レヴィ=ストロース氏、逝く
すでに報じられていることだが、文化人類学者で偉大な思想家としても知られるレヴィ=ストロース氏(Claude Levi-Strauss)が、100歳で亡くなった。ユダヤ系フランス人で日本文化にも造詣をもち、何度も来日して講演録も出版されている。ブラジルの先住民の文化をフィールドワークによって研究して書いた『悲しき熱帯』(1955年)や『野生の思考(パンセ・ソバージュ)』(1962年)などで、人類が混沌とした秩序のない“未開社会”から、しだいに洗練された文化をもつ社会へと発展してきたという西洋中心主義の考え方を否定し、“未開”と見える社会にも一定の秩序と構造が見出せると主張して、当時の西洋社会にセンセーションを巻き起こした。神話学の分野でも大きな貢献をしている。日本とブラジルの双方に関係があり、神話にも詳しい思想家だから、生長の家とも直接的な接点があってよさそうだが、その形跡は見つかっていない。
私はしかし、生長の家の万教帰一論を深く理解するためには、この人の研究から学ぶことは数多くあると思う。その1つは構造主義的なものの見方である。構造主義とは、物事の表面からは隠された(潜在的な)構造を見出して、その構造によって現象を理解し、ひいては現象に働きかけようとする立場である。宗教とも関係が深い精神分析学の分野では、「エディプス・コンプレックス」とか「元型」などの概念がそこから生まれている。谷口雅春先生の諸著作の中では「男性原理」に対する「女性原理」という考え方や、「東洋文化」と「西洋文明」を対比させる方法は、きわめて構造主義的である。神話の分野にも、そういう隠された構造があると考えるのが神話学の立場である。そのことを、レヴィ=ストロース氏は『神話と意味』の中で次のように語っている:
「神話の物語は気まぐれで無意味で不条理です。とにかく見たところはそうです。にもかかわらず神話の物語は、世界的に反復して現われるように思われます。ある地点の人が頭の中でこしらえ上げた“奇想天外”の作り話ならば、1つしかないのがあたりまえ--つまり、まったく別の場所に同じ作り話が見出されるのはおかしいはずです。私の問題は、この外見上の無秩序の背後に、ある種の秩序があるのではないかと探ってみること、ただそれだけでした」
(同書、p.15)
神話は、宗教の出発点であると言える。日本古来の神道は、『古事記』『日本書紀』などの神話を含む書物を基本としている。聖書の『創世記』は、神話との共通点が多いだけでなく、その一部に神話を含むと言っていいだろう。この教典は、ユダヤ教、キリスト教、イスラームという3大一神教の基礎である。初期仏教の教典やヒンズー教の教典にも、神話が含まれている。そしてこれらの様々な神話は、登場人物の名前や行動などの細部は皆、まちまちで個性的であっても、物語の基本構造は共通しているというのが、神話学が見出したことなのだ。これと同じ考え方が万教帰一論の背後にはある。
こういう研究を続けてきた氏が、同じ本の中で宇宙の秩序について興味あることを言っている:
「人類の知的業績を見わたすと、世界中どこでも、記録に残る限り、その共通点は決まってなんらかの秩序を導入することです。もしこれが人間の心には秩序への基本的欲求があることを表わしているとすれば、結局のところ人間の心は宇宙の一部にすぎないのですから、その欲求が存在するのは、多分、宇宙に何か秩序があり、宇宙が混沌ではないからでありましょう。」(同書、p.16)
レヴィ=ストロース氏は学者であるから、「神」という言葉は使っていない。が、人間の心が求めてやまないものが宇宙にあるという考えが、ここに表明されている。
谷口 雅宣
【参考文献】
○レヴィ=ストロース著/大橋保夫訳『神話と意味』(みすず書房、1996年)
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コメント
この訃報のニュースを見たときに、どこかで聞いたことがある名前だと思ったのですが、
雅宣先生が4年前に講習会で福岡にいらっしゃったときに書かれたブログ記事で見たのですね。
http://masanobutaniguchi.cocolog-nifty.com/monologue/2005/09/post_c9b1.html
残念ながら著書を読んだことが無かったので、
ここでご紹介されている『神話と意味』を読んでみようと思います。
確かに生長の家との接点があっても良さそうな気がします。
ちなみに4年前に福岡で買われた葉書に書かれた本は表紙の絵を色々見比べたのですが、
渡辺 公三著の『レヴィ=ストロース―構造』
http://j.mp/cCJTq
だと思うのですが、いかがでしょうか?
投稿: 古谷伸 | 2009年11月 7日 22:54
結局のところ人間の心は宇宙の一部にすぎないのですから、その欲求が存在するのは、多分、宇宙に何か秩序があり、宇宙が混沌ではないからでありましょう。」との視点に共感されている所に大いに共感いたしました。集合無意識の層で人は皆つながっていると言う心理学とも 通じる所ですね。宗教と科学は最終的に一致するのではないでしょうか。狭い宗教の視点ではなく、広い視点での見方に共感いたします。大きくは宗教 科学 芸術は 同じグランドだと感じています。
投稿: 大野喜美子 | 2009年11月 8日 17:00
古谷さん、
あなたは私より、私のことをご存じですね!(笑)4年前の記事を読み返しました。似たようなことを書いていますね。
あなたのおっしゃる通り、買った本は渡辺公三氏の『レヴィ=ストロース 構造』です。この本はかなり専門的です。読みやすい本としては、次のものがあります:
C.レヴィ=ストロース著/川田順造他訳『レヴィ=ストロース抗議--現代世界と人類学』(平凡社、2005年)
大野さん、
>>宗教と科学は最終的に一致するのではないでしょうか<<
私もそう信じていますが、何せ、現代はまだ“原理主義”が盛んですから、それと科学との不一致が顕著に表れていますね。互いが批判し合うのではなく、認め合う方向に進むといいと思っています。
投稿: 谷口 | 2009年11月 8日 22:26
生長の家総裁谷口雅宣先生、
合掌 有難う御座います。レヴイ:ストロース氏に関しましてのご指導、大変有難う御座いました。万教帰一に関しまして、更に深く学ばせていただきたく存じます。
さて総裁先生ご夫妻には、御襲任後初のブラジル国巡錫から8月14日に御帰国後今日に至るまで、お疲れも厭われず、殆ど毎週の如く開催される各地区講習会へ東奔西走せられ、さらに多忙な公務の御日程を終えられたあとは、本ブログ等の御執筆を連日休みなく継続され、時には睡眠時間を切詰められることもあると承り、誠に言い知れない感動を覚え、心から感謝申し上げる次第です。
今や、本ウエブサイトは、一連の既出版「小閑雑感」と共に、教団内部はもとより、外部の政界、産業経済界、教育界、宗教界、およびマスコミ関連等々において、読者層を広げつつ、社会全般の向上と発展の為、大きな影響を齎していますことは、識者のよく知るところで、大変悦ばしいことと賛嘆させて戴いております。
このことに関しまして、新版「叡智の断片」(P 180)の大聖師のお言葉を下記に謹み引用させて頂きたく存じます。
「真理は天から降り濺ぐ甘露の水のようなものである。其れはいと高き山巓に降り注ぎ地下にかくれ、地上に沸き出で、谷川の水となり、岩に激し、いずこかへ姿を消して、砂漠の下をくぐるのである。しかし真理は失われたのではない、其れは旅人の舌を霑おすオアシスの噴泉となってあらわれる。」
「真理をある特定の人に、ある特定の時期に、一回限りあらわれて、後永久に顕れないものだと思ってはならないのである。それは谿川にも、池にも、噴泉にも、大河にも、小川にも、霧にも、雲にも、大海にもあらわれる。」
「同一の人に啓示される真理も、時として大河の姿を取り、時として谿川の姿をとる。人時処相応、時節時節にあらわれるのが本当の真理である。だからすべての宗教にあらわれた教祖の神啓は、次の時代、または同じ教祖の次の時期の啓示に於いて、補足され修正されねばならぬ。」(以下略)
私たちは現在、史上稀有の大きな『文明の転換期』に逢って、「信仰による国際平和実現」という壮大な聖使命にご神縁を戴いています。今こそ、“皆”が一致して生長の家総裁先生の御指導(おコトバ)を奉じ、鋭意学習(求道)し、行ずることが現時代に即応した運動(伝道)であると深く信じ、祈り、その実行を決意する時と存じている次第です。
総裁先生、今後ともよろしくご指導賜りますようお願い申し上げます。 どうか、両先生には、ご健康にご留意くださいますよう祈りあげております。 再拝合掌
投稿: 丹羽 敏雄 | 2009年11月14日 03:40
丹羽さん、
もったいないお言葉、ありがとうございます。しかし、過分な評価もあると思います。例えば、
>>今や、本ウエブサイトは、一連の既出版「小閑雑感」と共に、教団内部はもとより、外部の政界、産業経済界、教育界、宗教界、およびマスコミ関連等々において、読者層を広げつつ、社会全般の向上と発展の為、大きな影響を齎していますことは、識者のよく知るところで<<
とありますが、私の知る範囲では、教団以外の読者の数はそれほど多くなく、また、社会的に大きな影響力をもつ人々の間で本ブログが読まれているという情報には、出逢ったことがありません。
私の健康をお気遣いいただき、感謝いたします。丹羽さんこそ、くれぐれもご自愛ください。
投稿: 谷口 | 2009年11月14日 11:44