているという。が、この表記は任意なので、実際にはこれよりずっと多くのイスラーム教徒が軍人として世界各地で任務についているだろう。だから今回の事件は、長期にわたって中東に派兵しているアメリカにとって、大変重い問題の存在を示しているのである。
 
 谷口 雅宣

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コメント

谷口 雅宣 先生

「信仰自体が暴力の原因なのではなく、「神」に対して「悪」を想定すること、善と悪とが対立する世界を信じることが、悪を滅ぼす手段としての暴力や戦争を正当化する」と、
先生の繰り返し繰り返しのお諭しのなか、世界平和を実現するために、この道理の大切さをしみじみ感じてきております。
 善と悪とが対立する世界観・価値観からは、真の世界平和は実現しないと思うのです。
 この道理を踏まえ、欧米や国連が今後、対イスラームにどのように関わっていくのか、この突発的な事件を機会に、真剣に考えるべきだと思います。

 ブログで先生が説明されておられますが、この事件の深刻さは、犯人が米国籍の米国軍人だがアラブ系でイスラム教徒であった点にあると思われます。自分の国と自分の信仰のどちらを選ぶかという深刻な問題に直面するからです。
 この事件が起きた背景は、米軍がアフガニスタンへの大量増派をオバマ大統領に要求し、大統領もまさに決断しようとしていた矢先でした。「敵の拠点を順次叩き制圧していけば戦争は終結する。兵力を大量投入して一気に叩けば早期にテロを掃討できる」。軍はそう主張しております。その軍内部からの暴発です。国の正義は彼にとって悪だったのです。
 一方、イスラーム過激派はこれらの戦いを西洋対イスラームの戦争として捉え、聖戦(ジハード)と吹聴しているようです。
 先生のブログで、“アウラキ師(イスラーム指導者)はハサン少佐(犯人)を「英雄」と呼び、「イスラームの教えに従いながらアメリカの軍人として生きる唯一の道は、ハサン(犯人)のような男の後に続くかどうかである」”と記されております。
 背景にこのようなイスラーム過激派の教え(原理主義の教え)があり、アフガニスタンへの侵攻をイスラームに対する攻撃と判断した犯人は、信仰の道を選んだのでしょう。

 多くのイスラム教徒は自爆テロなど過激な教えには否定的ですが、反欧米感情には共感しているようです。
 このようななか、多くのイスラーム教徒が欧米に住んでおり、軍人として世界各地で任務についているというのが現状のようです。
 つまり、これらのイスラーム教徒がこの事件に挑発され、イスラーム過激派の指導者に煽動されたなら、第二、第三のこのような事件の惨状をまねき、アフガニスタンばかりでなく、欧米内部でもテロが頻発する可能性もありゆるのです。
 今回の事件は、テロの掃討から始まった一連の戦争が皮肉にも、新たにテロを増発させているばかりでなく、欧米対イスラム教徒の戦いに発展しかねないという大変深刻な問題を提示してくれたような気がするのです。
 今後は、アフガニスタンへの軍人の増派によるテロ掃討という手段でなく、また、侵攻してくる対西欧との“聖戦”という手段でもなく、つまり暴力や戦争を正当化するのではなく、“悪はない”という宗教の神髄を踏まえ、世界平和実現のために欧米とイスラム教徒の歩み寄りが大切だと思うのです。
 世界平和を誓願しているオバマ大統領とって、決断の時は今なのでは!!       楠本忠正拝

投稿: 楠本忠正 | 2009年11月16日 11:55

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