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2009年10月24日

絵封筒展、開きます

 10月13日の本欄で私の絵封筒について触れたとき、11月に長崎県西海市の生長の家総本山で行われる秋季大祭を機に、これまで描いた作品を集めて絵封筒展を開くことを検討中だと書いた。おかげさまで、総本山と世界聖典普及協会のご協力により、同本山の練成道場第2研修室で「谷口雅宣絵封筒展」を開催することがこのほど決まった。期間は、11月20日の午後から22日の午後3時半までで、約70点の絵封筒が展示即売される予定。昨年夏に宇治別格本山で展覧会を行ったときの絵封筒の出品数は34点だったので、その倍ほどの数がお楽しみいただける。主催者の世界聖典普及協会では、この展覧会に合わせ、私の絵封筒の絵柄をあしらった来年用卓上カレンダーも頒布するという。

 さて、今日は生長の家講習会で群馬県の太田市藪塚町というところに来ている。ここは桐生市の隣町で、講習会は山を一つ越えた桐生市の市民文化会館で行われる。その前日のひと時を、この鄙びた温泉町で過ごすことができた。温泉町とはいうが、温泉宿は私たちが止まったホテルを含めて、3軒ぐらいしかない。かつては栄えた町だったであろうが、今は訪れる人の数が多くないことは、町のあちこちに掲げられた店の看板の古さや、旅館の壁の傷み方、温泉宿近くの神社の庭の荒れ具合などから想像できる。それでも私たちが泊まったホテルには、日帰りで温泉を楽しむ地元の人々が多く集まってきていて、広い駐車場もほぼ満杯状態だった。私たちは夕食前、そんなホテル界隈を散策して、町の様子をゆっくりと味わった。
 
 寂れた町にもいいところはある。特に、“旅人の目”で見る静かな夕暮れ時の田舎道は、Ginnan_gum なぜか心を落ち着かせてくれる。住む人が少なくなっても、その逆に自然の力が諸所に豊かに発揮されているのが分かるからだ。私はそれを地元の産土神社近くにあった廃屋の屋根の上に見た。廃屋の隣には、幹の太さが二抱えもあるイチョウの雌木が立っていて、錆びたトタン屋根の上にびっしりと銀杏の実が落ちていたのである。私はその時、講習会で福岡へ行った際、博多の街のイチョウ並木の下に落ちた銀杏の実を、地元のおばさん達が目を皿のようにして拾っていた姿を思い出した。都会での“貴重品”も、この地では拾う者は誰もいない。その代り、それらは自然の循環の中で、しっかりと役割を果たしながら息づいているのだった。
 
 銀杏を敷きつめてありトタン屋根
 
 谷口 雅宣

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コメント

合掌ありがとうございます。

群馬教区講習会を終日ご指導いただき、本当にありがとうございました。

お誘いした方、皆さん「参加して良かった!」ととても喜んで下さいました。

その中でも娘さんを心の病で亡くされた方が「私がもっと早く生長の家を知っていたら、娘に青年会のことを教えてあげることができたのに…」と涙を流しながら言われ、私たちの使命の大きさを痛感いたしました。

私は嫁いでから桐生市に住み、12年になりますが、メインストリートである本町通りはシャッターを下ろす店が増え、人口は減る一方、小中学校も統廃合されていくなど、マイナス面が目につき、今まで自分の住む町にあまり誇りを持てずにおりました。

でも日時計主義を意識して生活してみるようになると、町中には江戸時代から昭和時代にかけての蔵群や「桐生は日本の機どころ」とうたわれた往時をしのぶ鋸屋根の機織り工場が残り、また渡瀬川に注ぐ桐生川の清流や季節によって表情を変える山々の美しさなどを感じ「なんてステキな町に住んでいたんだろう!」と心の底から実感して、皆さんに紹介したい自慢の町になりました。

前日お泊まりいただいた藪塚温泉は、本当に見るもののない場所と思っておりましたが、先生が旅人の目で描かれた埴輪の絵封筒を拝見し、家族揃って思わず笑ったり、感心してしまいました。

日時計主義の生活は、本当に心豊かな生活ですね。

これからも自分自身、日時計主義の生き方を実践しながら、皆さんにその素晴らしさをお伝えしていきたいと思います。

感謝合掌

投稿: 新井千里 | 2009年10月26日 00:34

新井さん、

 群馬教区での講習会、推進等でお世話になりありがとうございました。
 桐生の町は、自動車で通り抜けただけですが、歴史と伝統のある場所と感じました。講習会からの帰途、大川美術館に寄り、松本竣介の絵などを見ました。30分ほどしかなく、もっとゆっくり鑑賞していたかったです。
日時計主義で町興し……そんな標語が全国で広がればいいなどと思います。

投稿: 谷口 | 2009年10月26日 13:36

合掌有難うございます。やったあ~!!嬉しいです。大祭が楽しみです。今日久し振りに教化部に行き 尊師谷口清超先生の追悼グラフと 恵美子先生の「木の声がきこえますか」を三冊購入しました。すると全く思いもよらない事に 素晴らしいプレゼントを頂きました。雅宣先生が2007年12月3日にお描きになった「鏡川を臨む」のマグカップです。割れないように 長くもつように 水からぐつぐつ煮て さてあまりの嬉しさ 勿体なさに 何に使うか 思案投げ首状態です。絵封筒は どうぞ「二○加せんぺい」のが展示されますようにと願っています。ものすごーくおいしそうにこんがり焼けた そして中ほどは白味がかったせんぺいの絵 わくわくします。 桝谷拝

投稿: 桝谷栄子 | 2009年10月26日 22:35

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