映画『私の中のあなた』
水曜日の夕方、久しぶりに映画を見た。生命倫理を扱う真面目な映画だと子供から聞かされたからだ。キャメロン・ディアス扮する母親が、自分の娘(アビゲイル・ブレスリン)の骨髄性白血病を治すために、遺伝子操作の技術を使って骨髄型が一致する妹を産む--という想定だ。つまり、姉の病気治療のために妹を生み育て、妹の肉体が医療に利用されるという状況の中で、家族はどうあるべきか? こういう重い問いかけが背後にある、と私は思いながらこの映画を見た。しかし、この生命倫理の問題は「背後にある」ままで物語は終ってしまう。正面に出てくるのは、3人の子供のうち、死にかけている1人だけに全力集中して愛を注ぎ込む母親と、その周囲の家族の“愛の葛藤”である。こう書くと、この映画は“暗い作品”との印象が生まれるかもしれないが、驚くほど明るい。それは多分、家族全員が、白血病の姉娘(ソフィア・ヴァジリーヴァ)を愛し、彼女のために尽くす気持を共通してもっているからだろう。
原作は、大ベストセラーになったジョディ・ピコー(Jodi Picoult)の小説『私の中のあなた』(My Sister's Keeper)ということだが、私はその小説を知らなかった。また、映画は原作と重要な点でいくつか違うらしい。だから、もしかしたら原作は生命倫理の問題にもっと突っ込んだ考察をしているかもしれない。が、映画を見たかぎりでは、これは親子の愛、家族の愛の物語である。そういう作品になった理由を、ニック・アサヴェテス監督(Nick Cassavetes)は、インタビューの中でこう語っている--
「映画のもとになった小説を読んだらとても感動的だったけど、スタジオが映画化したいと言った時はまだ迷いがあったんだ。でも、家族が子供の死とどう向き合うかというシンプルなストーリーなんだと考え始めて、これなら出来ると思ったんだよ」。
つまり、監督自身が、この作品を生命倫理の問題として描かなかったのだ。その理由について、同監督は詳しく話していない。が、アメリカでの幹細胞の研究について同監督が考えを述べているのを読むと、人間の判断力に相当の信頼をおいているのが分かる--
「これはあくまでもぼくの個人的な意見だけど、幹細胞のリサーチは進めるべきだと思う。ホルモンと幹細胞は医療の未来だよ。すごく多くの倫理的問題や道徳的問題を生み出すことになるだろうけどね。人間として自分たちが正しい選択をする能力があると信じるべきだよ。もし文明が進んで、人がもっと長く生きることになり、今の人類が変化していくことになってもそれを怖れるべきじゃない。それは子供たちの、孫たちの世界であって、ぼくたちは少なくともよりよいところにしようとするべきだよ」。
この人間への信頼と楽観主義とが、重い主題をもったこの映画を、明るく、救いのある作品に仕上げているのだろう。その点で、私は読者にこの作品をお薦めする。ただし、私の不満を言わせてもらえば、これはきっと“理想的な家族像”だということだ。自分自身が生きるためにではなく、兄弟の生命維持のために生まれたと知った子供が皆、この物語のように素直に、愛深く生きるかどうか……それは近い将来、小説ではなく、現実が語ることになるに違いない。
谷口 雅宣
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コメント
合掌ありがとうございます。
めがさえて旅行中ですが勉強したくなりました。
小閑雑感12を大和七生先生が強く勧めて下さっていらっしゃいましたので遅ればせながら、購入し、今回旅行にも持参しました。非常に持ち運びに便利です。
肉体は炎である!
本当によくわかりました。私のように、たくさんのことに興味があり気が散りやすい人間には英語を勉強しながら最新の研究を原文で読む努力をするのは非常にハードルがあるように感じます。
総裁先生がこのようにお説き下さるのは本当にありがたく、生長の家の活動にも力を発揮できます。
本当に嬉しく投稿せずにいられなくなりました。では。決意としては英語も勉強します!感謝合掌
投稿: 林利恵子 | 2009年11月 2日 03:20
林さん、
コメント、ありがとうございます。
そうですか、『小閑雑感 Part 12』を読んでくださっているのですね。「肉体は炎である!」は、けっこう難解な文章ですが、分かっていただき安堵しました。
外国語の勉強は面白いですよ。一つ覚えると、一つ世界が増えるようなものです。がんばってください。
投稿: 谷口 | 2009年11月 2日 15:20
合掌ありがとうございます。
総裁先生アドバイスありがとうございます。
小閑雑感について提案ですが、紙の余白が多い分資源を使うことになるのではないでしょうか?
実はたまたまブックカバーが小閑雑感にあうと思いアナの機内販売で購入したのですがサイズが文庫サイズでした。もし可能なら文庫版が出版されると助かります。 感謝合掌
投稿: 林利恵子 | 2009年11月 3日 22:54
林さん、
なるほど……文庫判ですか。実は、今の『小閑雑感』のサイズはCDを添付するのにいい大きさで、当初は電子ブックとしての利用……なんかできないかと思っていたのです。まだ、実現していません。
投稿: 谷口 | 2009年11月 4日 13:38