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2009年9月 3日

鳩山論文の不思議 (2)

 本欄の読者からの貴重な情報で、表題の問題の“不思議”がかなり解消した。鳩山由紀夫氏はご自分のウェブサイトをもっていて、そこに、『Voice』誌に載った日本語論文と、その英訳文(韓国語訳もある)が掲載されているからだ。この後者の英文と、問題になった『ニューヨークタイムズ』紙への“寄稿文”(ご本人は寄稿を否定)は、長さも内容も違う。私が推測するところ、恐らく作者も違うだろう。鳩山氏のサイトにある英文は、日本語原文を省略せずに英語に翻訳してあるが、問題の“寄稿文”は短縮したものの翻訳である。だから、この英文“寄稿文”に対して鳩山氏が「寄稿した事実はない。中身が一部ゆがめられている」と言ったのであろう。さらに注目されるのは、鳩山氏のサイト上の論文には和文にも英訳文にも「8月10日」という日付が入っている点だ。この日付はサイトへの「発表日」だと考えられるから、問題の“寄稿文”が『ニューヨークタイムズ』(電子版)に載る(日付は8月27日、IHTも同じ)までには2週間以上のへだたりがある。この間、鳩山氏のサイトの英文を切り貼りして短縮したダイジェスト版をつくることは、英語を解する人なら誰でもできる。
 
 今日(3日)の『朝日新聞』は、鳩山氏のこの英文が“寄稿”として掲載されるまでの事情を伝えていて、それを読むと今回の“不思議”の原因が、さらに理解される。その記事から抜粋しよう--
 
 鳩山氏の論文はもともと月刊誌「Voice」9月号へ寄稿、「私の政治哲学」の題で掲載された。
 鳩山事務所によると、それを英訳して鳩山氏個人のホームページに載せていたところ、米ロサンゼルス・タイムズ紙から問い合わせを受け、要約掲載を了承したという。ニューヨークタイムズ紙電子版は、ロサンゼルス・タイムズ紙の親会社系列のトリビューン・メディアサービスから配信を受けたが、鳩山氏を「寄稿者」として掲載した。
 鳩山氏は掲載から4日後の8月31日、記者団に対し「(日本の)雑誌に載ったものをその新聞社が抜粋して載せた。一部だけとらえて書かれている」と強調。内容についても「グローバリゼーションの負の部分だけを言うつもりはなかった。決して反米的な考え方を示したものではない」と、真意が伝えられていないと説明する。
 
 つまり、アメリカのメディアのスタッフが鳩山氏の英訳論文を編集して作った“ダイジェスト版”が、鳩山氏側の内容チェックを受けずに発表されたため、鳩山氏からは「中身の一部がゆがめられている」と判断されるような“寄稿文”となったということだ。まあ、こういう行き違いは、あの忙しい選挙の最中には充分ありえるだろう、と私は思う。となると、この事情は米国務省や、ホワイトハウスのアジア担当者にも伝わっているだろうから、オバマ氏には、問題の“寄稿文”ではなく、鳩山氏のサイトに載っている正式の英訳文が渡っているはずだ。が、この論文にもオバマ政権上層部の気になるような表現は、いくつも出てくる。だから、私は9月1日の本欄で、もし誤解があるようならば、「傷口をひろげぬよう、手を打つべきである」と書いたのだった。
 
 ところが、この“関係修復”の努力は、鳩山氏の側から行われたのではなく、意外にもオバマ大統領側から行われたようである。今日の新聞各紙は、3日の未明に、鳩山氏と大統領との電話会談が行われたことを報じている。その会談は、アメリカ側から申し入れられた、と『朝日』は書く。それによると、会談の長さは12分間で、先の総選挙で鳩山氏率いる民主党の勝利を大統領が「おめでとう」と祝ったのに対し、鳩山氏は「勝利は大統領の(当選)のお陰だ。チェンジには勇気がいるが、日本国民に(政権交代の)勇気を与えたのは米国民であり大統領だ」と答えたそうだ。また、鳩山氏は「日米同盟が基軸だ。建設的な未来志向の日米関係を発展させよう」と呼びかけ、「大統領は気候変動、核廃絶・不拡散にリーダーシップを発揮されている。私たちも同じ気持ちの政党だ」などと表明。そして、大統領に「できるだけ早くお目にかかりたい」と早期の日米首脳会談を希望したという。私はこのことを知って、今回の鳩山論文の問題は、前に触れた“宮沢発言”のときより相当早く、日米双方から修復への動きが出ていると感じる。このことは、鳩山氏がまだ正式には日本の首相ではなく、外務省を使えない立場にあることを考えれば、「なかなか悪くない」と思うのである。

 が、こうなってくると、1日の本欄で触れた『産経』の岡本行夫氏の記事が浮き上がってくる。外交評論家として活躍する岡本氏は、次期首相の鳩山氏が自分のウェブサイトに『Voice』誌9月号の論文を日英両語で掲載していることを、知らなかったのだろうか? 私は知らなかった。だから、岡本氏も知らなかったという可能性はある。が、私は外交の専門家ではないが、岡本氏は専門家で、特に外務省の元北米一課長として日米関係のことは知悉している。総選挙で民主党が大勝すれば、“鳩山首相”が日米関係の一翼を担うことになるから、鳩山氏の言動を選挙前から注目していて当然である。だから、『Voice』誌の鳩山論文も読み、そのちゃんとした英訳文もあることを知っていても当然である。にもかかわらず、『産経』に載った岡本氏の論文には、「ニューヨーク・タイムズ紙(電子版)が掲載した鳩山さんの論文」のことしか書いてないのである。この“鳩山論文”がオリジナルの日本語論文の抄訳であることも書いてないし、日本語の原文があることも書いてない。そして、英語による抄訳文をわざわざ日本語に翻訳して、それに対して批判しているのである。これはフェアーでない、と私は思う。日本の政治家が日本語で書いた論文を日本人の評論家が批判するなら、英語に訳されたものを元にして批判するのではなく、日本語の原文を引用して批判すべきである。
 
 『産経』も『産経』である。1日付の紙面で、上記の岡本氏の論文を掲載した第2面のすぐ下に、「鳩山論文の要旨」という題の記事を掲げ、「ニューヨーク・タイムズ(電子版)に掲載された鳩山論文の要旨は次の通り」と書いている。つまり、鳩山氏が預かり知らない英語による抄訳の要約を、さも鳩山氏自身の論旨であるかのように書いている。私は、岡本氏が個人として鳩山氏のウェブサイトの中身を知らなかったということはあると思うが、政治部記者を大勢抱えた『産経新聞』が組織として、次期首相と目されている民主党の党首がウェブサイトをもっていることを知らなかったという可能性はないと考える。また、そこに、問題とする論文の忠実な英訳があることを知らなかったとも考えにくい。では、正式な英訳文もあり、日本語原文もある次期首相の重要な論文の別の抄訳を、自紙で論評しようという外交評論家に対して、「実は、もっと正式な翻訳文があって、そこにはこう書かれています」とアドバイスをしなかったのだろうか? もししなかったのなら、その理由は何か? 今回の鳩山論文に感じる私の“不思議”は、こうして別の方向に向かっていくのである。

 谷口 雅宣

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コメント

谷口雅宣先生

 産経はどうも、ちょっと偏向している様ですね。我が家は20年来ずうっと産経ですが。産経が一番、愛国的でまともだと思って、産経を取っていましたが、ちょっとと思います。

 先生が仰る様に愛国的というだけでは駄目で、愛国には危険な部分もありますね。対中国、対北朝鮮への反駁的な言論が割合、我が国にもここ10年目立ちますがこれは良くない事ですね。

 先生も先日御指摘になっておりましたが産経ってちょっと自民党の御用新聞になっている様な感じですね。イラク戦争の時もひたすら正当化してましたし、何かフェアーなものを感じません。

投稿: 堀 浩二 | 2009年9月 3日 21:56

谷口雅宣 先生

 別な方向に向かっていってしまった鳩山論文の先生の“不思議”を、文章の行間から大変恐縮なことなのですが、勝手に想像させていただきました。
 結論から申し上げますと、
「自民党は多くの失敗を重ねた。それ故の大敗北だ。しかし、保守政治が戦後一貫して掲げてきた日米安保・軽武装という外交が日本の安全と繁栄をもたらしてきたことは、厳然たる現実ではないか。(民主党が)従来の外交との差別化を図ること自体を目的とすることに説得力はない。」
と論調している外交評論家・岡本行夫氏の言葉をマスコミ(産経)も一緒になって囃し立てしたのではないかと感じさせていただきました。
 “日米安保・軽武装という外交が日本の安全と繁栄をもたらしてきた”ことが事実であるかどうかは置いておきまして、そのことを主張するために、“正しい正式な英訳文もあり、日本語原文もある次期首相の重要な論文の別の抄訳”をもって評するとは、まずもって手段が正しくなく、この時点で、私は少なくとも評価することができないのです。
 先生もブログで触れられておられますが、当時、宮沢総理が「物作りを忘れたアメリカ経済」と仰ったことに対して、マスコミは「アメリカ人は怠け者」と訳して書きたてました。それはアメリカの新聞にも掲載され、アメリカ議会は大騒ぎになりました。
 今回の鳩山論文を巡る一連の出来事も同じようであり、日本に反米政権が出来たかのような記事をニューヨークタイムスは書きたて、それをマスコミ(産経)は囃し立てしているように思えます。
 ただ、当時の宮沢総理の時との違いは、アメリカ政府(オバマ大統領)の早い対応にあると思います。アメリカ政府からの申し入れにより、次期鳩山首相とオバマ大統領との電話会談が成立しました。

 いろいろ問題は山積みですけど、勇気ある国民の一票、一票により選ばれ、政権交代を可能にした両民主党に対して深く敬意を表するとともに、国民の一人として、両国の未来に限りない期待を寄せております。

かく言う私にとって、先生のブログに投稿するとはチェンジであり、勇気ある決断でしたm(_ _)m

投稿: 楠本忠正 | 2009年9月 5日 10:00

堀さん、

 『産経』と『朝日』は、それぞれの立場から論陣を張っているのは結構だと思います。問題なのは、「事実を客観的に伝えている」と主張することです。だから、お互いに相手を「偏向している」と非難するのではなく、相手の論理と真正面から取り組んでほしい、と私は思います。

楠本さん、
 勇気をもってのコメント、ありがとうございます。
 結局、“上げ足取り”をやったのだ、と私は思います。しかし、一国の首相ともなれば、多くの人が“上げ足取り”をしようとねらっているのですから、仕方がないとも言えます。

投稿: 谷口 | 2009年9月 5日 17:16

谷口 雅宣 先生

>勇気をもってのコメント、ありがとうございます。

 身にあまるお言葉、恐縮でございます。
 益々、勇気が出てきましたので、これを機会として、ときどき投稿させていただければと思っております。

>一国の首相ともなれば、多くの人が“上げ足取り”をしようとねらっているのですから、仕方がないとも言えます。

 仰るとおりだけに、一抹の寂しさを覚えます。また、それと当時に、真正面から取り組んでいる方々の協力、支援、激励、時には叱咤の大切さをしみじみと感じさせてくれた一連の出来事でした。

投稿: 楠本忠正 | 2009年9月 6日 17:03

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