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2009年8月22日

幸福の方程式

 本欄にこんな題をつけると、今回の総選挙に急遽、大量の候補者を出して臨んでいる特定の宗教政党のことを思い出す人がいるかもしれない。が、「幸福」とは基本的に心の中の問題だから、私は政治で簡単に幸福が実現できるとは思っていない。私がこれから書こうとしているのは、8月にブラジルで開催された生長の家ブラジル全国大会での私の講話についてである。ここで私は、実は“幸福の方程式”なるものを提案した。それは、こういうものである:
 
 F = V (Felicidade igual Verdadeira Imagem)
 
 これは、ポルトガル語による表記だから、英語を使えばこうなる:

 H = R (Happiness equals Reality.)
 
 この場合の「Reality」とは「現実」ではなく、生長の家で説く「実相」のことだ。英語圏では、この言葉を「True Image」とも訳しているので、上の方程式は、
 
 H = T (Happiness equals True Image.)
 
 と書き直すこともできる。
 
 この方程式は、「実相が幸福である」とか「幸福は実相から来る」とか「幸福は実相の反映である」という意味である。だから、日本語で方程式を書くとすれば、さしずめ
 
 幸福 = 実相
 
 となる。
 
 私がなぜ、海外での講演で、こんな見慣れない方程式を持ち出したかというと、海外読者の多いニューヨークタイムズ紙の国際版『インターナショナル・ヘラルド・トリビューン』に、これとは違う“方程式”が提案されていたからだ。否、もっと正確に言うと、「方程式」自体ではなく、方程式に表せるような単純化された幸福の定義が掲げられていたからだ。私はそれに異議を唱えるとともに、「生長の家が幸福について何か語るとしたらどうなるか」をブラジルの信徒の方々にお伝えしておきたかった。
 
 私が異議を唱えた記事は、今年7月22日付の上掲紙にあるエリック・ワイナー氏(Eric Weiner)による「Happiness is low expectations」(幸福は期待を下げること)という論説記事である。この題を見ればわかるように、ワイナー氏のポイントは明確で、「現実を見るのに、期待をもたずにすれば幸福が来る」ということだ。ワイナー氏がこの結論に達した理由として挙げているのは、数々の国際調査の結果、デンマーク人が世界で一番幸福だと考えられることだ。もっと詳しく言うと、各国の対象者に幸福であるか否かについて聴き取り調査を行うと、デンマーク人の3分の2が、「人生にとても満足している」と答えるのだそうだ。それも、最近の傾向ではなく、ここ30年間というもの、ずっとこの傾向が続いているという。その原因についてワイナー氏は、「デンマーク人は物事にあまり期待しない性格だから」と分析している。つまり、「期待せずに現実を生きれば、幸福感を味わえる」ということだ。この考え方は、次のような方程式で表現できるだろう:

 H = R - E
 (Happiness equals reality minus expectation)
 
 私はこの記事を読んで、「?」と思ったのである。これは「幸福」の定義というには単純すぎないか。また、「幸福」の定義というよりは、「諦め」とか「無頓着」(indifference)の定義ではないか、とも思った。
 
 谷口 雅宣

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コメント

合掌 ありがとうございます

確かに簡単すぎます。
その方式によりますと、健康であってもただ座って死を待っているのも幸せである、と言えますね。
ところが、自分の位置を考えず誰から見ても不可能なものを求めて苦しんでいる人を見ますと、その方式はぴったりかも知れません。ですが、あきらめから得られた幸福は一時的であり、本当の幸福ではないですね。
再拝

投稿: erica | 2009年8月24日 22:23

合掌ありがとうございます。

随分前の記事にコメントをさせていただきますことをお許しください。

デンマークという国が出てきたので、昔読んだ内村鑑三著の「デンマルク国の話」を改めて読んでみました。
原文は↓著作権フリーでこちらでも読めます。
http://j.mp/26GLDv

これは1911年の講演の筆記録のようですが、
デンマーク国民が幸せに暮らしている理由が書かれているような気がしましたし、
最後の部分で書かれている事は、
現在生長の家でも説かれている、日時計主義の実践、信仰・資源・平和という点で共通するところがあるように思いました。

投稿: 古谷伸 | 2009年9月 7日 18:10

ありがとうございます、私はある教区で栄える会副会頭を拝命させていただいております、平成18年5月に入会させていただきまず生長の家にお役に立ちたいと思い環境問題が騒がれていたとき何も分からずただお役に立ちたいと思い太陽光八発電号5、2KWを設置しました、が最近知りましたが、等教区の栄える会で設置されておられる方は全体のわずか0,005%しかおられません、またマイ箸についても私どもは教区の行事の食事には必ずマイ箸でいただいておりますが、中央の講師、役員等を招いての食事のとき誰一人マイ箸でいただいておられる方がおられません、トップに立たれる方がこのようなことではなかなか環境問題について講演等されても実感が沸いてきません、まず足元からというように上層部の方が方がお手本として実行されなければこの問題は我が生長の家としては解決は出来ないと思います。太陽光発電にいたしましても上層部の何人の人が設置されているのでしょうか最近疑問がわいてなりません、真剣に『生長の家』が環境問題に対応していくならこのような基本的な部分から取り組まなければ机上の空論になりかねないい恐れがあると思います、宜しくお願いいたします。

投稿: 辰巳 佳央 | 2009年9月 8日 09:12

古谷さん、
 内村鑑三のデンマーク観、おもしろいですね。でも、1911年と比べて、今日の世界はずいぶん違っています。また、内村氏は何らかの「経済指標」を見て分析しているようですが、私のここでの議論は経済外の「心の持ち方」を問題にしているのですから、比較はできないと思います。

辰巳さん、

>>太陽光発電にいたしましても上層部の何人の人が設置されているのでしょうか最近疑問がわいてなりません<<
 この件は、誤解ではないでしょうか。生長の家の役員の人で何人もが太陽光発電装置を自宅の屋根に設置しているのを、私は知っています。あなたの教区に、特殊な事情があるのではないでしょうか?

投稿: 谷口 | 2009年9月 8日 15:01

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