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2009年6月23日

ツイッターは“諸刃の剣”?

 5月23日の本欄で「ツイッター」という短文専用のミニブログの大盛況ぶりを紹介したが、イランの大統領選挙をめぐる混乱の中で、治安当局によってテレビや通常のウェブサイト等の情報手段を奪われた“改革派”の市民が、ツイッターやユーチューブなどを使って“西側”の支援を受けながら抗議活動を展開していることが伝えられている。これに対しイラン当局は、BBCやタイム誌などの外国のメディアを締め出す一方で、革命防衛隊傘下の民兵組織を使って“改革派”の抗議を鎮圧していると言われる。しかし、“改革派”は、その弾圧の様子を映像と音声で記録してツイッターやユーチューブに登録することで、かつては一流メディアにしかできなかったような生々しい現場報道を全世界に流している。インターネットの驚異的な底力を示していると思う。
 
 上記したサービスに加入している読者はすでにご存じかもしれないが、「Iran」「Iran election」などのキーワードを入れて検索すると、そういう映像や写真、関連記事を簡単に見ることができる。これらの中には、一流メディアが自己規制によって流さないような残酷なシーンも含まれているから、注意してほしい。
 
 私は「インターネットの驚異的な底力」と書いたが、この“底力”とは技術力のことだから、政治的対立の中で使われる場合は、当事者双方に利用されるものだ。ところが、今回のイランの内政混乱では、“改革派”のネット利用ばかりにメディアの注目が集まっている。そして、彼らの動きが、かつての「ベルリンの壁崩壊」や「イラン革命」をもたらした“草の根”運動に比較されていることに、私はどこか危うさを感じる。“市民”が使える技術は“反市民”も使えることを忘れてはいけない。その使用を当局が禁止しないということは、使用させることによって得られるメリットを失いたくないからかもしれないのだ。
 
 そういうことをエウゲニー・モロゾフ氏(Evgeny Morozov)が22日付の『ヘラルド朝日』紙の論説欄に書いているのを読んで、私は「なるほどそうだ……」と思った。その記事は「ツイッターは諸刃の剣」という題で、今回のイランの“改革派”の抗議活動にツイッターが使われていること関して、次のように指摘する--
 
「抗議活動を組織することは、それを宣伝することとは相当異なる。前者には厳格な秘密が要求されるが、後者はその全く逆を目指している。ツイッター上でデモ活動の支援について語ることは、政府やその支援者から不必要に注目されることになるだけだ」

「ツイッター上に彼ら(保守派)の声がないということは、彼らが自分の支持者を組織するために同じ道具に頼っていないということではない。彼らは彼らの場所でペルシャ語でやっていて、我々はそれがどこかを知らないだけかもしれないのだ」

 このように、インターネットの“底力”は今や一国の政治状況に影響を与えるほどになっている。それは“諸刃の剣”だから、マイナスの影響があることも考慮しなくてはいけないが、プラスの影響を考えたとき、宗教運動への有効な利用をもっと積極的に検討する時期に来ていると思う。
 
 谷口 雅宣

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コメント

 私は、インターネットの利点の一つは、誰でも本音で発言が自由にできることにあると思います。
 不正を正したいと思ったり・建設的意見提案を直ちに行いたいと思ったとき、インターネットにおいては、誰からの制限も受けず意見を自由に送付することができます。
 その際、自らの氏名を付すこともできますし、無記名で意見を送付できる場合もあります。
 氏名を公表したら何等かのリスクを負うことになるかもしれないと、思っている人は無記名で意見を送付することも十分にあり得ると思います。
 単純な意見かもしれませんが、人々の言論がますます活発に展開されることは良いことと思います。
 但し、懸念されることも多々あると思いますが、長い目で見ると良い方向に必ず進むと考えます。

投稿: 志村 宗春 | 2009年6月23日 23:37

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