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2009年9月 1日

鳩山論文の不思議

 民主党の鳩山由紀夫代表がアメリカの『ニューヨークタイムズ』紙に“寄稿”したという論文が、物議を醸している。私はこの論文を、同紙の世界版である『インターナショナル・ヘラルド・トリビューン』紙(IHT)の8月27日付の紙面で読んだが、「投票日前のこの時期によくぞ出した」と感じた。次の政権を担う責任者としての自覚があると感じたのだが、内容は結構シビアなので驚いた。新聞の発行地であるアメリカ向けのメッセージではないからである。ハッキリ言って“内向き”である。ところが、9月1日の『産経新聞』によると、鳩山氏は「寄稿した事実はない。中身が一部ゆがめられている。論文の全体をみれば反米的な考えを示したものではないと分かる」と記者団に語ったそうだ。しかし、寄稿しないものが掲載されるというのは、明らかな著作権法違反であり、そんなことがアメリカの一流新聞で行われるとは考えにくい。奇妙な話だ。
 
 この論文は「A new path for Japan」(日本の新たな道)と題され、前回の本欄で触れた『Voice』誌(PHP研究所発行)の本年9月号の同氏の論文「私の政治哲学--祖父・一郎に学んだ“友愛”という戦いの旗印」のダイジェスト版として掲載された。元の日本語の論文は10ページにわたるものだが、英文のダイジェスト版はその三分の一ぐらいの長さだ。だから当然、原文の省略が行われており、しかも英語への翻訳だから、単純な「転載」などではない。
 
『産経』の記事は、このいきさつについて、「PHP研究所とIHTの間ではやり取りがあったようだが、IHTとニューヨーク・タイムズでどうなっているのかは知らない。IHTなどが論文を転載する際、事務所に事前許可を求めることはなかった」という鳩山氏の秘書の話を掲載している。しかし、上に書いたように、これは転載ではなく、「編集」と「英語への翻訳」という2つの段階を経た別の著作物である。その内容は当然、原著作者の鳩山氏が目を通すべきであると私は思うが、『産経』の説明では、鳩山氏は知らなかったらしい。となると、当初の私の印象は間違っていたことになる。つまり、鳩山氏は、投票日前に自らの外交姿勢を同盟国であるアメリカの知識層に伝えようと考えてこれを書いたのではなく、何かの手違いで、「内向きの話が、一部を翻訳されて外へ出た」ということか。

 こういう話を聞くと、私は宮沢喜一氏がかつて首相だった時、マネーゲームで利益を上げるアメリカの一部の人々を槍玉に上げて「アメリカの労働倫理は歪んでいる」などと発言したことをメディアがとらえ、外交問題にまで発展したことを思い出す。確かこれも、内向きの会合での発言だったと思う。とにかく、日本語は修飾語を省略して書かれたり発言されることが多いから、それを英語に直訳すると、とんでもない誤解を招くことがある。そのことを鳩山氏のような経歴をもつ人の周辺が知らなかったとは思えないが、なぜかノーチェックで英語の編集翻訳が出てしまったようだ。あるいは、チェックを担当する人が“外交音痴”だったのかもしれない。新政府の出だしでの失敗は、残念なことである。しかし、出てしまったものは仕方がないから、それが本意でないならば、本人が早期にハッキリと否定し、再び外交問題にならないように対処すべきである。宮沢発言の場合も、その対応が遅れたことで尾を引く結果となったからだ。

 ところで、上記の『産経』では、外交評論家の岡本行夫氏が問題の英文ダイジェスト版を取り上げ、一部を日本語に翻訳している。岡本氏が問題視している所は、次のように訳されている--

①「日本は冷戦後、グローバリゼーションと呼ばれるアメリカ主導の市場原理主義に翻弄され続け……人間の尊厳は失われた」
②「グローバル経済は日本の伝統的経済活動を損傷し、地域社会を破壊した」

 ところが、この2つの文章に該当するような箇所は、『Voice』誌の日本語の原文にはない。あえて近い意味の所を引用すれば--
 
①「冷戦後の今日までの日本社会の変貌を顧みると、グローバルエコノミーが国民経済を破壊し、市場至上主義が社会を破壊してきた過程といっても過言でないだろう」
②「各国の経済秩序(国民経済)は年月をかけて出来上がってきたもので、その国の伝統、慣習、国民生活の実態を反映したものだ。したがって世界各国の国民経済は、歴史、伝統、慣習、経済規模や発展段階など、あまりにも多様なものなのである。グローバリズムは、そうした経済外的諸価値や環境問題や資源制約などをいっさい無視して進行した。小国のなかには、国民経済が大きな打撃を被り、伝統的な産業が壊滅した国さえあった」。

 これらを比較すると、私は原論文の編集の過程で誇張が行われ、それが英文に翻訳されることで際立っていった可能性を指摘したい。が、最大の問題は、やはり鳩山氏本人が問題の英文抄訳を「知らない」という点だろう。もしこれが本当であれば、鳩山氏は早急に外交ブレーンの人選を考え直すべきかもしれない。急がなければ、影響はひろがっていく。今日の『日経』の夕刊によると、ベネズエラのチャベス大統領は、「鳩山氏は米国主導の市場原理主義から距離を置き、人間の尊厳回復を政策に掲げている」として、日本の対米政策の変化を注視する構えを示したという。同大統領は「反米」で有名であり、その人から認められるということは、アメリカからは疑われることを意味する。その証拠に、31日のホワイトハウスの記者会見では、アメリカ人記者がギブス報道官に対して、鳩山政権が「中国やロシアと、より近い関係を望んでいるのではないか?」と質問している。(『朝日』夕刊)

 傷口が広がらぬよう、早く手を打ってほしいものだ。
 
 谷口 雅宣

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